第7話

「……したら?」


 思いがけず先生が助言をくれるとあって、身を乗り出す。言ってみるものである。

 先生はもったいつけるように一つ息を吐き、歌い上げるように短い一節を紡いだ。


「未来を想像せよ――」


 それに続く一節は、流れるように私の口から紡がれる。


「――そして、自ら創造せよ……ですか」


 それは、この学院の創立者であり、学院の名前にもなっている“想創の魔女”カイ・ヘルミナの言葉だった。

 学院を創立してからも魔道の探究者として研究を重ね、新たな魔術や魔法を幾つも開発した偉大なる先人。

 過去の歴史から学ぶこと、学べることは山のようにある。想創の魔女の言葉はそれを否定するものではないのは言うまでもない。

 しかし、過去に倣うばかりでは新しいものは産まれにくいのだと、想創の魔女はよく言っていたらしい。サウラのような人だったのだろうか。

 いや、その逆。サウラが想創の魔女の考えを体現しようとしているのか。


「負けて当然ー……だったら、常識に囚われずに色々と考えてみることだなー」


 これに乗れば勝てる、といった助言アドバイスがもらえるとはそもそも思ってはいなかったけれども、それでももう少し具体的な助言が欲しかった。

 そんな私の心情を察してか、先生は苦笑混じりにそう続けた。顔に出てしまっていたのだろうか。

 ありがとうございます、と言えた私を誉めてあげたい。


「勉強もいいが、そんなくそ真面目なものばかり読んでても息が詰まるだけだぞー」


 そう言い残して、先生は手をひらひらと振りながら私から離れていった。

 その後ろ姿を見送りながら先生のを反芻する。


「未来を想像……」


 それだけ言われても、何の参考にもならない気がした。

 しかし、何の意味も持たない無責任な発言であるとも思えない。


「常識に囚われず……?」


 相性の問題もあるため、私にとって何が一番適している道具か、なんてことを知っているというわけではないはずだけれども。

 こと飛行に関しては、適当なことを言うような飛空学教師フューリル先生ではない。


……――!」


 その時、雷が落ちた。窓から見える空はとても晴れていて雲一つない。青天の霹靂。比喩的な意味だ。

 別に、付与飛行エンチャント・フライ用の道具に思い至ったというわけではない。――ないのだけれども、その前の、足掛かり。

 先生の助言がなければ思い付きもしなかった、道具の

 私は立ち上がり、特定の種類ジャンルの書物が集められた一角へと向かう。


「そうだ……何も、過去に誰かがんだ」


 今でこそ当たり前のように魔法使いたちは魔法で空を飛んでいるけれど、そうでない時代には人が空を飛ぶなんてことはとされていた。

 それは童話やおとぎ話として、しかしあくまでも空想の産物としてのみあったものだ。誰も、実際に試そうだなんて思いもしない。

 そんなことをしなくても、空を飛ぶ方法は確立されてしまっていたのだから。


 勉学用ではなく、娯楽用の書物が集められた図書館の片隅。その中でも、誰が書いたのかもわからないけれど単に読み物として置かれている空想読本の棚が、私の目的地だった。

 適当に何冊か抜き出してみると、そこにはの飛び方をしている登場人物たちが描かれているものもあった。


 例えば、空飛ぶ魔法の絨毯。

 これは道具の方が魔術具であり、乗っているのは魔法使いではなさそうだったけれども。

 腰掛けたり跨がったりすることができるものであればなんでもいい、とばかり考えていて、それ以外の道具で付与飛行をしようとは考えたことはなかった。

 絨毯に乗って二人に勝つ私の姿は想像ができないけれども、今は思考の幅を広げる方を優先したい。


「絨毯でなくても、家具――椅子や箪笥タンス、布団……は飛びながら寝たら落ちちゃうか。……枕? それは乗りにくそう……」


 私ではない誰かが想像した、空想の物語たち。なかなかしっくりくるものは見付けられないものの、様々な道具に乗って空を飛ぶ自分の姿を想像するのは意外に楽しい。

  実際に乗ってみなければちゃんと空を飛べるかどうかはわからないけれども。




「この物語の主人公、私と同い年……」


 何冊目かになる本を開いた時、私はそれに出逢った。

 私と同い年の、出来の悪い女の子の成長物語。その女の子も魔術学院の生徒で、だった。

 魔女といっても、依代スレイヴを連れていたりはしない。物語に出てくる学院や国の名前も見覚えのないもので、魔法の理論も私の知っているそれとはまったく違う。

 創作つくりものなのか、時代がよほど違うのか。もしかすると、別世界からの漂着物ということだってないとは断言できない。

 ただ、そんなことはどうでもよくて。

 私はこの物語を読み進めるほどに主人公の女の子に惹かれていって。同時に、その子が乗る飛行用の道具にもしかしたら、という思いを抱く。

 その物語の中では、は当たり前のように空を飛ぶための乗り物として扱われていた。現実に置き換えると、スタッフと同じような扱いと言っても過言ではないだろう。

 一体誰が、そんなもので空を飛ぼうなんて考えるだろうか。

 辞書を引くとこうある。

 ――主に清掃に使用する道具の一つで、植物の枝や繊維などを束ねたものを棒の先につけたブラシまたは大型の筆状や刷毛状を呈し、それにより床面や庭などの塵やごみを掃くものである、と。

 私は、清掃以外の目的で使われているのを見たことはないのだけれども。


 ――ブルーム

 私の中に、確信にも似た予感が生まれた。

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