セレリアの手腕
その夜、ヒューゴの歓迎会と称して、セレリアは夕食をご馳走してくれた。
鹿を手に入れた店主は喜び、鹿肉を使った料理に腕を振るってくれた。
セレリアの小隊に入隊するのではないから、隊員全員を連れてというわけにはいかなかったが、副官のヤーザン・ゾイクリフをヒューゴに紹介する。
ヤーザン・ゾイクリフは、セレリアと同じく地方の貴族出身で三十代半ばの経験豊富な軍人。
落ち着いた雰囲気を持つ青い瞳と、きちっと整髪されている銀髪が彼の性格を表しているようにヒューゴには思えた。
「ヤーザン。ヒューゴの剣の腕は私が保証するし、戦術眼も確かよ。残念なことに帝国軍には入っては貰えないけれど、私の支援役として手伝って貰えることになったの。ヒューゴが私と連絡とれないとき、あなたが連絡を受け取ってちょうだいね」
セレリアに頼まれたヤーザンは頷き、冷静にヒューゴを見る。
口数が少ないというより無言に近く、ヤーザンは最初の挨拶以外で口を開いていない。
「ヒューゴ、ヤーザンは堅苦しそうに見えるし、とっつきにくいようにも思うでしょう? その通りなんだけど、でも頼りになる私の副官なの。何かあったら、彼にも相談してちょうだいね」
これから宜しくお願いしますと、握手を求めると応じてはくれるのだが、表情が変わらないこともあり、握手求めて悪かったのかなと、ヒューゴは戸惑う。
その後、チラッとヒューゴに視線を置いたあと、セレリアに顔を向けた。
「小隊長。今度の作戦についてですが、さきほど伺った作戦は、小隊長が決断されたのですから従います。ですが、今後、ヒューゴ氏に意見を求める前に、私を通していただけませんか?」
――うわっ、しゃべった!
急に、淡々と話すので、ヒューゴは内心驚いた。
「それはどうして? 副官職はあなただけど、参謀職を兼務しているわけじゃないでしょ? 副官の役目は、私の仕事量軽減と、現場指揮の補佐のはずよ」
「しかし、彼は素人です」
「じゃあ、訊きたいのだけど、ヒューゴが提案した作戦とは別の良い作戦案をあなたは出せたの?」
「あ、いえ、それは……」
「そうよね。あなたはゲールオーガのことを知識では知っていても、相対したことないものね。それはいいの。私も似たようなものだから。だけど、ヒューゴは何度も相手をしてきた。だから、ゲールオーガの性格を利用した作戦を立てられた。つまり、作戦立案に適した背景を持っていたってことよね。私はそう判断して、彼に意見を求めて決めた。良い作戦を立てた彼と、案自体を立てられなかった私とあなた、この場合、どちらが素人なのかしら?」
――うわぁ、たたみ掛けている。そこまで言ってしまってはマズイのではないかな。
正論は時として、相手のプライドを傷つける。
人によってはしつこく根に持つこともある。
正しい意見だとしても、言い回しやタイミングに気をつけて言うべきではないだろうかと、ヒューゴはセレリアの態度を見て思った。
「セレリアさん、僕はヤーザンさんとも相談することにします。ヤーザンさんが言ったように、僕は戦争の素人です。それに……僕がセレリアさんと打ち合わせできない場合もあるかもしれません。その時は、事前にヤーザンさんと相談していれば、役に立つかもしれない……」
セレリアはゆっくり頷きながらヒューゴの意見を聞いている。
「ヒューゴの言い分には、理解できる点があるわね……。いいわ、わかった。ヤーザンとヒューゴの間で相談する時間をできるだけ持つようにして貰う。……ヤーザン、それでいいかしら?」
「……ヒューゴ氏に助け船出してもらったようで、恐縮してしまうのですが、同意してもらえて有り難いです」
ヤーザンは苦笑したあと、ヒューゴにペコリと頭を下げた。
「いえ、助け船だなんて……」
「うん、二人はやっていけそうね。……じゃあ、大弓が用意できたらすぐ出発できるよう……」
「はい、それは私の方でやっておきます」
「じゃあ、ヤーザンに頼むわ。ヒューゴへの連絡も頼むけれど、いい?」
「判りました」
――ん? あれ? 話が急に進み出した。もしかしたら、セレリアさんがさっき正論でヤーザンさんを追い詰めたのは、僕が助け船を出すか、他の手段を使って……この状況を作るつもりだったのかな?
ヒューゴがセレリアに目を向けると、意味ありげな笑みを浮かべヤーザンを見ていた。
――うーん、多分そうだな。小隊長ともなると、隊員同士をまとめる役割もあるのだろうなぁ。……勉強になった。でも……怖い! 手のひらの上で転がしている感があって、セレリアさん怖い!
正直に真正面から付き合うだけだったら、こうも早く、ヤーザンとヒューゴの間に関係を作れなかっただろうと、ヒューゴはセレリアの手腕に感心していた。
――人心の操縦も必要な仕事かぁ、僕には無理だな。
人それぞれの性格を把握して、期待している方向へ誘導するなんてと、ヒューゴは、その難しい仕事をさらりとこなしているセレリアに舌を巻いていた。
場の空気も穏やかになり、ヒューゴは食事もお酒も美味しく感じた。
この夜、このまま終われば何ということもない一日として終わるはずだった。
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