ジェルソンの決断
ズルム連合王国、セリヌディア大陸南西ズルム地方の五つの小規模国家の同盟。
盟主国は、ズルム地方最北のゼナリオ。国王はジェルソン・アル=バブカル。
三つ牙獣紋所持者で幻獣ロックワーム使いのジェルソンは、ルビア王国の侵攻をよく防いでいた。
侵攻前の状況のままであれば、金龍と屠龍による攻撃も、幻獣ロックワームによる防御で対処しきれると考えていたし、実際、これまで敵の侵攻を許していない。
ジェルソンが使うロックワームは、ガルージャ王国国王が使うゴーレムと同様に守備には絶対の自信を持つ幻獣である。砂を大量に含んだ竜巻を発生させ、どのような物質でも、魔法であろうと巻き込んで、それをそのまま防御壁とすることができる。
金龍の雷撃も屠龍のブレスも、この竜巻で防いできた。屠龍ではなく金龍のブレスであれば、その範囲の広さと威力の桁外れの強さで、ロックワームの竜巻すらも消し去られるかもしれない。
しかし、これまでのところ金龍がブレスを吐くことはないままでいる。
その破壊力を金龍紋所持者自身が恐れているとジェルソンは感じ、このままであれば領土を守れると考えていた。
だが、ここに来て予想外の事態が生じていた。
ルビア王国からの流民が増加しているのである。
ズルム連合王国では、現在のような戦時中でなければ、流民は問題にならない。ズルム連合王国の各国は、土着の民族と流民で構成された国ばかりであり、貧しい土地が多い、熱帯の厳しい環境で共に生活する道を選ぶなら労働力不足を解消してくれる流民を歓迎すらしていた。
しかし、国内に力を入れられない状況での大量の流民は、治安の悪化や食糧難に繋がりかねない。
……如何にすべきか決めかねて、ジェルソンは頭を痛めている。
・・・・・
・・・
・
「戦況は膠着状態で依然変わりません」
「それはいいのだが、流民対策はどうなっておる?」
ゼナリオ宰相ニコラ・ルマイセンの報告に、ジェルソンは気がかりな点を確認する。
ニコラは、ふうぅと息を吐いてから報告を始めた。
「ルビア王国で、貧民に弾圧をかけているため、我が国を目指す者は増える一方です」
そうかと答え、ジェルソンは険しい表情に変わる。
前線から少し離れた村を拠点として、ルビア王国軍に対処しているのだが、戦場に近いこの村でも流民と思われる姿を多く見かけるようになってきたのをジェルソンは把握していた。
前線から離れた村へ向かう途中の者もいるが、その多くは他の村へ行っても受け入れて貰えないかもしれないという噂を信じ、国王が居るこの村に滞在したほうが良いと考えている者達だ。
噂は半ば真実で、ここは危険だから他の村を目指せとも言えない状況。
「いっそのこと、流民の受け入れを一時止めるか?」
「それは現状でも賢い選択とは言えません。貧民を弾圧しているルビア王国は、庶民からの評判を落しております。一方、我ら連合王国は受け入れていますので、国民も誇りにしていますし、流民の我が国への忠誠も見込めます」
「だが当分の間は、食料を配ることもできぬ。ルビア王国軍は、攻めてこなくなったが、その代り、我が軍の周囲に屠龍を配置して食料輸送を邪魔している。つまり兵糧の枯渇を狙っているのは明らかだ」
兵士への食料が足りなくなれば、戦意は衰え、しまいには逃げ出す者も出てくる。ジェルソンのロックワームで敵本隊の侵攻を押さえてはいる。
だが、周辺地域を襲う敵兵への対応は、兵士が行っている。
「ガン・シュタイン帝国に使者を送りましょう。ヌディア回廊側から攻めて貰うのです」
「だが……応じてくれるだろうか?」
ウル・シュタイン帝国が分裂して以来、ズルム連合王国とガン・シュタイン帝国の関係は疎遠だ。商人の行き来がある程度で、国家間のつながりという意味ではないに等しい。
「情報では、ガン・シュタイン帝国はガルージャ王国と争っています。帝国南部の憂いを排除後にルビア王国と対決するためでしょう。最近まで続いていた休戦協定をルビア王国が一方的に破ったのですから、これは帝国への宣戦布告と変わりません。ならば、帝国はルビア王国を挟撃したいはずです。何故なら、ルビア王国はヌディア回廊の出口に戦力を集中するでしょうから、その戦力を分散させたいはずなのです」
「判った。しかし、将来手伝うから急ぎ助けてくれと言ったところで、動いてはくれないだろう? 帝国も戦争中なのだからな」
「ご子息……次男のミゲロ様を送り、約定の証と……」
「人質を出すしかないということか……」
「口にするのも畏れ多いことながら、現状は他に手はありません」
ニコラの顔にも苦悩があると見て、ジェルソンはしばし考える。
「ミゲロを人質にするとしても、ガン・シュタイン帝国の首都エル・クリストまでどうやって送るというのだ?」
「陸路は難しいでしょうから、海路を使います」
「何を言っている? 沿岸ならまだしも、沖へ出たら水竜がおるではないか?」
ガン・シュタイン帝国の統龍の一頭、蒼龍。
蒼龍紋所持者ダヴィデ・サヴィアヌスが使役している蒼龍は水竜を配下とし、セリヌディア大陸周囲を警戒させている。ただ、セリヌディア大陸周辺の近海には大型の水棲魔獣も多く、水竜が居ても……海路の使用はガン・シュタイン帝国軍でも極力避けている。水竜は、沿岸の漁業者を魔獣から守っているが、その際も決して安全とは言えないでいる。
セリヌディア大陸周辺の海は、人の立ち入りを拒む地域であった。
「はい、仰る通りですので、多少時間はかかりますが岸に沿って移動します」
「水竜が出ない沿岸でも、南グレートヌディア山脈のそばを通らねばならぬ。あそこを通るのが難しいから海路を使えずにきたのではないか」
水棲魔獣が多数出現するとされる海域。
それが南グレートヌディア山脈沿岸だった。
「陸路を進むより可能性はあります」
陸路は、ルビア王国を縦断しなければならない。
ヌディア回廊には検問もある。
時間の余裕がない今、脱出手段を用意することもできない。
「……賭けが必要だというのか? ミゲロの命を賭けてまで?」
「ルビア王国の要求に我が国は応えられません。彼の国が出してきた、無紋を処刑せよという要求に従うということは、ご長男のアレハンドラ様を処刑するということになります!」
「そのようなことは認められない。だから戦っているのだ」
「負ければ同じです」
「……しかし……ミゲロはまだ十五歳だ……」
「時間に余裕があれば、別の手段も可能かもしれません。しかし、可能なかぎり早くエル・クリストへ到着して交渉し、一度で決めなければならないとなれば、出し惜しみと受け取られない姿勢が求められます。早急にご決断を……」
その場での決断はジェルソンにはできなかった。
だが、翌日にはニコラの進言を認める。
「手配できる限り、有能な従者を共にさせます」
辛い気持ちを殺し、ルビア王国軍の攻撃を防ぐため、ジェルソンは戦場へ赴いた。
◇ 第二章 完 ◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます