第20話 不可思議な少女

 次の日の学校の帰り道。


 僕は明彦と通学路の鉄道沿線で途中下車をして寄り道をしていた。目当ての書店に行って新刊の漫画をチェックし、美味しいという噂の鯛焼き屋で買い食いをする。

そのうち、にわか雨が降りだしたので、駅までの帰り道を傘をさしながら歩いていた。


「なあ、明彦。やっぱり女の子には男の方から積極的に声をかけるべきなのかな」

「なんだ、急に? 好きな女でもできたか?」

「いや。一般的な話としてさ」


 僕は星原とした話を思い出して、何となく明彦にも同じような話を振っていた。


「男女問わず、やっぱり積極的に声をかけた方が印象は良いものなのかな。僕はうっとうしがられないかと気にしちゃう方なんだけどさ」

「恋愛に関して言うなら基本的には男が女を追いかけるべきだろうな。少なくとも神様はそう作ったらしい」

「そうなのか?」

「ああ。聖書によると神様は最初に男と女を作る時に男の肋骨を使って女を作ったそうだ。だから男の胸にはそれと気づかずに穴が開いていて、胸の中の足りない所を持っている相手を探し求めるんだ」


 僕はヒュウと口笛を吹いて苦笑する。


「気の利いた返しだな。シェイクスピアか何かかい?」

「いや。ある映画のセリフさ」

「そんなロマンチックなことを言う割には、明彦は気軽にいろんな女の子に声かけるよなあ」

「俺の穴は大きすぎて、一人の女の子で埋まるかどうかわからないってことよ」

「その言葉は一人でも女の子と付き合ったことのある人間が言うべきだ」


 明彦は可愛い女の子と見るやいなや声をかける習性があるのだが、その成果はあんまり芳しくない。とはいえその行動力は僕にはないものなので内心尊敬してはいるのだが。


「そういうお前はどうなんだ」

「いや、僕もないけど。……あ、でも女の子と言えば」

「何だよ、何かあるのか? 浮いた話が」

「いや確かに僕はクラスで浮いているけど。そうじゃあなくて」

「何だ? もったいぶるなよ」

「最近、不思議と一人の女の子とよく出くわすんだ」

「は?」




 僕は明彦に最近身の回りで起きているちょっと不思議な話を語ることにした。


「その子は制服から察するに、僕らと同じ天道館高校だとは思うんだ。つけているリボンタイの色からしてたぶん一年生」

「可愛いのか?」

「うん。まあちょっと目が大きめで、髪はサイドテールにしていて肩にかかるぐらいだったかな。でも最近僕が帰る途中でやたらとその子を見かけるんだ」

「別に普通なんじゃあないか? 俺たちと同じ高校に通っているんだから。帰り道が多少同じになることだって」

「いやでも、少し前まではその子は見かけなかったんだ。なのに数日前から突然行く先々でその子が待ち構えているみたいに途中で立っていることがあるんだよ」


 そう、最初は学校の校門の近くだった。うちの学校は最寄りの駅から少し距離があるのでバスを使う生徒が多い。ただ最寄りの駅も二つあるので使っている路線によって乗るバスの方向も違うのだ。一週間ほど前に僕が学校の校門を出て、いつも使っているバス停の方に向かうとその少女はバス停の横に立っていた。


 外見は人の目を引く程度に整っているので、僕も何となく印象に残っていたのだがどういうわけか気が付くといなくなっていた。


「いなくなっていた? 消えたってことか?」

「いや、そういうと大げさだな。つまり同じバスに乗って駅前のバス停で降りたはずなのに姿が見えなくなっていた」

「ふうん。単純にバスを降りてからお前とは違う方向に向かって帰ったってことじゃあないのか?」

「それがそうじゃないみたいなんだ」

「ほう?」


 二回目は僕の使う電車の駅のホームだった。


 僕は学校から家に帰るまでにバスを使った後で電車に乗り換えるのだが、その駅のホームでその少女はまたも現れた。その時の彼女は本を読むでも携帯電話をいじるでもなくただ無表情で周囲をうかがっていたのだ。


 なんとなく「ああ。この間の少女だ」と見ていたのだが、その少女は僕と目が合うと一瞬戸惑ったような顔をしてすぐに目をそらした。


 僕もその場ではそれ以上関わらずに彼女から目を離した。その後で電車が来たので僕は乗車したが、結局彼女はホームに残っていた。まるで誰かを待っているかのように。


「ね? もしも僕と違う方向に帰ったというのなら、同じ路線は使っていないはずだろ?」

「単純に最初の時は用事があって他のところに行ったんじゃないか? ただの偶然とも思えるがなあ」と明彦は眉をしかめる。

「三回も同じことが起きても?」

「三回も?」


 つい数日前のことだ。


 僕の家は学校からバスに乗り、電車で数十分揺られた後にさらに別の私鉄路線に一度乗り換えて二つ目の駅から歩いたところにある。その日も僕は私鉄に乗り換える駅でおりてホームから連絡階段に向かった。しかし、その時またも例の少女の姿が目に入ってきたのだ。


 階段の横に立っていた彼女は僕の姿を確認すると微笑を浮かべて軽く会釈した。どうやら向こうも僕のことを覚えているようだ。僕も無言で会釈して彼女の横を通り過ぎた。


「つまり、まとめるとこういうことか。その少女はいつもお前を待ち伏せするように現れる。しかしそのくせ、その場ではお前と同じ方向に向かうそぶりを見せない。だが遭遇する場所はだんだんお前の家の方に近づいてくる」

「ま、そういうこと。……いや気にするほどのことでもないのかもしれないよ。でもちょっと不自然だなってさ。何か僕に用事があるけれど話すきっかけがなくて、付いてきてまわっているとかなら一応の説明はつく。だけどそんな心当たりはない。しかも行くところを先回りしているんだ。まるで僕の心を読んでいるみたいに。それでいて何もしない」

「ホラー映画なら、その子は幽霊か何かで今夜あたりお前の家の前で待ち構えているところだな」

「ああ。よくある怪談だな。でも別にそんな不気味な印象はないよ。ご期待にそえなくて申し訳ないけど」

「そんなに気になるなら次に見かけた時には直接話しかけてみたらどうだ。また出会う可能性もあるし、仮に幽霊でもお前に関心を持ってくれる貴重な女子かも知らん」

「声をかける? いやでも、そこまでは……」

「何ビビッているんだよ。いいか? 仮に声をかけて口説いて、そのあげく振られたとしてもだ。お前は別に何かを失うわけじゃあないだろ?」

「まあ。……そうかな?」

「そうだよ。むしろ貴重な経験を手に入れたんだと思えばいい」

「そうだね。考えておくよ」


 雨の降る中、僕は明彦と顔を見合わせて苦笑した。しかし明彦のまたその子と出会うかもという予言が翌日あっさりと成就してしまうとはこの時の僕は予想だにしていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る