第三章 南征

作戦開始(カノール基地攻略)


 カノール基地、ガルージャ王国北西、海に面した小高い丘にある中規模の補給基地。

 三方を海に囲まれている上に、その三方向が崖になっている。

 残る一方向は陸につながっており、細長い橋のような陸地。

 

 セレリア小隊が今回攻略を命じられた基地がある箇所の地形は、陸側から攻略しろと言わんばかり。このような判りやすい地形の場合、相手の裏をかこうと崖側からの攻略法を探したくなる。

 しかし、セレリア小隊の隊員数は少なく、また、その性格は騎馬隊であったため、陸以外の場所からの攻撃はリスクが大きい。機動力を活かした戦術がもっとも望ましいが、そうでなければ、陸上戦での突破を基本とした作戦を選ぶ必要がある。


「……このように、我々の部隊には攻めづらい立地にある基地を攻略せねばならない。また、敵基地からは見通しの良い地域でもある。遮蔽物を利用して隠れながら近づくのは不可能だ。さらに……」


 目標地点からやや離れた平地でキャンプを張り、ヤーザンが隊員達に作戦内容を説明している。

 敵の陸側には、ゲールオーガが守備の要として立ちはだかっている。ゲールオーガは、動きこそ鈍いが、風魔法と強靱な肉体を持っている幻獣。

 また、この補給基地から物資が運ばれる際、ゴーレムが輸送部隊を守備してやってくる。

 ゴーレムは、ゲールオーガより攻略が面倒な幻獣で、ガン・シュタイン帝国本隊も倒せずにいて、進軍を阻まれている。だから、ゴーレムが来るまでに攻略しないと挟撃され、撤退も危うい可能性が高くなってしまう。だからゴーレムが現れない時間帯を狙って、短時間で攻略する作戦が必要。


「我々は、ヒューゴ氏が相手をしている間に、二本の大弓をゲールオーガの左右に設置して倒し、その後、基地へ突入する。敵の弓矢と魔法による攻撃は、私とセレリア隊長が魔法で対処するので、各自は、敵基地の門を突破し占領することに専念して貰う。以上だ。質問があれば答える。……無いようだな。では開始するので各自準備に取りかかれ」


 ヤーザンの冷静な声で、作戦開始が発せられた。

 隊員達は大弓を運び設置する準備のため、簡易テントから馬車へ向かう。

 

「じゃあ、僕はラダールと一緒に敵基地裏側の海からゲールオーガの攻撃を始めます」

「敵基地からは魔法と弓が飛んでくるが、大丈夫かね?」

「魔法は避けるしかありませんが、弓なら当たってもラダールは傷つきません。幻獣を使える獣紋所持者……三つ牙の紋章所持者がいるのに、その他にも三つ牙所持者がいるとは思えない。二つ牙の魔法なら、完璧に避ける自信があります」


 敵を倒せるほどの攻撃魔法を使えるのは、獣紋所持者の中でも牙の紋章が二段階以上の牙の紋が二つ以上ある者だけ。二つ牙でさえ、小隊に二人居るのは珍しい。百数十名の中隊規模で十数人、中隊を五つ含む大隊規模で百五十名程度だ。三つ紋となると、中隊規模で一人居るかどうか、大隊規模でも数名居れば強力な魔法攻撃力を持つ部隊として恐れられる。


 大多数が使用する属性魔法とは異なる使という力は、三つ紋以上の獣紋所持者にしか発現しない。つまり、カノール基地には、三つ牙の獣紋所持者がいる。

 補給基地は大切だが、ガン・シュタイン帝国軍がガルージャ王国の首都にまで迫っている状況下で、貴重な三つ牙を二人も置いておくとは考えられない。


 二つ牙の魔法と、三つ牙の魔法では、威力、速度、種類などに大きな差がある。

 ヒューゴは、二つ牙と三つ牙の魔法が使用されるところをベネト村で見ているから、その違いを理解していた。

 

 ――ラダールなら、二つ牙の魔法の威力にも耐えられるけれど、ダメージは負ってしまう。

 でも二つ牙の魔法の速度なら、攻撃しながらでも避けられない速度ではない。

 だけど、三つ牙の魔法となると、避けることに集中しないといけない。

 今回の敵は幻獣を使っているのだから、三つ牙の攻撃魔法は気にしなくて良いだろう。

 幻獣を使役し操る使は、魔法の一種で、使用者は魔法力をかなり消費する。使を使用しているなら、攻撃魔法を使うだけの魔法力は残っていないはずだ。


 ヒューゴはそのように計算していた。


「じゃあ、僕等が出たら、大弓の設置にかかってください」


 ヤーザンに伝えて、ヒューゴも簡易テントを出た。

 その後をセレリアがついてくる。 


「どうしたんですか?」

「見送りくらいさせてよ。あなたは兵士じゃないのに手伝ってくれるのだからね」


 ――これも結局は、僕の目的のためなのだから、セレリアさんが気にすることはないんだけどな。


 そう思いつつも、断ると気分を害するかもしれないと、セレリアの好意を黙って受け取ることにした。

 ラダールの横に到着し、その背に乗ると、セレリアがちょっと待ってと言うので地面から離れるのを止めた。

 セレリアはラダールの身体に触れ、魔法を使う。

 鎧の端から漏れる黄色い光で、セレリアの背の紋章が輝いているのが判る。

 黄色は、支援魔法を使う鳥紋所持者の紋章の光。

 

「あれ? セレリアさんの紋章は、獣紋じゃないんですか?」

「これは軍でも一部の人しか知らないのだけど、私、複紋所持者クロス・クレストなの」


 通常、人が持つ紋章の種類は一種類だが、ごく稀に、複数種の紋章を一緒に持つ者が居る。

 それが複紋所持者クロス・クレスト

 生まれた時は、一種しか刻まれていない紋章が、何かのきっかけで、もう一種類の紋章が発現することがある。

 セレリアの場合は、元々は獣紋所持者だったが、様々な経験を積んだ結果、鳥紋も発現したらしい。

 紋章は重なり、十字の形で刻まれることから、クロス・クレストと呼ばれる。


「さぁこれでいいわ。魔法防御の支援魔法をかけたの。矢は大丈夫なんでしょ?」

「ありがとうございます」

「気をつけてね?」


 はいと返事して、ヒューゴはラダールの首を軽く叩く。


「僕の命はおまえ次第だ。でも心配なんてしていないからね。僕等ならできる。……ラダール、さぁ行くよ」


 グアァアアア……と、声をあげ、空を睨み、ラダールはバサァッと羽を広げる。

 ザッと地面を蹴る音がするや、上空目指して、真っ直ぐに突っ切っていく。

 

「……ヒューゴ……武運を祈る……」


 ラダールの行方を追い、セレリアは祈りをつぶやいた。

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