ダビド家の人達(その二)

食後、ダビドがヒューゴに訊いてきた。


「さて、ヒューゴ君。君の事情を教えてくれないか? 帰る場所とかいろいろ教えてくれ。もちろん、他人には話せないこともあるだろうから……その辺は話せる範囲でいいからね。こちらにも聞きたいことがあるだろう。それにもできるだけ答える」


 ――何をどこまで話していいんだろう。


 ヒューゴは正直困った。

 ヒューゴ達のような無紋……紋章を持たずに生まれてきた者は役立たずと蔑まれる。

 産みの親でさえ、養育を放棄し捨てるのは珍しくない。

 運良く成長し大人になっても、まともな仕事を見つけるのはとても大変だ。

 無紋の女性は、娼婦の仕事すらを見つけるのは難しい。

 無紋の男性なら、墓場の掃除や戦場で遺体から金目の物を探し出し、闇市で売って生活できる程度。

 当然、生存率はかなり低い。

 

 無紋の子は滅多に生まれないけれど、ルビア王国全体で見ると数年に一人くらいは生まれる。

 セリヌディア大陸全体で見ても、数年に十数名程度だ。

 だから無紋がどれほど苦しんでも、多くの人はほとんど関心がない。

 生きていようと死んでいようとどうでもいいのだ。


 だが、ルビア王国の国王は無紋の子にも生活の場をという理由で、国内の無紋を集めて、北グレートヌディア山脈の麓に集団農場を作った。

 ヒューゴが連れられて行ったとき、農場に居たのはタスク、ウィル、アイナの三名だけだった。

 タスクは、ヒューゴよりも五歳ほど年上で、ウィルとアイナは更に十歳ほど年長。

 一番若かったのがヒューゴで、タスク達の手伝い……と言っても雑用をしていた。

 

 農場には無紋だけでなく、各地からいろんな人……と言っても、貧しくて生活に困っていた人達が集められていた。ヒューゴ達は無紋だということで、その人達とは仲良く生活していたとは言えないけれど、それでも協力して農場で働いていた。


 このまま頑張れば生きていけると信じていた……あの日までは……。


 自分が無紋だということは、衣服を取り替えるときにバレているとヒューゴは考えていた。

 紋章は、背中に浮かび上がっている。

 獣紋の持ち主は半月を半分に割ったカーブある牙のような紋章があり、鳥紋の持ち主は鳥の羽に似た紋章がある。

 能力によって牙や羽の数は違い、高い能力の持ち主ほど数多くの紋章を持つ。

 龍紋をヒューゴは見たことはないけれど、龍の爪が紋章だとは聞いている。


 とにかくヒューゴの背中には、なんの紋章もない。


 ――だけど、ここの人達はどうして……無紋の僕に温かくしてくれるんだろう?


 きちんと確認しておかなければ何を話していいかも判らないと考え、ヒューゴは恐る恐る口を開いた。


「僕が……無紋なのは……もう知っていますよね?」

「うむ。背中を見るのは申し訳ないと思ったが、服が治療の邪魔だったからな……血や泥で汚れてたから着替えさせなければならなかったし……」


 ダビドがすまなそうに答える。


「いえ、助けていただいたのですから、それはいいんです。ただ……無紋の僕を治療し、その上こうして温かくしてくださるのは何故かと……」

「この村では、紋章のあるなしなど気にせんよ。私の数代前の村長も無紋だったと言うしな」

「え? そんな……そんなところがあるんですか?」


 無紋が受け入れて貰えるだけでも驚くことなのに、村長という仕事まで許される場所があるというのは、ヒューゴにとって信じられないことだった。


「人にはそれぞれ向き不向きがある。紋章の力を持たないのなら、持たないなりに努力し生きれば良いのだ」


 ポカーンと口を開き、驚きの感情をヒューゴは隠せない。

 ジッと見ているダビドに気付き、表情を普通に戻し再び質問する。 


「ここは……ルビア王国じゃないんですか?」

「ここは南グレートヌディア山脈のドラグニ山にあるベネト村だ。ルビア王国やガン・シュタイン帝国、ガルージャ王国やズルム連合王国のどこにも属してはいない。まあ、ガン・シュタイン帝国とは付き合いはあるがな」

「ドラグニ山? じゃあ……龍神の聖地ですか?」


 龍神の聖地と呼ばれるドラグニ山の噂は、ヒューゴも知っている。

 龍神に認められた者しか立ち入りを許されないとか、無許可で入山すると竜に喰われるとか言われていて、ルビア王国の子供達は、悪さをするとドラグニ山へ連れて行くと大人に脅される。


「まあ、下界ではそう言われているようだな。この山の頂上付近にある龍の祠に、年に二度お参りに行く程度で、龍神が本当に居るかなど気にしたことはない。ただ、グレートヌディア山脈の中でもここドラグニ山は、魔獣や幻獣も多く住んでいるし、他の地域とは異なる現象が起きる。おかげで外からの侵略は滅多にないな」

「聖地にも侵略が?」

「ああ、この数百年の間に数度はあった。私が村長になってからは、まだ一度もない。だが過去にあったのは本当だ」

「龍神が助けてくれたのですか?」

「いや、村人が力を合わせて撃退した。先ほども話したが、この山では、他の土地にはない現象が起きる。山の住民の助けがなければ、この村まで登ってくるのも難しいだろう。それが判っているから、ガン・シュタイン帝国もそう簡単には攻め入ってこないし、無理矢理服従させようともしてこないのだ」

「……そうなんですか……」


 信じにくいことだけれど、この場では無紋だという理由で蔑まれたりすることはなさそうだとヒューゴは感じ、自分自身について話し始めた。


 母は、無紋であってもヒューゴを七歳まで育ててくれたこと。

 一人になったあと、無紋の大人がヒューゴを引き取ってくれ、九歳まで墓場の管理……主に掃除だが……を手伝っていたこと。

 ルビア王国国王が無紋に生活するすべを与えることにし、集団農場へ連れて行かれたこと。

 最近まで、他の無紋や農場の人達と暮らしていたこと。

 集団農場がルビア王国の兵士に襲われ、ヒューゴだけは何とか逃げられたこと。


 ……これからどうしていいのか全然判らないこと。


 ヒューゴは、身の上話をダビドとその家族に正直に話した。


 ヒューゴの身の上話を、ダビドとスタニーは真剣な表情を崩さずに聞いていた。

 ジネットは可哀想にと時折つぶやき、パリスはヒューゴの経験してきた苛酷で理不尽な状況に幼いながらも怒っていた。

 詳しくとは言えないけれど、それなりに話せることを話しおえたヒューゴは俯いて無言になる。


「ここで暮らす気持ちはあるかい?」


 ダビドは、ヒューゴに顔を向け静かに訊く。


「でも……無紋の僕が……それに……ルビア王国兵に襲われた僕が居たら……ご迷惑になるんじゃ……」

「無紋のことは気にする必要はない。君がこの村の住人になるというなら、私達は仲間を見捨てない。それにだ……この村は外との出入りが少ないせいで、いつも人手が足りないんだ。手伝って欲しいことは山ほどある。どうだ? この村で生きてみないか?」


 ダビド以外を見渡すと、皆微笑んでいる。

 善意しか感じられない空気がある。


 ――どうしてこんなに優しいんだ……。


 だが、感謝の気持ちと同時に、裏があるんじゃないかとヒューゴは疑っていた。

 そんな気持ちの動きを察したのかダビドは話を続けた。


「まあ、出会ったばかりの私達を信じろと言っても難しいか……。じゃあ、しばらく暮らして決めてくれ。家族全員の前で約束しよう。この村を離れたいと考えた時は、責任をもって私が君を下山させる。どうだ?」


「行くところがないんでしょ? お父さんの言う通りにしなさいよ。お父さんは約束を破らないわ。私が保証してあげる。もしお父さんが約束を破るようなことがあったら、お母さんに言いつけるから……お父さんはお母さんには逆らえないのよ? ね? そうしなさいよ」


 ダビドの提案に続いて、身を乗り出して村に住めとパリスも真剣に誘う。

 娘の余計な一言に苦笑しつつも、ダビドは横に座ったパリスの頭を撫でている。


「……はい……ありがとうございます」


 村の状況も判らず、これからのことも整理できていないヒューゴは、有り難い話だと、多分、この人達なら大丈夫と思いながらもこの場ですぐに決めることはできないでいた。


「君が決めるまでは、我が家……この居間になるが……で暮らしてくれ。この村で生活すると決めたら、部屋も用意しよう」


 ルビア王国の集団農場から命からがら逃げ落ちてから六日目。

 ヒューゴは、自分自身のこれからを考え始める。

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