転生したのに職業が神父なんて夢がなさすぎる。

竜野 早志

ープロローグー ある森の戦い

「軟弱ッ! 軟弱ッ! 軟弱すぎるぞ! 人間ども! 笑わせるな!」


木々が生い茂る森の奥深く。開けた場所で高笑いをしているのは、この地域一帯の魔物たちを従えている親玉。牛鬼。人間のように二足で直立しており、牛のような頭に、ゆうに3mは超えようとする巨体。そして、右手には成人男性程の大きな棍棒を携えている。

牛鬼は、棍棒を軽々持ち上げると棍棒に付いた血痕を振り払った。

その牛鬼と対峙するように向かい合っているのは、勇者率いる三人の女の子たち。


「なんなんなのだぁ……アヤツわ。人が口上を掲げてる時は、攻撃とか反則じゃろうがぁ……ガハッ」


口から血を吐いて倒れている黒いローブを羽織った少女は魔法使いのマゴ。


先ほど牛鬼の前にいの一番に飛び出していき中二病臭い口上を叫んだかと思うと、牛鬼から即座に棍棒による重い一撃を入れられてしまったのだ。


「マゴちゃん! しっかりして! マゴちゃん! 死んだらだめだよぉ!」


マゴを揺さぶり泣きながら必死に呼びかける皮の鎧を着た少女は、この世界の勇者ファーム。

ファームは、キッと牛鬼の方を睨め付けると涙ながらに訴えた。


「……牛鬼さん。マゴちゃんになんてことをするんですか!」


「ふっ……バカな人間よ。何を言っておる。俺は魔物だぞ? 魔物が人間一人ひねり潰して何が悪いというのだ! ガハハハハハッ!」


牛鬼は小バカにする様に高らかに笑った。

そりゃそうだ。相手は魔物。人間ではない。魔物は故意に人間を襲うのだ。理不尽に暴力をふるってはいけないなんて常識があるはずがない。だが……違うんだ。牛鬼。ファームはそこに怒ってるんじゃないんだよ。


「そうじゃなくて……なんでマゴちゃんのお話をちゃんと聞いてあげないんですかって言ってるんですよ!」


「ハハハ…………ん???」


いきなり見当違いの怒られ方をした牛鬼は変な顔になる。

そうだ。牛鬼。その反応が正しい。お前は何も間違っていないぞ。

うちの勇者ファームは、優しすぎる家庭で育った生粋の箱入り娘。それがゆえに、ちょっと……ほんのちょっとだけずれているのだ。


「マゴちゃんがケガをしてしまうことはしょうがないことです。ですが……せめてマゴちゃんのお話を最後まで聞いてあげてからでもよかったじゃないですか! マゴちゃん……三日前から私たちに隠れて一生懸命考えてたんですよ! それなのに……ひどいじゃないですか!」


「なっ!……なっ!」


唐突にばらされた事実に、みるみる顔を真っ赤に染めあげ言葉にならないくマゴ。

そんなマゴの様子に全く気づかないファームは牛鬼に訴える続ける。


「黒く輝くは漆黒に輝くにしようとか、ユグドラシルはどこかに入れたいなとか、一生懸命辞書を引きながら頑張っていたのに……あんまりですよ。人の話は最後まで聞きなさいってご両親に習わなかったんですか?!」


「へっぁ……あっえ? えっ……とぉ……そ、それは……すまないことをした」


ファームの見当違いの怒り方に混乱し、とっさに謝ってしまう牛鬼。

血痕のついた棍棒を持ちながら、きれいに頭を下げる牛鬼は、それはそれはシュールな光景だった。

もうやめてやれ。ばらされたくない努力をばらされた挙句、牛鬼に謝られてしまったマゴが恥ずかしすぎて悶え苦しんでるじゃないか。瀕死のマゴにとどめを刺してやるな。


「はっ……なぜ我は謝っているのだ! 俺に親などというものはいないのだ! 魔王様の魔力により無から生まれた存在。魔物に人間の常識を当てはめようとは愚かな人間よ! 泣き落としにかかり油断させようとしたのなら残念だったな! ガハハハハ!」


牛鬼は正気を取り戻し、再び高らかに笑い始めた。


その牛鬼の言葉にファーム何かに気づいたようにハッとする。


「えっ……そうなんですか。ご両親は……いないのですか。すみません。そうとは知らず私失礼なことを。ごめんなさい!」


「え、いやいや別にそこに気を使わなくても結構なのだが……我にとっては当たり前のことだしな。こちらこそなんかすまぬ」


牛鬼に親がいないことを知ると慌てて頭を下げ謝り始めるファームに、それに答えて頭を下げる牛鬼。

いったいなんだこの謝り合戦は。取引先に出向いたサラリーマンじゃないんだぞ。戦闘をしろ、戦闘を。


「うぬぬぅ……な……なんなんだこの小娘は。とてもやりずらいではないか。はっ! まさかこれが狙いか! 我のペースを乱して隙を窺う作戦だったな。ええい小癪な勇者どもめ!」


いえ。違います。本気です。ファームはそういう子なんです。

あまりにも優しすぎるファームに翻弄冷めたれる牛鬼。

すると、先ほどまで後ろで腕を組みながら様子を見守っていた、背の高い剣士風の女の子が一歩前に出てきてしゃべり始めた。


「すまない。牛鬼。うちの勇者様は物凄く優しいお方なのだ。魔物だろうと何だろうと平等に接する変わり者でな。熱い戦いがお望みならば私が相手になろう」


彼女は3人の中で1番年上女の子。戦士のジェーン。


「ほぉ……少しは骨がありそうな奴がいるじゃないか。おぬしは、俺を楽しませてくれるんだろうな。俺は、女だからといって手加減するような真似はせんぞ」


「ふっ……かまわないさ。手加減など無用。むしろ本望!」


ジェーンは腰元の剣に手をかけ、牛鬼とにらみ合った。先ほどまでとの空気とは打って変わり、ピリついた一発触発な空気が流れ始める。

どうやらやっとまともな戦闘が始まるようだ。


「マゴが世話になったな。戦えもせずやられてさぞかしマゴは無念だろう。マゴの痛み、苦しみ、お前にも受けてもらうぞ! 覚悟しろ牛鬼!」



「エへへ……吐血だぁ。へへへ。なにこれカッコイイ。やっぱトマトソースと本物の血じゃ迫力が違うなぁ……ゲブァ」


「しっ! マゴちゃん! 静にしなきゃだめだよ」


「……………………喜んでいるようだが?」


「おぬしらはもっと緊張感を持たんか!」


せっかく作り上げた空気をすぐに台無しにするマゴ達。

牛鬼の冷静なツッコミにジェーンは顔を真っ赤にしながらファーム達に怒る。

ホントに一瞬でもシリアスな空気にはなれんのかこいつらは。

ジェーンは咳払いを一つして気持ちを整えると、剣をゆっくりと抜いた。


「すまない。仕切り直そう。お詫びと言っては何だが……貴様に1つ聞く。貴様は飛ぶ斬撃を見たことあるか?」


「ガハハ!何を言っている。笑わせるな。人間の間で伝説となっている剛腕のウィルとかいう人間の得意技だろ。所詮、噂好きの人間の空想にすぎん」


「たしかにな。嘘みたいな話ばっかりだ。体長が2メートㇷ゚あるとか、剣で城を真っ二つにしたとかな……しかしだ、そいつが実在したとしたら?」


「何を言って……ん?」


何かに気づいたように牛気の目が一瞬にして大きく見開く。


「ま、まさか……その燃え盛る炎のような赤髪に頬の傷……お前が噂のウィル一族の末裔だというのか?! しかしそんなはずは……!!」


「しかと目に焼き付けな! くらえっ! 『タカトビ』!!」


目にもとまらぬ速さで飛び上がり真横に振られたジェーンの剣は、風を切り、草木を揺らし、手を離れ――



ガキーン! カラン……カランカラン。



――木にぶつかり地面に落ちた。



いや、お前もかい。



「……………………」


「……………………」



牛鬼とジェーンの間に訪れる驚くほどの静寂。

その静寂を破ったのは。


「あの……ジェーンさん。剣、落としましたよ?」


親切にも剣を拾いに行ったファームだった。



「私が斬撃だぁぁぁあ! クソがぁぁああああああああああああああああ!!」


「どこが斬撃だぁあああああああああああああああああああああああああ!!」


「グフォエ!!」



やけくそになったジェーンがコブシを握りしめて飛び掛かると、横に払った牛鬼の棍棒がまともに入りジェーンは近くの大木に激突した。


「キャァーーー! ジェーンさーん!!」


「ガハッ……すまぬ。ファーム。どうやら私はここまでのようだ……後は頼んだぞ……ぐふっ」


そういうと、ジェーンの体はだらりと力尽きる。

そして、いつの間にか恍惚とした表情で力尽きているマゴ。

残っているのは、勇者のファームただ一人。


「なんなのだ! いったい何なんだ貴様らは! 貴様らはホントに勇者一行なのか? こんなやつらに大量の子分達がやられたというのか! あり得ぬ! 冗談だろ! おい何とかいったらどうだ! え?!」


「ひッ……」


あまりに手ごたえがない相手に戸惑い怒り狂う牛鬼。

仲間達が目の前で一激でやられ、牛鬼の怒りに怯えてしまったファームは、その場にぺたんと座り込んでしまった。


「なっ……腰が抜けただと? はぁ……こやつらではないな。勇者パーティーがこんなに弱いわけがない。興が冷めてしまったわ。おい、お前。俺は戦う意思のない者を殺す趣味はない。早くそのバカ2人を抱えてここから立ち去るのだな。偽勇者よ」


怯えるファームにあきれた牛鬼は、ファームに背中を向け大きな足音をさせながら立ち去っていこうとした。

すると、どこからともなく剣を抜く音が聞こえた。


「……愚かな。剣を抜いたか。せっかく見逃してやると言っておるのに……勇気と無謀は違うのだぞ」


ファームは、震えた手で剣を握りながら声を絞り出すようにしゃべり始めた。


「に……偽なんかじゃ……」


「なに?」


「偽なんかじゃないです! 私は本物の勇者です!」


「嘘をつけ。こんな震えた勇者がどこにいる」


「……確かに私は勇者っぽくないかもしれません。だけど、大好きなお父さんやお母さん、大好きな村の皆を救うため、私は村を出て勇者になったんです! あの時の気持ちは忘れない! 私がどんなに怖くても苦しくても1分1秒でも皆を苦しみから救えるなら私は前に進すすむ! 勇者ならここで逃げるわけにはいかない!」


「おい! いくなっ! バカっ!」



牛鬼に向かって啖呵を切って戦おうとするファームに、思わず声が出てしまう。

戦う能力のない俺が止める権利なんてない。しかし、今にもやられそうな女の子を黙って見ていられるはずがなかった。しかし、そんな声はファームには届かない。


「勇気だけはあるようだな。相変わらず足の震えは止まらぬようだが。……よかろう。この牛鬼グラコス。お前のその決断。どれほど愚かなものか……全力で殺し教えてくれよう! 名を名のれ臆病な勇者よ!」


「私は偉大なる農家の娘! 勇者ファーム! うわぁぁあああああ!!!」


恐怖に涙を浮かべ鼻を垂らしながらもファームはしっかりと剣を握りこみ、いかにも戦いなれていない無茶苦茶な構えで牛鬼に向かって力強く走っていった。


結果は言うまでもなかった。一方的な牛鬼の攻撃になすすべはなくファームは見るも無残にやられてしまった。

俺は悔しかった。目の前で自分と同い年位の女の子達が命をかけて恐怖や痛みと戦っているにも関わらず、男の自分が何にもできないことが情けなかった。

そんな風に思った事にも関わらず、俺は、彼女達を助けることができなかった。


いや、できないのだ。


なぜなら俺は今、彼女たちから100キロ以上離れた教会から映像を見てるだけにすぎないのだから。




「……はぁ。やられちまったか……何度見てもこえるなァ……」


教壇の上の水晶から手を離すと先ほどまでの戦いの映像は消え、元の綺麗な水晶に姿が戻る。


「あの牛鬼はかなり強そうだった。弱点なんてありそうもなかったぞぉ~」


そう頭を掻きむしりながらぼやいていると。


「なんだ。あいつらもうやられたのか。だが、見つけるしかないだろ。それがお前の仕事だ。お前が見つけなきゃ、あいつらは長く……いや世界が滅びるその時まで苦しむだけだ。お前は豊富な知識と雑学を持っている。お前をを呼んだのは間違いないと私は思っているぞ」


修道女の服を着た少女がポテチをポリポリと食べながらそう言った。


「そうは言われともなぁ~」



ガコン。ガコン。ガコン。



そうぼやいていると、隣の部屋から大きな物音が『三回分』聞こえてきた。


「ん。あいつら帰って来たぞ。早く行ってやれ。もぐもぐ……あははは! 『ラブミードゥ!』って!」


横になってポテチを食べながらギャグマンガで大爆笑するこの少女は、この世界の女神ヘンティル。ホントにコイツは女神なのだろうか? この世界にSNSがあったなら写真を撮ってばらまいて炎上させてやるところだ。


「はいよ。了解しましたよっ……と」


溜息を吐きながら椅子から立ち上がり隣の部屋へ向かう。

さぁここからが俺の仕事の時間だ。

部屋には綺麗に並んだ三つの棺桶。

棺桶を開けると、先ほどまで100キロ以上離れていた場所で牛鬼と戦っていたファーム・マゴ・ジェーンの三人。


「さて……生き返らせますか……」


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転生したのに職業が神父なんて夢がなさすぎる。 竜野 早志 @tatunosoushi

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