第8話

 結論から言えば、私とブルームの相性はよかった。今まで色々と試した中では最高と言っても過言ではない。

 ノーマとサウラにはまだ手の内を隠しておきたかったので授業中はスタッフを使って飛んでいたのだけれど、感覚の違いを調整するのが大変だった。使い慣れた枕が変わって寝付けなくなるような感じが近いかもしれない。私は枕が変わってもぐっすりと眠れる方だけれども。

 使い慣れているのは杖の方のはずなのに、箒の方がしっくりくるという不思議な事象。それはまるで、箒は空を飛ぶためにこの世に生まれてきたのではないかと錯覚するほどに。

 もちろん箒がこの世に生まれてきたのは掃除をするためにであって、決して空を飛ぶためではない――はずだ。

 この感覚が私特有のものなのか、それとも他の人にとっても同じものなのかはわからない。少なくとも、次の実技試験が終わるまでは私以外に箒で空を飛ぼうとする人は恐らくは出てこないだろう。

 私が結果を出せば同じように箒で空を飛ぼうとする人が増えるかもしれないと思うと、少しわくわくする。私以外とは相性が悪いということもないとは言い切れないので、箒で空を飛ぶのが流行るかどうかは現時点では何とも言えないけれども。


 念のため、あの物語以外に箒で空を飛ぶ作品がないかや過去に実際に箒で空を飛んでいた事例がなかったかは調べてみたものの、特にそれらしい記述は見付けられなかった。

 箒は清掃道具以外の何物でもない。それが世界のことわりだった。そう考えるとあの物語の出所も気になり始めるが、どれだけ考えても答えは得られないだろう。

 脱線して箒の歴史を調べていたところで、古くは鳥の羽を用いていたというのには驚いた。そんな箒が現存していれば、空を飛ぶのに向いていそうな気はする。それとも翼をもがれた鳥はもう二度と空を飛ぶことができないように、逆に向いていないのだろうか。

 どちらにせよ、私は鳥の羽製の箒は見たことはない。箒といえば穂の材質は草か木か、または植物の繊維のいずれかである。




「後は、道具の選定かー……」


 何度目かの箒を使った自主飛行練習を終えて、私は独りごちた。

 確かに、箒と私の相性はいい。しかしそれがすぐに勝利に結び付くかと言えば、それはそうでもない。

 人間一人ひとりに個性があるのと同じく、道具にもそれぞれ個性がある。杖を使って飛ぶ場合でも、違う杖で飛べば結果はそれぞれ異なるのだ。

 サウラが何を使って飛ぶのかはまだわからないけれど、ノーマはあそこまで言っておいて杖以外を選ぶことはないだろう。きっと、自分に最適の杖を探しているはずだ。

 私も自分に最適の箒を探してはいるものの、いかんせん箒だ。物語の中に出てくるような優秀な箒職人も居なければ、空を飛ぶ箒の専門店も存在しない。

 いや、もちろん優秀な箒職人は存在するとは思う。ただそれはあくまでも清掃用の、という冠が付くというだけの話で。清掃用の優秀な箒――そう表すと、それはそれで気になるところではある。


「下手に魔法がかかった箒だと干渉するかもしれないけれども――」


 口に出してみることで、考えを整理する。

 全員が全員そうだとまでは言わないけれども、魔法使いにはよくある特徴だった。

 そもそも、箒に恒常的にかける魔法なんてあるのだろうか。杖やその他の武器とは同じように考える必要はないかもしれない。


「素材は、柄は単純シンプルに木製で――」


 私が付与飛行エンチャント・フライに使う道具は金属製よりも木製の方が合っていると思う。

 箒に乗ろうと思い始める前、授業中にソードスピアも試してみたけれど、杖の方が安定していた。その理由が形状なのか素材なのかは判断できないけれども。

 木剣や木槍にでも乗って試してみるべきだろうか――いや、今は授業中は色々試さずに杖でそもそもの飛行技術を高めることに集中するべきだろう。


「穂の部分は柔らかめの方、かなぁ――」


 落ち葉などを掃く際に使う箒のような細い小枝を束ねたものよりは、室内用の箒のような植物の繊維を束ねたものの方がどちらかと言えば好みだった。

 もちろん、地面を掃くときの話ではない。

 穂先が整然としている箒は安定感があり、穂先が乱雑な箒は出力が高い、というのが今のところの傾向ではある。

 出力が高い方がもちろん速度スピードは出るものの、それを適切に制御コントロールできなければ結果的に記録レコードには結び付かない。

 長斧ハルバードほど絶望的に制御できないということはないけれど、私の技量的には出力よりも安定性を重視したいところではある。


「これ以上箒を買うわけにもいかないし――」


 そこまで高価たかい買い物ではないとはいえ、自由に使えるお金が無限にあるわけではない。

 それ以前に、そもそも学院の購買部や街のお店を回ったところで、置いてあるのは数種類の量産品ばかりだった。の箒なんて、そうそう見つかるはずもなかった。

 この周辺にある箒――付与飛行に使う用として――は種類的にはほぼ集め切ったと言ってもいい。


 私が選ぶのは、手持ちの箒の中からどれか一つか、或いは――


「なければ自分で作るか、か……」

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無力の魔女と箒の青《ブルーム・ブルー》 和泉 世音 @wiz_xenon

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