第7話 少女のしらべは天をも穿つ


 仕方なくとぼとぼと歩き出すと、老師の隣で猫目なノーアがたのしそうに手招きしてるのが視界に映りました。

 ああ殴りたい、この笑顔…………

 わたしは心の中で拳を握りしめます。

黄昏くら魔塔まとう、これに――」

「マルちゃん、なんか顔が怖いんだけど……」

 老師の声を余所に、ノーアがなぜか強張った顔でいてきました。

「そう、気のせいじゃない?」と飛び切りの笑顔で答えるわたし。

「怖ぁ~い、怖いよぉ~その笑顔っ! あたしが悪かったてばぁ~。だからさぁ、機嫌直して。ね、リズちゃん?」

「別に怒ってないよ?」と、変わらぬ笑顔で返すわたし。

「やだぁ~、リズちゃん。マジ激おこ!?」

 どうやら、ノーアにはまだわたしが怒っているように見えるようです。

 難しいですね、笑顔って。そこへ――

「どうした、また怒ってんのか、姫?」

「ひゃっ!」

 いきなり現れたダビに背中を叩かれて、わたしは思わず悲鳴を上げます。

「ちょっとダビっ!!?」

「なんだよ姫?」とダビは悪びれも無く返します。というか彼の場合、ノーアと違って純粋に無自覚でこういうことをするのが困りものです。

「だから、姫じゃないって言ってるのに……」

「姫じゃなきゃ何だよ? 姫は姫だろ、もうちっと自覚持てよな」

 なぜか叱られました。

 え、わたしが悪いの?

 正直、彼が一体何を言っているのか、意味不明過ぎて全く理解できません。

 そもそも「自覚持て」とか、ダビにだけは言われたくないんだけど……

「こらぁ~そこの天災魔剣士、ワケ解んないこと言ってマルちゃん困らせんじゃないよ!」

 そこで、ノーアが割って入ります。

 て、また呼び方戻ってるし……

「なんだよ、お前だってさっきから姫に絡んで困らせてんじゃんか」

「あたしは、ただマルちゃんとスキンシップを……」

「君たち、そろそろ進めても良いかね?」

 そこで老師が咳払いしてこちらを睨みます。

「ご、ごめんなさい……」と、口をそろえて謝るわたし達。

 老師はそれを見て溜息を零しました。

 なんで、わたしまで怒られなきゃいけないんだろ?

 とばっちりですよね、今のは…………

「では学生諸君、今日はここにいる三名の魔学者と共に実習を行う。まずは手本として彼らにそれぞれの特技を披露してもらうので、しっかりと観て学んでおくように」

「はい!」と元気よく返事する魔学生の皆さん。

 ちなみに三名の魔学者というのは、わたし達の事。魔学者と学生達との違いは、その服装でわかります。

 わたし達魔学者は、皆それぞれ法衣ブレザーの上に色違いのマントを羽織っています。これは年に一度だけ各分野ごとに行われる魔術試験に合格し、晴れて魔学者となった者が称号と共にたまわる名誉の証。ノーアは『蒼穹あお天塔てんとう』で青、ダビは『黄昏くら魔塔まとう』で黄色といった具合に、マントの色はそれぞれ与えられた称号に由来しています。

 わたしも……『深紅あか斜塔しゃとう』という称号にちなんで赤いマントを羽織っていますが、この二つ名には少しばかり含みがあるそうなのです。

 さて、合同実習ということですので、わたし達の他にまだ称号を持たない学生さん達も混じって実技を行うのですが、その中には例のお嬢様――ミデアさんの姿もありました。

 彼女はその肩まである見事なまでの金髪を軽く払いながら、威風堂々たる立ち姿(というか偉そうな感じ)で腰に手を当てています。

 白い半袖上着と股下までさらした赤いパンツの修行服ブルマー姿で……

 ちなみに、男子は青いパンツの修行服ブルマーを着用します。

 その彼女、なぜか敵意むき出しでこちらに抜き身の刃のような眼差しを向けています。

 今朝の流れからいったら、普通ノーアにそういうの向けるんじゃないかと思うんですけど…………なんでわたし?

 もっとも、ノーアはノーアで彼女のことなど眼中に無いでしょうけど。

「では、まずは祝音呪文ポエムから」

「はいはぁ~い!」と、ノーアが元気よく手を振って中央の演舞台に上がります。

「では、このノーアさんが、早速お披露目しちゃうわよぉ~ん! マルちゃん見ててねぇ~!」

 などと豪語する彼女。

 即興で呪文を編み出すなど、並みの魔学者がそうそう出来るものではありません。ましてノーアはわたしやダビと共に、つい一月前に学者資格を得たばかりです。皆、多分ハッタリだと思っていることでしょう。

「それじゃ行くわよぉ~!」

 そう言うと、ノーアは目を閉じて深呼吸します。


 恋風乱舞シルファムール――


 それは一陣の風が如く

 吹き去る余韻はまるで花弁のように舞い上がり

 ざわめく心は一時ひとときの夢が如く

 時にそれは嵐となりて

 空を切り裂く竜の咆哮が如く胸打つ鼓動の波紋を伝えん


 うたうように軽やかに言葉を紡ぐ彼女。それにしても――


 この詠唱の内容だと、ここで使うには威力が強過ぎないかなあ……?


 、わたしは胸の内でつぶやきます。

 そして右手をかざし、そのうたを締めくくる一言トリガーを発します。

穿うがて――」

 刹那、彼女のかざしたてのひらの先から一陣の風が生まれ、彼女の周囲を旋回します。

 荒れ狂う邪竜のように――――

 しかし、万が一に備えて演舞台の周りには結界が張ってあります。先生方が張った強力な術式です。いくらノーアが将来有望な魔学者といえど流石にこれを破れるハズが…………


 ぶちっ!


 何か膜が破れるような音がした瞬間、彼女の魔法は渦を巻いて舞い上がり、そのまま雲を裂いて突き抜けていきました。


 そう、結界すらも喰い破り…………

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