終章 わかること

終章 わかること

てんとみわが、小島へ出かけている間、ぬるはちやれいはくを含む橘族の高官たちは、その間にも会議を続けていた。

むしろ、邪魔がなくなって、その間に重要事項を決めてしまおうという魂胆である。

とりあえず、れいはくを議長にし、ぬるはちが筆頭となって、松野にどうやって対抗しようか、をひっきりなしに話しあっていた。

ぬるはち「とにかくですね、我々の持っている金の武器では、松野には絶対勝ち目がないことがわかりました。それに何とか対抗するには、同じものを持つことが最も大事でしょう。そうでなければ、あの民族と、対等に戦うことはできませんよ。ですから、ビーバー様があの時おっしゃっていたものをなんとしてでも探し出して、制作しなくてはなりませんね。」

出席者「しかしですね、それはどうやって作り出すのか、文献も知識を持っている者も誰もおりませんよ!」

ぬるはち「そうですな、、、。」

そういう事である。

これが最大の問題だった。何しろ、今のいままで、鉄というものがもたらされることはなかったし、存在すら知らなかったのだ。だから、過去に鉄について書いている文献なんて存在しない。当り前のことだ。

出席者「若い方は、容易にやってみようと言いますが、周りにある物をちゃんと確認してから、発言してくださいませ。」

出席者「ここにある金属は金のみです。鉄鉱石なるものはとれません。」

ぬるはち「しかし、鉄というものがどうしても必要になってくるのです!必要あらば、隊を組んで探しに行かせてもいいでしょう!」

また、出席者は動揺する。

出席者「誰が行くんですか。」

ぬるはち「住民の中から行きたいものを募集するとか。」

出席者「それはやめたほうがいいですね。もし、見つからなかった場合、恩賞がないとして、住民が謀反を起こす可能性もあります。」

出席者「それに、各家庭にも、余っている住民なんて一人も居りません。若いものは農作業で大事な働き手でありますし、年寄りは、働く技術の伝授者や監督者、あるいは教育者として村にいなければなりませんしね。いいですか、この村に、いなくてもいいと言われる一日中暇な人材なんて、どこにもいないんですよ。」

確かに、これは本当だった。基本的に、橘族の伝統では、土地の私有というものはなく、住民が労働して得た農産物は一度将軍家に供出し、将軍家が再分配して、各個人に配給される形で与えられるという体制になっている。貨幣経済というものもないので、食べ物は直に住民の下に届く。金属製品も同じであり、制作した金製のたらいも包丁もまな板も、同じように一度提出することが義務付けられている。と、言うところから平和が維持されてきたのである。南方の桜族はそれがさらに強力で、各家族の人数も決められており、一日に食べてよいご飯の量も決まっているなど、徹底しているようであるが、基本的に松野を除けは、多かれ少なかれどこの種族もこういう仕組みが成立している。

ぬるはち「じゃあ、そういう事ができない人、働くことができない人を、鉄づくりに駆り出すわけにはいかないのでしょうか。」

れいはく「いや、働くことができない人など、どこにもいません。例えどんなに重い障害を持っている人であっても、必ず何かに関わってもらうようになっています。例えば虚弱ゆえに農作業に従事できない人は、笛などを吹いてもらって、農作業の能率を上げる。足が悪いものは、竹の小さな籠などを作ってもらう。作業を理解できない人は、理解できる簡単な作業に加わってもらう。そういう伝統が根付いていますから、男性で有れ女性で有れ、障碍者であれ、誰でも必ず何かに加わってもらうことになります。それがあるんですから、これ以上新しい産業を追加させるのは困難であると言えます。その上に、また鉄を作らせるなんて、住民の負担ばかりがさらに増してしまい、平和を維持することができなくなりますよ。」

ぬるはち「だったら、それらの基礎的な作業を簡単にしてしまえばいいじゃありませんか!」

出席者「そんなこと、できるわけがないでしょうが。だって、そのための道具も、存在しませんし、それを作るためのものも何もないんですよ!」

出席者「自然を変えることもまたできませんからねえ。」

そこへ、会議場の玄関から女性の声がする。

声「ごめんくださいませ!」

ぬるはち「ああ、また松野ですか。何をしにきたのかな。」

声「またはありませんわ!今回は親切心から、こちらに参ったのですから!」

ぬるはち「なんですか。親切と言ってもどうせまた、すごい物を発明した自慢でしょう。」

声「ええ、そうですよ!皆さんの考えから言えば、自慢になるのかもしれないけど、きっとこれのおかげで多くの住民の皆さんに感謝されるわ!」

ぬるはち「感謝されるですか。一体どういう事ですかな。」

れいはく「お入りくださいませ。」

ぬるはち「しかし、」

れいはく「いえ、とりあえず入っていただきましょう。」

声「言われなくともそうさせていただきますよ。」

どすどすと入ってくる松野族の女性。

れいはくが、またいつも通りに、座布団を用意する。彼女は、お礼すら言わずにそこに座る。

ぬるはち「今日は何を自慢しに来たのですかな?」

女性「ええ、松野の発明家が、とても素晴らしい運搬道具を発明いたしましたので、お見せしにまいりました!」

れいはく「それは、なんというものですかな。」

女性「ええ、車輪というものでございます。」

れいはく「はあそうですか。それは何を運搬するものですかな。」

女性「ええ、基本的に乗せることさえできれば何でも運べます、石でも金属でも、人間でさえも。例えば、ここでたらいを運搬するには、直に手で持っていくしか方法はありませんよね。そうなると、持てるたらいだって、一つか二つ程度でしょう。でも、箱に車輪を付ければ、一人の人で、大量のたらいを運んでいくことが可能になるのです!」

れいはくは、してやったという顔をして、がっくりと落ち込む。

女性「箱にこの車輪を二つ付ければ、女性でも、いろんなものを少しの力で運ぶことができるのです。そうしていけば、男性の力を借りることはまず必要なくなりますよね。ですから、私たち女性の地位をあげることだって可能になりますのよ。橘の女性たちも、子を作る道具としかみなされないで、腹を立てているものは結構多いのでは?それを鉄の発明と車輪の発明により、解放させてあげられたら、きっと皆さんはものすごく感謝され、平和が訪れますよ!」

出席者「はあ、そうですか。しかし、我々の行った調査では、今のところ、この制度に関して不満を持っているものはいませんので、、、。」

女性「そうですか!でも、きっといると思いますよ。だって、皆さんの解釈では住民はまるで、将軍家の所有品で、それぞれ個々の感情を有しているのに、それが発揮できる環境ではありませんわ。例えば、たらいだって、個々の家では家族の人数が違って、様々な大きさがあっていいはずなのに、作ったら一々将軍家に提出して大きさを確認してからまた戻されるという、非常に面倒な制度をとっている。」

出席者「それなら、たらいを二つ用意すればいいでしょうが。」

女性「それだから、いつまでも個々の能力が発揮されないのではないですか?皆同じというよりも、個々に応じて幸せの尺度は違うのだという教育に転化していくほうが、より、よい生活が作れますよ。」

出席者「しかし、個人でそれぞれの幸せというものは、限度がないわけですから、必ず紛争の原因になりますよ。それだったら、しっかりと国家が限度を設けてあげたほうが、住民だって、はるかに楽でしょう。」

出席者「それに、皆さんの発明したものは、偉大なものに見えますが、必ず何か犠牲者が出るものばかりだと思いますね。先日の鉄という金属を加工することもそうですが、大量の松の木が犠牲になっていることをお忘れなく。」

女性「そんなもの、どうでもいいじゃないですか!私たちが、生活を楽にしたいという気持ちはそんなにいけないことでしょうか!」

れいはく「やっぱり、そうですか。生活をらくにするということは、裏を返せば自然に逆らいます。そうなれば感動がなくなり、悪いものばかりしか見えない世の中になっていくことにもなりかねません。そうなれば、必ずやってくる鉄砲水の被害から立ち直るきっかけもなくす。楽をする、便利になると言いますのは、そういうことです。そういう結果しか、もたらさないのです。歴史的な歌にも、皆そういう事をうたっているではないですか。皆さんがやっている、数々の発明は、そういうことになりますよ。」

女性「なんですか、女性を馬鹿にして!感動に関して言えば、女性のほうが数段上だと、聞かされているのに、結局は、付属品に過ぎないのですか!それに、橘の皆さんには文字というものが存在しないのに、なぜ、そういう事を堂々と言えるのかしら?」

れいはく「はい、文字は嘘を書くことが簡単にできますが、伝聞では、そうすることができないからです。ですから、文字で記録するよりも、口頭伝承や、歌として記録するほうが正確な史実を伝えられます。松野族の歴史書は、都合のわるいことはすべて排除し、英雄的なことばかり書いてあると聞きますよ。それはなぜかというと、文字というものが存在するからだ。そのような伝え方では、歴史から学ぶことはまずできませんね!」

出席者「だから、伝聞の大事な道具であります、耳を髪で隠してしまうのは恥なんですよね。我々が、髪を長く伸ばしても、縛ることが義務付けられるのは、そういうわけがあるのです。全聾の人であっても、絵を描いて伝えるなど工夫をして、橘族の一人であることを、自覚してもらう必要がありますな。」

れいはく「そうですよ。どうしてもできない人を助けるために、古代から魔術師が存在するのも、橘の伝統というわけですからな。」

高らかに声を立てて笑う女性。

れいはく「なんですか、礼儀知らずという言葉もありますよ。そんなことで呵々大笑するとは。」

女性「伝統伝統とお話しされますけど、皆さんを制作されたのは、誰なのかしら!それをもうすこし自覚していただきたいものですわ!伝統なんて、誰が決めたんです?それは、男性が勝手に作ってきたものであって、女性の意見など、これっぽっちも入っておりませんでしょう?皆さんは誰から生まれてきたと思っているのですか?いいですか、そういう伝統できなものは、女にとっては非常に実行しにくいということも、考えてくださいませ。どうして、皆さんは、そういう事を考えられないのでしょうか。みな同じなんて、男性が暮らしやすいように、勝手に決めているだけでしょう!私から見ると、あまりにもあきれすぎて、もう笑うしかできないほどです。女性が暮らしやすいように、道具を開発し、暮らしをらくにしていくことが、どうしてそんなに悪事とされるか、もう一度考え直していただきたいものです!私たちが、発明したものは、そんなに悪徳であるのか、しっかり考えなおしてくださいませ!さて、女性の勝利まであと少し!私、これで失礼しますけど、何日かしたらもう一度来ますから、その時はしっかりお返事を出してくださいませ!」

彼女は座布団を蹴飛ばすように立ち上がり、呵々大笑しながら、会議場を出て行ってしまった。出席者たちは、大きなため息をついた。

出席者「きっと、ここにてん様がいたら、床に突っ伏して泣くだろうな、、、。」

ぬるはち「こうなったら、我々も松野に追いつくしかありませんね!とにかく、彼女たちに負けてはならない気持ちで、社会を変えていきましょう!」

れいはく「でもどうやって、、、。」

ぬるはち「外部から連れてくるしかないでしょう!この世界はたぶんですが、松の国だけで構成されているわけではないし、鎖国をしているわけではないのですから、どこかほかの世界で鉄というものを知っている方々を連れてきて、我々にも鉄の魅力を伝えてもらって、作り方を伝授してもらうしかないでしょう!」

出席者「そんなことできますかな。」

ぬるはち「れいはく様、これまで研究された魔術において、ここ以外の世界と接触できるというものはありませんか!」

れいはく「はい、ないことはありませんが。」

ぬるはち「だったら、すぐに実行してくださいませ!お願いしますよ!」

れいはく「そうですな。我々魔術師も、そういう目的でないと、利用ができなくなる時代になりますかな、、、。」

れいはくは、さらに落ち込む。

ぬるはち「いいえ、国家の維持を立てた、大事業が開始されるのです!」

出席者「しかし、てん様が出した金以外を使用してはならないと言う令は、どうなるんですか。」

出席者「あれは、本人でなければ、無効にはできませんな。」

ぬるはち「きっと、国家的事業と言えば、わかってくれます。それで納得してもらいましょう。とにかく、外部から、鉄に関して知識を持っているものを呼び寄せて、ここにも鉄ができるように、指導をお願いすること。それを何とかしていただきましょうね。逆を言えば、歩けないということを打ち出せば、わかってくれると思います。」

れいはく「そうですな。」

ぬるはち「よし!我々の結論は、そういう事だ。いいですね!」

出席者たち「はい!」

れいはく「終身独裁官のようですな、まるで、、、。」

と、大きなため息をつく。


数日後。

会議場の玄関。

ガラガラと玄関戸が開いて、

てん「ただいま戻りました。」

れいはくが出迎える。

れいはく「お、おかえりなさいませ。よかったです。今日中に帰ってこなかったら、もはや橘族は全滅する道を歩むところでした。」

てん「どういう事ですか?」

れいはく「ええ。明日、松野がやってきて、契約を結ぶところだったのです。」

みわも、編み笠をとって、中に入ってくる。

みわ「ただいま戻りました。おじい様、どうしたのですか。そんなに逼迫した顔。」

れいはく「はい。お二人が出かけている間に、松野がやってきて、車輪というものを発明したと自慢していきました。私は、使うべきではないと警告しましたが、ぬるはち様が率先して、松野の様式を取り入れようと主張した結果、金と引き換えに、車輪の提供をするという契約を結ぶことになりまして、明日その契約に松野がやってくることになっておりました。」

みわ「全く!許可もないのにそんな契約を結ぶとは、ぬるはち様も非常識というか人でなしです!現に、金を持っていかれたら、私たちの生活に必要な道具も作れないじゃないですか!」

れいはく「はい。たぶんそれが狙いでしょう。ですから、何とかして止めないといけなかったのですが、私一人の力ではどうにもなりませんでした。ぬるはち様が、他の高官にひっきりなしに訴えて、とうとう全員が契約に承諾してしまいましたので。」

みわ「勝手にそんなことをしないでもらいたいものだわ!じゃあ、もうこの契約を止めることができるのは、、、。」

てん「ええ、わかりました。」

れいはく「てんちゃ、お願いしますよ。」

てん「わたくしが、止めて見せます。」

みわ「でも、大丈夫なのでしょうか。」

れいはく「いや、大丈夫だ。少なくとも、私はそう信じています。きっと、こういう事を止めるには、特別な事情を持っている人の発言というものを借りないと、できないでしょう。そうですね。」

てん「ええ。そういう事になりますね。」

れいはく「それに、最高権力者は、ぬるはち様ではありませんからな。」

てん「そうです。彼は、軍事的には優れていると思いますが、軍人が政治家になると、平和というものはやっては来なくなりますから。」

れいはく「よく見ておられますな。では、お願いしますよ!」

てん「はい!」

れいはく「それにしても、なぜこんなにも着物が汚れて帰ってきたのですかな。」

てん「ええ、こなごな島で、少しばかり事情がありまして。これほどひどく汚れるほど、島は荒廃し、土壌も変わり果てておりました。」

れいはく「そうですか。松野はそこまでやったというわけですか。そうなれば、同じような目に会う恐れもありますな。」

てん「ですから、何とかして止めなければなりませんでしょう。」

れいはく「ぜひ、お願いしますよ。私たちの生活のためにも。」

てん「引き受けました!」


翌日。

会議場。ぬるはち、れいはくを含めた高官たちが集まってくる。そこへ体こそ綺麗になったものの、汚れた着物を身に着けたてんがやってくる。

ぬるはちは嫌な顔をするが、れいはくが、怖い顔をして彼を見たので発言をやめる。てんは、それを無視して、高官たちの中心に正座で座る。

数分後、会議場の玄関の戸を叩く音がして、

声「ごめんくださいませ!」

と女性の声が聞こえてくる。

てん「どうぞ、お入りくださいませ!」

後ろにいる高官たちは、嫌そうに愚痴を言ったり、あるいは彼を馬鹿にするような失笑をあげる。

てん「静かに!」

しぶしぶ黙る高官たち。

どかどかと足音が聞こえてきて、入ってくる松野の女性。今度は、侍女を従えている。

てん「客人に座布団をお出しくださいませ。」

れいはくが、座布団を隣の部屋から二枚出して、てんの前に敷く。

挨拶もせずに、当然のように座る、松野の女性。侍女は、恐々座布団に座る。

てん「ようこそおいでいただきました。まずは、遠方からわざわざ参上していただきましたことにお礼を申し上げます。」

と、座礼する。

女性「では、てん様も契約に賛同くださいましたでしょうか?金と引き換えに、荷車を贈呈するというものですが。」

思わず身構えるぬるはちであるが、てんは冷静に、

てん「いえ、契約は致しません。」

しかし、はっきりと言った。

女性「ど、どうして!あれほど契約を推進するとほかの皆さんはおっしゃっておられましたのに!」

てん「ええ、ほかのものが例えそういったとしても、わたくしが契約を取り消すことは可能です。決定権は常にわたくしにあります。ですから、わたくしが契約を取り消すと言えば、他の者がなんと言おうと、契約は無効になるのです。」

これを聞いて、後ろにいる高官たちがざわつき始める。なんてことを発言するんだというものもいれば、これでよかったというものもいる。

女性「これほど良いものが贈呈される機会はほかにありませんわよ。てん様も荷車があれば移動できるかもしれませんわよ。」

てん「いいえ、狙いはそれではありません。わたくしが、どのように移動するかについては、ここで言及することもないでしょう。皆さんすでに知っているでしょうし。それよりも、狙いは、わたくしたちが所持している金を搾取することであるのは明白です。そのような目的に、協力する気はありません。仮に、わたくしたちが、金を差し出した場合、何に使うつもりなのですか?」

女性「ええ、貨幣として使うとか、装飾品として使うなど、用途はいろいろあるはずです。」

てん「そうですか。そのような目的にはお渡しできませんね。もっと実用的なことに使っていただかなければ。」

女性「では聞きますが、皆さんはどういう使い方で?」

てん「ええ、たらいにする、包丁にする、料理をする鍋にする、などですね。」

女性「あきれました!あれほど綺麗な金属を、そんなくだらないやり方で使ってしまうのですか。」

てん「ええ。そういうものです。金は水にぬれても錆びないので、水を入れて洗濯をするたらいには最適なのです。鍋や包丁でも同じこと。それだけのことです。」

女性「金と言いますのは、その腐食しないことから、聖なる金属とはみなさないのですか。」

てん「ええ、実用的なだけですよ。ですから、松野の皆さんにお渡しすることはできませんね。」

侍女「聖なる金属とみなさないなら、こちらに少し出してもいいのではないですか?だって、日常用具にするくらい大量に取れるのでは、それほど価値がないとみなしているのでしょう。なら、私たちに少し分けても、」

てん「ええ、日常具であるからこそ、お渡しすることはできないのです。なぜなら、日常道具を作れなかったら生活できなくなりますから。住民が生活できなくなったら、わたくしたちも生活できはしません。わたくしたち政治家は住民のおかげで生活しているのですからね。」

女性「住民は、てん様を含める将軍家の所有品になっているのではありませんの?たらい一つを作るにしても、作ったたらいは、一度提出して大きさを確認されて、また住民の下へ戻されるという、何とも面倒な設定になっているとか。」

てん「当り前じゃないですか。たらいの大きさや、包丁の切れ具合など、細かいことまで、確認をしなければ、それだけで争いごとの下になりますから。人間にとって、一番やってはいけないことは、他人と比べることですからね。それを避けるために、基準を作っておけば、皆さん比べる必要もありませんでしょう。」

女性「全く、自由もないし発展もない!そんな悲しい生活、誰が真似できますか!住民のおかげと言いますけれども、逆に住民を苦しめているのに気が付かないのかしら!」

てん「ええ、ここは毎年必ず鉄砲水がやってきて、いくらやっても振り出しに戻るの繰り返しですから、発展をしても意味がありませんし、他のものと比べて争いが起これば、鉄砲水の被害はさらに拡大することになりますので。」

女性「ですけれど、そのような地域では、鉄砲水の被害にあわないようにするために、何か研究をすることも必要なのではありませんの?」

てん「必要ありませんね。その途中に鉄砲水がやってくることも考えられますから、はじめからしないほうがいい。」

女性「なら言いますけど!鉄の柱でできた建物であれば、ある程度は鉄砲水を回避できると証明されましたよ!ただの竹の建物よりもずっと!」

後から感心する声も聞こえてくる。

てん「いえ、いりません。そのためには、莫大な労力も必要になるでしょうから、貧富の差が生じます。それに鉄は大量破壊兵器でしょう。隣のサン族の方々から聞きましたが、鉄の武器であれば、女性であっても一人で100人は殺害できるそうですね。わたくしは、そのような危険なものを、住民に持たせることはできません!」

女性「まあ、それは国防のために作ったもので、殺害のためのものではございませんのよ。そんな間違った使い方をするのなら、厳重な処罰をしなければなりませんね。でも、それが、外部の侵入を防ぐにはよほど効果的であることも、また事実なんです!」

てん「そのためには、誰かが犠牲になるとしても、ですか?」

女性「犠牲って、国防のためには仕方ないじゃないですか。侵入した敵と戦うのはいけないことですか?」

れいはく「国防と言っていますが、実は侵略戦争ではありませんかな。その思想はどうやって伝授したのでしょう。」

女性「私たちの教育機関でそうするんですよ。」

れいはく「口頭で伝えたのですかな?」

てん「違うでしょう!」

侍女「は、はい。すみません。私は、本でそういう事を知りました、、、。」

女性「こら!やたらに言ってはなりませんよ!」

てん「ええ。しゃべらないものというのは、容易に虚像を覚えさせることが可能になりますからね!文字というものは、そういう効果もあるのです。ですからわたくしたちは信用しませんよ。そうやって、虚像を教え込んでいったら、これからを生きる子供にも確実に影響は出るでしょう!虚像を真実だと信じ込んだ子供に、平和というものは教えていくことはできませんから!」

れいはく「てん様、それはどこで知ったのでしょうかな?」

てん「近隣の小島、現在こなごな島と呼ばれている島を訪れた時に、聞かされた話です。ある少年の家族の下に、わたくしは泊めていただいたのですが。」

また、ざわめきだす高官たち。

てん「その時に、彼が持っていた書物を読み聞かせていただいたのです。それは、松野が、こなごな島に侵入した時に、教育用として配布したものだそうですが、わたくしたちは、非常に低い文明でありながら、おごり高ぶった民族と記述してあり、殺しても抵抗はできないので、すぐに退治できると書かれておりました。幸い、ビーバー様は、この本をすぐに没収したそうですが、彼の祖父の方が、負の遺産だとして持っていろと命を出しておりました。」

高官「失礼な!我々橘族を、そんな風に記述しないでもらいたい!」

高官「私たちは、殺してもかまわないと記述されるほど、弱い種族とは自負していないつもりです!」

高官「文字があっても、鉄の武器があっても、使い方を間違えれば、誤ったものをもたらすわけですから、皆さんの発明は決して良いことばかりではありませんな。」

高官「そうなると、発明は成功したとは言えませんね。発明品というものは、生活が良くなるためにある物ですからなあ。こんなに誤ったものを生み出すとは、あまりよい物とは言えません。」

ぬるはち「しかし、便利であることは確かですぞ、皆さま!」

てん「いいえ、皆さんは、大事なことを間違われました。皆さんの発明と言いますのは、一方では確かに便利かもしれませんが、必ず犠牲者が出る発明であるということを忘れております。鉄は、作るにあたって松の木が大量に燃やされますし、車輪の発明によって、車が通る道路を増設すれば、道を開くことになりますので、そこに生えている松の木も犠牲になることになりますね。それでは、皮肉なことに、鉄砲水の侵入を容易にすることにもつながります。そのようなものが果たして偉大な発明ということはできないと思います。ですからわたくしたちは、契約は致しません。これらの欠陥を改善してから、もう一度、契約に来てください。」

侍女「こういわれれば、返答する場がなくなりますね、、、。」

女性「でも、さきほどの方が、おっしゃられた通り、これらの物は便利なのです!」

てん「いいえ、危険なものは、便利とは言えないのです。究極の物が鉄の武器でしょう。鉄の武器で、簡単に殺害することができた人間の周りには、何十人の人間がまとわりついていて、彼ら彼女たち全員が何かしらの影響を受けることを想像してごらんなさい!それでも便利なものと言えるでしょうか。」

女性「もう、どうして!」

侍女「これは出直しましょう。」

てん「そうしてください。」

女性「仕方ないわね。必ず、改善して何か持ってきますから!」

てん「とりあえず、お引き取りを。これらの発明品が、改善されるまでは、わたくしはこちらへの来訪を許可しませんから。」

女性「いつか必ず、それを破ってみせますから!」

高官「永久にないだろうな!」

女性「今日は帰りますが、必ず来ますからね!」

憎々しげに立ち上がり、どすどすと足音を立てながら、部屋を出て行く。気弱な侍女も、すごすごと出て行ってしまう。

高官たちから拍手が起こる。

高官「よくやりましたな!てん様がこんなことをしでかすとは思いませんでした!」

高官「こうなれば、足が悪い関係なく、政治能力を持っているのではないですかな。」

高官「そうですな。下手に誰かに将軍職を譲るよりも、そのまま将軍家が続いて行ってくれたほうが、住民も安心するのではないでしょうかな。」

れいはく「ええ、てん様がやはりふさわしいと思います。」

ぬるはちを除いて、全員拍手する。

てん「ありがとうございます。」

と、高官たちに向かって座礼する。

翌日、てんに、第十代大都督の称が与えられることが決定したと、れいはくは高官たちに言い渡し、満場一致で可決した。高官たちの中にはみわが出席していたが、ぬるはちはそこにいなかった。彼は、進化した松野の文明を見たいからと言って、旅に出てしまったのである。

てんの要望で、将軍の就任式は挙行されなかった。

一方、村では、住民たちが、男性は農作業を行い、女性は金のたらいで洗濯をしたり、子供たちは金の鍋で料理をしたりなど、幸せに暮らしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暴れん坊暗君(紙風船の前段) 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ