第二章 大量破壊兵器

第二章 大量破壊兵器

村の中心部にある、会議場。

声「ごめんください、お目通り願いたい!」

会議をしていたれいはくたちは、嫌そうな顔をする。

出席者「なんですかな、こんな時に、お客が入ってくるなんて。」

ぬるはち「大事な話をしていると言って、帰らせましょう。」

出席者「そうですな。今は、客人をもてなしているときではないと言って、追い出してきてください。」

ぬるはち「私が?」

出席者「そうですよ。その間にわたしたちは、会議を進めておきますので。」

ぬるはち「わかりましたよ。」

しぶしぶ部屋を出て行く。

会議場の玄関。

ぬるはち「なんですか、今会議をしていて忙しいのですから、御用なら後にしてくださいませ。」

玄関前に立っているのは、四尺程度の身長の男性である。首には、桜の花をかたどった首輪がまかれている。身長こそその程度しかないが、堂々としていて、いかにも首領格らしい。隣には従者を一人従えている。

ぬるはち「むら様、いきなり我々の下を訪れるのではなく、あらかじめ予告でもしていただけないでしょうかね。」

むら様と呼ばれた男性は不快な顔をしてがっかりとため息をつく。

むら「いいえ、我々も徒歩でしか移動手段がないわけですから、そう簡単にこちらに来させてもらうわけにはいきませんし、大事な用事でもなければ、こちらを訪問させていただくことはしませんよ。すぐにお目通り願えませんか。」

ぬるはち「しかし、時と場というものがあります。会議が終わるまで待つということはできませんか。」

むら「いえ、私どもは用事をお伝えしたら、すぐに南方へ帰ります。相談したら一刻も早く住民たちに結果を伝えなければなりませんので。」

ぬるはち「だから南方の民族は困るのです。人数が少ない分、結束力が強すぎて、自分たちの都合ばかり考える!」

むら「都合ばかり考えているとおっしゃいますが、私たち桜族は、ちょっとでも異変が起きると生活できなくなるのですよ。それくらい、お分かりになりますでしょう。」

と、廊下から、手で這ってくる音がして、てんがやってくる。

てん「どうしたのですか?」

むら「ああ、確か、まつぞう将軍の息子様…。」

てん「父は、この間松野が襲撃した時に亡くなりましたよ。」

むら「それはご愁傷さまです。」

と、敬礼する。

むら「しかし、まつぞう将軍が亡くなられますと、お次はどなたに、、、。」

てん「ああ、歩行不能とは思わなかったと?」

むらが申し訳なさそうな顔をする。

てん「そうかもしれませんね。」

ぬるはち「とにかくですね、むら様。今はそういう状況であり、そのための会議をしているのですから、今日は会議が終わるまでどこかで待っていただくか、改めて出直してきていただけないでしょうか。」

むら「そうですな。では、そうするしかありませんかな。」

てん「いえ、わたくしがお相手いたしましょう。」

ぬるはち「無理ですよ。桜の方々がここを訪れるというのは、毎回危機的なことがないと、来ないでしょうから。南方の方々は、これまでもそうでしたけど、松の国全住民が協力し合うことでさえも、もともとは北方のほうに責任があると言って、全く協力しないのに、困ったときになるとこうして助けを求めてくるという、本当に厄介な性質があるのが困るんだ。そういうのを、インチキというのです、インチキと。」

てん「そうですか。でも一生懸命インチキをしているのであれば、それはそれでよいのではないでしょうか。」

ぬるはち「インチキを合法化するのはどうかと、、、。」

てん「いえ、わたくし自身もそのようなものに近いと思います。必要があれば、わたくしがお伝えしますから、とりあえずお通ししたほうがいいでしょう。」

ぬるはち「わかりました!じゃあ、わたくしは会議に戻りますから、何度でもお相手をしてくださいませよ。」

と、廊下を歩いて、会議場に戻ってしまう。

てん「こちらへどうぞ。」

むら「ありがとうございます。お邪魔します。」

と、従者を従えて中に入る。てんは、再び手で這って、小さな部屋に案内する。

てん「どうぞ。」

むら「お邪魔します。」

てん「本来、お茶でも出すべきなのですが、この通り直立することはできませんので、申し訳ないです。」

むら「結構ですよ。南方では、お茶なんて贅沢なものはまるで飲めませんよ。まんどころから水を持ってくるしか、我々にはできませんから。」

てん「そうですか。では仕方ありません。それで、用件と言いますのは。」

むら「はい。単刀直入に申し上げます。実はですね、我々にとっての聖なる動物であります、バビルサが、すがたを消してしまいました。」

てん「バビルサが?」

むら「そうなのです。これによって、貴重な食品が手に入らなくなったばかりか、私たちの重要な儀式であります元服式を執り行うことが全くできなくなってしまったのです。」

てん「いつからですか?」

むら「はい。それがおかしいのです。半年ほど前から、急に見つかるバビルサの数が減少していき、とうとう今月に入ってからは全く見かけなくなりました。こんなに急速に絶滅してしまうとは、どういう事なのでしょうか。なので、これをどうしたらよいものかを相談に来たわけです。」

てん「そうですね。確かにバビルサは容易に倒せる動物ではありませんよね。あの強大な牙に打ち勝つのは非常に難しいと聞きます。だからこそ、桜の皆さんは、一人前になるために利用しているのでしょうし。それに、バビルサに襲われて大けがをしたり、死亡したりする事例も多数あると聞きますし、、、。」

むら「そうなのです!でも、別の見方をすれば、この動物は貴重な食料でもあります。南方には畑を作る場所が限られていますから、家畜を育てられないので、今でも獲ってくる必要があるわけです。ですから、その中でもバビルサの燻製は、貴重な食料でもあるわけですが。」

てん「例えば、半年前に大嵐があったわけでもないですよね。ここでの鉄砲水の被害は非常に甚大ですが、それであれば、他の動物にも影響があるはずですが、、、。」

むら「いえ、それはまずありません。その証拠に、農地に悪さをしていくイノシシや、草食性のリャマやグアナコはたくさんおります。その中でバビルサだけがいなくなったというわけで。」

てん「それもまたおかしいですね。他の動物は生きているのに、バビルサがいない、、、。」

むら「そうでしょう!おかしいのはそこなんですよ!なぜバビルサだけが、簡単に絶滅したのでしょうか。いくら桜の間で話し合っても、解決ができませんでした。ですから、橘の皆さんの下へ相談に来たわけです。このままでは我々は、食料がえられないばかりか、伝統的な文化も同時に失うことになります。どうでしょうか、これでもくだらない用事と言えるでしょうか。少なくとも、我々にとっては、重要な文化がなくなろうとしております。」

てん「お話はわかりました。文化というものは、政治的にも精神的にも大事な基盤になるものですから、それがなくなるということは確かに困ります。なぜ、バビルサが全滅してしまったか、これを考えることから始めましょう。原因がわからないと、対策をとることはできませんから。でも、わたくしも、この体では、協力できることもごくわずかではありますけれども。」

確かに、その言葉の通りである。むらも半信半疑のような顔をする。

てん「ほかの皆さんは、松野の襲撃に対して一生懸命会議を開催してくれております。わたくしは、歩けない体でもありますから、皆さんに逆らうことはどうしてもできません。」

むら「そうですな、、、。」

てん「相談しても無駄だったとお思いですよね。」

むら「いえ、そんなことはありません。」

てん「わたくしも、自身の不自由さに、自身であきれておりますから。」

むら「いえ、いらしてくれなかったら、あの若き軍人様に、追い出されるところでした。とりあえず、ずっと頭を悩ませている問題ですので、誰かに話せば、解決はできなくても、気持ちは楽になりますよ。今日は、本当に、お話を聞いてくださいまして、ありがとうございました。」

てん「申し訳ありません。わたくしも、もどかしい気持ちでおります。」

むら「いえ、ご自身をお責めになるのは、辞めてください。わたしたち南方の諸種族は、たった数百人の小さな種族しかおりませんから、皆さんにとっては大したことにはならないことくらい、知っておりますよ。まあ、あのような言い方をされると、確かに頭には来ますけど、若い方なら仕方ないかもしれないですしね。それに、てん様が、あの方よりさらにお若いのに、こうして、私どもの話を聞いてくださったというのは、驚愕の極みです。ですから、決して、ご自身のご不自由さを嘆くことなきよう。」

てん「ええ、わたくしも、できることと言えば、そういう事しかございませんので、ほとんどあきらめております。」

むら「てん様、政治家はあきらめてはなりません。いくら、不自由であったとしても、職務を放棄するのは間違いです。それだけは、同じ政治仲間として、忠告しておきましょう。きっと、てん様には、自信を持てと忠告するよりも、こちらの方が適していると言えましょう。」

てん「ありがたく、受け取っておきます。そのほうが適していると。」

むら「はい。これからも、できないことに直面し、悩むことが多いと思われますけれども、政治家として、常に住民のことを考えて行動してくださいませよ。」

てん「わかりました。ありがとうございました。」

むら「こちらこそ。私たちも、桜族の伝統がつぶれてしまわないよう、何とか考えてみますので。今日は、聞いていただいただけですが、ずいぶん気持ちが晴れやかになりました。

さて、南方に戻って、我々の会議をしなければ。人間は、聞いてもらうことにより、やっと平穏がえられるものですね。」

てん「お役に立てて光栄です。」

むら「では、私はこれで。」

てん「ありがとうございました。」

むらは、従者を従えて立ち上がり、部屋を出て行く。

数時間後。

てんは、また縁側で何か考えている。

みわ「何を悩んでいらっしゃるのですか。いつまでも悩んでいたら、お体に触りますよ。」

てん「そうですね。わたくしは、単なる愚痴の聞き役しか機能しないような気がして。会議は、他のものに任せきりですし。」

みわ「仕方ないじゃないですか。できないことはできないこととして、はっきりさせておくのも必要ですよ。それで通してください。中途半端になったら、それこそ不安定な政権になって、住民の生活に影響が出ても困るでしょう。」

てん「そうですが、、、。」

みわ「だから何ですか。」

てん「どうしてもそれだけでは納得できなくて。」

みわ「納得してくださいよ。だって、歩けないのはもう決まっているんですから、そうするしかないでしょう。おじい様から聞きましたけど、今日むら様と話したんでしょう。その時、何を言われたんですか?」

てん「ええ、不自由であっても、職務を放棄するなと。」

みわ「だから、私から見てみれば、できることを一生懸命やることが、職務を全うすることでもあるのではないでしょうか。そして、そうやっていつまでも悩んでいるということは、職務をなまけているということにつながりかねませんよ。」

てん「そうかもしれませんね。」

みわ「かもしれませんじゃなくて、まさしくそうなのです!」

てん「女性というものは意外に強いものです。一度決めたらこうだとして、行動する能力はわたくしたちより優れているのではないでしょうか。そういう人が、もう少し活躍できるといいのですけれども、なぜか疎ましがられてしまうのですよね。」

みわ「てん様は、そういう改革もできるお人です。政治家というものはそういうものでしょ。逆を言えば、私たちが、そういう風になれるようにするためには、今の制度ではまずできませんから、てん様のような人が、変えていくしかできないんですよ!」

てん「そうですね。そう考えなければなりませんよね。そのためには、環境を変える必要がありますけれども、、、。」

みわ「そういうことだってできるんです。私から見たら、ぐずぐずしないで、ここの維持と改革に務めてください。」

てん「みわ様も変わりましたね。移動をさせる術を覚えたら、なんだか自信が付いたみたい。」

みわ「ええ、だって、その通り、女性ですから。当り前じゃないですか。女は感情でなんでも動くから能力的に劣ると何度も言われましたけど、それがあるからこそ、能力を発揮できることもあるのです!」

てん「そうですね。そうなのかもしれないです。」

みわ「ええ、お互いそうしなければ、やっていけないこともありますわよ。」

てん「ええ、わたくしもそう思うのです。女性は猪突猛進に進むことは得意ですが、理論に従うことは不得手です。ですから、どちらかに偏ってはいけないんですよ。わたくしが、聞いた話では、松野の統治体制というものは、基本的に女性のみで構成されているようですが、それではいけないと思いますよ。わたくしたちは、どちらか片一方で成り立つわけではないのですもの。両方揃っていなければ、人間は正常にはなりませんよ。ですから、両方とも平等に優遇されるべきなのです。そうしなければ、平和というものはやっては来ないですよ。」

みわ「そうですよ!そういう事を考えていらっしゃるのなら、それを公約として、しっかり実行してください!」

声「てんちゃ。」

いつの間にか、れいはくが二人の話を聞いていた。

てん「あ、れいはく様。」

れいはく「今の発言、しっかり自身の言葉として、忘れないでくだされよ。それはきっと、歩けないからこそ生まれた発想だと思いますからね。そういう発想ができるんだから、統治者としてしっかりやっていけると、確信しています。」

てん「そ、そうでしょうか。」

れいはく「ええ、勿論です。基本的に最高権力者というものは男か女かのいずれかに偏ります。それを、平等にしなければならんという発想を生み出せるのは、体が不自由であり、誰かに援助を借りて生きてきたからだ。それを知っているのだから、能力がないということはまずない。ですから、これを糧にして、最高権力者として、しっかりと職務を果たしてくださいませ。」

てん「わかりました。わたくしは、これ以上、必要のない限り愚痴を漏らすということは決していたしません。今のことを、わたくし自身の誓いの言葉として、統治者となることにいたしましょう。」

れいはく「そうですよ。それを言っていただけるのを、首を長くして待っておりました。住民たちも、新しい将軍の登場を待っていると思います。」

てん「ええ、足が利かなくとも、他のことで補えば、住民もしたがってくれるでしょう。」

れいはく「孫のみわも、お転婆な娘ですが、お役に立ちたいと、心から申しておりますので。」

みわ「まあ、おじい様、いつの間に私のこと、、、。」

れいはく「当り前だ。お前が何を考えているのかはすぐわかる。口から出なくても、顔に書いてあるぞ。」

みわ「はい、すみません。」

しいて言えば、れいはくがこういう言い回しを使うのは、基本的に書き文字というものが存在しないという事でもある。

翌日。

てんは、会議場に手で這って移動する。会議場に彼が入ってくると、出席者たちは、失笑したり、馬鹿にするような目つきで見た。

てん「本日は、わたくしも参加させていただきます。」

出席者「それはまた、どうしてなのですかな。」

出席者「歩けない者が、軍事的な会議に出席しても仕方ないのではないですかな。」

てん「ええ。わたくしが、先代将軍まつぞうの直接的な血縁者である以上、出席しなければならないでしょう。」

出席者「しかしですね、歩けないわけですから、出席されても、よい結果をだすことはできないでしょう。」

てん「ええ、存じております。しかし正当な血統の者が、のけ者にされるということは過去に前例があったわけではないのですから、わたくしもそれに従わねばなりませんので。」

出席者「しかし、歩けない者が、会議に出席した前例もありません。」

れいはく「すみません。会議の途中ですが、どうしても皆さんにお話をしたいという方が来ております。」

出席者「誰ですか。」

れいはく「はい、松野の者です。なんでも見せたいものがある様です。」

ぬるはち「見せたいもの?なんですかな?」

出席者「まあ、たぶん松野ですから、ろくなものではありませんな。」

出席者「お通ししないほうがいいでしょう。」

てん「お通ししてください。」

出席者「それはまたなんのために?」

てん「ここでわたくしたちが拒否したら、再び襲撃のきっかけになるかもしれないからです。」

出席者「そうですけど、一度襲撃してきたものをここへ来させるのは危険と思わないといけないのでは?」

てん「とりあえず、一度は受け入れるべきでしょう。とりあえずはお通しください。」

れいはく「わかりました。しばらくお待ちくださいませ。」

しばらくして、れいはくは、一人の女性を連れてくる。彼女は女性でありながら、身長は出席者たち全員よりも高く、五尺どころか、五尺六寸はあった。

れいはく「お座りくださいませ。」

女性「その前に、椅子はどこに?」

出席者「そんなものはありません。畳の上にじかに座るのか橘です。」

女性「まあ、汚らしい!着ている物が汚れるとか、そういう事は考えませんの?」

てん「一応、畳に敷く座布団というものはございます。」

女性「それなら、すぐに持ってきていただけませんか。でないと、着るものが汚れますから。」

れいはく「わかりました。しばらくお待ちくださいませ。」

女性でありながら堂々とした態度に、出席者たちは驚愕している。しばらくしてれいはくが、座布団を持ってきて、

れいはく「ハイどうぞ、お座りくださいませ。」

と、近くに敷く。女性はどしんという音を立てて座る。

てん「では、わたくしたちへの用事というものは何でしょうか。」

女性「ええ、実は、皆さんに紹介したいものがございますの。もし、ほしいというのなら、皆さんのたらいなどに使っている金と引き換えに差し上げてもよろしいと、寧々様が仰っておられました。」

れいはく「はあ、それは何ですか。」

女性「ええ、それは鉄というものでございます。」

出席者「て、」

出席者「つ?」

女性「ええ、この金属があれば、何でも強力にたおすことができますわ。これさえあれば、松の木だって倒すことができますし、他のものに加工することもできます。」

出席者「はあ、えーと、そうですか。」

女性「例えば、皆さんの日常的に使用しております金属は金でしょう。でも、それでは松の木を倒すことはできませんよね。ここを通るとき、私も見ましたが、この地域の住民は竹を用いた粗末な小屋に住むことを強いられております。この会議場も、竹でできている。それは、松を切り倒し、材木にすることができないからですよね。金の斧では、柔らかい竹を切り倒すしかできませんもの。でも、鉄というもので斧を作ると、松の木を切り倒すことから始まって、松を材木として加工して、より、大きくて安全な家を建てることもできますよ。」

出席者「しかし、我々は竹の家さえあれば、十分なんですけどね。」

女性「でも、竹の上に畳を貼るのははっきり言ってやりにくいでしょう。」

出席者「それが、橘独自の伝統と言えますので。」

出席者「それに、やたらに松を切り倒しては、必ずいつか祟られますよ。第一、松林の存在で、我々のむらをことごとく破壊していく、鉄砲水が防げたという事例はたくさんありますし。それを切り倒してしまったら、鉄砲水の被害をもろに受けます。」

女性「そんなことは昔のことです。それに私たちは、鉄で柱を作った家も研究しております。そのほうが、木や竹でつくった家よりもはるかに強度が高く、火災にも強いですし、鉄砲水に流される確率も低くなることが証明されています。」

出席者「皆さんが、普段住居としている石よりも?」

女性「ええ!石どころか!それに、道具として使うにも非常に便利なものですのよ。包丁として野菜を切るのも容易ですし、魚をさばくとか、肉を切ることも容易にできます。」

出席者「でも、そんなことは、金があれば十分です。わざわざ新しい金属に変える必要はありません。」

女性「でも、簡単にできるほうが、生活は楽しくなるのではございませんの?」

てん「なりません。感動がなくなります。感動がなくなったら、生活、そして文明はおしまいです。」

女性「まあ、新しい最高権力者の方がそんなとぼけた発言をされているから、いつまでも発展していかないのでありましょう。大体、住民の皆さんは、あんなに不便な生活を強いられて、毎日がお辛いのではないのかしら!」

てん「いいえ、わたくしたちが見る限り、住民が辛そうに生活している様子は全くありませんね。」

女性「こちらへ来るときに、ぶっ壊れたら直せばいいという言葉が盛んに用いられているのを聞きましたわ。それは、橘族の伝統的な言葉であるそうですが、例えば鉄砲水で家を壊されて、また作り直すという事ですか?」

てん「ええ。そういう事です。それこそ橘族の最高の伝統であり、最高の美徳なのです。」

女性「また時代遅れな言葉をスローガンにしているのですね。いちいち鉄砲水で破壊された家を作り直していたら、面倒で、誰だって生活する気にならなくなります。それだから、文化というものも育たないのでは?」

てん「そんなことはまずありませんね。例えば家を建て直す最中に音楽が発明されたこともありますし。」

女性「でも、そんな面倒なことを強いられて、住民はいずれ反抗するのではないかしら。それなら、安全な住居を立てて、住民がいつまでも安全に暮らしていけるように指導していくのが権力者なのでは?」

てん「いいえ、それは間違いです。いくらわたくしたちが防御しても、自然の力には勝つことなど、できはしません。それを明確にしておかなかったら、まず、住民はわたくしたちに対する信頼を失うことになり、民族の維持もできなくなるでしょう。そういう事を伝えるためにも、わたくしたちは、贅沢というものはしてはなりません。わたくしたちが楽な方へ求めてしまえばしまうほど、民族を維持する力は衰えます。これはどこでもそうです。便利さというものは、求めるべきではないのです。」

女性「まあ、そういう事をお若いのによく平気で口走れるものですわ。あなた、歩けもしないのに、そんな偉そうなことを口走るから、皆さんの信頼を得られないのではないですか。あなた、もう少しお立場を考えたほうがいいですよ。だって、歩けないわけですから、国防に至ってはほとんど参加できないでしょう?これが最大の魅力なのかもしれないですけど、鉄は国防に関しても、非常に役に立つものですのよ!」

ぬるはち「具体的にはどういう事ですか?」

女性「ええ、鉄によって、女性であっても、容易に戦いをすることができるようになりました。ですから、私たち女性の地位も、飛躍的に向上し、女性による安定した政権を作れるようになったのです。人間を作り出すのは女性ですから、女性が支配権を持つのは当然のことでしょう。男性が青銅の武器を持って、襲撃してきたとしても、私たちはそれに打ち勝つことだってできるのですよ。」

ぬるはち「では、比べてみることは可能ですかな。」

女性「ええ、いつでもどうぞ!」

ぬるはち「じゃあ、やってみましょう。失礼ですけど、中庭に出てください!」

二人、中庭に出る。ぬるはちは、金の刀を抜き、女性は鉄の刀を抜く。

ぬるはちは、やあと言って、女性に金の刀を振り下ろすが、彼女は鉄の刀でそれを受ける。すると、彼の金の刀は、かきんと言ってあっけなく折れてしまう。

出席者たちは、おお!と声をあげる。

出席者「すごい!女一人で、刀が折れてしまうとは、、、。」

出席者「これを使えば、確かに便利かもしれませんな。」

女性「どうですか、ご覧になりましたでしょう!鉄の力!」

れいはく「そうですな。これでは、魔術も必要なくなってくるかもしれませんね。」

女性「ですから、これを金と引き換えに取り入れて、より生活を楽にしようとお思いになりませんか!」

出席者たちは、ざわざわと話を始める。

てん「いいえ、必要ありません!」

女性「どういうことですか!」

てん「必要ないからです!わたくしたちの文化や伝統において、そのようなものを使うことはまずありません。それに、誤った使い方をすれば、非常に危険なものになりかねない。おそらく、南方の桜族が宝物としてきたバビルサを全滅させたのは、おそらく鉄でしょう。第一、あの獰猛な動物に人間が打ち勝つことは、金の武器では極めて困難であるとされてきました。わたくしの推測が間違いでなければ、鉄の武器によって容易にバビルサを捕獲することができるようになったから、バビルサが全滅したのです。これのせいで、桜族は大打撃を受けたと聞かされている。そのようなものをわたくしは、住民に使わせるわけにはいきません!」

女性「でも、そんな他民族の事なんて、関係ないじゃありませんか。」

てん「いいえ、わたくしたちは、完全無欠ではありませんから、きっと、桜族はこの現象に怒りを生じます。怒りを解決させるには自らの力ではまずできませんから、おそらく、他者に矛先を向けます。そうなれば、松野の皆さまだって、安全な生活はできませんね。鉄砲水より、さらに解決は難しい、紛争という事態が生じますよ。女性であれば、それはどうしても避けたいでしょう。なぜなら、一番大切な者も亡くしますから。」

女性「そうですわね。確かにそれはそうかもしれません。私も、それだけはできるだけ避けたいものです。天災であれば、納得できることも、紛争はそうはいきませんよね。」

てん「もう一度、新しい金属がもたらす災いを研究してみてくださいね。」

女性「ええ、わかりました。必ず出直してきます。」

てん「遠い将来にね。」

女性「わかりました。」

鉄の刀を持って、会議場を出て行ってしまう。


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