暴れん坊暗君(紙風船の前段)

増田朋美

第一章 悩んでいること

暴れん坊暗君

第一章 悩んでいること

平凡な国家というものは、こういう事があると必ず衰退する。そして、必ず何らかの形で、つぶれていく。

かつて、カルタゴの名将と言われたハンニバル・バルカも「いかなる超大国であろうとも長期にわたって安泰でい続けることはできない。」という言葉を残している。

逆に内乱ばかり続いていれば、維持できるかという問題でもない。

不思議なものである。

この松の国でもそういう事で、国の衰亡を招きかねない問題が勃発していた。

議長「しかしですな。」

出席者たちは一瞬黙ってしまう。

議長「わたくし個人的には、無理だと思うのですが。」

出席者たちは、こう言われて、動揺する者のほうが多いと思われるが、今回そうではなかった。

出席者「私も、そう思いますよ。」

出席者「過去に前例もないわけですからねえ。」

出席者「まつぞう様の遺言を遵守することも大切かもしれませんが、我々橘族を維持していくのにふさわしい人物でなければ、いけないとも思うので。」

出席者の一人として、参列していたぬるはちは、これでやっと皆がただしい方向へ進んでくれたと確信する。

ぬるはち「よかった。どうですか、議長。この問題について、もう一回話し合いをするといいますのは。」

すると同じく出席者の一人である老人、れいはくはこう発言した。

れいはく「しかしですな、それではいつまでたっても決着はつきません。すでに10回以上会議が続いているのに、決着がついていないとなれば、住民は非常に混乱し、そこを松野が狙う可能性もあります。」

ぬるはち「いや、そこはきっちり考えたほうがいいですよ!国家の安全を考えるためには、全員の同意を得てからでないと、内戦の原因にもなりかねないですからね!」

れいはく「そうですが、まず、安定を図ったほうが良いのではありませんかな?」

ぬるはち「では、れいはく様は、この問題を解決するのにどうしたらいいのかとお考えでしょうか!」

れいはく「先ほども言った通りです。とりあえずてん様が仮の将軍となってもらう。しかしこれまでとは違い不自由さもあると思いますから、補佐官とか、そういうものを充実させればいいのです。まず、血統が途絶えるということは、やはり住民の信頼を失うことになりましょう。」

ぬるはち「年寄りはすぐに血統とか、そういう事を言うんですから。いいですか、国家の維持というものは力です。それが一番大切なのは、松野が攻め込んできたときにすでに体験したはずなのに、れいはく様は何もわからなかったのですか!血統とか、そういうものを大切にしすぎると、力が衰えます。それよりも、これを一つの転機とし、力の強いものが政治家になって、橘を守ることに重点をおいたほうがいいのではありませんか!わたくしたちに求められている一番の課題はそれでしょう!」

出席者「しかしですね。ぬるはち様、長年戦争をしなかったというのも、橘族の美徳と言われておりましたね。それを破るのもまたどうかと思いますよ。」

ぬるはち「そんなことを言っているから、松野が攻めてきたとき、あっけなく負けたのに決まってます。いいですか、松野の狙いは、このあたりでとれる金だけであって、私たちここに住んでいる住民のことなんかどうでもいいのです。平たく言えば、私たちは、金をとるのには邪魔な存在。私たちは、存在しないほうがいい。そう考えているから、ここへ攻め込んできたということができましょう。まつぞう様が亡くなったのは、そういう事を知らなかったからなんです。私たちだって、簡単に松野に潰されたくはありませんよね。ですから、そうならないためには、力が大切なんですよ!」

出席者「ぬるはち様は、平和というものは考えたことはなかったのですかな。」

ぬるはち「だからそのために戦おうというのです。その何が悪いのですか!」

と言って、畳をバシンとたたく。

れいはく「あんまり戦おう戦おうばかり言いますのもどうかと、、、。」

ぬるはち「れいはく様、時代はこれを機に動いていますと、考えるのはどうでしょうか!いいですか、将軍家に足の悪いものが生まれて、それを正当な後継者にしようなんて、前代未聞のことでしょう!れいはく様の言うことが正しいのであれば、健常な者が将軍に就くというのもまた伝統なのではないですか!」

出席者「まあ、過去にはそういう例もあったかもしれないですよね。記録媒体がないだけで。」

出席者「確かに。我々は、文字ではなく、伝聞による記憶を正確としてきましたからな。」

ぬるはち「そんな文化だから、あっけなくやられたんだ。」

出席者「そうですね。でも、いくらそういうものを作っても、鉄砲水でどうせ壊滅するでしょうから、意味がないのではないですか。ここでは、春になれば、必ず大嵐に見舞われますからな。」

ぬるはち「だから、そうなるからダメでしょう。」

出席者「ダメとは?」

ぬるはち「これからは大嵐が来た時に備えて、堤防を作るとか、砂防を作るとかして、対策をとる時代ですよ。松野はそういう事ができるから強いのではないですか?それを我々もしたほうがいいでしょう。」

出席者「無理ですね。まず、建設する道具も材料もありません。あるのは松と竹のみです。それをむやみに切り倒せば、何れ松たちからたたられます。それに、作っている最中に鉄砲水が起きたら、作業員が犠牲になります。ただでさえ、人口が少ないのですから、無断に人を使うのはやめたほうがいいですよ。」

ぬるはち「松が祟るなんて、そんなことありませんよ。松も、我々の役に立つのであれば、喜ぶのではないですか?」

れいはく「いや、それはやめたほうがいいですよ。松は言葉を出すことはないですが、松を切り倒すことは、死んでいくのと同じですからな。松だけではありません。花梨も、梅も、竹もみなそうです。植物たちは、彼らの意思があり、それぞれ種族として生活している。それを人間がやたらに切り倒して、好きなように使うのは、私はやめたほうがいいと思いますね。」

出席者「れいはく様、さすがは魔法が使えるだけあって、もっともなことを言いますな。少なくとも、我々は、松の恵みによって生かされているわけですから、それを切り倒すことは、やはり祟られる恐れもあるでしょう。一度祟ると、そういうものは、二度と私たちのところには、好意を向けてくれることはしてはくれませんよね。私たちは、松をはじめ、植物たちと一緒にいなければ生きていけない。それを私たちが壊すような真似は、間違ってもしてはなりません。」

出席者「ぬるはち様、松野の真似ばかりしていたら、何れ自然の方からしっぺ返しというか、恐るべき罰が下ります。いずれ松野だって、すごい鉄砲水にでも見舞われて壊滅するでしょうから、その時、我々は大笑いしてやりましょう。」

ぬるはち「いや、松野を笑うことはできないのではないかと思います。それに、自然には過てないと、皆さまはおっしゃっておりますが、もともと我々は記録媒体がないのに、なぜそれだけは残っているのですか!」

出席者から失笑が上がる。

出席者「事実そうではないですか。ぬるはち様も、これまで大嵐で村が壊滅したことは、何回も目撃しているでしょう。そして、私たちの古い歌や、口伝えの伝説には、自然に勝った、つまり鉄砲水で村がやられなかったということは少しも掲載されておりません。ですからできないと言っているのです。」

ぬるはち「年寄りはすぐにそういう事を言うんだから、、、。」

出席者「長く生きているとそれがわかりますよ。若いあなたは、まだ経験が不足しているから、松野が正しいように見えるだけですよ。年を取ってくれば、やたらに新しいものを求める松野より、何も求めない私たちのほうが、よほどすぐれていると、理解できますよ。まあ、今は、松野へのあこがれもあるかもしれませんが、それは、間違ったこととして、真似をしたくても我慢をするのですな。そうすれば、住民たちの暮らしぶりもわかってきますから。」

議長「まあまあ、皆さん、年の話をしているのではありません。ぬるはち様も、まだお若いから、頭に血が上ってしまうのかもしれませんが、それは間違いだということを早く理解してください。問題は、この橘族の象徴であります都督、即ち将軍を、てん様に担わせて良いものかどうかという事です。」

ぬるはち「私は、反対ですね。ああいう弱いものは、決して良い政治をすることはできません。」

出席者「ではぬるはち様は、誰を将軍として迎えるべきだと思うのですか?」

ぬるはち「不在でよいのではないでしょうか。だって、それのせいで、争い事が勃発することもありますし。」

再び失笑。

ぬるはち「笑わないでくださいよ!」

出席者「不在であったら、橘族ではありませんな。」

出席者「松野は、王朝がころころ変わってますが、橘ではそうではないことも、橘の誇りですからな。南方の種族だってそうでしょう。統治者になる人は、皆我々とは違うのです。統治者が偉ければ偉いほど、その血を維持しておくのは、当たり前のことではないですかな。」

ぬるはち「また抽象的なことを言う。」

れいはく「ぬるはち様、戦争ばかり考えて、他のことを忘れないでくださいませよ。」

ぬるはち「じゃあ、言いますが、まつぞう様が、松野族と対峙したとき、一歩も歯が立たなかったのも、忘れてしまっていいのですか!そうしてしまったら、この松の国は完全に松野のものになってしまいますよ!」

れいはく「でも桜族は、そのまま続いておりますよ。」

ぬるはち「それは、南方が侵入しにくい地形であることに助けてもらっているのです。まんどころ大瀧を超えることが難しいから!それに助けてもらっているだけだ!」

れいはく「まあ、理論的に言えばそうかもしれませんが、そういう地形を生かしていることも、また自然の恵みでもあります。松野に対峙するには、桜がしたように自然の恵みを生かすことも必要なのです。」

議長「また話がそれますな。」

出席者「ぬるはち様、それでは退場したほうがよろしゅうございますな。あなたがいると、かえって、会議が進まなくなります。少し部屋を出て行っていただけますかな。嫌ならその口を少し黙らせていただきたい。」

ぬるはち「結局こうなる。若いと言いますと、こうして発言も通らない。これでは若いものが悪人のように見えます。」

議長「悪人ではありませんが、経験不足ではある様です。」

ぬるはち「議長まで、、、。」

議長「ぬるはち様、せっかくですが、ここは退出してくださいませ。」

ぬるはち「しかし私は、肝心なことを申しているだけですよ!」

出席者「経験していないのですから、肝心なことは言えません。」

出席者「出ないと本当に悪人になってしまいますよ。」

ぬるはち「わかりましたよ!わかりました!」

と立ち上がる。

ぬるはち「この国では、若いものは必要ないという事ですな!」

と、いきり立って部屋を出て行ってしまうぬるはち。

出席者「そういうところが若いという事なんですがな。」

れいはく「まあ、そういうことですね。だからこそ、若いものがこういうことに関わるのは難しいんですよね。彼は、こういうところでは、最年少ということになりますからな。意欲だけはあるんですけど。空回りしていると言いますかなんといいますか、、、。若い人の意見も採用とは言いますけれども、経験に勝るものはないということは、ないという事ですよね。」

大きなため息をつく出席者たち。

一方そのころ。

村の中心部にある将軍家の屋敷では、、、。

縁側に座り、裏庭を眺めて、ぼんやりとしているのはてんである。彼は、歩行不能であり、いつも正座を崩したような座り方をしている。

着物は、代々伝わる青海波を細かく染められた正絹の着物を着ている。

みわが、湯呑の乗っている盆を持ってくる。

みわ「お茶が入りましたよ。」

後を振り向くてん。

みわ「まだ落ち込んでいらっしゃるのですか?」

てん「ええ、まあ。」

みわ「まあ、そうですよね。お母様のみちか様も亡くなられて、お父様のまつぞう様も亡くなられては、確かに悲しいですよね。でも、いつまでも落ち込んでいてはなりませんわ。」

てん「そういう事ではないのです。」

みわ「では、何なんですか。」

てん「わたくしは、わたくしのせいでこんなにももめ事が起きてしまうのかなということに悩んでおりました。父や母はいくら悲しんでも戻っては来ませんので、悩んでもしかなたないなと考え直しましたが、今も、みわ様のおじい様をはじめとして、他の方々が、ああいう会議を開催していることが、辛くてなりません。」

みわ「でも、仕方ないではないですか。てん様はあるけないのですから、軍事的なことはできなくて当然です。それに、多かれ少なかれ、将軍の跡取り問題というのは生じますよ。」

てん「そうですけど、当然として、任せきりにしてしまうのもどうかと。」

みわ「いいえ、あきらめることも必要です。それに、まつぞう様とみちか様の間には、他にお子はいらっしゃらないし、てん様がたった一人のその子なんですから、自信もってください。何もできないじゃないかと文句を言われたら、それを引き合いに出せばいいのです。どんなに硬い誓いだって、血統を無視することはできませんわ。」

てん「そうですね。それは歩ける人間に限って言えることで、わたくしは、例外的にダメなのではないでしょうか。」

みわ「あら、どうしてですか?」

てん「だって、間引きという言葉もありますし、つい最近まで、障害のある物は疎んじられたりしましたよね。」

みわ「それは松野がやっていたことであって、私たちは何もしていませんわ。」

てん「そういう見方もありますね。」

みわ「自信持ってくださいよ!」

てん「そうですね。」

と、会議が終了したのか、れいはくがやってくる。

れいはく「てんちゃ。」

てん「はい。」

れいはく「どうですかな。あまり落ち込まないでくだされよ。」

てん「ええ、わかっているつもりなんですが、どうしても捨てきれませんね。」

れいはく「みわも、魔術の練習をしていたんだろうな。」

みわ「え、ええ、おじい様。」

れいはく「なまけないで練習をするんだぞ。お前も一人前の魔法使いとして、やっていかなければならんのだからな。遊んでばかりいないで、魔法の練習にいそしめよ。」

みわ「はい。わかりました!」

れいはく「では、これから住民の様子を視察に、村に行ってくる。」

てん「どうもすみません。れいはく様にいつも迷惑をかけてしまって、申し訳ないです。」

れいはく「いや、持ちつもたれつだ。困ったときにはお互い様ですよ。それを割り切るのも必要ですよ。」

部屋を出て行くれいはく。

みわ「うるさいわね。おじいさまは。いつも練習しろしろって。」

てん「まあ、そうしないと覚えられないですから。でも、それを伝授されるのが許される家系で、うらやましいくらいですよ。わたくしは、何も特技もありませんもの。」

みわ「それはこちらのセリフです。私はこういう能力に頼らないと生きて行かれない女性なんですから、てん様のほうがよほど恵まれてますよ。」

てん「かといって、安易な気持ちで決定することはできませんが。」

みわ「まあ、お互い様だから、仲良しなのかもしれないですね。」

てん「そうですね。でも、こういう武力的な会議をするときは、いちいち退出をしなければならないというのがどうもつらいと言いますか、なんとなく申し訳ないと言いますか。そういう気がしてならないのもまた事実です。亡き父は、できないことには手を出すなと言いましたけど、」

みわ「ですから、お父様のおっしゃる通りにすればいいのです。そのために武力の専門家である、ぬるはち様がこちらにいらしてくださっているのですから、彼に任せておけばよいのではありませんか。てん様はできることをすればそれでいいのですよ。」

てん「でも、君主の勤めとして、戦場で戦うことも一つの役職ですしね。それができないということになりますと、やっぱりわたくしは、この職務には向かないのかなと時々思ってしまうのですよ。しいて言えば、国が危なくなった時に、引っ張っていくことにつながりますよね。その引っ張っていく力を示すのも君主の役割ですし。それができないというのもつらいものがありますよ。それに、一部のものでは、記念すべき十代目が、なんでこんなに暗君なのかと嘆くものもおります。十代と言ったら節目の年になるわけですから、それがここまで頼りないと、住民の皆さんも失望されていることでしょうし。」

みわ「考えすぎですよ。名君か暗君なんて、住民が勝手に決めた評価なのであって、必ず当てはまることではありませんもの。私から見たら、松野の寧々様のほうが、よっぽど暗君と言えるのではないかしら。第一、意思があるとされる松の木を大量に切り倒して住居を作るとか、そういう姿勢はとても、名君とは思えませんね。まつぞう様は、松の木を切り倒すということは、自然の意思に逆らうという事ですから、いつか必ず跳ね返りが来るとさんざん警告しましたのに、それに従わないばかりか、無理やりこっちへ攻め込んでくるなんて、信じられませんよ。」

てん「わたくしは、それも阻止できませんでしたし。」

みわ「おじい様が、次にどうするべきか考えるほうが先決だとさんざんおっしゃっておりましたでしょ!」

てん「ああ、ごめんなさい。歩けない分、どうしても頭の中で考えてしまうせいか、何でも後ろ向きに感じてしまうようです。本当はそれではいけないんですけど。しかし、屋敷の中では、直に手で這っていけばよいのですが、外へ出ると、ぬるはち様に背負っていただかないと移動ができないというのも、なんとも情けようがありません。」

みわ「そうですね。それは何とかなりませんものね。体重というものがありますから、力のある者でないといけませんものね。人間誰でも体重は違うわけですから、誰でも背負えるかということはないですし、、、。」

てん「それだけでもすでに、のる側としては、申し訳ないです。」

みわ「それはいけませんわ。割り切ってしまうことも大切ですよ。」

てん「わたくしが幼いころは、みわ様のおじいさまが手伝ってくださいましたが、最近はお年を召してきて、わたくしを背負うのが難しくなりましたでしょう。わたくしたちは、元服した後は、お年を召していくという事しかできませんからね。次にどうするかと考えても、環境も同時に変わっていくことも考慮しなければならないでしょうし、、、。」

みわ「私、聞いてみます!何か役に立つ魔術があるのかもしれない。私、今まで、なんのために魔術の勉強をするという面倒なことをしなければならないのかと言って、さんざんおじいさまを困らせましたが、」

てん「そうでしたね。そのたびにれいはく様は、魔法使いの家系に生まれたのだから仕方ないと、みわ様を叱責しておいででした。」

みわ「でも、これで目的ができましたわ!」

てん「どういうことですか?」

みわ「きっかけを与えてくれた方が、とぼけられては困ります。しっかりしてくださいよ。さて、これからは私も、まじめに魔術の勉強をしますから、てん様もしっかりと政治家を目指してくださいませね。」

てん「は、はい。」

みわの家。夕食をとっているみわとれいはく。

みわ「おじいさま、お願いがあるのですが。」

れいはく「どうしたのかね?」

みわ「今まで魔術の練習をなまけていてすみませんでした。これからはちゃんと練習しますから、私にしっかりと仕込んでください。早速の事ですが、力に自信がない女性や高齢の肩でも、足の悪い方を背負って運べるようなことは、魔術ではできないのでしょうか。」

れいはく「(少し考えて)体重を軽くさせるということはできないが、近いことはできるかもしれない。」

みわ「どういう事ですか?」

れいはく「物体の重さを変えることはできないが、物体を目的の場所まで移動させるという魔術なら知っている。これはどんなに重いものであっても移動ができる術だ。」

みわ「じゃあ、歩けない方であっても移動できるの?」

れいはく「勿論。」

みわ「ぜ、ぜひ教えてください!それ!」

れいはく「しかしだ。お前に使いこなすことができるかな。あれだけのお転婆娘と言われ、いつもいつも遊んでばかりと言われていたお前が、急にまじめに勉強をするとは、どういう風の吹き回しだ?」

みわ「ええ、必要な人が出たからです。正直なところ私、どうしてこんな余分なことを勉強するのか、わからなかったんですけど、できない人のためにあるんだと今日わかったので、それならやっぱり私は、必要なんだと思いました。だって、どんなに便利な世の中になったって、体の不自由なために、何もできない人もいるんですよね。そういう人のためには魔法というものが役に立つとしたら、うれしいことはないですもの。そのために、私は勉強するんだなって、今日発見したんです。」

れいはく「ほほう。つまり、恋かな?好きな男でもできたのかね。」

みわの顔がカーッと赤くなる。彼女も15歳を過ぎているので、十分恋愛はしてもよい年なのであるが、

みわ「違います!おじい様。変なことを言わないでくださいよ。」

れいはく「まあいい。恋愛というものは、自分が技術を身に着けるためには、最高のきっかけになることもある。結果はどうであれ、良いものをもたらしてくれるものであることは間違いない。よし、少し難しい術ではあるけれども、明日から特訓してみるか。」

みわ「ありがとうございます!私、これから修行に励んで、強くなります!」

れいはく「よし。これでわしも後継者が出たということになるな。」

嬉しそうにお茶をぐっと飲み干す。

数日後。

今日も、松野の襲撃に備えて、会議が行われていたが、実戦で戦えないてんは、また会議に参加できず、縁側で裏庭を眺めるしかできないのであった。

そこへみわがやってきた。

みわ「やっとできるようになりました!今から試してみますから、実験台になっていただけますか?」

てん「実験台?」

みわ「ええ、おじいさまから、物体を目的地まで移動させるという魔術を教えていただきましたの。はじめのころは全然できなかったんですが、昨日、家にある敷石を移動させることに成功いたしましたから、実験台になっていただきたいんです。」

てん「ああ、人間で試してみたいというわけですか。」

みわ「ええ。こうすれば、てん様も目的地まで行く事が出来ますわ。」

てん「そういえばそうですね。わかりました、なりましょう。」

みわ「では、今回は実験なので、裏庭の中に出るという形にしましょうか。目的地までしっかり移動をさせられるかどうかが、難しいところなんですが、、、。てん様は、何もしないでそのままそこにいてくれればいいですからね。ただ、目は閉じてください。」

てん「わかりました。」

と、軽く目をつぶる。

合掌して何かを念じるみわ。

一方、てんは特に何も感じないで、ただ目を閉じているだけである。

みわの声「終わりましたよ。目を開けてみてください。」

てんが目を開けると、自分は既に裏庭の真ん中にいた。

てん「ああ、ここは裏庭ですね。ということはつまり実験は、、、。」

みわ「実験は成功したことになりますわ!」

てん「よかったじゃないですか。苦労して取得したと思いますから、本当にありがとうございます。」

みわ「いいえ、この程度、何でもありません!」

てん「いえ、苦労したでしょう。顔に書いてありますよ。」

みわ「まあ、そういうところはすぐにわかってしまうのですね。てん様は。やっぱり、歩けるお方とはそこが違いますわ。」

てん「ええ、わたくしは、そうしなければ移動できませんので、、、。」

みわ「ああ、よかった!これで、私もなんだかやっと、魔術の勉強が役に立つということを知りました。正直に言うと、本当につまらないことばかりで、なんでこんなに余分なことばかり勉強しなければならないのかと、いやいややっていましたのよ。それが、やっとこうして役に立てて、本当にうれしいです。それがわかれば、勉強も楽しくなります。これから、もっともっと、高度な魔術を覚えて、おじいさまに負けないくらいの魔法使いを目指さなければ!」

てん「ええ、そうですね。でも、わたくしだけではなく、住民たちにも使えるようになってくださいよ。住民の中にも、歩けない者はいるわけですし、怪我でもして、片足を失うなどすれば、歩けなくなる可能性は誰でもあるわけですからね。わたくしだけが、歩けないというわけではないのですから。」

みわ「そういう細やかなところ、まつぞう様にそっくりです。でも、良いところが似たわけですから、喜ぶべきことですわね。」

てん「わたくしたちは、政治家というわけですから、自分というよりも、住民のためを思うべきでしょう。」

みわ「そうですわね!今のお言葉、忘れずにしまっておきます。」

てん「期待しています。」

顔を見合わせて笑う二人。


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