グルシアスの不安
ルビア王国東部方面軍司令グルシアス・ラメイノクは、謁見の間で跪き、副司令ガラン・シューテッターの報告を聞いていた。
ベネト村攻略戦敗退の報告が、自身とは関係のない報告のようにグルシアスには聞こえている。
理由は、兵力一万五千の大軍を擁して、たかが二千名程度の村を攻撃したとは思われない一方的敗戦であったためである。
国王アウゲネスと宰相ディオシスへの報告だ。もちろん事前に調査確認した内容で、既に知っているモノではあった。だが、何度聞いても信じられないのだ。
純粋な軍隊としての兵力一万五千が、二千名程度の村を攻略できなかったばかりか、一方的に敗北の憂き目に遭うなど、いかに地の利が敵にあろうと理解できない。
帰還した兵数は五千名を切っている。
攻略軍総指揮官レイリング・ロリスを含め、隊の指揮官クラスも軒並み戦死している。
帰還した兵からの証言によれば、戦闘開始直後、真っ先にレイリングが討たれ、その他の指揮官も次々と攻撃の的となったという。
指揮官不在の集団では組織だった動きはとれず、兵数がいかに圧倒的に多くとも敗戦するのはグルシアスにも理解できる。
しかし、指揮官の周囲には護衛や他の兵が多数居て、そう簡単に指揮官が直接攻撃されることなどない。更に、ルビア王国の指揮官は、実戦経験豊富な戦士がその才能を認められて就いている。直接対決であろうと、そうそう負けるはずはない。
なのに、指揮官が軒並み倒され、そして残った兵が蹂躙された。
全指揮官の位置や状況を正確に把握し、そして有効な攻撃を仕掛けられたのか?
この疑問がまったく解消されない中では、敗戦報告の内容がグルシアスの知らない世界で起きた出来事のように聞こえるのだ。
「……つまり、ドラグニ山に入ってからは一方的に攻撃され、全ての指揮官を失い、敵に蹂躙されるだけの兵を一万名以上も与えただけに終わった……そういうことだな?」
「……申し訳なきことながら……」
報告の確認だが、ディオシスがまとめた内容があまりに悲惨で、不様な敗戦としか言いようがなく、グルシアスは申し開きもできない。敗戦の責を負うべきレイリング・ロリス等は戦死し、誰かが責任を負わねばならないならば、グルシアスということになる。
司令である以上潔く責任を負うつもりでいるが、ディオシスの性格を考えると死をもって償えと言われるかもしれず、グルシアスの背中に汗が流れる。
「味方に敵の間諜が紛れ込んでいたということか?」
「可能性がないとは言えませんが、仮に、味方に間諜が紛れ込んでいて情報を掴んでいたとしても、戦闘中に、敵へ伝える術がございません。ですので……敗戦の理由にはならないかと……」
間諜が幾人紛れ込んでいようと、連絡手段がなければ敵に情報は流れない。
指揮官が率いた隊は、ことごとく殲滅されているのだから、間諜の気配があったかどうかなど確認のしようも無い。状況から見て、間諜自身も生きてはいないだろう。
「では、報告通り、敗戦の理由は、指揮官全員が戦闘開始直後に倒されたこと。何故こうも簡単に倒されたのか理由は判らない。……そういうことか?」
「……司令の地位を頂いている身で、情け無きことながら、そう申し上げるしかできません」
グルシアスとしても、もう少し言い開きできる報告をしたいが、残念ながらそれが許されるような情報は一つもない。
「ディオシス。グルシアスをそう責めるな。この敗戦結果が受け入れがたい内容なのは確かだ。だが、グルシアスは、予と駒を並べて戦場で実績を積み上げてきた信用できる者だ。実力は予も認めている。そのグルシアスが理解できぬと申しているのだ。よほどのことであろう」
国王アウゲネスは、グルシアスに戦友としての感情を持っていた。
故に、ひたすら責められているグルシアスに同情し、国王アウゲネスが助け船を出す。
ディオシスも、今回の敗戦によりグルシアスを過度に責めるつもりはなく、処罰もせいぜい減俸程度のつもりであった。
だが、敗戦するには敗戦するだけの理由が必ずあり、今回ほど多大な損失を被った敗戦ならば、その理由を曖昧にはできない。その思いが強く、グルシアスへの言葉が冷たさのみになった感がある。
「陛下の仰る通りです。しかし、陛下がガン・シュタイン帝国を倒し、この大陸に覇を唱えるためには、ベネト村を攻略し、橋頭堡とする必要があるのです。敗戦は仕方ありません。私も敗戦の経験はございますので陛下が仰られていることは判ります。ですが、次に勝利するために敗戦の理由は知らねばなりません」
「だが、それをどうやって知ろうというのだ? 現場で指揮し、状況を報告できるものはいないのだぞ? 生還した兵は、何が起きたのかすら理解していまい。判る者が戻ってきておるなら、グルシアスの耳にも入っておるだろう」
事実を一つ一つ確認すると、国王アウゲネスの意見はもっともだ。また、国王の意見を尊重するのは宰相であるディオシスもやぶさかではない。
「判りました。この件でグルシアス将軍にこれ以上責を問うのはやめます。その代わり、ベネト村の調査を命じたいと思いますが……宜しいですね?」
先々に控えるガン・シュタイン帝国侵攻を睨み、ベネト村攻略のきっかけは掴んでおきたい。故に、調査の必要だけはここで押さえておきたい。
ディオシスは国王への確認という形で、グルシアスに命令した。
・・・・・
・・・
・
謁見の間から司令部が置かれている建物に戻ると、副司令ガラン・シューテッターがグルシアスへ報告する。
「司令、独断で申し訳ないのですが、実は、ベネト村へは人を送ってあるのです」
「……それは……どのような……」
執務室の机に座り、雑然と積まれた書類を整理しながら、ガランの話を聞いている。
ガランの話自体は、有能な副司令なら処理していてもおかしくないと感じているらしく、司令の許可無く行ったことにも意外とは思っていない。
「はい。表面上、我が軍とは関係を持っていない者を送りました」
「それで?」
「ベネト村は、ご存じの通り、どこの国の支配下にも入っておりません。自分達だけで村を守っております」
「うむ、その通りだな」
「更に、住民の数も二千名程度で、ほぼ顔見知り同士と言っていいでしょう」
「そうなるな」
「つまり、村の外から来た者は、村人からいつも監視されているようなものなのです」
「目立つだろうから、そうなるのは仕方ない。……調査は無理だと言いたいのか? だが、それは通らん」
書類の山を二つ作り、これから処理する準備を終えたグルシアスは、机の上で手を組んでガランの顔を見る。
「判っております。国王陛下の温情により、宰相閣下からの追求が弛められた以上、我々はベネト村の調査を行わなければなりません」
「うむ、そういうことだ。陛下のご恩には報いねばなるまい。行うだけでなく、成果も出したいものだな……」
グルシアスとガランの青い瞳には、国王アウゲネスへの忠誠心による感謝と熱意がある。
「そこです。成果を出すためには、村に溶け込む必要があるのです。具体的には、住民にならねばならないと思われます」
「ふむ……言いたいことが判った。相当な時間が必要だと言いたいのだな?」
「はい。村の防衛に関係することです。そう簡単に事情を掴めるとは思えないのです」
「判った。その件は、私から宰相閣下に許可していただく。あの方は、厳しいが話の判らない方というわけではないからな」
宜しくお願いしますと頭を下げ、執務室からガランは出て行く。
積まれた書類を見て、グルシアスはため息をつき、組まれた両手で顎を支えた。
「……しかし、帝国侵攻は良いとしても……宰相閣下は急ぎすぎる。……北方諸国の占領が終わったと思ったら、ズルム連合王国への侵攻。その上、同時に帝国侵攻の足がかりを……か……。これでは我が国の金龍も疲れ果ててしまう。帝国と衝突の際、紅龍とも必ずぶつかるというのに……」
ルビア王国が周辺国より優位にあるのは、統龍のひとつである金龍が居るからだ。重要な戦局に投入するのはグルシアスも当然だと考える。
しかし、昨今の使われ方は、まるで……帝国の紅竜との決戦まで使えれば良いとしか考えていないのではないかとグルシアスには感じられる。
宰相ディオシスは何を考えているのかと、グルシアスは不安を抱えてしまう。
「いや、私は帝国方面のことだけ考えていればいいのだ。戦線全体のことは宰相閣下にお任せするのだ」
分相応の仕事をこなすのだと、不安を押し隠してグルシアスは書類を手に取り目を通す。
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