5.案内人は赤い髪

 看板娘のキャロルはすぐにノエルと打ち解けた。

 というよりも、彼女が勝手にノエルのことを気に入ったという方が正しい。


「美形は増えて損がないわ」


 いくつもの手引き書をノエルの前に積みながら、キャロルはそう言い放った。


「顔が良いって事はそれだけで客引きになるのよ。感情の希薄な人形? 上等よ、顔が良くてそれなりの対応ができりゃそれだけで金になる」

「もうちょっと言い様はないのか」

「ない。――ともかく、ノエル。わからないことがあったらなんでも聞いて。そんで早いこと即戦力になって、あたしに楽して稼がせてちょうだい」

「はい、キャロル様」


 無茶苦茶なキャロルの言葉に、ノエルは機械的にうなずく。そんな二人のやりとりに時折頭を抱えながらも、ドロッセルはなんとか昼間の仕事をやりきった。

 そうして、夜を迎えた。

 夕方に小雨が降ったせいか空気は冷えている。

 霧が絹の幕のように淡く掛かっているが、視界が完全に効かないと言うほどではない。

 濡れた路面はガス灯にてらてらと光り、歩くたび小さな水音を立てた。

 ひとまずガス灯の近くに立ち、ドロッセルは辺りを見回す。足下でトム=ナインが腰を下ろし、毛繕いを始めた。

 そこから離れたところに、ノエルはまるで影に溶け込むように立っていた。

 吐く息は人間と同じように白い。ここまで再現されているのかと、ドロッセルは感嘆した。


「……調子はどうだ?」

「問題ございません。全機関、異常なく稼働しています」


 ノエルは淀みなく即答した。今晩初めての会話だった。

 ドロッセルは「そうか」とうなずき、頭を掻きながらもう一度辺りを見回した。

 大通りから離れていることもあり、人の気配はない。


「ヒラリーの話だと監督役がいるはずなんだが。もしかして、陰から見ているのかな……」

「――どうだろうな」


 聞き覚えのない男の声に、ドロッセルははっとして振り返った。

 いつの間にか男が一人、街灯にもたれるようにして立っていた。


「意外と、堂々と見ているかもしれないぞ」


 年は三十代前半ほど。相当な長身で、恐らくノエルよりも背が高い。

 燃え上がる炎にも似た、見事な赤髪をしている。幅の広い帽子を被り、堂々とした体格には漆黒のマントを纏い、足には拍車の着いた革靴を履いていた。


「だ、誰……ですか?」

「おっと、そう堅くなるなよ。いつも通りの調子でいいんだぜ」


 赤髪の男はへらっと笑って帽子を脱ぎ、恭しく一礼して見せた。


「俺はグイードだ。グイード・ウィッカーマンって呼ばれてる。イカれた名前だろう? ウィッカーマンってな、ドルイドが焼く人形のことさ」

「わ、私はドロッセル・ガーネットだ」


 ドロッセルは慌てて膝を軽く曲げて、グイードのおどけた礼に応えた。


「貴方が、今回の監督役か?」

「まぁ、そんな感じのものだな」


 グイードはちょいと肩をすくめつつ、ドロッセル達の元に歩み寄ってきた。近づくと予想以上に背が高く、ドロッセルは思わずその圧力に押されて一歩下がった。

 革手袋に包まれた人差し指を立て、グイードはドロッセルを指さす。


「嬢ちゃんがドロッセル。で、あんたが……えーと、誰だっけ?」

「ノエルと申します。お嬢様のしもべです」

「へぇ……そりゃまた良い名前をもらったもんだなぁ。まるで生誕を祝福されてるかのような名前だ。焼き殺し人形よりはずっといい」

「私が与えた名前なんだ。ノエルは自分の名前がわからないから」


 ドロッセルが口を挟むと、グイードは興味深そうにうなずいた。


「自分の名前がわからない……ね。なるほど、だから俺が呼ばれたわけだ」

「え、それはどういうことだ……?」

「はっはっは。それは内緒だ。なんでもすぐにわかったら世の中退屈だぞ?」


 頭にぽんと革手袋を嵌めた手が乗り、ドロッセルは思わず硬直する。

 グイードはへらっと笑い、ドロッセルの頭を雑に撫でてきた。


「詳しい事情は後で教えてやるよ。とりあえず二人とも、向こうに――っと。おや?」


 グイードは手を止め、辺りを見回した。その顔からは笑みは消えている。それまでの脱力した振舞いがまるで嘘のように、緑色の瞳の眼光は鋭い。


「どうしたんだ?」


 戸惑うドロッセルを庇うようにノエルが軽く手を広げた。

 相も変わらずその顔には表情はないが、グイードと同じように辺りを見回している。

 トム=ナインもドロッセルの足下で毛を逆立て、ぐるぐると唸り出した。


「……何かおかしいな?」


 グイードが短く呟いたその時、霧を引き裂いてけたたましい異形の声が響き渡った。

 同時に霧の向こう――屋根の上を、黒い影が軽やかに跳ぶ。


「ぎゃっ――な、なんだっ、助け――!」


 小さく聞こえた男の悲鳴に、ドロッセルは血相を変える。


「異形だ、誰か襲われている……!」


 笑い声にも似た声からして、異形の正体は恐らくモルグウォーカーだ。

 あの異形は、特に獲物をいたぶるような殺し方を好む。発達した手足を巧みに用い、数体がかりで獲物をさんざん追いかけ回した後、疲れ切ったところを襲うのだ。


「追われている人が疲れる前に助けないと!」

「……ちっ。予定にはないが、あんなものを放置するわけにはいかないな」


 大きな舌打ちとともに、霧の中でマントがひるがえる。

 グイードは帽子を押さえると、高い靴音を立てて走り出した。


「行くぞ! とっとと片付ける!」

「わかった! ノエル、モルグウォーカーを追うぞ!」


 グイードの怒鳴り声に答えつつ、ドロッセルはトム=ナインを伴って駆け出した。


「――御意」


 短い応答。直後、ドロッセルの目の前を黒い影がよぎった。

 ノエルだった。グイードを悠々と追い抜かし、またたく間に脇の裏路地へと飛び込む。その速度たるや凄まじいもので、彼の姿はほとんど黒い風のようにしか見えなかった。


「ひゅうっ、すごいなぁ。おれより速いとは」

「感嘆してる場合か! 急ごう、常人が異形を目にすると――!」


 ドロッセル達も速度を上げ、あまりの速度によってほとんど黒い風と化した彼を追った。

 裏路地へと入った瞬間、頭のないモルグウォーカーが倒れる光景が目に飛び込む。


「なっ……!」


 ドロッセルはカットラスの柄に手をかけたまま、呆然と立ち尽くした。

 切断された首から噴水のように血を撒き散らしながら地面に沈み、消滅していく。

 それをしっかりと見届けて、ノエルが双剣の構えを解く。

 その背後には、ハンチング帽を被った男が倒れていた。彼に襲いかかったモルグウォーカーの頭部を、ノエルが一撃で切断したようだ。


「まさか、こんなに呆気なく終わるなんて……!」


 感嘆しつつ、ドロッセルは男に駆け寄った。

 どうやらしこたま呑んだ帰りだったらしい。非常に酒臭い上に煙草臭い。

 においを嗅いだトム=ナインが尻尾を踏まれた時のような声を上げ、大慌てで離れた。

 ドロッセルもむせながら近づき、男の呼吸を確認した。


「生きてる……異形を見たから失神したんだ。常人は耐性を持ってないから」

「厄介な連中だなぁ。異形だの魔術だのを見ただけで精神に影響を受けるなんて。そんで耐性を持ってる異端者を腫れ物扱いたぁひどいもんだ」


 ポケットから陶製のパイプを取り出しつつ、グイードはやや離れた建物へと近づいた。


「得体の知れない者を恐れるのは仕方がない。ともかく今は、この人を安全な場所に――」

「……お嬢様。まだ、終わっていないようです」


 ノエルが硬質な声で答えた瞬間、強い耳鳴りを感じた。

 それは、異形の出現の予兆。直後、霧の中に無数の赤い波紋が広がる。


「モルグウォーカーに釣られたのか……!」


 耳を押さえながら、ドロッセルは光る波紋を見上げた。その隣でトム=ナインが毛並みを逆立て、ぐるぐると低い声で唸りだした。

 モルグウォーカーはかつて、異形の先触れとも言われた。

 多くの異形は血臭に強く引かれる傾向にある。故に体中から血と屍肉のにおいを漂わせるモルグウォーカーは、そこに一体いるだけでも他の異形を呼びやすい。

 例えそこが人間界だとしても、境界が緩んでいれば異形はやってくる。

 現われたのはモルグウォーカー、粘膜にも似た外皮を持つ多頭のヒュドラ、彫像がそのまま動いているようなイコンゴーレム……。


「こりゃまた。異形の大売り出しだな」

「冗談だろう……」


 軽いグイードの言葉をよそに、ドロッセルはその数に呻いた。

 まだ現実世界の法則に順応しきっていないため、異形の大半はどこか苦しげに身をよじっている。しかしそれでも、この数を相手にするのは骨が折れる。


「数が多い……でも、戦わないと――!」

「――問題ございません」


 囁きとともに、ノエルの姿がかき消えた。

 影が駆ける。ガス灯の光を照り返し、双剣が霧を裂く。

 直後モルグウォーカーの頭が宙を舞い、遅れて鮮血が噴きだした。その様を見もせずに、ノエルは続けてヒュドラへと襲いかかる。

 ばらばらに襲いかかる複数の頭に、ノエルは表情も変えずに双剣を繰り出した。

 骨肉を断つ音が小気味好く響き、蛇の頭が次々に宙を舞う。

 ドロッセルが動く間も――そしてその必要もなかった。

 たった数秒で、現われた異形の半分がノエル一人によって排除された。

 そのあまりにも鮮やかな手際に、気を取られすぎていた。


「お嬢様!」


 ノエルが振り返り、珍しく声を張り上げた。

 ドロッセルははっと我に返り、大きく後退する。なびいた赤髪の毛先を、死角から音も無く迫っていたもう一体のヒュドラの顎がわずかに掠めた。

 ヒュドラは、全身を粘膜に覆われた多頭の蛇だ。

 伸縮自在の体で音も無く獲物に迫り、強力な神経毒を持つ牙を突き立てる。

 その三つの頭が今、粘着質な音を立てながら次々にドロッセルに襲いかかった。

 ノエルが助けに来ようとしているのが視界の端で見えた。しかしその疾走は、小山のように巨大なイコンゴーレムによって阻まれる。

 自分でどうにかするほかない。ドロッセルは唇を噛み、きっと前を睨む。


「――ッ、私だって……!」


 しかしその手がカットラスを振るうよりもわずかに早く、蛇の首が鞭のように動いた。

 迫り来る毒牙に、ドロッセルは思わず身を竦ませる。

 空中に火花が飛び散った。

 直後、ごうっと音を立ててヒュドラの体が燃え上がる。何が起きたのかも理解できず、ドロッセルは焼失していくヒュドラの姿を呆然と見つめた。

 その背中に、間延びした声が掛かる。


「――まだまだ未熟だなぁ、嬢ちゃん」

「グ、グイード……いつの間に――!」


 驚愕するドロッセルの頭を、グイードは笑いながら軽くこづいた。


「もっと肩の力を抜きな。戦い方を考えろ。――そら、お前の人形が戦ってるぞ」


 グイードがパイプで指し示した先では、ノエルとイコンゴーレムの戦いが繰り広げられていた。

 その異形は、三叉槍を携えた白亜の神像の外観をしている。しかし厳めしい神の顔面は半ば砕け、断面にはびっしりと眼球が並んでいた。

 三叉槍が唸りを上げ、ノエルめがけて振り下ろされた。

 ノエルは円を描くような動きでそれを回避すると、そのままイコンゴーレムに一撃を入れる。

 しかし、その刃は青い火花を散らして弾かれた。

 イコンゴーレムは、異形が古い彫像に寄生することで生まれる。

 その体は硬く変質し、痛覚を持たない故にどれだけ傷つけても動きを止めることがない。


「ノエル、今行く……!」

「まぁ待ていろ、嬢ちゃん」


 思わず駆け出そうとしたドロッセルの手を、グイードがしっかりと掴んだ。


「そう考え無しに動くもんじゃない。まずはよく見て、考えろ。人形師の仕事は人形を使うこと、そして試行錯誤をすることだ。……よく思い出せ、あいつの力を」

「ノエルの力……?」


 グイードの囁きを聞いたその瞬間、ドロッセルの脳裏に異界での記憶が蘇った。

 リチャード三世との戦い。人形を操る咆哮を、ノエルはどのようにして防いだか。そして暴走するリチャードの体を、どのようにして破壊したか――。

 改めて、ドロッセルはノエルの動きを見る。

 イコンゴーレムは巧みに三叉槍を操り、間合いを維持していた。時にその胸部からべきべきと音を立ててムカデの胴に似た触手を繰り出し、ノエルを牽制する。

 ノエルはその槍や触手を、長身に見合わぬ軽やかな足取りで次々にかわしていた。

 その青い瞳は、ひたとイコンゴーレムを捉えている。

 隙をうかがっている――それを察して、ドロッセルはマギグラフのスロットを開いた。

 いつの間にか、グイードが手を離していた事にも気づかなかった。


「ノエル、私が隙を作る! 合わせてくれるか!」

「問題ございません」


 ノエルは淡々と答え、半歩ずれることで三叉槍の一撃を躱す。


「トム! 行くぞ!」


 これから使う術は、少しだけ負担が大きい。

 いつものような経絡の痛みを覚悟しつつ、ドロッセルはその手を高く振り上げた。


「【詠唱chant】! 砂の進軍サンディマーチ!」


 勢いよくドロッセルの手が振り下ろされる。

 その動きに合わせ、瞳を霊気に輝かせたトム=ナインがその場で一度跳躍した。柔らかな肉球が地面に触れた瞬間、そこから青白い電光が生じる。


「あれ……」


 違和感があった。ドロッセルはまじまじと、振り下ろした自分の左手を見る。


「痛くない……」


 魔術を使うたび必ず経絡が疼き、時には激しく痛んだ左手。やや負担の大きな術を使ったにもかかわらず、今はまるで痛みを感じない。

 ドロッセルの困惑をよそに、電光は素早く地面を駆ける。

 それがイコンゴーレムの足下に到達した瞬間、鈍い地鳴りが響いた。

 砂の進軍――これは、異形の周囲の地盤を一時的に柔らかくする魔術だ。石畳がまるでクッキーのように砕け、イコンゴーレムの片足が地中に沈み込む。

 大きく傾いだ異形の体を前に、ノエルの足にわずかに力が込められた。


「――お見事にございます」


 淡泊な賞賛の言葉が、冷たい夜風とともにドロッセルに届く。

 そうしてまばたきした直後には、もうノエルの体はイコンゴーレムの眼前にあった。

 悪あがきとばかりに異形が拳を振り下ろす。

 ノエルは防御も、回避もしなかった。迫り来る拳に対し、彼は右の剣を振りかぶる。

 その時、ドロッセルの脳裏に浮かんだのは昼間のヒラリーとの会話。


『通常のオートマタと違って、レプリカはオラクルレンズを搭載できない』

『代わりにレプリカは、『忌能きのう』と呼ばれる強力な能力を獲得する。……君の話を聞く限りでは、どうやらノエルくんは【傷】に関する忌能を持つようだね』


 刃が、イコンゴーレムの拳に触れる。

 瞬間、そこに深紅の亀裂が刻み込まれた。音を立て、亀裂は瞬く間に肩口まで這い上がる。

 ノエルはそのまま動きを止めず、強く踏み込んだ右足を軸にその場で回転。

 遠心力を載せた左の刃が、唸りを上げ亀裂に叩き込まれた。

 その一撃で、イコンゴーレムの拳は呆気なく砕け散った。

 大きく揺らいだ異形の体。その顔面で、大量の眼球がぎょろぎょろとあらぬ方向を見る。


「……なるほどねぇ。対象に霊気の傷を刻み込む能力か」


 顎を撫でながら、グイードが目を細めた。


「あんなもん、異形みたいな強い霊気を持つものには効果覿面だわなぁ……。それに魔術なんかもそうだな。あれは肉眼じゃ見えない霊気のからくりだ」

「ああ……つまりノエルは、仕組みが単純な術なら一撃で無効化できる」


 うなずくドロッセルの視線の先で、ノエルは跳躍する。

 目の前には、無防備に晒されたイコンゴーレムの胸部があった。

 ノエルは跳躍の勢いのままに、左の剣でイコンゴーレムの上体を斬り上げた。

 石像の胸部に、まるで裂傷の如く禍々しい亀裂が刻み込まれる。

 振り下ろされた切っ先はまっすぐ、たったいま刻み込まれた深紅の傷へと落ちる。

 硝子が叩き割られたような音を立て、イコンゴーレムの全身が砕け散った。石像の破片と共に内部に潜んでいた異形の肉片が散り、灰燼となって消えていく。


「ありゃ反則だよなぁ」


 グイードは芝居がかったジェスチャーで両手を軽く広げた。

 ドロッセルは何も言えないまま、近づいてくるノエルの姿を見つめた。

 制帽の下の顔に、やはり表情はない。オートマタであるが故に、あれだけ激しく動きまわっても息一つ乱していない。ますます機械のように見える。


「……お怪我はございませんか」

「だ、大丈夫だ……無傷だよ」


 淡泊な確認に、ドロッセルはゆっくりとうなずいた。

 異形に対し圧倒的な力を見せたノエルに対する感嘆も、喜びの念もあった。しかしそれらと同時に、もう一つの別の感情がドロッセルの内にはあった。

 胸の中に冷たい風が吹き抜けるような――そんな空しさが、ドロッセルの心を蝕む。


「……君は、強いな」


 ぽつりと漏らした言葉にも、ノエルは表情を変えない。


「本当に、すごいよ。一人であんなにたくさんの異形を倒して……今だって、相手にぜんぜん怯まなかった。私なんかじゃ、とてもできない。むしろ私は、君の足手まといになっているような気がするよ」


 賞賛の言葉は、いつの間にか小さな弱音へと変わっていた。

 ガス灯の光をてらてらと照り返す石畳を見下ろし、ドロッセルはそっと両手を握った。


「――私なんか、いないほうが……」

「それは合理的な判断とはいえません」


 思いがけないノエルの言葉に、ドロッセルは顔を上げる。

 制帽のつばが生み出す薄闇の下、切れ長の青い瞳が静かに自分を見つめていた。


「貴女は主人、私は人形――貴女がいなければ、私は戦えません」


 淡々と紡がれるノエルの言葉は、いつも通り人間味がない。

 けれども今は、冷たい湖面のように青い彼の瞳を何故だか見ていられなかった。

 ノエルは、たとえ足手まといであってもドロッセルを必要としてくれる。

 それはドロッセルが彼の主人だから。


「……そうか。私が主人だから。だから足手まといでも、君は――」

「――はっはぁ、こりゃ本当に機械みたいだな」


 場に不似合いなグイードの声に、ドロッセルは顔を上げる。

 グイードはノエルの周囲を歩き回り、様々な角度からしげしげと彼を見ていた。

 ノエルはそんなグイードの動きを、黙って目で追っていた。


「あんた、レプリカだったよな。生前からこうなのか? それとも生前のせいでこうなってるのか? どっちかはわからんが、興味深いな」

「ノエルは感情が希薄なんだ。魂の劣化が影響らしいが――」

「へぇー、つまり『パンチとジュディ』を一切笑わずに見ることができるのか」

「お、恐らくは」


 あの過激な人形劇をノエルが真顔で見ている場面がありありと脳裏に思い浮ぶ。

 思わずうなずくと、グイードはほうと感嘆の声を上げた。


「そりゃすごい。おれはいつ見ても爆笑しちまうんだよ。新感覚の笑いだ。おれが若い頃はあの人形劇はなかったからさ――さぁてと」


 一通り煙草を吸い終わったのか、グイードはパイプをポケットに仕舞った。


「予定外の事は起きたが、なんとかなったな。まずはあの可哀想なおっさんを、病院にでも送り届けてやるかね」


 グイードは、先ほどまで自分が経っていた場所を顎で示した。そこにはあの気を失った男が寝かせられていた。うなされてはいるが、特に怪我をしている様子もない。


「……もしかして、さっき途中まで戦いから離れていたのは」

「ああ、せっかく助けたのに巻き込んじゃいけないと思ってな」

「て、てっきりその……サボっているんだと」


 ドロッセルがおずおずと言うと、グイードは豪快に笑ってその肩を軽く小突いた。


「はっはぁ! まぁ煙草が美味いってのも理由の一つだな! ――しかし、あのおっさんは幸運だった。おれ達が来なけりゃ、今頃異形の腹ン中だ」

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