作戦終了(カノール基地攻略)
大弓の設置が終わり、弦を引いて、矢をつがえる段階まで進んでいる。
発射の合図はセレリアが行う。
魔法で片手に溜めた炎をゲールオーガへ放つ……それが発射の合図だ。
大弓発射準備が終えそうなのを見て、セレリアは兵達に指示する。
「一射目を打ち終えたら、すぐ二射目の準備にかかれ! ゲールオーガが倒れるまで油断するなよ」
セレリアの目には、ゲールオーガと補給基地の間で敵を翻弄しながら攻撃し、セレリア達から敵の関心を惹きつけているヒューゴとラダールの動きが見える。
風魔法が撃たれそうになると、敵基地に向けて低空飛行し、基地からの矢や魔法の攻撃は左右上下に素早く移動して避けている。
「……見事な動きだ……」
ラダールとヒューゴの動きと攻撃は、敵を翻弄し少しずつ戦力を削っている。
時間さえ十分あれば、ヒューゴ達だけで補給基地を占領できるのではないかとさえセレリアには思えた。
「準備完了いたしました」
副官のヤーザンがセレリアに伝える。
セレリアが二カ所の大弓を確認すると、引き絞られた弦を放つレバーを持つ兵が片手をあげている。
炎が人の頭ほどにまで膨れている片手を前に出し、セレリアは号令とともに魔法を放つ。
「撃て!」
言葉と一緒に、炎がゲールオーガに向かう。
続いて、ゲールオーガの左右から兵の太腿ほどの太さの矢が向かっている。
一本は、幻獣の脇腹を削り、もう一本は、腹部に背中側から深々と突き刺さった。
「次の準備を!」
刺さった衝撃で前方へ身体が曲がったゲールオーガだが、まだ立っている。
幻獣の体力がどれほどのものか知らないセレリアは、油断せずに次の攻撃準備を始めさせた。
・・・・・
・・・
・
ヒューゴの目には、口から血を吐き、矢が刺さった腹部に顔を向けるゲールオーガの姿が見えている。
「よし、今だ」
ヒューゴは手綱でゲールオーガの背後に向かうよう指示する。
手綱を少し引っ張った程度で、ラダールは反応し、ヒューゴの意図通りに旋回した。
「一気にいくぞ」
致命傷を与えられる場所……首を狙ってラダールは空を突っ切り、ヒューゴは気合を込め、両手で短剣を殴りつけた。
ヌオォォオオオオオ!
鍛え抜かれたヒューゴの込められるかぎりの力が、短剣をつたい斬撃となってゲールオーガの首を切った。
ブワァと吹き出す血の中、ヒューゴは手応えを感じていた。
――これならば、あとはセレリアさんの隊に任せられる。
補給基地へラダールを向け、これから開始される基地占領が少しでも楽になるよう、弓兵や魔法兵を一人でも倒すほうへ意識を向ける。
・・・・・
・・・
・
セレリアの号令と共に、第二射が発射され、ゲールオーガの胸部と腹部に二本の矢が追加される。
小隊全員が、倒れつつある幻獣の姿に雄叫びをあげた。
そして、作戦が次の段階へ移ることを知り、セレリアのもとへ総員が集まる。
「よし! これから、基地へ接近し、私が魔法で門を壊す。他の者は、基地内での戦闘に備えよ!」
全体へ指示したあと、セレリアはヤーザンに個別に指示する。
「ヒューゴが、我らの動きに合わせて援護してくれている。だから、まとまって攻撃してくれ」
「はい、ヒューゴ氏の流れ矢に注意します」
セレリアは、自身と馬に防御系の魔法をかけ、ゲールオーガが倒れ、もう邪魔されることなく進める基地への道を見据える。守りの要であったゲールオーガが倒された以上、補給基地守備兵の士気は確実に落ちる。
機会が来たとセレリアは悟る。
「占領開始!」
号令をかけたあと、ハッとひと息吐いて手綱を弛めて馬を駆けさせる。
銀の防具で身を固め、単騎で基地へ駆けるセレリアの姿は、小隊の兵達を鼓舞する。
彼らの誇りと勇気の象徴のあとを、武器を握りしめ追い駆けていく。
……この作戦の最終局面が近いのを兵達は感じていた。
・・・・・
・・・
・
補給基地司令部前で、黒い長髪の男がセレリアの兵二名に取り押さえられている。
タヒル・シャリポフ、カノール補給基地守備隊隊長、三つ牙の獣紋所持者。
劣勢を覆せないと悟り、生き残った兵と共に降伏を告げてきた。
タヒルは膝をつかされたまま顔をあげ、セレリアにその茶色の瞳を向けて毅然とした口調で問う。
「貴殿の名を聞こう」
「ガン・シュタイン帝国軍南西方面軍所属セレリア・シュルツ」
セレリアもまた毅然とした態度で、タヒルの問いに答える。
束ねたブラウンの長髪を手で後ろへ流し、数歩進んでタヒルの前に立った。
「たった十数名の部隊に、このカノール基地が落されるとは思わなかったぞ」
「運が良かっただけだ。友人の協力がなければ、基地に到着する前に、もともと少ない兵数は減らされ、占領などできはしなかった」
「友人とは……あの……」
「そうだ。私の古い友人と鷲だ」
「あれは……あの者は……帝国軍に所属していないというのか?」
「ああ、事情は教えられないが、その通りだ」
セレリアの返事を聞いたタヒルは、急に顔を崩して笑い出す。
「フフフフフ……私は帝国軍の新たな戦力だとばかり……」
「もうお判りだろうが、帝国軍のではない、私独自の戦力なのだ」
「なるほどな。私は帝国軍に敗れたのではなく、貴殿に敗れたということか……」
「不満か?」
「いや、不満などない。それに……貴殿は知らないようだが、鷲に乗って戦う者が味方に居るというのは、貴殿にとって、ガルージャ王国での戦いで驚きを与えるだろう」
「どういうことだ?」
「神話があるのだ。鷲の背にまたがり敵を滅ぼす者の神話がな」
「ふむ」
「今回の戦いでも、あの者に攻撃するのを嫌がる兵もいた。恐れずに戦わせるのに苦労したぞ」
フフフと笑いを続けるタヒルは、言葉を続ける。
「見事な戦いで私を破った貴殿には教えよう。あの者が貴殿のそばにいる限り、この国での戦いでは、戦う前から有利なのだ。これからの戦いでその優位を活かせるかどうかは貴殿次第。
この国の将としてではなく私個人としては、いずれ……あの者の下で、共に戦いたい……そして、ガルージャ王国の者ならば、私と似たような気持ちを抱くだろう。あの者の戦いを目撃したならば、確実にな。私でさえ畏れを抱いたくらいだ」
三つ牙の獣紋所持者ならば、国で重用され、地位はもちろん富も十分与えられているはず。忠誠心などなくても、現在の環境を維持したいと考えるはずだ。
そして、目の前で笑うタヒルは、誇り高く、また部下の命も大切にする将とセレリアは感じた。
タヒルほどの男が、国を裏切るかもしれないと判って、ヒューゴの下で戦いたいと考えるのは、通常ならば考えられない。
「神話は、それほど信じられているのか?」
「ああ、何せ、現在でも最も愛され崇められている建国の英雄だからな。辛い政治で苦しんでいた民を救い、周囲の蛮族をことごとく討ち滅ぼし、国の基礎を固めたとされる……現王朝の始祖でもある。何よりも、帝国の者とは異なる容姿……彼の者は我々と同じ褐色の肌を持つ者。この国の者ならば信じたい誘惑に駆られるさ」
「だが、あの友人はガルージャ王国出身者ではないぞ?」
自国内から現れたならまだしも、自国民と同じ容姿だからといって、他国の者をそう簡単に信じ畏れるものだろうか?
セレリアはタヒルの言うことをまだ信じられないでいた。
「でしょうな。だが、どこの国で鷲に乗って戦う者がいる? 我が国でも大陸中から情報を集めている。そのような者が居たら、他国ではいざ知らず、我が国では強い関心を持たれるはずだ。この数百年、そのような者は一人も居なかったのだからな。……特に、帝国との戦争で敗戦色が濃い今なら尚更だ」
「救世主とでも騒がれると?」
「そうなっただろうな。その者の力がさほどでもなくていい。鷲に乗って敵に向かう姿を見れば、国民や兵士の士気があがるのは確かだ。それだけでも大きな力になると思わないかね?」
「では、鷲に乗って攻めてくるだけで、士気が落ちるというのか」
「ほぼ確実にな。この基地の兵がそうだった」
ラダールを操り戦うヒューゴの力が、この作戦でそれほど影響を及ぼしていたとはセレリアには判らなかった。だが、タヒルは嘘を言う男とも感じられない。
ヒューゴに関する情報を聞けたのは、これからの戦いに向けての収穫だ。
もっと様々なことを聞きたい気持ちはあるが、補給部隊への対応もしなくてはならない。
「……タヒル将軍。貴殿を拘束することになる。他の兵も同じだ。だが、この戦争が終われば解放されるだろう。……いろいろと訊きたいことはまだあるが、それはまたいずれということで」
「そうだな。セレリア隊長……あなたとはまた会うこともあるだろう。そんな気がする」
基地内の監房施設へ、タヒルと守備兵を拘束するよう、セレリアは部下に命じる。
連れて行かれるタヒルの後ろ姿を見送り、横に立つヤーザンに基地の守備を命じた。
――ヒューゴか……だが、あいつを帝国軍に無理に入れるわけにはいかない。ベネト村と別れて帝国国民になれということだからな。ベネト村と村人達のためにルビア王国と戦う。そのために私に協力してくれている……ベネト村から移すのは不可能だ。
私はそれで納得しているが、帝国の将達や貴族は食指を伸ばすだろうな。
……守ってやらなければ……。
セレリアの濃く深い青い瞳には、戦場でとは違う別の戦いへの決意があった。
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