9.
名護と話したその日は結局帰りが遅くなってしまった。
もう寝ちまったかなと思いながら帰ると、案の定家の灯りは消えていた。
鍵を取り出そうとすると、玄関が数センチ開いているのが目に入る。
しろにはきちんと施錠してから寝るように伝えてあるが戸締まりを忘れたのか?俺は妙に思いながらドアを潜る。
「帰ったぞ」
俺がそう言いながら中に目を向けると、しろが怯えた目でこちらを見ていた。
その足下にはガラスの破片が散っていて、ひざまずいてそれを集めようとする体勢のままこちらを見つめているのが目に入った。
その目は俺を通り過ぎ、その向こう側を見ている。
「おい、どうした」
ただならぬ気配に俺がそう言うのとしろが叫んだのが重なった。
「危ない!」
瞬間、殺気を感じた。
反射的にしろを庇う形で廊下に転がる。
銃声、続いてドアが破壊される音がほぼ同時に響いた。
しろが腕の中でひ、と悲鳴を上げる。
永遠にも思える数秒の後、幸い銃撃はすぐに止み、俺は死角になる物陰にしろを抱えて走り込むと、壁にもたれて座らせた。
「怪我はないな」
「うっきー、血が……」
そういうので自分の手に目を向けると左上腕のシャツが裂けて血が滲んでいた
突然の出来事に頭がまだ混乱していたが、このシャツ高かったんだぞコラとか、利き手じゃなくてまだよかったなどと頭のどこかで冷静に考える。
「別にこんなのたいしたもんじゃねえさ。お前だって一応女なんだからこれは名誉の負傷だな」
軽口でそう言ってから俺は黙った。
しろが目に涙を浮かべているのが目に入ってしまったからだ。
「……私のせいで」
消え入るような声を背に、その場を離れる。
「待ってろ」
そう言って殺気が消えたのを確認してから、俺は辺りを見渡した。
狙撃手はすぐに立ち去ったようでこちらからその姿は確認できなかった。
素早いことだ。
「くそっ」
毒づきながら部屋に戻ろうとしたところで着信があった。
ディスプレイを見ると、名護の名前が表示されている。
「蕗島だ」
『名護です。一応警告しておきますが、その場から動かないでください』
その場。
その言葉に、俺は辺りを見回す。
「おい、どこかにいるのか」
『ええ。そちらからは見えないでしょうが、あなたの自宅から間近なビルの上です。当面の危機は去ったことを報告しておきますが、念のため戸締まりはちゃんとしておくように』
そう言って電話は切れた。
俺は携帯をポケットにしまう。
「戸締まり、つってもな」
破壊されたドアを見ながら言う。
「どうすんだこれ」
ハード・トラック 錦木 @book2017
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