恋する電柱
下海孝誠
第1話恋する電柱
私が幼少の頃住んでいた田舎町は、遊ぶものなど殆どなく、その電柱が友達であった。
私はその電柱を"良し子"と名付けていた。
良し子は、或る時は隠れんぼの隠れ蓑に、また或る時は寒さを凌ぐ盾に、そして、また或る時は私が飼っていた猫が行方不明になった時、張り紙を貼って、猫が帰ってきたのだった。
そんな良し子を私は大事にしていた。父親の作業場から工業油を持ち出し、良し子のメンテナンスをしたし、また、雑巾で拭くときもあった。
良し子は、この田舎町の無人駅の線路脇にあった。
私が中学になった時は、駅の改装をするという案が出た時、景観を損なう署名活動をして、改装を間逃れた。実際は、町のお金が足りなかったらしいが。
そんな風にして、私はこの町の良し子と育ったと言っても過言ではなかった。
そんな私も大人になった時、この町を離れ、都会に揉まれていた。生活のためにやむを得なかったのだ。
ときどき、良し子を思い出していたが、かなりの老朽化をしているだろうと案じた。
そんな或る時、私は犯罪を犯した。
私の友人が、闇金から金を借りて、それを返せず、殺されたのであった。
私はその仇を討つべく、闇金事務所を用意周到に調べ、その金庫から1億円を強奪したのだった。
そして、その足で、私は、私の故郷の田舎町にしばらく身を隠すべく、電車にかけ乗った。
車窓は都会の建物の連続から次第に田畑が見え、何度も乗り継ぎ、とうとう、地元町に近くなってきた。
私はさっきから、不穏な気配を感じていた。
ずっと、付いてきている男がいるのだ。
都内にいるときは、たまたま向かう方向が一緒かとも思えたが、もう、ここまで来ると、私を付けているとしか思えなかった。
とうとう、私の地元駅に着いたとき、私とその怪しい男だけになる場面があった。
その刹那、男は内ポケットから手を引き出すと、そこに拳銃があり、そして、その銃口は、私を向いていた。
私はここまでなのかと思った。
しかし次の瞬間、目を疑う光景が映った。
電柱の良し子が折れて、男の上に倒れ落ちたのであった。
電柱の下敷きになった男の手からは、拳銃が投げ出されたのであった。
恋する電柱 下海孝誠 @shimoumi
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