後編
はれのひ あめのひ くもりのひ
わたしは やっぱり あめがすき
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン♪
赤いランドセルが、スキップと一緒に背中の上で弾む。
長靴でちゃぷちゃぷと水たまりをかき分けながら、さっちゃんは黄色い傘をくるり、と回した。
と、道の先に緑色の葉っぱが一つ見えた。
「あっ、カエルさんだ!」
さっちゃんは、ぱちゃぱちゃと小道をかけ出した。
出会ったときのように、カエルは葉っぱの下から小さな顔をのぞかせた。
「こんにちは、カエルさん」
カエルは傘の下で丁寧に頭を下げた。
――こんにちは、お嬢さん。この間は、飴をありがとうございました。交換するもの、持ってきましたよ。
さっちゃんは、きょろきょろとぬれた地面を見回した。しかしいくら目をこらしても、そこにはカエルと、カエルの手に持った葉っぱの傘以外なにもない。
「でも、どこに?」
さっちゃんは尋ねた。
――これです。
カエルは自分の傘をこちらに傾けた。ゆるく波打ったハスの葉は、その先から、ぽつ、ぽつ、と透明のしずくをしたたらせている。
さっちゃんは驚いた。
「でも、それはカエルさんのでしょう? もらっていいの?」
カエルは、つぶらな黒い瞳をまたたいた。
――はい。お渡しできるものを色々と探したのですが、やはり、私の宝物であるこの傘が一番かと。お嬢さんにはちと小さいかもしれませんが、茎が太く丈夫で、色合いもよく、他の誰の傘より立派です。飴をいただいたお礼として、わたしは心から、この傘をお嬢さんに差し上げたいと思うのです。
しかしそう言うカエルは、どこか悲しそうな様子をしていた。
さっちゃんは不思議に思った。
「カエルさん、何かあったの?」
さっちゃんが聞くと、カエルは言いにくそうに言葉をつむいだ。
――実は、
カエルは地面に視線を落とし、両手の長い指を所在なさげにくるくると回した。
――お嬢さんからいただいた飴玉なのですが、とても美しかったので、池のほとりに飾っていたのです。しかし朝起きると、アリどもに丸ごと持っていかれておりまして。こればかりではなく、あいつらときたら、わたしが取っておいた食べ物をいつもいつも横取りし……おのれアリどもめ絶対に許さぬ。
カエルはブツブツとつぶやいた。
さっちゃんはうんうん、とうなずいた。
「そっかぁ。アリさんも飴玉、欲しかったのかな? ……あっ、いいこと思いついた!」
さっちゃんはパッと傘と一緒に立ち上がった。
「ちょっと待っててね!」
さっちゃんはそう言うと、水を蹴散らしながらあじさいの小道を駆けていった。
約五分後、さっちゃんは片手に何かを握りしめて戻ってきた。背中のランドセルはなくなっている。
「はいこれ、カエルさんにあげるね。これなら、アリさんに取られなくて済むでしょう?」
しゃがんださっちゃんが見せたのは、透明の粒に、赤色の絵の具をさしたような丸いビー玉だった。たった今、自分の部屋にある引き出しの中から持ってきたのだ。
カエルはそっと傘を隣に置くと、シャボン玉を割らずにつかもうとするように、おそるおそる丸い球体を持ち上げた。そして、光に透かして透明にかがやく玉を見つめた。
ビー玉と同じくらいに、カエルのつぶらな瞳もキラキラとかがやいた。
――おおっ! これはまた、なんと美しい。ありがとうございます、ありがとうございます。一生の宝物にいたします。
ビー玉を大事そうに両手に抱えたまま、カエルは何度も頭を下げた。
「どういたしまして」
さっちゃんはにっこりと笑った。
――しかしわたしは、この傘しか持っておらぬのです。この玉の価値には到底見合うものではありませんが、もらっていただけるでしょうか?
カエルは、しょぼしょぼと不安そうにさっちゃんを見上げた。
さっちゃんは力強く答えた。
「もちろんだよ。それは、カエルさんの一番大切なものなんでしょう? だったら、その傘は、ビー玉よりもずっとずっと価値のあるものだよ。本当にもらってもいいの?」
カエルの目に、生き生きとした光がもどった。
――はい。こんなものでよろしければ、どうか受け取ってください。
カエルは傘を持った短い腕を、ずい、とさっちゃんの方へ伸ばした。
さっちゃんは指で小さな傘をつまんだ。
「ありがとう。これで交換だね」
さっちゃんが笑うと、カエルも嬉しそうに笑った。
――はい。交換ですね。……おや?
いつの間にか雨は上がっていた。
空を見上げると、雲の切れ間には大きな虹の橋がかかっていた。陽の光を浴びて、小道をぬらす雨粒が宝石のようにきらめく。
さっちゃんは黄色い傘の下から空をのぞいた。
「雨、上がっちゃったね。――ねぇカエルさん。今度また雨が降ったらさ、わたし、またカエルさんに会える?」
――はい。また会えますよ。
「ほんとう?」
――ええ、きっと。
二人はまた会う約束を交わし、水たまりの残る小道の真ん中で別れた。
さっちゃんの手には、小さな葉っぱの傘を。
カエルの手には、キラキラとかがやくビー玉を持って。
二人は家に帰ると、交換したものをそれぞれ目の届く場所に飾った。
葉っぱの傘は、花と一緒に小瓶にさして窓のそばに。
ビー玉は、池のほとりの木の根元に。
それから毎日のように、二人はいとおしそうに新しい宝物を見つめて過ごしたのだった。
また、雨が降る日を待って――。
飴と傘 鈴草 結花 @w_shieru
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