ファイナル ミッション〜アフター

最終話 祭りの後〜それぞれの道

 あれから3日後、義母のところに澤村から電話があった。理由はわからないが、ドクターが澤村の処置をしたあと、簡単な事情聴取のみで解放されたらしい。その後、香川がどうなったのかも謎のままだ。


 結局、夏休みの期間ミントと慶太、ロイホもずっと俺の実家で過ごした。

 8月の終わりに、香川警備保障の前を覗くと、トラックで突っ込んだ正面玄関は修理されていたが、社名はなく、ビル自体は空き物件となっていた。ネットで調べてみても、香川警備保障という会社には繋がらない状態であった。


 俺と楓は里穂を連れて、ミントは慶太を連れて、ロイホと一緒に6人で、藤原景子が出したカフェ「サンフラワー」に寄ってみた。

 午後2時を過ぎていたが、9割がた席が埋まっているほどの繁盛ぶりだった。

 ジンさんと神宮寺は喜んで迎え入れてくれた。


「あんたたちからは、お代は取れねえよ」


 彼らは頼んでもないのに、ホットサンドやサラダ、フライドオニオンをどんどん俺たちのテーブルに運んできた。皿を運んでくる度、神宮寺は前面差し歯の綺麗に直した前歯を剥き出して、ニィと笑顔を向けてくる。


 奥から藤原景子が出てきて挨拶をした。最初に会った時と印象が違い、丸く優しい笑顔で店の入り口の外にある向日葵を指差した。


「君が慶太くん?あれ、君の向日葵」


 慶太と里穂が大きい鉢植えに植え替えられた向日葵に近寄った。向日葵は慶太の頭をゆうに越えるまで育っていた。


「そうだ、ミントさん。アイスミントティーの入れ方、教えてくれます?」


 もちろん、とミントは答え、2人は厨房へと消えていった。


「ジンさん、あの日のことなんだけど」


 俺は、ずっと気になっていたことを、ジンさんと神宮寺に聞いた。


「ああ、あれな。余分なことしちゃったかい?俺たちはあの日、また買い出しに出かけてたら、ミントちゃんに似てる子がえらいでかいトラック運転してんなあ、と思ってたら、あのビルに突っ込んだ騒ぎがあって、それで俺たちは、ああまたアンタたちの仕事だなって思ったからなぁ」


「そうそう、俺たち、アンタたちに恩返ししなくちゃならねえから。それで、俺たち昔の仲間に連絡したのよ。俺たちのネットワークってすげえだろ」


 そうだった。最近のホームレスはスマホを持っているんだった。


「『集まってくれた奴は、うちのカフェがオープンしたら1ヶ月無料!』ってLINE送ったら、みーんな集まってきたな」


「おうよ。だけどな、汚ねえ格好で来たら、景子ちゃんにもお客さんにも迷惑だから、風呂入って綺麗な格好して来ないと入店拒否って言ってな」


 油売ってねえで、お前らも働け!他の元ホームレスのウエイターが、2人に怒鳴った。


「あいつ、誰のおかげで景子ちゃんの店で働けると思ってんだ。なあ」


 そのタイミングで、ミントと藤原景子が入れたアイスミントティーが運ばれてきた。

 喉が渇いていたのか、里穂と慶太はそれを一気飲みして、おかわりを注文した。


 向日葵は、まだ伸びようと、外で顔を太陽に向けている。今年の夏は終わりを迎えるが、暑さはまだまだ残りそうだった。


 あの日のことは、遠いむかしのことに感じていた。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 あれから2年が過ぎた。



 澤村は義母と一緒に世界旅行を楽しんでいた。今まで使わず貯めていた金で、若い時にできなかった新婚旅行をしているのだそうだ。たまに日本に帰ってきては、見たこともない、いらないお土産を置いていき、またすぐに旅立つのを、もう1年以上続けている。



 ジバンシイは子供の頃から夢だったというデザイナーを目指し、イタリアに住んでいる。しかし、いつもLINEで送られてくるのは、向こうの女の人と肩を組み、バーで飲んではしゃいでいる写真ばかりだ。



 ダンゴムシからも定期的にLINEが送られてくる。彼はドイツのビール工房で働いている。そこが元妻の実家なのだ。ドイツ人の元妻とつい先月、籍を入れたそうだ。



 アゲハの膝は、膝軟骨を移植し驚異的な回復で、国内Aライセンスを取得し、レースに出場し、プロのレースドライバーを目指している。


 ランボーは髪を伸ばしウエーブをかけ、タンクトップに迷彩パンツ、首からマシンガンをぶら下げ、シュワちゃんは相変わらずの上下レザーでサングラス。タイに移住し、モノマネタレントとして活躍しているのを動画サイトで見かけた。片言のタイ語と全く似ていないモノマネで、大人気らしい。


 ドクターは相変わらず、流行らない自分の病院で医者を続けている。



 俺たちはというと、あの後すぐに楓はトリマー技術習得の専門学校に通い出した。短期で取れるからと通信講座を勧めたが、ちゃんとやりたいから、と言って専門学校を選んだ。

 楓は一度決めたら、テコでも動かないのはわかっていることだ。

 まだ、トリマーの資格がないので、俺は資格が取れたらすぐにトリミングサロンを始められるように、ペットホテルを開いた。

 里穂がいるので、お金には困っていなくても、両親が無職というわけにはいかない。

 たまたま、ミントが小動物看護士とペット飼育管理士の資格を持っていたので、自然とその流れになり、そのままミントも働いてもらうことにした。ミントも慶太がいるので、無職というわけにはいかない点では一緒だ。


 その里穂も、慶太も中学生になった。里穂は普通に公立の中学に上がるものだと思ったが、慶太がいく私立中学に行きたいと受験した。慶太は成績トップクラスで、里穂は学年でも中の下くらいだったから、この2年間相当勉強した。慶太と付き合っているのか、と半分冗談ほぼ本気でたずねると、そうではないとの返事。その私立中学校はこの辺りで珍しく『テコンドー部』があるのだそうだ。そのテコンドー部に慶太と入部する約束をしていたらしい。そのコーチを依頼されているのがフジコだ。2人の将来が、不安だ。


「只今、戻りました〜」


 ロイホが散歩に連れ出していたシーズーを連れて帰ってきた。客から預かったペットを、客の要望通りの時間に散歩させるのもペットホテルの仕事だ。

 ロイホは、将来、障害者の義肢装具士になるために専門の大学に通い出した。きっかけはアゲハの車椅子の改造だったことは言うまでもない。

 大学の講座がない日に、ロイホはアルバイトで手伝いに来てくれている。

 海外出張で預かって1週間立つシーズーは、ロイホに懐いたのか、抱き抱えると顔をベロベロ舐められていた。


 先程新しくダンゴムシからLINEで送られてきた写真を、ロイホに見せた。そこはドイツ人の奥さんとその家族、ビールの樽の前で楽しそうな顔をしているダンゴムシの写真。


「なんか、いいっすね」


 シーズーはロイホの腕の中で、ハゥハゥ言って、また顔を舐めまくる。


 あ、店長。このペットホテルでバイトし始めてから、ロイホは俺のことを『店長』と呼ぶ。『店長』は恥ずかしいからやめてくれ、と最初のうちは言っていたが、やめないのでそのままにしている。人をあだ名で呼ぶ癖みたいなのが、とれないようだ。


「そう言えば、なんか外に、中覗き込んでる男の人いるんですけど」


 一瞬緊張が走った。俺はミントと目を合わせ、店の観葉植物の陰から外の様子を伺った。外にいたのは、前の会社の新人小林だった。俺は店の玄関を開けた。


「久しぶり、どうしたんだ?」


 時計は午後2時過ぎ、それも平日、スーツ姿だ。

 中に入れると、ミントはお茶を出した。もちろん、アイスミントティーだ。


「なんすか、これ。超美味いっすね」


 初めは、あの後彼女と別れて数ヶ月前に新しい彼女ができただことの、生産管理部の課長が離婚しただのの世間話をしていたが、結局、小林が話に来たのはパートの柏原の愚痴だった。小林は、


「あのババア、マジで殺してえっす。浅野さん辞めてっから、更に酷いですよ。部のみんなで一旦決まったことを、『私は聞いてない』とか言って、全部白紙に戻せとか、まじ有り得ないっす。あのババアのせいで、白井さん鬱んなっちゃって休んでんですよ」


 聞いていて、あの頃を思い出し少しは腹が立ったが、今は、そんなこともあったなあ、と他人事で聞ける。あの頃はあのババアのことで一日中神経をすり減らしていた。

 あの時、巻き込まれたように澤村の会社に入り、あんな仕事を経験して、今のんびりとペットホテルなんてやれているのは、幸運なのかもしれない。あんなことがなかったら、優柔不断な俺は今でも小林と一緒にストレスを貯めつつ働いていただろう。


「でね、俺今回マジ殺そうと思ってんすよ。でも自分の手で殺しちゃったら、犯罪者になるじゃないすか、それマジ損ですよね。あんなババアのせいで刑務所とかマジ勘弁なんで。それでね、俺見つけちゃったんですよ」


 まずい話の流れだ。ミントと目が合う。


「ちょっとした裏アカで、殺しを引き受けてくれる会社があるんです。それ、浅野さんっすよね」


 下を向いている俺の顔を、小林はしたり顔で覗いてくる。


「そうっすよね。浅野さんも、あのババアに恨み、あるじゃないですか。浅野さんの恨みも発散するっつーことで、料金ちょっとまけてもらえません?」


 俺は腹を抱えて笑った。ミントも釣られて笑った。俺たちの表情を見て、違うんすか?違うんすか?と小林は顔を真っ赤にさせた。


「お前、本気で言ってるの?ここペットホテルだよ。第一に、あんなババア殺してなんのメリットがあるの。ただムカつくってだけで、殺すまでする?普通」


 小林はバツの悪そうな顔をして、


「ですよねー。そんな、浅野さんがねえ、そりゃないですよねー」


 店の入り口が開いた。楓が専門学校から帰ってきた。


「ごめーん、遅くなっちゃった。ダメだ、今度の実技も全然上手くできなかったよ」


 そう言いながら入ってきた楓は、小林に気づくと、いらっしゃいませ、と笑顔を向けた。俺が小林を紹介すると、え、浅野さんの奥さんですか?と言いペコッと頭を下げて、帰っていった。


「ミントさん、それでどうだった?飼い主さんの病状は?」


「病状は悪かったです。すぐさま手術が必要だと思います。今夜、手術の準備はできています」


「そう。じゃあドクター呼んでおいて」



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 Are you going to commit suicide or

 become a killer?〜あなたは自殺者になりますか、それとも殺し屋になりますか?


 そう言われてどれくらい経ったのだろうか、だいぶスムーズに人を殺せるようになってきた。


 考えてはダメだ、と楓にに教わった。右にあるものを左に動かすだけ、殺し屋の仕事とはそういうもんだそうだ。

 余分なことは考えない。殺す時は、殺すことだけを考える。

 殺し屋だけじゃない、世の中ってそういうもんだ。


 この世に対象者という病原菌がいる限り、俺たちの仕事は無くならない。






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アットホーム アサシン【改訂版】 オノダ 竜太朗 @ryuryu0718

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