アイナとの再会
通りを見ると、酔っ払いに声をかける、数人の女性の姿が目に入る。
胸を大きくはだけさせ、あれではまるで……と、ヒューゴが慌てていると、ヤーザンが教えてくれた。
「基地は男性が圧倒的に多いですし、休暇を長期間取得できない者も居ます。ですから、娼婦もここでは需要があるんです。この店では扱っていませんが、通りの向こう側の店では、奥の部屋を貸しているのです」
「ヒューゴも男だから関心あるでしょうけど、あなたにはリナが居るのだからダメよ」
通りが賑やかだから気になっただけで、娼婦と遊ぶつもりなどヒューゴにはない。
「そういうこと言うのやめてくださいよ。ヤーザンさんに誤解されるじゃないですか」
「フフフ、判っているわよ」
セレリアがからかうので、娼婦から目を逸らそうとしたとき、見覚えのある女性がヒューゴの目に映った。
――え!? まさか? そんなはずは……彼女は死んだはずじゃ……。
しっかりと確認しようと、席を立って通りに出る。
「あら、どうしたのかしら?」
背後でセレリアの不思議そうな声が聞こえた。
――アイナ……アイナじゃないのか?
ヒューゴは一人の女性によろめくように近づいて問いかける。
「アイナ……なのかい?」
ヒューゴと同じ黒髪の女性は、ヒューゴの顔を見て驚いたように口に手をあてつぶやいた。
「……ヒューゴ?」
「ああ、そうだよ。ヒューゴだよ」
――やはりアイナだった。生き残っていた、生きていてくれたんだ……。
ヒューゴが近づいていくと、急にハッとした表情になり、はだけていた胸を両手で隠し、黒い瞳に困惑を浮かべて、アイナは店の中へ走って入っていった。
彼女を追いかけてヒューゴが店内に入ると、机に座る客達を避けながら、奥の部屋へ入っていくのが見えた。
その部屋の前まで歩き、ヒューゴは扉を開けようとしたが、中から鍵がかかっている。
「アイナ! 開けてくれ!」
ヒューゴが扉の外から叫ぶと、店員の男が近づいてきて怒るように注意してきた。
「お客さん、女の子が嫌がってるようなので、止めて下さいませんか!」
「うるさい! 俺は彼女と話がしたいだけなんだ。邪魔をするな」
「いい加減にしてください。じゃないとこちらも力尽くで相手しなくちゃならなくなる」
「やれるものならやってみろ。今の僕は手加減できない」
ヒューゴがそう言うやいなや、店員はヒューゴの胸ぐらを掴んできた。
いつものヒューゴであれば、相手を見て怪我をさせないよう注意する。
だが、我を忘れていて、手加減する余裕が今のヒューゴにはなかった。
店員の腹部に拳を思い切り突き刺した。
発現した士龍の力を使っていないとはいえ、ヒューゴの鍛え方は生半可なものではない。
拳を埋め込まれた店員は、ガハァと呻き、くの字に身体を折って、倒れながら自身の吐瀉物にまみれた。
「ヒューゴ! 何をやってるの!」
背後からセレリアの声が聞こえ、ヒューゴは我を取り戻す。
「あ……」
「どうしたっていうのよ。あなたらしくもない……」
正面に立って睨むセレリアに、ヒューゴは理由を説明しようとした。
「この店で、知り合いが働いているんです。さっきの女性で……アイナと言って……昔、死んだと思っていた……でも生きていた、生きていたんです」
「落ち着きなさい。そしてこの店員に謝りなさい。あなたの話はそれからよ」
「あ、ごめんなさい。頭に血が上っていて……すみません」
ヒューゴは倒れている店員と店主に何度も謝罪した。
「チッ、いいよ。こっちも早合点したようだしな。こういう商売やってりゃ、よく起きることだ。……しかし、ちくしょう、いてぇなぁ……、軍人さん相手にしてるんだ。腕と身体には自信があったんだが、一発でやられるとはな……」
腹部をさすりながら悔しそうに、店員はヒューゴの謝罪を受け入れた。店長も、店が破損したわけでもないし、被害者の店員が許しているのだから、これ以上は問題にしないと苦笑している。
そして……、
「アイナに用があるんだろ? 話してきなよ。一応、何かあったらこっちも困るんで、そこのあんたが一緒に入って、問題が起きないようにしてくれ」
店長は、扉の鍵をヒューゴに渡し、セレリアにはヒューゴを監視するよう伝えた。
「本当にすみません」
鍵を受け取り、ヒューゴは奥の部屋の扉を開けた。
部屋に入ると、ベッドに座り泣いているアイナの姿がヒューゴの目に入る。
「彼女は、今の姿を見られたくなかったのよ。店員殴る前に、そのくらいは察して欲しかったわね」
ヒューゴの背中で、セレリアが小声で言う。
セレリアは、気遣いの無さを責めているとヒューゴにも判った。
だがヒューゴは、アイナに確かめずにはいられなかった。
「ごめん、アイナ、その……」
声をかけるにしても近寄りすぎないようヒューゴなりに気をつけたが、何から話したらいいのか判らない。
「……いいのよ。さっきの私を見られたくなかったけど、もう見られてしまったのよね。逃げても仕方ないんだわ」
「あの……」
「ヒューゴ、あなたが生きていてくれて嬉しいわ。それは本当よ。でも、そのこととは別に、こんな姿の時に会いたくなかったのも本当なの」
「うん……ごめん。今は判るよ」
「そうね。こんな格好で、この場所で話すことじゃない……。明日、あなた時間はある?」
「アイナの都合のよい時間に合わせる」
「そう……。だったら、あなたが泊まっているところを教えて? お昼前に訪ねていくから」
ヒューゴが宿を教えると、アイナは、明日行くわねと答え、その後また俯いた。
「帰るわよ」
ヒューゴの背中を軽く叩いて、セレリアはつぶやいた。
うんとセレリアへ返事し、ヒューゴはまた明日とアイナに声をかけて部屋を出る。
「何か事情があるんでしょうけれど、もう少し冷静にならないとね」
「迷惑かけてごめん」
「今夜のことは貸しよ? ちゃんと取り立てるから。じゃあ、おやすみなさい」
基地へ戻るセレリアを見送り、ヤーザンと別れの挨拶もしないままだったと思い出す。
――ヤーザンさんにも悪いことをしたな。今度会ったら、きちんと謝らなくちゃ。
宿の外では、酔いどれ通りの名のとおり、酔った兵士達が賑やかだ。
夕食時、少しだけ飲んだお酒もヒューゴからは既に抜けている。
今夜だけは、お酒の力でも借りて、何も考えずに眠れたらいいのにと、酔った兵士達を眺めながらヒューゴは残念に思っていた。
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