対ルビア王国を睨んで

 セレリアに案内され、宿のある集落へヒューゴはやってきた。

 基地から近いとセレリアがいうだけあって、民家十軒分も離れていない。

 家の並びが円形状だからバスケットと呼ばれているベネト村の出先と異なり、この集落は三軒づつ向かい合って並んでいる。

 宿が二軒とあとは酒場なため、ここはと呼ばれている。

 勤務後や休暇中の兵士がやってきて、建物に挟まれた通りが酔っ払いばかりになるからだという。

 

 ――夜は騒がしそうだな。まぁいいや、いざとなったらラダールと一緒に、静かに休める場所を探せばいい。


 酔いどれ通りの説明をセレリアから聞きながら、ここの宿は荷物置き場になればそれでいいとヒューゴは考えていた。セレリアが気を遣い、宿代は前金で支払われ、追加はその都度支払われる流れで宿主と話をつける。また、通り側から一番離れた一階の部屋をヒューゴ専用にしてもらった。


 部屋に手荷物を置き、宿から出て、まず昼食を食べましょうというセレリアにヒューゴはついていった。


「少し堅めのパンと、野菜のスープ、申し訳ありませんが、今日はそれしかお出しできません」


 店主が申し訳なさそうにセレリアに言った。


「何かあったの?」

「実は、材料を注文していた商人の馬車が、賊に襲われてしまって……うちだけじゃなく、この通りの店は材料不足で、しばらくはこのようなモノしかお出しできないのです」


 話を聞いていたヒューゴは、そんなの山で調達してくればいいだけじゃないかと考え提案した。


「僕が……鹿で良ければですが……肉だけでも獲ってきましょうか?」

「ヒューゴ……いいの?」

「ええ、たいしたことじゃありませんし、小遣い稼ぎにはなりそうですから」


 店主が疑わしげにヒューゴを見ていることに、セレリアが気付いた。


「あ、この青年はベネト村で暮らしていたので、狩りは得意なんですよ」

「だとしても、ここまで運んでこれるのですか? 護衛がついた馬車も襲われているんですよ?」

「この青年……ヒューゴはそこらの騎士に負けない腕も持っているので、心配はないと思います」


 ――ラダールに食事のついでに狩ってきて貰うつもりだから、僕は行かないんだけど……


「……そこまで言うなら、お願いします。お代は、モノを見てからになりますが、最低でも鹿一頭で銀貨十五枚はお支払いします」


 通常、鹿一頭分で銀貨十枚がバスケットでの相場だ。

 ヒューゴとしては、想定外の収入になりそうだ。

 今日と明日で四頭狩ってくれば、宿代でセレリアの負担を減らすことができるとヒューゴは考えた。


「では、今日は一頭、明日、三頭用意できればどうですか?」

「ほ……本当にできるんですか?」

「大丈夫です。ここですと近い山でも距離があるので、それ以上となると難しいですが……。明るいうちじゃないと、鹿を見つけにくいので、ちょっと席を外します」


 では、いってきますと言って、酔いどれ通りから離れた場所まで歩く。

 ピィィィイイイイ! と、ヒューゴは指笛を鳴らした。

 少しすると、バサァッと羽音が聞こえ、上空からラダールが舞い降りる。


「悪いな。ちょっと手伝ってくれ。鹿を一頭狩ってきてくれないか? あ、ついでに餌も食べてきていいからね」


 グルゥウウ……と喉を鳴らし、ラダールは舞い上がり、そして、ヒューゴは一旦セレリアのところへ戻る。

 ヒューゴの顔を見ると、店主は不思議そうな顔をし、セレリアは、あ、そうかと納得した表情を見せた。


「僕の相棒に頼んできたので、夕食の準備までには届けられます」


 店主に伝えたあと、本題に入りましょうとセレリアに話を促した。


「じゃあ、説明するけれど……」


 セレリアの隊が命じられたのは、敵補給基地の一つを制圧すること。

 ガン・シュタイン帝国側は、ガルージャ王国の継続戦闘能力を削いで早めに戦争終結させたい。


 有利な条件で条約を結び、以前と同じように、同盟関係を結べれば良いらしい。

 占領すると、統治のために人的資源も物的資源も回さなければならなくなり、ルビア王国との戦いに備える際困る。だから占領するつもりはなく、あくまでもガルージャ王国がガン・シュタイン帝国に侵攻しなくなればいいとのこと。


「それで、私が制圧を命じられた基地は、幻獣が守っている。敵に幻獣使いがいるのね。そこで、ドラグニ山には魔獣や幻獣が多く居るでしょ? ヒューゴ、あなたなら対策を知っているんじゃないかと思って……」

「その幻獣は何ですか? ご存じなのでしょう?」

「ゲールオーガよ」


「ゲールオーガが居て困っているということは……その基地を制圧する際、通れる道は一つだけということですね?」

「その通りよ。小高い丘に基地が建てられていて、周囲三方向は崖のようになっている。登っていくのは不可能なのよ。そして一方向に道があって、そこに巨大なゲールオーガが立ち塞がっているの」


 ――ゲールオーガの動きは早くない。

 しかし、魔法を使って強風をぶつけてくる。

 獲物を捕える時には、腕力にモノを言わせて力任せに襲ってくるが、敵を近づけたくない時には魔法を使う幻獣だ。動きが遅いから、怖いのは、ゲールオーガの正面に立ち続けることを許さない風魔法だけだ。

 人が地上に留まることを許さない強風、それだけだ。


 何度か出会ったことがあるので、ヒューゴはよく知っている。

 山では、動きの遅さを利用して回り込んで倒してきた。

 それは難しいことではなく、ベネト村の者なら多くに可能なことだ。


 では真正面から倒すには?

 同程度の強風をぶつけられる魔法を使える者が必要?

 それとも、強風に耐えられるシールド魔法の使い手?


 いや、もう一つあった。

 ゲールオーガの風魔法を無視できる手段がある。


「船を攻撃する際に使用する大弓を用意できますか? 二本でいいんですけど……」

「用意はできるけれど、輸送はどうするの?」

「それは馬車で」

「攻撃可能な設置場所まで運べるかしら?」

「ゲールオーガは、僕とラダールで気を引き付けます。その間に設置してください」

「そんな仕事頼んじゃっていいの?」


 ヒューゴは自信をもって、笑顔をセレリアに返す。


「ラダールは、ゲールオーガの風魔法でやられたりしませんよ。風に乗って離されるだけで、離される距離も旋回すれば最小限で済みますので、再攻撃までの時間も短く済みます」

「ラダールに乗っているあなたはどうするの? 落ちたりしない?」

「僕の心配もいりません。万が一落ちても、地面に落ちる前にラダールが確実に掴まえてくれます」


 自信たっぷりなヒューゴの態度に、これ以上の心配は無用だとセレリアは悟った。


「信頼関係が素晴らしいわね。じゃあ、二方向から大弓でゲールオーガを狙うのね?」

「ラダールとは、セレリアさんと出会った時にはもう相棒でしたから。ええ、一方向には対応できるかもしれないけれど、二方向からの攻撃には対応できないでしょう。ゲールオーガは賢くないですしね」

「……それにしても、手伝ってくれる気持ちになったのは何故?」

「ガン・シュタイン帝国が、対ルビア王国戦を睨んだ早期決着を狙っていると知ったからです」


 ヒューゴは間髪入れずにはっきりと応える。


「なるほど。だったら、今後も手伝う羽目になるかもしれないわよ?」

「帝国の目はいつでもルビア王国に向いていると?」

「そうよ。前国王ヨアヒム・ロマークのままだったら、帝国もルビア王国の動きにさほど心配しなかったでしょう。でも、現国王……いえ、現宰相のディオシス・ロマークの思想は危険だわ」

「噂で聞きました。無紋を敵視し、弱者を排除し、大陸の覇権を狙っている……」

「うん、噂は間違っていないの。共存する気持ちがあるなら、帝国は今更大陸統一なんて考えていないし、問題なかったのにね」


 ――僕には私怨もあるし、ルビア王国はフルホト荒野に出てきて、またベネト村の占領を計画しそうだから、覇権がどうとかは関係ないな。


「帝国だろうと、ルビア王国だろうと、ベネト村にちょっかい出してこなければそれでいいんです。だけど、ルビア王国は手を出してきたし、きっとこれからも出してくる。だから僕はセレリアさんの手助けをするんです。とにかく、出発するときには同行します。さてと……そろそろラダールが戻ってきているはずですので、鹿を持ってくるとしますか」


 ちょっと待っていて下さいねと席を立ち、外に出てヒューゴは通りの先を眺める。

 少し離れたところに、地上に降りて待つラダールの姿が見えた。


「ここまで運んで貰った方が楽だけど、ラダールが通りにまで入ってくると、みんな驚くだろうからな」


 そうつぶやいて、駆け足でラダールのもとへヒューゴは向かった。

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