《内蔵式自動再会装置》

枝豆ほうれんそう

第1話


 眼前には広大な砂漠が広がっている。


 街を離れてから、もう、どれほどの月日が経ったのかは分からない。

 絵に描いたような地平線が彼方まで浮かんでいて、焦げるような暑さが、懸命に体内まで熱を伝える。


「大丈夫。まだ歩ける」


 そうだ、大丈夫、まだ進めると己の手のひらをぎゅっと握る。


 言葉が意味を持つとは、きっと、こう言う事なのであろう。自らが吐いた言葉が栄養になり、背中を鼓舞し、激励し、末端まで降り積もる。


「あの、貴方は?」


 その声が誰の物か、もっと言えば誰宛の物なのか、初めは分からなかった。必死に歩みを進めていたせいもあったのかもしれない。


「貴方は旅のお方でしょうか?」


 視界を占領した小柄な女性が、問う。


「そうです。訳あって長い長い旅をしています。目的の地まではまだ長いのです。貴女も旅のお方でしょうか?」


「はい、もう大分歩いていて、街まではまだ長いのです」


「では、これを差し上げます。少しは命の足しになるでしょう」

 私は水の入ったボトルを差し出す。


「そんな、情けなんて必要ありません。この世界で情けは命取りです。どうか自身の為、お役立て下さい」


「私なら、同じものを後、もう二つほど持っています。私なら平気です。断る事は私の意地が許しません。どうぞ受け取って下さい」


 ならばと彼女は条件を加える。

「ならばこのストールを受け取って下さい。凍える夜も、きっとあなたの身体を温めてくれるでしょう」


「それでは、あなたが凍えてしまいます。この世界で情けは命取りです。どうか自身の為、お役立て下さい」


「私なら、同じものを後、二つほど持っています。私なら平気です。どうぞ受け取って下さい」


 男女はなけなしの契りを交わし、ありったけの礼を言い、また歩き始める。




 ⌘




 あれから、もう、どれほどの月日が経ったのかは分からない。

 絵に描いたような地平線が彼方まで浮かんでいて、内臓を抉るような静寂が、心の最深部にて悲鳴をあげる。


「大丈夫。まだ歩ける」


 そうだ、と思いつく。いつか誰かから受け取ったストールを引っ張りだし、純白のそれに身体を預ける。


 空気が澄んで、星が見え出す。熱を享受したせいか、心に平穏が訪れる。


「あの、貴方は?」


 その声が誰の物か、もっと言えば誰宛の物なのか、初めは分からなかった。ここまで懸命に歩みを進めていたせいもあったかもしれない。それが彼女が、私に向けて吐いた言葉だと悟った時には、理由も分からぬ涙が頬を伝った。


「大丈夫ですか? 何か悲しい事でも?」


 私は戸惑いを隠せなかった。悟られぬようにと問いかける。

「いえ、すいません。お見苦しいところを見られてしまいました」


「貴方は旅のお方でしょうか?」


 視界を占領した小柄な女性が、問う。


「そうです。訳あって長い長い旅をしています。目的の地まではまだ長いのです。貴女も旅のお方でしょうか?」


「はい、もう大分歩いていて、街まではまだまだ辿り着きそうにありません」


「では、これを差し上げます。少しは命の足しになるでしょう」

 私は水の入ったボトルを渡す。


「そんな、情けなんて必要ありません。この世界で情けは命取りです。どうか自身の為、お役立て下さい」


「私なら、同じものを後、あともう一つほど持っています。私なら平気です。断る事は私の意地が許しません。どうぞ受け取って下さい」


 ならばと彼女は条件を加える。

「ならばこのストールを受け取って下さい。凍える夜も、身体を温めてくれるはずです」


「それでは、あなたが凍えてしまいます。この世界で情けは命取りです。どうか自身の為、お役立て下さい」


「私なら、同じものを後、あともう一つ持っています。私なら平気です。どうぞ受け取って下さい」


 男女はなけなしの契りを交わし、ありったけの礼を言い、また歩き始める。




 ⌘⌘




 あれから、もう、どれほどの月日が経ったのかは分からない。

 絵に描いたような地平線が彼方まで浮かんでいて、真っ暗で真っ黒な世界に身体ごと持っていかれそうになる。


「大丈夫。まだ歩ける」


 そうだ、と思いつく。いつか誰かから貰った藍色のストールを重ねる。熱の篭ったそれが一層身体を温める。


 頭上には銀河がぶら下がる。何故だか点滅する星の明かりが愛おしく感じられ、心に平穏が訪れる。


「あの、貴方は?」


 その声が誰の物か、もっと言えば誰宛の物なのか、初めは分からなかった。ここまで懸命に歩みを進めていたせいもあったかもしれない。それが彼女が、私に向けて吐いた言葉だと悟った時には、所以も知らぬ涙が頬を伝った。


「大丈夫ですか? 何か悪い事でも?」


 私は戸惑いを隠せなかった。悟られぬようにと問いかける。

「いえ、すいません。お見苦しいところを申し訳ありません」


「貴方は旅のお方でしょうか?」


 視界を占領した小柄な女性が、問う。


「そうです。訳あって長い長い旅をしています。目的の地まではまだ長いのです。貴女も旅のお方でしょうか?」


「はい、もう大分歩いていて、街まではまだまだ辿り着きそうにありません」


「では、これを差し上げます。少しは命の足しになるでしょう」

 私は水の入ったボトルを渡す。


「そんな、情けなんて必要ありません。この世界で情けは命取りです。どうか自身の為、お役立て下さい」


「心配要りません。私なら平気です。断る事は私の意地が許しません。どうぞ受け取って下さい」


 ならばと彼女は条件を加える。

「ならばこのストールを受け取って下さい。凍える夜も、身体を温めてくれるはずです」


「それでは、あなたが凍えてしまいます。この世界で情けは命取りです。どうか自身の為、お役立て下さい」


「心配は無用です。私は大丈夫です。どうぞ受け取って下さい」


 男女はなけなしの契りを交わし、ありったけの礼を言い、また歩き始める。




 ⌘⌘⌘




 あれから、もう、どれほどの月日が経ったのかは分からない。

 絵に描いたような朝陽が地平線から恥ずかしそうに顔をあげる。


「見えた。街が見えたぞ」


 もうすぐだと拳を握る。いつか誰かから貰った橙色のストールを重ねる。熱の篭ったそれが冷えた身体に光をくれる。


 街に到着すると、一目散に妻の元へと向かう。暫く振りの表情に、感情が絆される。


「あなた、よくご無事で」


 その声に情動が込み上げる。眼に映る彼女の表情に視界が揺れ、涙が頬を伝った。


「ああ、酷く長い旅だった。しかしここまで、沢山の優しい人々に出会ったんだ。おかげでここまで生きながらえた」


 私は三色の擦り切れたストールを掲げる。すると、妻が驚いた顔をする。


 加えて、妻が後方を促す。顔見知りのボトル達が背比べをしている。


 男女はいつか習った言葉を交わし、秘めやかに祝杯をあげ、また朝を迎える。

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《内蔵式自動再会装置》 枝豆ほうれんそう @smilesoft

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