作戦開始決定
ラダールに乗り休日を過ごした日の翌日、セレリアの副官ヤーザンから作戦開始の連絡がある。
基地攻略に使用する大弓は、目的地への移動中に馬車ごと受け取る予定だという。
「……ガルージャ王国との戦いは、最終局面に入っています。本隊は、紅龍紋所持者が火竜を連れて敵を潰してきたのです……」
ガン・シュタイン帝国の守護神、二人の統龍紋所持者、パトリツィア・アルヴィヌスとダヴィデ・サヴィアヌス。
統龍紋の一つ紅竜紋を持つパトリツィアは、紅龍を使役し、火竜に命を下せる。
蒼竜紋のダヴィデは、蒼竜を使役し、水龍に命を下せる。
紅龍と蒼竜の力は絶大で、二頭を使役しうる統龍紋所持者がいる故に、ガン・シュタイン帝国はセリヌディア大陸最大最強の国として君臨している。
「何か問題が?」
「紅龍ならなんとかなるのでしょうが、火竜だけでは倒せない相手がいて苦戦しているのです」
「紅龍を出せば良いのではないのですか?」
「ルビア王国を牽制する必要があり、フルホト荒野中央方面司令部から紅龍は動かせないのです」
「なるほど、それで、その話を何故僕にするんですか?」
紅龍を派遣できない理由はヒューゴにも理解できた。だが、戦力の配備や、その根拠は戦略上重要な情報だということくらいはヒューゴにも判る。敵の強みが判るというのは、弱みを知る第一歩だからだ。
そんな大事な情報を簡単にヒューゴに漏らしていいのだろうかと疑問を持った。
「覚悟しておいて欲しいのです」
「覚悟とは、どういうことでしょうか?」
「本作戦が終わったあと、本隊の支援に向かう可能性が高いのです」
「どうしてそのようなことが判るんです? だいたい、僕を含めたとしても十数名の小隊が加わったところで、戦局を大きく変えられるとは思わないのですけれど」
苦戦している味方を支援するのは、遊兵状態になった隊にとっては不思議でもなんでもない。
だが、支援するならば、見合った戦力が必要になる。
十数名程度の小隊ができる支援など限られる。
そんな限られた支援は、大概、どこの部隊でも出来ることが多い。
なのに、セレリアの小隊に指示が来るとヤーザンが確信しているのは何故だろうと、ヒューゴは疑問に感じた。
「ヒューゴさんは、小隊長が地方の貴族の跡取りだということはご存じですか?」
「ええ、それは知っていますが……」
「他の貴族から……ちょっと……狙われているのです」
「ヤーザンさん、そんなこと僕に話していいんですか?」
「だから覚悟して欲しいんです」
「つまり?」
「小隊長の家の領地を狙ってる者が……上の方に居まして……」
「……ああ、そういうことですか」
戦術・戦略の師匠ゴルディアから、貴族間の政治闘争についてヒューゴは聞いている。そういう宮廷闘争のような状況も、戦場への影響があるから対策などの必要も学んだ。
現状、セレリアの存在は、特定の貴族もしくは高位高官にとって疎ましいのだとヒューゴは理解した。
「ええ、ですから、小隊長が信頼しているヒューゴさんには覚悟していただきたいと……」
「もしかして命も狙われているんですか?」
「直接はありません。これまではですけれどね。ただ、この数年、小隊長のところへ回ってくる任務は、少なくとも小隊規模でこなせるようなものではありませんし、結果を出しても昇進につながったこともないのです」
「やっと判りました。今回の補給基地攻略ももっと大きな部隊がやるべき作戦ですよね。僕は、セレリアさんがそれだけ信用されているのかと思っていましたが、逆ってことですね?」
「はい、失敗して命を落すならそれでいいですし、命を落さなくても、失敗の責任を問う形で領地を取り上げることも可能になりますから」
これは大変なことを聞いたとヒューゴは、真剣に頭を使う。剣の師匠でもあり、気心もある程度しれているセレリアとだから、ルビア王国打倒のためにヒューゴは協力できる。
そもそも国家というものを、自身の経験からヒューゴは信用していない。
方針次第で昨日まで白だったものを黒と言い換えるのが国だと思っている。
セレリアが失われたり、その地位が脅かされるのは、ヒューゴにとってこの上なく避けたい話だ。
「その……相手は判っているのですか?」
「証拠はまだありませんが、ある程度は……」
「一つお聞きしたいのですが、ヤーザンさんは何故セレリアさんの力になろうと?」
「すみません。それは申し上げられないのです。ですが、小隊長の味方だという点は誓えます」
本人の証言だから必ずしも信用できるものではない。その程度の注意はヒューゴでもできる。
だが、ヤーザンの瞳と口調からは、真摯さを感じた。注意は怠らないとしても、敵と見做すのは早いとヒューゴは判断する。
少なくとも、セレリアの味方でヤーザンの味方とはまだ言いがたいヒューゴに対してヤーザンは注意を促した。
もし、ヤーザンが敵だったとして、ヒューゴがセレリアの周囲に注意を払うことで、彼の得となることはないだろうとヒューゴは考えた。
「判りました。覚悟しておきます」
……出発は明日の早朝ということだった。
・・・・・
・・・
・
「アイナ、しばらくは一人だけど、大丈夫だよね?」
「私を、心配し甘やかしてくれるのはヒューゴだけね」
「そんな……でも、必ず無事で戻ってくるから、待っててね」
「もちろんよ。その後、あなたが育った村へ連れて行ってくれるんでしょ?」
「その通りだよ。ダビド村長も他のみんなもアイナが行けば喜んで迎えてくれるからね」
「ちょっと、その会話……事情を知らない人に聞かれたら、恋人達の甘い会話よ?」
夕食を終え、明日には出発することをアイナにヒューゴは伝えた。
その後の会話にセレリアがつっこむ。
「それは少し勘ぐった見方ね。家族ですもの、これくらいは普通なんじゃないかしら?」
「そうそう。僕にはリナが居るし、アイナは大事な姉さんなんだし……」
「ああ、判った、判った、判りました。私はそろそろ戻るわね。明日の確認ももう一度しておきたいのでね」
降参したという素振りを見せて、セレリアは席をたった。
ヒューゴとアイナは彼女を見送ったあと、やはり席を立つ。
「うん、僕等もそろそろ宿へ戻ろう。僕も準備しておかなきゃ」
「……ヒューゴ、怪我にも注意してね。私は、あなたが戻ってくるまで、お店で給仕でもしながら過ごしているわ」
「働くの?」
「暇ばかりで退屈するのは嫌よ」
「判った。当初の計画通りだと十五日ほどで、事情によっては四十日くらいかかるかもしれない」
「大丈夫よ。半年でも一年でもちゃんと待っているから。ヒューゴに黙って居なくなったりしないから心配しないで」
「……なぁんだ。僕が心配していること見抜いていたんだ?」
「私達はね、心配性なのよ」
そうかもしれないねとヒューゴは苦笑し、おやすみと伝えて自分の部屋へ戻る。
――そうは言っても、一日でも早く戻ってきて、アイナに幸せな生活を送ってもらわなきゃ……。
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