第2章 バスター

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 あれから二週間経った。桃華から連絡は無く、XENOが絡んでいそうな事件も周辺で起きることは無かった。至って普通の日常が続いている。

 しかし心境の変化は起きた。筋トレやランニングを数年ぶりに再会することした。ある程度鍛えておかなければいけないと思い立ったからだ。

 今日も朝のランニングを終え、家に帰ってきたところだ。


 「ただいまー」


 玄関のドアを開けると、居間の方から笑い声が聞こえてきた。足元を見るとウチの住人ではない女物の靴が置いてあるのが目に入った。


 「お客さん来てんの?」


 靴の持ち主を確かめようと居間に行くと、思わぬ人物が食卓で母さんと談笑していた。


 「おかえりー」


 母さんは手をヒラヒラと振って出迎える。


 「お疲れ様」


 しつけ通りに動いたペットを褒めるような甘い声で出迎えたのは桃華だった。彼女の今日のコーデは白のTシャツにデニムのショートパンツ姿。


 「あらま。どしたの?」


 俺は冷蔵庫から『梓印』の付いたスポーツドリンクを取り出して母さんの隣に座り、一息ついた。


 「お仕事の件で訪ねたんです」

 「XENOが出たのか」


 スポーツドリンクを勢いよく飲み、首にかけたタオルで顔を拭く。桃華は微笑みながら俺の問いに答えた。


 「いいえ、まだXENOの報告は来てません。今日はこれからの事についてのお話をお母さんと速野さん本人に聞いてもらいたくて」

 「梓でいいって言ったのに」

 「むぅ……梓に聞いてほしくて来たの」


 不満気に口を尖らせて訂正する。ちょっと可愛い反応だ。

 一転して桃華は真面目な表情へと変わった。


 「ええっと、梓はバスターになる気ある?」

 「割となる気満々だった」

 「もし、正式になるんだったら『鬼毘人の血』を飲むことになるんだけど」

 「XENOの血を聖水で薄めたってヤツか。あれを飲んで力を得るんだっけか」

 「そう。血を飲むということは人間ではなくなるということと、同義ってわけ」


 それを聞いて母さんの表情が曇った。そりゃあ目の前で「息子が人間じゃなくなる」なんて言われりゃそうなるよな。

 「それは……飲まなきゃいけないの?」


 母さんが心配そうな声で問う。


 「バスターをやるにはその必要があります」

 「でもさ」


 俺が食い気味で話に割って入る。二人の視線がこちらに集まった。


 「親父は完全に人間だったんだろ?」

 「そう。だからあなたは別の道があるの」

 「別の道?」

 「本来なら今の時代だと純粋な人間はバスターにはなれない。だけど、あの『速野翔輝』の息子である梓ならそのままでも許可される可能性があるわ。」

 「それなら……」

 「ただし」


 桃華はぴしゃりと俺の言葉を遮った。


 「人間のまま戦える、いえ、もっとね。私達鬼毘人化できるバスターと同等の実力を証明しなきゃ通らない」

 「同等ってどれくらい?」

 「その辺りは私も詳しくは知らないけど。まあ、とにかくそういう手もあるということで。どうする?」

 「決まってるだろ。俺は血は飲まない」

 「飲んじゃったほうが楽なのに?」

 

 恐らく鬼毘人化すればあのガジェット達は必要なくなるんだろう。それだけの力が手に入る。だけど、それだと親父が俺に残していった意味が無い。


 「それに、血を飲んだら親父に負けたことを認めるようなもんだ」


 俺のセリフを聞いて母さんはクスクス笑い始めた。


 「生きていたら『はい、俺の勝ちー! お前失格ぅー!』とか言われるよ」

 「たしかに言いかねないね。あの人なら」


 ガジェットを残したのは「人間として」周りの人たちを守れってことだ。死んでから親父は俺に勝負を仕掛けてきたんだ。同じ条件で勝負をして自分に追いつき、そして追い超せるかどうかの勝負。


 「そっか。まあ、はや……梓だったらそう言うと思ってた」

 「ごめん。相棒の俺が人間のままだったら迷惑かけるよな」

 「ふふっ、ちゃんと足引っ張らないように強くなってね?」


 それはそれはとても明るい笑顔を向けられた。俺の相棒は仕事以外だとこんなに可愛い顔をするのか。この前の事件の時は凛としていて、あれはあれで美しかったけども。


 それから俺がバイトに行く昼前までの時間を3人で話をして過ごした。その時明らかになった事だが、桃華は現在22歳で4つ年下だった。それと彼氏がいないこともわかった。なにより母さんが桃華に興味津々で色々聞いていた。



 桃華にバイト先へ送ってあげると言われたので、ありがたく彼女のジムニーに乗せてもらうことにした。


 「楽しい人ね。梓のお母さん」

 「まあな」

 「『梓どう? 私が言うのもアレだけどイケメンだし、料理できるし、多分性格マシな方だよ! 昔は女にだらしない奴だったけど今は治ったから!』って言われた時はびっくりしちゃったなぁ」

 「ははは、悪かった」

 「孫が早く見たいんだって」

 「いつも言われてるよ。俺は沙良紗のほうが望みあるぞって言ってるけどな」


 桃華は苦笑した。その時彼女が一瞬悲しそうな顔をしたように見えた。気のせいかもしれないが、なんとなくそれ以上その話題に触れてはいけない気がした。

 桃華は少し重苦しそうな感じで口を開いた。


 「私は無理なんですよ」


 急にまた敬語へ戻ってしまった。そのまま口調は変えずに話を続ける。


 「さっき言ってなかったんですけど、鬼毘人になってしまうと生殖能力が無くなるんです。男女関係なくね」

 「それは一生?」

 「ええ、副作用みたいなものです。そのことを理由にバスターにならない人もいます」


 強力な力を得る代わりに、生物として本来あるべき機能が無くなる。それは辛い事だろう。将来自分の子供が欲しい人にとっては尚更だ。


 「それを知った上で桃華はなろうと思ったの?」

 「もちろん」


 淡々と答える桃華だったが、どこか寂しげな声色だった。もしかしたら多少なりとも後悔しているのかもしれない。


 「桃華がバスターになったのっていつ?」

 「17歳の時ですね」

 「おお! 凄いな」


 俺だったら17歳の時にバスターになる覚悟はできていなかっただろう。


 「色々犠牲にはしましたが、憧れの職に就けて満足しているんです」

 「そっか」


 そこで話は終わり、バイト先に着くまでお互い黙ってしまった。


 数分後ジオンモールのお客様駐車場に到着。礼を言ってから俺は荷物を持って車を降り、彼女の車が見えなくなるまで見送った。


 「行くか」


 ぐっと伸びをしてから店内へ向かった。しかし、どうにも頭がバイトモードに切り替わらない。



 ――梓のバイトが終わるであろう夕暮れ時、梓達のいる星岬町から約50kmほど離れた寂れた港町「軽岩市けいがんし」にある港近くの貸倉庫に、桃華と同じ班に所属する『北進昴ほくしんすばる』と『美好鴈馬みよしがんま』の二人が来ていた。

 昴は桃華と同じ歳だが、しっかりと鍛えられた体と短髪で厳つい顔つきのため、少々老けている印象が感じられる。

 鴈馬は昴と同期で年下の20歳。軽くパーマのかかったミディアムヘアで、さらには童顔で痩せ型のため昴とは歳の離れた兄弟のように見える。


 「鴈馬、準備はいいか?」

 「いいよ」


 二人は倉庫の入り口の前で突入準備をしている。昴は堂々としているが、鴈馬は少し弱腰だ。

 昴が片手で倉庫の大きな扉を常人離れした力で、思い切り開いた。

 開けた瞬間、鴈馬が木刀を片手に突入する。何箇所か電灯が切れており薄明るく、内部は鉄くずだらけだった。しかし、奥に中学生くらいの少女がロープで縛られ横たわっている。口はガムテープで塞がれており、涙目で二人に助けを訴えている。

 鴈馬は少女の元へ駆けつけようとするが、壁から鉄くずが投げつけられ、鴈馬は回避する。間もなく昴が鴈馬の前に立ち、攻撃を防いだ。


 「2級以上の相手だったらお前死んでたぞ」

 「ごめん」


 昴は既に鬼毘人化しており、容姿が変わっていた。桃華のように腕や顔の一部だけではなく全身が変化しており、変身と言った方が適当だろう。

 筋肉は大きくなり、髪は腰近くまで伸びている。なによりその顔の変わりようが凄い。

 まるで獰猛な闘牛のような顔になっている。眼は青白く光り、大きな角が生えていた。


 「気持ち悪ぃな」


 昴が壁に張り付いている男を見て呟いた。

男は着ている黒いタンクトップがブカブカなほど痩せていて、薄気味悪い笑みを浮かべながらゆっくりと壁を這っている。


 「プランAで行く?」


 鴈馬が額の汗を拭いながらそう訊ねた。


 「そうだな……いや、ここはBでやろう」

 「了解」


 次の瞬間、昴は地面を勢いよく蹴り、一気にXENO目がけて跳んだ。そして壁に着地すると、指をめり込ませて同じように壁に這う態勢になった。


 「どうだ? 張り付けるのはお前だけじゃないんだぜ?」


 XENOにとって予想外だったのか、驚いて動きを止めてしまう。昴はその隙を突くように奴の腕を掴んで鴈馬の元へ放り投げた。

 鴈馬は木刀を持つ両手に力を入れる。すると木刀が太刀のような形へ変化した。


 「滅!」


 鴈馬が掛け声を発したと思うと、一瞬でXENOの体が真っ二つに斬られた。上半身と下半身に分かれたが、それでも抵抗しようと暴れだした。別れたうちの下半身の方が倉庫の出口へ向かって走り出した。


 「鴈馬はそっちを頼む!」


 昴が壁から手を離し、逃げている下半身へ向けて走り出した。ジタバタと暴れるXENOの頭に鴈馬は思い切り太刀を突き刺す。しかし、白目を剥いて力が抜けたが消滅しない。


 「なんで!?」


 ――本来XENOには鬼毘人に対する抵抗力が備わっている。そのため、ダメージを負っていない状態のXENOに鬼毘人の力で倒そうとしても、XENOを完全に消滅させることはできず、回復されてしまう。しかし、美好鴈馬の能力は他の鬼毘人化したバスターとは違い、ダメージを負っていなくても頭を斬れば完全に倒すことができる。


 昴は空いている扉から出る寸前で奴に追いつき、前屈みになって生えている大きな角を尻に突き刺した。そして勝ち誇るように頭を上げると下半身は音を立てて黒い炭と化した。同時に上半身の方も炭になり崩れ落ちた。



 昴はXENOを倒すとすぐに元の姿に戻った。二人は縛られていた少女のロープをほどき、安否を確かめた。


 「大丈夫?」

 「はい、え、あの……」

 「安心しろ。俺達は敵じゃない」

 「でも、あなたさっき……」

 「ああ、アレはなんだ、そういう人種なんだよ俺は」

 「それは無理があるんじゃない?」


 鴈馬が笑いながら突っ込む。対して昴は顔を逸らす。


 「さっきの怪物はXENOって言うんだ。聞いたことない?」

 「ありますけど……あれが?」

 「そう。それで、僕らはXENOを退治するバスターっていう集団なんだ。僕の連絡先教えておくから、またXENOに遭遇することがあったら連絡ちょうだい」

 「わかりました」


 震える手で鴈馬の連絡先の書かれたメモを受け取る。その後二人は少女を車に乗せて家まで送って行った。

 一仕事を終えて二人はコンビニの前でたむろしていた。


 「筋肉痛来た?」

 「いや、平気だ。長時間発動しなかったからな」

 「そっか」


 鴈馬はペットボトルのミルクティーを飲みながらスマホをいじり、その横では昴が煙草を吸っている。

 「アイツ『炭』ってことは野良だよね」

 「そうだな。最近は契約した奴ばかりだから灰化が多かったが」

 「うん。そういえばリーダーは五日間で契約済みの2体やったんだってね」

 「らしいな。4級と3級だろ? あの人なら一人でそのくらい余裕だろ」

 「それが一人じゃないらしいよ」

 「俺らは手伝いでいなかったから……別の班の奴と組んだのか?」


 鴈馬は首を横に振り、驚いた表情で返答した。

 「バスターでもサポートでもない一般人」

 「はぁ!?」

 「そこそこ役に立ったらしくて、相棒にするってさ。それも血は飲ませないって話らしい」

 「マジかよ! いくら人手不足つってもそれはないだろ。鬼毘人化しないでバスターやるなんて、あの速野翔輝くらいしかまともに出来たのいないんじゃねぇのか?」


 鴈馬は昴にスマホの画面を見せる。そこにはSIGNでの桃華からのメッセージが映っていた。

 『明後日9時に支部集合! 私の新しい相棒も連れて行くよー♪』


 慌てて昴も自分のスマホを確認する。同じメッセージが届いていたのが確認できた。


 「だ、大丈夫なのかよ」

 「リーダーの見込みならまあ、期待できるのかも……?」

 

 

 二人は顔を見合わせ顔をひきつらせた。

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