飴と傘
鈴草 結花
前編
あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかい うれしいな
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン♪
しとしと、と雨が降りそそぐ山の小道。
小学二年生のさっちゃんは、スキップをしながらひとり歌を口ずさんでいた。道の両脇には、淡い赤や紫のあじさいが雨にぬれて、色とりどりに咲きほこっている。
さっちゃんは、雨の下で黄色い傘をくるりと回した。
「おうちの なかでは かあさんが
クッキー つくって まってるの
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン♪」
オリジナルの歌詞も付け加えてみる。
歌のできに、さっちゃんは満足そうに丸いほっぺに笑みを浮かべた。
そのとき、どこからか小さな声が聞こえた。
――お嬢さん、お嬢さん。
さっちゃんは足を止めて、きょろきょろとあたりを見回した。緑の木々、あじさい、それから葉っぱの上のかたつむり。さっちゃんを呼ぶような人は、誰もいない。
すると、また声が聞こえた。
――そっちじゃなくて、下ですよ。もっと下を見てください。
さっちゃんは視線を下に落とした。
すると、地面に落ちていると思った葉っぱの下に、小さな黄緑色の顔がのぞいていた。アマガエルだ。
「カエルさん……? 今わたしを呼んだのは、あなたなの?」
さっちゃんは、目をめいっぱいに開いて言った。
葉っぱを傘のようにして差したカエルは、小さくうなずいた。
――はい、その通りです。
「わたし、カエルがしゃべれるなんて知らなかった……」
さっちゃんがぽかん、と口を開けて言うと、カエルは訳知り顔で答えた。
――そりゃ当然ですよ。わたしたちはめったなことがない限り、人間の前では口をききませんから。それよりお嬢さん、落としものをされましたよ。
カエルは頭を下げると、よいしょ、と両手で丸い包み紙を持ち上げた。
それは、さっちゃんが今日学校で友達からもらった飴玉だった。ワンピースのポケットいっぱいに入っている飴玉のうちの一つが、地面に転がり落ちたようだ。
「わあ、ありがとう! 気づかなかった」
さっちゃんは傘の中にしゃがみ込んで、小さなカエルから飴玉を受け取った。
「カエルさんも、傘を差すのね」
さっちゃんは、カエルよりひとまわり大きな緑色の葉っぱを見下ろして言った。
カエルは傘をひと振りして、葉のくぼみに溜まった水を落とした。
――ええ。しかし、わたしたちカエルは生来、傘を必要としません。人間は、不思議とぬれることを嫌うようですが。これは、いわゆる我々が住む「はすのは池」でのはやりです。オシャレなのです。
ぴん、と白い胸を張って語るカエルを、さっちゃんは「ふぅん」と興味深そうに見つめた。
「あっ、そうだ!」
さっちゃんは、しゃがんだままごそごそとポケットの中を探った。ポケットから出てきたいくつもの飴玉を、手のひらに広げる。
「んーっと……これにしよ! カエルさんには、いちご味のをあげるね。拾ってくれたお礼」
そう言うと、さっちゃんはカエルの前にピンクの包み紙の飴玉を置いた。
カエルは驚いたような顔をした。
――これは、なんと……! よろしいのですか?
さっちゃんはにこにこして言った。
「うん、いいよー。今、学校で飴を交換するのがはやっててね。それは、もらったのじゃなくて、交換用に自分で持って行ったのだから。あっ、本当は学校にお菓子持っていっちゃダメなんだけどね。だから、このことは内緒だよ」
さっちゃんは口の前に人さし指を当てて言った。
一方、カエルはなにやら感心したような顔をした。
――ほほう、交換ですか。そういうことなら、わたしも何かお嬢さんにあげるものが必要ですな。しかし、飴は今お嬢さんにいただいたものしか持っていないゆえ、今度、代わりとなるものを持ってまいりましょう。
「本当?」
さっちゃんはキラキラと顔を輝かせた。
カエルはしっかりとうなずいた。
――はい、もちろんです。次にまた雨が降ったとき、この場所でお会いしましょう。必ずや、いただいた飴に見合ったみやげを用意してくるので、楽しみに待っていてください。
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