第二章 不安と苦悩と
ディオシス・ロマーク
新帝国歴 三百五十九年 (ヒューゴがベネト村を出る一年前)
ディオシス・ロマーク、ルビア王国前国王ヨアヒム・ロマークの次男であり、現国王アウゲネス・ロマークの異母弟である。ディオシスの母は、ヨアヒムの側室の一人で既に他界している。
性格は冷徹で、兄アウゲネスが熱情的で戦さでも前線で指揮することを好むのに対し、兵を使い捨てでて勝利を掴む。
彼の性格を表す幼少期の出来事がある。
ディオシスが大事にしていたオモチャを、侍女の一人が誤って壊してしまった。侍女は謝ったが許されずに城を出ることになる。侍女は故郷に戻り、職を探したが、さっぱり見つからなかった。親類縁者を頼っても職を手に入れられない。
ディオシスが手を回して、彼女の行く先々で悪評を流させ、圧力もかけていたのだ。
しまいには、実家にも直接圧力をかけ、彼女を離縁させ自殺へと追い込んだ。
当時九歳になったばかりのディオシスだったが、どんなにささやかでも不利益を与えた者は決して許さなかった。
成長するに従い、彼はルビアでもっとも美しい青年と呼ばれるに相応しい姿に成長した。だが、彼の性格を知る者達からは恐れられ、陰では氷と毒の魔王と呼ばれるまでになる。
成人後ルビアの導き手と、自身を周囲に呼ばせるのだが、陰での呼称は変わらなかった。
ディオシスは、何故か無紋を憎み、国内から一掃しようとした。国外へ放り出すなどということはせず、見つけ次第処刑する。何かと不便な立場の無紋を保護しようとした前国王ヨアヒム・ロマークに隠れ、無法者を雇って無紋狩りを行ったりもしていた。
国内に無紋が見つからなくなると、無紋と紋章所持者と同じように接する周辺国に圧力をかけるよう進言し、ヨアヒムに聞き入れられないとなると、別の理由を見つけて開戦・占領の理由とした。
新帝国歴 三百五十九年。
前国王ヨアヒムが急に没し、兄アウゲネスが国王の座に就くと、ディオシスは宰相の地位に就く。
アウゲネスは、戦場では勇猛で、部下にも情の篤いことで有名だった。ディオシスは、父ヨアヒムとアウゲネスの前では、地位に見合った職務に励む弟を演じてきた。またアウゲネスが政治が得意ではなかったため、国王に就任したアウゲネスは、信頼している……弟ヨアヒムこそ宰相に相応しい力を持つ者として指名し、任命する。
「我が兄アウゲネス陛下の宰相を務めるディオシス・ロマークだ。陛下はこのセリヌディア大陸を統一する資格を持ち、その責任を果たすために王座にいるのである。私は陛下の覇業をお助けするために全力を尽くすことを約束する。
だが、皆にも心して欲しいことがある。
陛下の覇業成就のためには、弱き者は邪魔になる。国の力を削ぎ、国民にも負担が増える。
弱者は排除せねばならん。ルビア王国の領土だけでなく、この大陸全土から排除し、陛下の領土に相応しい世界にするのだ。
職を持たぬ者、病弱な者、そして無紋。
弱き者に手を差し伸べるのは美しいように思われるが、そうではない。
弱き者にかける労力がなければ、その分、国は強くなり豊かになるのだ。
輝ける陛下の領土には不要の存在。
国家の富を食い潰す者どもは、豊かで健全な国家のためには害悪である。
私は陛下に相応しい強き国家建設に、私の持つ何もかもをつぎ込んで尽力するつもりだ。
今日この日より、皆にも肝に銘じて欲しい。
ルビア王国は大陸の覇者を目指す。
覇者に相応しい国家となる。
その為に何が必要か、おのおの考えて欲しい。
宰相に就くにあたり、私が言いたいことは以上だ」
この日、ルビア王国とガン・シュタイン帝国との間の休戦協定は破棄され、ルビア王国周辺国家へも宣戦布告を発せられた。
・・・・・
・・・
・
議事堂から自室に戻ったディオシスは、宰相のマントを外して椅子にかけた。
そして窓から外を眺め、一人つぶやく。
「ククク……やっとだ、やっと……これでこの国を自由にできる」
口元を歪め、挑戦的な光を瞳に浮かべている。
『何をはしゃいでいるのだ。まだ何も始まってないというのに』
ディオシスの思考に、静かな声が直接語りかけてくる。
「始まっているさ、終わりの始まりがな」
『全ての統龍が生きているというのにか?』
「ああそうさ。もうすぐ統龍の時代が終わり、俺の時代が始まる」
『せめて俺達と言って欲しいものだな』
その声は、ディオシスには、寂しそうに感じた。
「これはすまん。言い直そう俺達の時代が始まるのだ」
『だが、皇龍が出てきたら……』
「判っている。だから無紋狩りを全土で行えるように、兄の覇業を手助けするのさ」
『我の力は好きに使うがいい。だが、忘れるなよ?』
「何度も言われたからな。今更、言われなくても判っているさ。おまえの力は統龍紋所持者には効かない……だろ?」
『それに皇龍にもな』
「なあ? 皇龍とは何だ? この質問は何度も聞いているだろうが、また答えてくれ」
『紋章を統べる龍』
「それが判らないんだ。紋章は所持者のモノだ。では、所持者を支配するのかと聞くと違うという。紋章だけをどうすれば支配できるというんだ?」
『それは我にも判らん。だが、我に残る古からの記憶が言うのだ。――紋章であって紋章ではなく、紋章を統べる紋章が皇龍紋。皇龍は定めに従い目覚め、士龍をもって皇龍を育て、覚醒しえた時、新たなる皇龍の定めを選ぶ――とな』
「判るのは――紋章であって紋章ではなく――ってところだけだ。
『我も同意する』
「あと、士龍ってのは何だ? 統龍と同じなのか?」
『判らぬ』
「それじゃ仕方ないな。……おまえが俺に発現してもうそろそろ十年だ。……俺の獣紋が形を変えたときは驚いた」
『おまえは本来無紋の
「二つ牙の紋章が五つの蛇に変わったんだ。驚いてもおかしくないだろうよ」
『だが、おかげで、おまえたちが
「それはそうだがな。敵のことがさっぱり判らないまま、無紋を処刑し続けてきたが、せめてもう少し情報が手に入らないと、俺の手から逃げられるかもしれんのだ。」
『会えば判る。我の力がまったく効かないからな』
「チッ、どのような魔獣も使役できて、兵に魔獣の力を与えられるこの力のおかげで、俺は常勝将軍と呼ばれるようになり、宰相の地位まで手に入れたってのに……」
『ああ、皇龍と統龍紋所持者の前では、二つ爪の獣紋所持者ほども力を持たぬだろうな。フフフ……力が効かぬ者と出会ったら逃げるしかなかろうよ』
「ああ、判ってるさ。だから無紋を探し出して処刑しながら、統龍同士を戦わせ、いずれ……」
コンッコンッ……
「ディオシス様、皆様がいらっしゃいました」
叩く音がして、扉が少し開かれ、侍従の声がした。
「ああ、書斎に通してくれ」
扉が閉じたのを確認し、最後にもう一言つぶやく。
「おまえが長年待ち望んで、やっと出現した俺……
ディオシスは口端の片側をあげ、瞳に妖しい光を浮かべ、部屋を出て行った。
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