陽動(カノール基地攻略)
情報では、カノール基地に詰めている兵数は五十名ほど。紋章所持者の内訳は判らないが、弓兵が主力という。
「僕たちは海側から、補給基地上空を突っ切って、ゲールオーガの背を狙う。僕が弓で気を引くから、ラダールは基地からの矢と魔法を避けることに集中して。ゲールオーガの風魔法は当たったところで、僕等にはたいして影響はないからね」
クゥウウ……と喉を鳴らし、補給基地を迂回して海に出た。
ラダールは、海風に乗り、基地側へ旋回する。
海面に反射した光が、ラダールの行く先を示しているようにヒューゴは感じていた。
それが錯覚でもかまわない。ヒューゴとラダールの行き先には光があるのだと、導かれているのだと、そう思っていたかった。
そこに血なまぐさい戦いが待っているとしても、その先には光りをとヒューゴは願っている。
基地の姿がどんどん大きくなってくる。
「ラダール、始めよう。僕等でこの戦いの行く先を決めるんだ」
先ほどまでとは異なり、周囲に自分の存在を伝え、さぁ見ろと言わんばかりに声をあげた。
ガァアアアアアアア!
そして速度をあげ、基地上空を越えていく。
ヒューゴは、手綱を咥え、両股に力をこめてラダールの首元をはさむ。
腰の矢筒から矢を取って弓に添え、
ヒュッ! と弓が鳴り、ゲールオーガの肩に矢が当たったことを確認した。
分厚く堅い皮膚にはばまれて、矢はゲールオーガには刺さらなかった。
痛みは感じたようで、ヒューゴ達へ顔を向け、グガァアアアと咆哮している。
目には怒りで血走りが、開けた口からは大きな牙が見える。
ドラグニ山でも、ゲールオーガを攻撃するときには、剣か槍を使い弓は使わない。
だから、矢が刺さらなくとも、ヒューゴの気持ちに揺らぎはない。
船を沈めるための大弓などベネト村にはない。輸送して設置するなどという手間をかけなくても、背後や脇に回り込んで剣か槍を突き刺せば倒せるからだ。
ゲールオーガが立つ地上には回り込むだけの空間がない。
だから今回は貫通力の強い大弓を使う。
――設置にはもう少し時間がかかりそうだな……。
ラダールの鳴き声に驚いた基地の兵士達が、弓と魔法でそれぞれ攻撃し始める。ラダールは、大きく旋回しながら飛び道具の届かない高さまで上昇し、ゆっくりと大きく翼をはためかせ、辺りの状況を伺うように停止する。
「僕等が離れすぎると、ゲールオーガの注意が設置部隊に向いてしまう。あと基地の兵も多少減らしておけば、セレリアさん達が突入してきたとき楽になる。……基地の周囲を旋回して、ゲールオーガに近づこう」
軽く身を乗り出して、のぞき込むように眼下の状況を確認し、ヒューゴは当面の方針をラダールに伝えた。
「再突入する。頼むぞ、ラダール」
ヒューゴのつぶやきに反応したラダールは、基地の側面へ滑りこむように降下していく。
基地の壁際で、弓を携えてヒューゴ達の動きを追う兵士の姿がみるみると大きくなる。
ヒューゴも弓を構え、近づく敵に矢を放つ。
矢が放たれたのを感じたラダールは、基地の外側を壁にそって旋回していく。
攻撃を邪魔しないような動きに、ヒューゴは頼もしさを改めて感じていた。
基地側には二発ほど矢を放ち、本命のゲールオーガに向かう。
不意をついた先ほどとは違い、ヒューゴ達の接近にゲールオーガは気付いていた。
腕を振り上げ怒りを見せたあと、オレンジ色に身体が光ったかと思うと、ラダールの身体が後退しつつ上昇するほどの強風が吹き付けられてきた。
だが、背後上空に急激に上昇するだけで、ラダールには特にダメージはない。
乗っているヒューゴも、その動きを楽しんでいる。
「あっはっは、ラダール、見てみろ。強風で僕達を楽しませているとも知らずに、必死の形相で魔法を使ってるぞ。これなら弓矢の方が嫌なくらいだな。んじゃ、先ほどとは逆から基地に突っ込んで、ゲールオーガと遊ぼう」
ラダールのクゥウウという鳴き声が、同意を伝えていると感じたヒューゴは。再突入に向け視線を基地に移す。
再び矢を構えて、次の獲物を探す。
「始まったわ! 設置を急ぐのよ!」
ヒューゴが攻撃を始めたのを見たセレリアの号令とともに、兵士が馬車を移動し始めた。
設置場所はゲールオーガの左右に一カ所ずつ。
大弓同士の距離を離し、同時に狙われない場所で設置する手はずになっている。
赤茶色の巨体がヒューゴ達に向き、陸側への注意は疎かになっている。
そうは言っても、おかしな動きと思われたら、設置作業を邪魔しようとするだろう。
設置前に近づいてきて、風魔法で大弓が飛ばされでもしたら、かなりの危険を冒して接近戦を挑まなければならない。
小隊の人数は少ない。
頭数を減らされでもしたら、基地の攻略も不可能になる。
今はとにかく、大弓をしっかりと固定し、兵士も風で飛ばされないように、身体と地面をロープで繋ぐのを急ぐほかはない。
準備さえ整えてしまえば、あとは難しいことはない。
風魔法に負けない強度を持つ矢を、船の土手っ腹に穴を開けられる弓で放つだけだ。
弓につがえる矢も、大弓用となれば太く大きく、兵二名でつがえなければならないほど重い。
だが、この重さが、兵等を吹き飛ばすほどの風魔法に対抗するためには必要だ。
だから準備に時間がかかるのは仕方ない。
――ヒューゴがうまくやっているうちに基地への攻撃を始めなければ……。
敵の補給輸送部隊が到着するにはまだまだ時間はある。
それでも、万が一到着してしまえば、基地と陸側から挟撃されてしまう。
その上、補給部隊には、ゲールオーガよりも面倒なゴーレムがいるから、逃走するのも難しくなってしまう。
大弓を設置してしまえば、ゲールオーガを倒すのは難しくない。
ゲールオーガさえ倒してしまえば、補給基地の占拠も時間の問題だ。
だが、その時間こそが、セレリア達にとって重大な問題。
補給部隊が到着する前に、基地を占拠し、ゴーレムに対抗できる状況を準備しておかなければならない。
時間の余裕を作らなければならないのだ。
目の前の戦況はセレリア隊にとって有利に見える。実際に有利な状況だが、作戦の成功に近づいているかといえばそうとは言えない段階だ。
焦っても仕方ないと判っているが、セレリアには余裕はなかった。
――お願い、急いで!
セレリアの部隊が大弓の設置作業に入ったと、ヒューゴは確認した。
これからは、設置部隊に気付いても、そちらへの対応はできないようにしなければならない。
悠長に、ゲールオーガの注意を引き付けるのではなく、ヒューゴ達に注意を向けていなければならない状況を作る必要がある。
「さて、本番だ。ゲールオーガから極力離されないようにしなきゃいけない。風魔法に乗って楽しむ余裕はなくなるよ」
ラダールの首をポンッと叩いて、ヒューゴは弓を背にかかる帯に挟み込む。
基地からの矢や魔法を気にしている余裕はなくなった。
腰の短剣を握りしめ、目の前に立つ巨大なゲールオーガの正面を飛ばないよう注意し、旋回する輪を小さくしていった。
そしてゲールオーガの頭が近づいたときを狙って、頭部にぶつけるように上から短剣を下ろした。
ガッと堅いモノに刃物をぶつけた音がし、ヒューゴの腕にも衝撃が伝わる。
ゲールオーガの頭部に傷をつけ、そこから血が流れているが、ヒューゴの感触では深手を負わせていない。
だが、これでいい。
これで、ヒューゴ達に集中しないと、致命傷を負う危険があるとゲールオーガは理解しただろう。
頭を押さえたあと、痛みを咆哮に変え、ゲールオーガはラダールを振り払うように腕を振り回している。
ガァアアアアアアア!
立て続けに叫び、ラダールの位置を確認するように、血が流れ落ちてきた顔を動かしている。
ラダールの位置を視野に入れると、身体が黄色く光る。
風魔法を撃ってくるのだろうが、先ほどのように、敢えて受けてやることはもうできない。
ラダールを急旋回させ、ゲールオーガの正面から外し、頭部側面に横から短剣をぶつける。
ゲールオーガの体毛の薄い箇所に当たった短剣は、先ほどより深めに傷をつけ、今度は血が噴き出した。
攻撃が当たると覚悟していたのだろう。
傷口を押さえてからなどということはせず、即座に腕を振り回してくる。
迫る太い腕にヒューゴはハッとしたが、地面すれすれまで急降下し、足下を縫ってゲールオーガからラダールは離れた。
「……僕より全然落ち着いてるな」
ゲールオーガの反撃を冷静に避けるラダールを頼もしく感じていた。
ヒューゴの攻撃で遅れたが、ゲールオーガはラダールを睨み、叫びをあげ、風魔法を撃ってきた。
反応したラダールは補給基地側へ低空で突っ込む。
基地に向けては撃ってこないだろうという予想をしているからだが、その予想は当たった。
代わりに、基地からの矢と魔法に注意しなければならない。
通常の弓矢程度なら、なかなか当たらないし、当たったとしてもラダールには刺さることもなくダメージも負わない。だから、魔法にのみ注意している。
セレリアが魔法防御の魔法をかけてくれたが、それに頼っていると痛い目に遭うかもしれない。
だから魔法が放たれる際に生じる光に反応することをヒューゴは心がけていた。
基地正面から側面にそって裏側へ出る。
ゲールオーガからの距離があるので、ラダールを上昇させて様子を確認した。
基地の兵士も、ゲールオーガもラダールに向けて攻撃を続けている。
では味方の準備は?
大弓の設置はほぼ終わり、弦を引いている様子がヒューゴに見えた。
つまり、設置準備は終わり、攻撃がもうじき開始される。
「よし、ラダール、攻撃は基地に向けてするけど、ゲールオーガからあまり離れないように頼む」
ゆっくりと旋回していたラダールが、基地に向けて再び急降下を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます