第5話 魔石とホムンクルス

「魔石とはそもそも何か、解るかな?」

 ファウスハイド先生が唐突に、そんな大雑把な質問を投げてきました。

 いや、いきなり「人間とは何か?」みたいなこと言われても……

「先生、もう少し具体的にお願いします。せめて素材についてとか由来とか」

「ペンドルァリアは生真面目だな。他の奴なら単純に答えるぞ、『魔法の石』とか『魔力を帯びた鉱物』とか」

「わたしには無理ですよ。そんな当てずっぽうに答える事なんかできません」

「恥をかくのが怖いか?」

 そう言って、少し意地の悪いにやけ顔をする先生は相当な主導型サディストです。わたしみたいな受身型マゾヒストとの相性は抜群でしょう。しかし、

「勿論です」と、わたしはきっぱり答えました。

 この返しは予想外だったらしく、流石の先生も少し面食らった様子で瞬きします。

「これはまた随分と素直だな。どんな強がりを言うのかと期待していたのだがな」

 してやったりです。わたしは腹の中で密かにほくそ笑みます。

「わたしは無知を隠して知ったかぶりする方が、よっぽど恥ずかしいです。だから、解らない事はまず調べてから答えるか聞くかを判断するようにしてます」

「ふむ、『石壁を登らずに崩す』タイプか……」

 などと、つぶやく先生。物事に慎重な様を表す故事成語です。要するに用心深い堅物と言われたわけです。なんかひどい……

「では、魔石の特色についてどこまで知っているかな?」

「はい、魔石には成分に魔力を吸引する霊素ルコンが含まれていて、その特色を活かして真空を漂う魔力を呪文を解して封じる特性を持っています」

「ほう……なら、今出て来た真空というのはどういう状態を言うのかな?」

「真空とは大気を一切含まないまことなるそらです」

「それなら、魔力はどうやって真空に漂える?」

「魔力は意識の壁を越えた霊的位相にある力で、霊子エーテルの波が顕現したものです。したがって大気に触れることなくその隙間を縫うように透き通ることで真空を自由に漂っているわけです」

「なるほど、言うだけあって良く調べている」

 なんと光栄なことでしょう!

 あの世界随一の魔道家先生にほめられてしまいました。

 これでもう、思い残すことは…………結構あります。

「では、魔石の用途についてはどうかな?」

「はい、魔力を蓄積できることから、魔倉バッテリーとして持ち歩いたり、呪文を封じて魔弾バレットにすることもできます。あと――」

 ここで、わたしは昼休みの話を思い出し、

魔板クルホのように魔幻界域アストリアと交信することが可能です」

「どうして魔幻界域アストリアと交信できるのかな?」

「それは先に述べた通り蓄積している魔力が霊的位相で生じる霊子エーテルの波だからです。魔力によって同位相にある魔幻界域アストリアに介入し、そこから呪文を介して映像や音声を読み取ることで交信が可能になります」

「よろしい、及第点をあげよう」

「やったー!」

「しかし、よくそこまで解析できたものだ」

 ファウスハイド先生は、感心した様子で言葉を漏らしました。

祝音呪文ポエム法陣呪文サークルだけを研究しても、この原理を解くのは難しいというのに」

 そういえば、ノーアはこの原理知らなかったんだっけ。

 ついでに話しても良かったかな……などと思いながら、ふと目の前で灯る四つの光が気になりました。それを指差しながら、

「先生の机のそれも魔石ですよね?」

「ああ、これは魔燈マギランプと言って呪文で魔力の灯りを点けたり消したりする他、強くしたり弱くしたりもできる」

「便利な魔械アイテムですね」

「まあ、いつも暇だからな。こういう小道具を作ってばかりいるのさ」

「暇だなんて、さっき見た試験管の……あんな凄い研究もされてるじゃないですか」

「あれは、僕の生き甲斐みたいなものだからな」

「生き甲斐?」

「ああ、一生をかけても成し遂げたいモノってことさ」

 そうおっしゃる先生の眼差しが、どこか寂し気に思えたのはわたしの気のせいでしょうか。

「いかんいかん、今は魔石についての講義中だったな」

「先生」と、わたしは何かに突き動かされるように手を挙げます。

「なんだ?」

「いえ、その……わたし……い、一緒に……その……せ、先生の子を育てたいですっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る