第三章 持たず作らず作らせず
第三章 持たず作らず作らせず
会議場。
本日も会議が行われているまっただ中である。
れいはく「今日は、特別にお客様が参られるはずでした。もうそろそろ到着されるはずですが。」
声「ごめんください!お目通り願います!」
れいはく「ああ、もう見えましたかな。」
ぬるはち「この間の桜の奴らではありませんな。」
れいはく「いいえ、違います。小島からビーバー様がお見えになることになっております。お通ししてきますので、少しお待ちくださいませ。」
と、立ち上がって、玄関の方へ歩いて行った。
出席者「小島から、わざわざ何を話しに来るのですかな。」
出席者「わかりません。もしかしたら、松野襲撃対策の作戦を立てるために呼んだのかもしれないですね。」
れいはく「お通ししましたよ。どうぞ、椅子は何もありませんが、お座りになってくださいませ。」
と、ビーバーを中に入れて、会議場に座らせる。
てん「座布団、お持ちしましょうか?」
ビーバー「いえ、大丈夫です。私たちも、正座を行う民族でありますので。」
てん「失礼しました。それでは、本日の用件を仰ってください。」
ビーバー「では、まずご報告の方から。私たち、小島に在住するサン族ではありますが、この度、松野族が侵入してまいりました。私たちは、それなりに抵抗を試みましたが、ほとんど敵うことはなく、小島のほとんどが、壊滅的な被害を受けております。」
てん「それでは小島の主導権は?」
ビーバー「はい。とりあえずは私どもが主導権をとることにはなっていますが、いずれにしても、実質的には松野が取っております。まず、第一にお伝えしておきますが、鉄の武器を持っている松野には青銅さえもかなうことはありません。これのせいで、私たちサン族の五割が殺害されたと言っていい。もはやこうなれば、大量虐殺も同じことですな。懸命に抵抗した者もいたことにはいましたけど、鉄の武器には何もなりませんでした。」
ぬるはち「具体的にはどのように、、、。」
ビーバー「いや、ご想像に任せます。」
ぬるはち「言ってくださらないと、こちらでは何も、」
てん「いえ、先代。ここはやめたほうがいい。口に出して言えばいうほど、お辛いくらいひどいものであったのだと推測できます。」
ぬるはち「しかし、一つだけ聞かせてください。先日、こちらにも、松野の者がやってきて、鉄の武器というものを披露しましたが、確かに金では全く歯が立ちませんでした。しかし、そちらで制作されている、青銅でさえも敵わないのでしょうか。」
ビーバー「はい、ありません!」
全員に動揺が生まれる。
出席者「そんなにはっきりというとは、、、。」
出席者「しかし、青銅がかなわないとすれば、、、。」
出席者「まるで、鉄というものは私たちの目から見ると、化け物のような金属ではありますな。」
ぬるはち「では、質問を変えましょう。その鉄というものは一体どのようにすればえられるのでしょうか!」
てん「先代、質問攻めにするのはやめてください。おそらく、疲弊しておいでです。そのような時に、戦闘の話をさせるのは、よろしくないと思います。」
ぬるはち「いえ、こうしなければ、私たちは対等に戦えません。化け物を倒すのは、同じものでないと倒せないのと同じことです。」
出席者「そうですなあ。確かに同じものでないと戦うことは無理かもしれないですね。この間の、金と対峙した時もそうでしたけど、、、。」
出席者「それをこちらでも装備しておくしか、勝ち目はないという事ですな。」
ぬるはち「どうでしょう。どうか教えていただくことは可能でしょうか!」
ビーバー「はい。私たちも詳しく知らないのですが、なんとも鉄鉱石というものを鉱山というところで掘り出し、それを火であぶって武器として加工していくのは同じなんですが、まず、鉄鉱石をそのまま加工することは無理なので、一度空気に触れさせてから、鉄とする作業が必要になる様です。」
出席者「そうですか。二度手間がかかるわけですか。」
ビーバー「はい。その代り、強度は金に比べたら何十倍にも強い金属となるようです。」
出席者「なるほど。二度手間をかける分かえって強いということですね。それでは、手間はかかるが、金よりも実用性はあるという事ですかな。」
出席者「しかし、実用性があっても、生産に手間がかかるのでは、同時にそのためには様々な知識が必要になるかもしれませんな。誰でも手軽に使える金属というわけではなさそうです。」
ぬるはち「で、その鉄鉱石というものは、例えば、金と同様、竹林を掘ればすぐに見つかるというものなのですかな?」
ビーバー「いえ、そこが違います。」
てん「と、もうされますと?」
ビーバー「はい。金と違って、土から取り出したらすぐに加工ということはできないようです。」
ぬるはち「はあ、どういうことですか。」
ビーバー「金は、土から出せはすぐに火であぶり、とかしてたらいやまな板などに加工することが可能ですが、鉄は加工できる状態に持っていく必要があるそうです。つまり、鉄鉱石を火であぶって、まず加工できる状態にする。その状態になったものをまた火であぶってとかして初めて武器の形に加工できるようです。」
出席者「はあ、、、。面倒くさいというか、なんというか、、、。」
ぬるはち「いいえ、そのあとに、強力な武器がえられるのであれば、努力も惜しみません!」
てん「やめてください!そのようなことは決してしてはなりません。」
ぬるはち「ど、どうしてですか!せっかく対等に戦えると思ったのに!」
てん「わたくしは、鉄の生産は認めません。」
ぬるはち「てん様も見たでしょうが!金の武器では一切敵わなかったでしょう!それでも鉄の生産は認めないと?」
てん「ええ。金属の使用は、必ず何か犠牲者が出ます。例えば、金をとかすにしても、火を使わなければなりませんから、その燃料として木炭が必要になる。木炭を作るには、松の木を切り倒すことが必要になるのです。もし、鉄というものを加工するにあたって、二度その作業が必要になるのなら、これまでの二倍の松の木が犠牲になります。そのせいで、松を大量に伐採して、はげ山が発生し、その時に鉄砲水で大規模な土砂崩れでも起きれば、戦闘どころか、それ以上に村が壊滅する危険もあると思いますので、わたくしは、これまで通り、金のみを使用可能な金属としたほうが安全であると思うのです。」
出席者「やっぱり足の悪いお方だ。そういうきれいごとをおっしゃって、、、。」
てん「きれいごとではございません。事実そうなると思うのです!」
ぬるはち「しかしですよ。松野が、これ以上侵入してこないようにさせるためには、戦うしかないということはわかりますよね?」
てん「わたくしは、戦闘行きは望みません!これまでの通り、父のまつぞうや、それ以前の政権が築いてきた平和というものを続けていくことのほうが、よほど価値があると思います!」
ビーバー「てん殿、よく考えてみてください。確かに、戦闘をせず、平和というものが続いていくということはとても素晴らしいことですよ。しかしですね、今は、そういう事ではないのですよ。私たちサン族もそうですけど、今は、鉄というものが開発されたおかげで、簡単に種族が滅ぼされる時代です。ですから、伝統を維持していくために、戦うということも、これからはしっかり考えて行かないといけない。時代が変わったという事ですよ。」
てん「しかし、この地域は、毎年毎年、鉄砲水のおかげで多くの犠牲者が出ることも確かです。戦闘での犠牲というものは、それよりもはるかに多くの傷が残りますでしょうに。」
ビーバー「だから、その傷を減らすというために、戦うということも必要になった時代に変わったという事です。最近では、この松の国では、南方の桜族にとって、貴重な食料とともに儀式の道具であるバビルサが、一匹もいなくなってしまったという問題が起きておりますね。それは、鉄の武器のおかげなんですよ。鉄が、容易に動物を殺せる金属ですから、松野たちは、バビルサをすべて駆除してしまうことに成功したんです。ご存知の通り、バビルサは、迷惑な動物でもありますから。バビルサを抹殺することに成功するくらい怖い金属を彼らは持っていて、それを使ってきっとこの松の国の全種族を抹殺するつもりなんだ。そうなったら、住民の生活どころか、この橘族すら存在しなくなるのですよ。もちろん、南方の、桜族も、そして小島のサン族も。小島に来ていただければわかりますけど、道路も住宅も何も、ことごとく破壊され、侵入した松野には、こなごな島と呼ばれている始末です!先住民として、この呼び方は情けなくて仕方ありません!伝統を重視しているてん殿であれば、この辺りはわかると思うのですが、どうか、それがなくなったら、どうなるのかを考えてください!そして、そのためには、戦うことも必要なんだと、早く理解してください!」
ぬるはち「どうですか。今何が必要なのか、ビーバー様が一生懸命説明してくれたではないですか!」
てん「それでもわたくしは、鉄の使用を認めるつもりはありません。」
ぬるはち「何を言っているのです。」
てん「理由は明白です。住民が安全に暮らしていけることが、長く続いていく事こそ、国が強くなるという事だからです。決して、戦闘で勝つことが、国が強いというわけではありません。」
ぬるはち「では、てん様は、この橘のむらが、こなごな島と呼ばれてもいいというのですかな?」
てん「そうならないために、戦闘は回避しなければならないのです!」
ぬるはち「話しても無駄ですな。」
出席者「これは、名君ではなく、暗君ということになりますな。ここまで、我々部下たちの言うことに耳を貸さないとは。」
出席者「橘では、耳を隠すのは恥とされているのに、気が付かないのですからなあ。」
てん「いえ、住民が犠牲になることのほうがよほど恥なのでは?」
出席者「いや、多少犠牲になっても、住民の伝統が守られれば、住民も喜ぶに決まっているのではないですか?」
てん「いえ、そのようなことは絶対にありません!」
ビーバー「いいえ、てん殿がまだ15歳ですから、若すぎて、統治のすべを知らないということも原因の一つでしょう。」
てん「それはわたくしが歩けないからですか?」
ビーバー「てん殿、歩けないとかそういう事は関係なく、一度こなごな島へ来てみてください。そうすれば、きっと、戦おうという気持ちもわいてくるでしょう。それが、てん殿にとって、成長ということになりましょう。」
ぬるはち「それがいい!村のことは私たちでやりますから、てん様は少し頭を冷やしたほうがいいかもしれませんな。」
てん「しかし、そうなれば住民が、、、。」
ぬるはち「いいえ、まだ鉄砲水の頻発する季節ではありませんし、とりあえず今は平穏な生活ができるわけですから、住民もこちらに歯向かうことはしないでしょう。」
ビーバー「移動には、私が背負って歩きますから。」
ぬるはち「ビーバー様もご親切ですな。どうも申し訳ありません。それでは、お願いできますでしょうか。」
ビーバー「ええ、お任せくださいませ。」
出席者「これで、暴れん坊暗君も、少し楽になるかもしれませんね。」
出席者「楽しんで行ってきてくださいませ。」
てん「わかりました。小島に行く事は出来ますが、その間に、金以外の金属の使用を禁ずると令を出しておきましょう。」
ぬるはち「ですから、それにこだわらず、」
てん「いいえ、この令は、わたくしが解くまでは効力を持ちます。」
れいはく「ぬるはち様、令に従わないと、改易の処分が下る可能性もあります。そうなったら、あなた、この会議場に来られなくなるかもしれませんよ。」
ぬるはち「そうでしたな、、、。やはり、こういう時には、最高権力者の令には従わなければなりませんな。」
れいはく「ええ、そういう事になってますでしょう。」
ぬるはち「そうでした。どっちにしろ、私はいても意味がないのですかな。」
れいはく「また、そういう風に考える。」
ぬるはち「すみません。」
てん「わかりました。数日だけ、小島を視察に行かせていただきますので、しばらく会議は中断ということになりますが、くれぐれも不正や不祥事をおこしてしまわないよう。」
出席者全員「はい!」
と、全員座礼する。
屋敷にある、てんの居室。
みわ「本当に行くのですか?」
てん「ええ、あれだけ言われれば、行かざるを得ないでしょう。」
みわ「しかし、戦闘の後ですから、てん様の身が危なくなりますわ。私はそこが心配で。」
れいはく「そうですな。あの時は、その場の乗りということもあったな。」
てん「仕方ありません。わたくしも、軽薄すぎてしまったかもしれません。」
れいはく「てんちゃ。軽薄とか、きれいごとということは決してありません。誰でも、自国を守ることを口実に戦争をしたがるものだが、それは、故人のエゴに過ぎないところもあります。それに、先ほど言った通り、本当に幸せというものは、平穏以外にないのです。そういうところをちゃんと考えて、あの発言をしたのだから、他の政治家がない部分を知っているということでもある。どうか、あの発言は変えないでもらいたい。」
みわ「そうなんでしょうか?」
れいはく「ええ、たいていの人は気が付かないのですが、これ以外素晴らしいことはないですよ。平穏が何より素晴らしいとわかっているのだから、決して暗君ではないし、足が不自由であるからこそそれを知っているのだと思うので、有能な政治家になれますよ!」
みわ「でも、おじい様、ビーバー様とお二人で行かせるのは、私やっぱり、危険すぎると思うのですが、、、。」
れいはく「しかし、私は、まだ会議というものも続けなければならないし、、、。」
みわ「やはり、誰かが、一緒についていくべきだと思うのです。私が、立候補してはいけないでしょうか。」
れいはく「しかし、女性が、同行するのはなかなか前例がないし、、、。」
みわ「まあ、前例がないからやってみろとおじいさまはよくおっしゃっておられましたけど、こういう時には、嘘になってしまうのでしょうか。」
れいはく「そういう事もないが、、、。」
てん「いいえ、みわさん、いらしてください。もし、誰かが、前例がないと批判するのであれば、わたくしがそういう人を処分して差し上げます。」
みわ「そうすれば、謀反が生じる可能性も、、、。」
てん「いいえ、時代は変わりました。」
みわ「はい、、、。」
れいはく「てんちゃも、やっと、政治家らしくなってきたな。」
てん「明日、ビーバー様についてまいります。その時に一緒にきてくださいませ。」
みわ「わかりました。一緒に参ります。」
翌日。
会議場の玄関。まだ朝が早い時刻なので、誰も寄ってこない。
ビーバーが玄関先で待っていると、てんが手で這って、玄関先にやってくる。
ビーバー「では参りますかな。」
てん「お願いします。座礼ができないのが本当に心苦しいことですけれども。」
みわ「私も参ります。」
ビーバー「女性の方がご一緒ですかな。」
てん「何か不都合がございますか?」
ビーバー「いや、そういうわけではなく、、、。」
てん「過去に前例がないと?しかし、彼女は立派な魔法使いであり、わたくしのような者が移動するには、本当に役に立つ人材です。外すわけにはいきません。」
ビーバー「わかりました。私も、覚悟を決めましょう。てん殿は、手で這って移動するつもりですか?」
てん「ええ。他に何がありましょうか。リャマにまたがることもできませんので。」
ビーバー「それでは、船の中ではまだいいものの、島に到着すると、泥まみれになってしまいますな。ずっと手を着いていなければならないでしょうから、手がまことに不衛生ですし、着物だって使い物にならなくなるかもしれない。なんなら、私が背負って歩きましょう。」
てん「いいえ、泥まみれなら泥まみれでも結構です。歩けない者はそうなるのが当たり前ですから!」
ビーバー「しかし、私の立場というものも考えてください。橘の最高権力者を泥まみれにさせて、必ず住民からの批判が、、、。」
てん「わたくしのことは、わたくしが説明しますから。」
みわ「なら、私が何とかします!」
ビーバー「何とかするって、とりあえず船に乗っていかなければ、、、。」
みわ「ええ、船に乗ったままでいてくれればそれでいいのです。まず、こぎ手を使うより安全であることは間違いありません。」
ビーバー「では、若い魔術師の方に、一度任せてみましょうかな。」
みわ「ええ、わかりました。」
ビーバー「とりあえず、行きますかな。」
てん「ええ。橘の領地にいる間は、手だけではっていかせてください。住民が見ている間は、どうしてもわたくしは自力で異動したいので。」
といっても、朝が早いので、住民が外へ出る時間帯ではなく、誰かに見られる心配はないのだが、てんはどうしてもそれを主張した。
ビーバー「わかりました。ではそれで行きましょう。」
てん「お願いします。」
みわ「お願いします。」
港は、西方にあった。ここだけは、どこの種族も共用で使っていた。というのも海に出られるのは、この場所しかなかった。南方には、松野族が独自に制作した港があるが、人工的につくってしまったら、必ず大きな災害の原因になるとして、てんたちは使用していなかった。
松の国の面積は非常に狭いものだったから、てんのような歩けない者であっても、数時間あれば港までたどり着くことはできた。
基本的に、橘族もサン族も使用する船舶は、どんな貴人であっても遣唐使船のような大型のものを使うことは全くなく、いわゆる平田舟のような非常に簡素なものである。理由はただ一つ。松の木を切り倒すことは禁じられているからであった。
港に着くと、一隻の高瀬舟のような小さな船が、3人を待っていた。
ビーバーが、まず先に乗り込んだ。こぎ手と言えば、舳先に楫取が数人乗っているだけである。続いてみわも、ビーバーに促されて乗り込んだ。歩けないてんは、自ら船に乗り込むことはできなかったが、ビーバーがまるで子供を乗せるかのように彼を持ち上げて船に乗せた。
楫取「じゃあ、行きますよ。」
高瀬舟は静かに動き出す。
松の国では暴れ川の多い割に、海は穏やかであることが多い。橘族の将軍家が、海の波を描いている、青海波を着物の柄として採用してきたのは、海のような平穏をいつまでも保ってほしいという願いもあるのである。
みわ「待ってください。」
ビーバー「なんですか。楫取に話しかけてはだめでしょう。」
みわ「いえ、海を行くよりもっと楽に島へたどり着けます。皆さんは、普通に楫取の仕事をしていればそれでよいですから!」
彼女は目をつぶって合掌した。と、そのとたん、一瞬てんもビーバーもほかの楫取達も、周りが見えなくなってぼんやりとしてしまった。楫取が、急いで櫂を持ち直した次の瞬間には、小島の港についていた。
みわ「うまく行きました。」
と、小さくため息をつく。
楫取が、まずビーバーを船からおろし、続いてみわをおろす。てんは、楫取に抱えてもらいながらおろしてもらい、地面の上に座る。
てん「これが、小島の港ですか、、、?」
思わず口にするほど、港はすっかり変わっていた。
てん「わたくしが幼いころに見せていただいた、あの、鐘はどこに?」
そうなのである。港のすぐ近所には、海をたたえるための寺があり、そこに大型の鐘が設置されていた。それが、影も形もなくなっていたのである。
ビーバー「はい、松野が持っていきましたよ。青銅は、装飾品として使うのだと言って。」
てん「持っていく?だってあれは、サン族の象徴だったのでは?」
ビーバー「そうですが、住民をこれ以上虐殺させないために、何かを渡すことを要求されたので。」
みわ「どういう事ですか?」
ビーバー「街を歩いてみれば、わかるんじゃないですか。いいですか、非常に不衛生なところですから、絶対に手で這って移動することは必要最小限にしてくださいませ。ひどい場所は、私が背負って歩きます。」
みわ「いざとなったら何とかしますから、ぜひ、拝見させてくださいませ。」
ビーバー「ぜひお願いします。では、行きましょう。」
ビーバーは通りを歩き始める。てんは地面を手で這ってついていく。みわもその後ろについて歩きだす。
道路こそしっかりとしている。しかし、かつてあった商店街や、農地などは全くなくなっており、住民たちは誰もいない。ただ、建物を壊された瓦礫のみが散乱している状態で、人間も家畜もおらず、それを取り巻く小鳥の声も聞こえない。
ビーバー「この程度で驚いていてはまだ序の口。ここからは、本当に劣悪な地域になりますので、てん様は、私が背負って歩きますから。」
てん「いえ、わたくしは、先ほども申しあげました通り、泥まみれになってもかまいません。そのままで結構ですから、そのまま続いてくださいませ!」
ビーバー「無理ですよ。例えそうでも、私の立場というものも考えて下さい。てん殿は、少し意固地になりすぎなところがありますな。」
てん「いいえ!当たり前のことを述べているだけでございます!もし、そこまで躊躇するのであれば、わたくしが、先に参上してもかまいません。」
ビーバー「では、そうしてください。当り前の使い方をしっかり覚えて帰ってくださいませよ。」
再び、先を歩き出す3人。
と、道路が、急に柔らかい泥に変貌する。てんの地面についた両手は、瞬く間に泥だらけになってしまう。それでも、てんは、前に進もうとするが、下半身は既に地面についているため、着物も泥だらけになってしまう。まるで水田の中を歩いているような状態になり、てんは、前へ進もうとするが進めなくなってしまう。
ビーバー「やっと、お分かりになっていただけましたか。」
みわ「いったいなぜ、このような土地になってしまったのですか?」
ビーバー「ええ、松野が侵入してきたときに、塩をまき散らしていったのですが、そのせいで農作物がそだたない土地に変わり、大雨が降って、このような泥になりました。この辺りは、それまでは、肥沃な農地だったんで、畑も水田もよくあったんですよ。」
みわ「では、住民の皆さんはどこに?」
ビーバー「ここにはおりませんね。」
みわ「避難したのですか?」
ビーバー「はい、つまりあの世の人になったというわけです。基本的にこの地域で生き残った者はまずないでしょうな。生き残ったのは、ここよりもう少し北方の首都地域程度だけですよ。」
みわ「そうですか。それは本当に、ご愁傷さまというかなんというか、私も、返す言葉がありません。ここまで酷いとは思ってもいませんでした。」
ビーバー「こうなったのは、鉄があったからこそ可能だったのですよ。」
みわ「と申されますと?」
ビーバー「私たちも、はじめのころは、鉄の威力というものを軽視していたのです。青銅で互角に戦えると思っていたのですが、それは大間違いで、いくら攻撃しても全く歯が立たず、完敗としか言いようがありませんでした。きっと、鉄の武器があれば、女性であっても、一人で最低100人は殺せます。勘定したわけではないですけれども、それくらいできますね。」
みわ「ここまで酷かったことで、私もやっと理解できました。恐ろしいお話です。私たちも何とかしなければ、、、。」
と、後ろから、人の足音がする。
声「ああ、ビーバー様。戻ってこられたのですか。それに、橘の小さい方々まで、、、。」
振り向くと、老人と、彼の娘夫婦と思われる若い男女、それに一人の小さな少年が立っていた。
女性「すみません。もうこの土地には帰ってこれないとわかっているのですが、父が、どうしても、最後に自分の生まれ育った土地を見てから逝きたいと言いましたので、連れてきてしまいました。」
ビーバー「しかし、ここは不衛生すぎます。抵抗力の弱いお年寄りは、おかしな伝染病にでもかかってしまう可能性もある。すぐに立ち退いて、避難所に帰りなさい。」
男性「そうですが、ここが安全になって、また暮らせるようになるころには、自分はもういないと父は言いますので、私たちは、見せてやりたいと思ったのです。」
小さな少年が、泣いているてんの方へ近づいてくる。
少年「どうして手を着いているの?君も、松野にやられたの?」
どうやら、負傷者と勘違いしているらしい。てんは、あえて訂正しなかった。
少年「きっと、あの強力な武器のせいで、足を切られたんだ。そうでしょう?」
てん「生まれつきなんですよ。」
少年「生まれつきってなあに?」
てん「生まれた時、子供の時から、一度も歩いたことはないのです。」
少年「そうなんだね。じゃあ、あの強力な武器にやられないで済むね。だって、歩けなかったら、兵隊さんにならなくていいもんね。僕らの目の前で、たくさんの兵隊さんが亡くなったよ。誰も、あの強力な武器にかなうものはなかった。」
老人が、少年の肩に手をかける。
老人「ほれほれ、この方は、歩けなくとも、隣の松の国では、素晴らしくお偉いお方なのだぞ。容易く話しかけてはいかん。」
少年「そうなの!偉い人はみんな立って歩けるんじゃないの?」
てん「いえ、中には例外も存在します。」
少年「そうなんだ!あっちでは、歩けなくても偉くなれるんだ!じゃあ、2度と、こんなひどいものが起こらないようにしてもらいたいね!だって僕、怖かったもん。あんな、殺し合いの格闘なんか2度と見たくないね。」
てん「そうですね。そうなって、もらいたいものですけど、わたくしは、無力です。このような事例を、止めることさえ、できなかったわけですから!」
少年「でも、きっと、歩けないからこそ、できることもあると思うんだ。違うかなあ。」
女性「もうそこまでにしなさい。お偉い方に、そんな発言して、失礼よ。」
てん「いいえ、非常に良い刺激になりました。ありがとう。本当は、わたくしが歩ける人間でありましたら、頭をなでて差し上げたいくらいです。」
ぽかんとする住民たち。少年だけ一人にこにこしていた。
てん「とにかく、このまま戦闘が続いたら、この島だけではなく、わたくしたちもこなごな島になってしまう。何とかしなければなりませんね!」
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