4.封じた想い

 ちあは、恋愛感情にふたをした。

 矢野を特別扱いすることもなく、泊まりに行くこともなくなった。

 秋月や歳桃とだべったり、黒田と学校帰りにカフェへ行ってみたり。

「あーちゃん。ももちゃん。黒田くんが、宿題いっしょにやらないかーだって」

「宿題かー……悪いけど、今日は家を手伝わないとだから無理よ」

「私も、今日は先約があるから、パスかな」

 この数か月で、秋月が家の手伝いと学業を両立させて忙しくしていることと、歳桃は友達との予定が多く当日いきなり誘っても来てもらうにはなかなかハードルが高いということをちあは学んだ。

「そっかー。黒田くんに言ってみるね。ちなみに、予定が合えば一緒にやる?」

「「そのときは」」

 そして、黒田が暇人であることも。

「じゃ、あとでグループトーク作って招待するねー」

 そして、矢野は先輩と仲が良く、あまり教室にいないこと。


 短い授業間の10分休みが終わる3分前。

「あ、ちあさん。ちょっといっすか」

 いつぶりだろう。矢野と話すのは。

 話しかけられることも話しかけることも、目に見えて減っていた。

「はーい。なんですかー?」

 呼ばれて矢野のもとに行くと、少しトーンを下げて「昼休み、あそこにこれます?」と。ちあは、「あー、そういえば最近はよく先輩とあそこにいるのを見かけるから行くの控えてたんよ」となんとなく言い訳をして「ま、了解です」と承諾した。


 そのころにはもう、ちあは、矢野に声をかけられても、舞い上がらなくなっていた。




 昼休み。

 ちあが”一時期矢野と一緒に昼休みを過ごしたあの場所”へ行くとそこにはすでに、矢野がいた。

「うわーひさしぶりにきたー」

 ちあが周りを見渡しながら矢野のもとへ歩いていく。

 そして、矢野のもとで立ち止まり、「で、どしたん?」と聞いた。

「前に、僕に好きだって言ったこと、覚えてます?」

 その言葉に、ちあの表情は引きつる。

「今更、どうしたのー?気にしなくていいって言ったじゃーん」

 それでも、ちあは気にしていないという風に、最近の自分らしい反応を返す。

「もう、すきじゃないっすか?」


 せっかく、封じたのに。

 神様は、なんて冷酷なんだろう。

 ようやく、何事もなかったかのように過ごせるようになったのに。

 ちあにとって、矢野は”ただの友人”であるべき人、だ。

 好きになったことをなかったことにできるほど、ちあは切り替えが上手じゃない。

 だから、念入りに自己暗示をかけた。

 きっと嫌われている。きっと迷惑だから、と。

 矢野を友情以上の好きでいてはいけない理由を、たくさん並べた。


 ようやく、完全に封じられたと思ったのに。


「もう、気が変わりました?」

 矢野は問いを重ねる。

 ちあは、恐怖の枷に引っ張られて気持ちなんて答えられる状況ではなかった。

「……君は、残酷なことをするね」

 かろうじて言えたのは、心の叫び。

 けれど、その言葉がきっかけになって、言葉が引きずり出されていった。

「気が変わったわけない。好きじゃないわけがない。君をあんなに困らせておいて、あんなに自己中な発言をしておいて忘れられるわけない」

 堰を切ったように、言葉があふれてくる。

「やっと、君を意識せずにいられるようになったんだよ。ただのクラスメイトでしかないと認識できるようになったのに。恋愛感情をなかったことにできそうだったのに」

 言葉が止まらない。

「仕方ないだろう……、好きになってしまったんだから。それでも、忘れてくれていいって言ったのは、嘘じゃない。彼女を作りたいという君の邪魔をしたくないから、離れたんだ。私は、君が幸せになれるならそれでいいんだよ。君は変なところでやさしいから、私を利用するとかそういうことはしないんだろう?だから……!」


 ―――涙が、頬を伝った。

 その涙は、とまらない。ぼろぼろと目から涙があふれていく。


 せっかく封じた想い。

 しかし、それは難なく封を解かれ、感情をあふれさせた。


 涙を見た矢野は、力いっぱい、ちあを抱きしめた。

 ちあの中で、本当に好きなのだと伝えたあの日、矢野に力いっぱい抱きしめられた時のことが思い出され、さらに涙があふれる。

「……ごめん」

 抱きしめられて、息苦しい。

 けれど、聞こえてしまった3文字に思考が停止する。

 涙が止まらない。

 ―――ほら。やっぱり。こうなることはわかってた。でも、それなら、いまさらこんなことしないでほしかったのに!!

 矢野はまだ何かを言っている。けれど、たった三文字の拒絶の言葉で、閉ざされてしまった心は耳からの情報を受け付けない。涙だけがただただあふれてくる。

「……もう、やだ」

 ふいに、言葉がこぼれた。

 その言葉に、矢野の拘束が緩くなったのを、ちあは見逃さなかった。

 矢野を力いっぱい押して、距離をとる。

「どうせ、ごめんっていうくらいなら……!いまさら、返事なんてしに来ないでほしかった!君はなんて残酷なの?そんなに私のこと嫌いなの?もう、何も聞こえないよ。なにも、わからない……」

 ちあは涙の止まらないその状態のままその場から歩き出す。

 その足が向かう先は校舎ではなかった。


 その数日後。ちあは、学校をやめた。

 連絡もとれなかった。アプリを削除したらしく、交換したはずの連絡先が消えてしまっていたからだ。

 ただ、彼らが3年になった卒業式の時期、ちあは高校卒業の資格を取って大学へ進学したという出所不明の噂が流れた。



 それから、矢野とちあが再開するまでに約4年ほどの歳月を必要とする。

 大学に進学していた矢野は、4年の秋に付き合いで参加した合コンに、女子の人数合わせでちあが連れてこられるのである。


 最初に気づいたのはちあだった。

 男性陣の自己紹介で矢野が名乗ったとき、矢野であると知って、席を立って、その場に背を向けて逃げ出した。そして、矢野はいきなり席を立った女性に驚いて視線を向けた時、すでに背は向けられていたが、その姿がちあと重なって、後を追うのだ。

 数年越しになってしまった会話の続き。

 徐々に解かれていく、勘違いやすれ違いによってほつれて絡まってしまっていた糸。


 その後、二人がどうなったのかは……まぁ、野暮な詮索はここまでにしようか。

 ただ、一つ。彼らのえにしはつながったまま。

 一度は切れかけてしまったけれど、完全に切れてはいなかった。

 それくらいなら、言っても野暮じゃあねぇよな?








 ―――あ、語り手の正体が気になる??

 そうだな。まぁ、名前を言ってもきっとわからないだろうから……。

 そうだね『会長』とでも名乗っておこうか。

 まぁ、一つ補足すると高校のクラスメイトであり、矢野の友人なのだけれど、合コンの話は佐藤から聞いただけだから、正直、あまりよく知らないんだ。

 ただ、高校の時の話はかなり忠実に話せているはずだよ。本人から相談されたり、周りから話を聞いたりしたことを、多少補完しながらではあるけど、そのまま話しているからね。

 ただ、その後の関係については、秋月がちあから聞いたって前に話していたから、ちあが高校のクラスメイトとまたつながりだしたということは……そういうこと、だろ?


 ちなみに、ちあという呼び名は……2年の時、生徒会に3年で矢郷って人が役員にいて、呼びわけがしたくてファーストネームで呼んでいたんだが、まぁ、個性的でかわいらしい名前だからな。短期間しかいなかったのに、クラスの半分以上がファーストネームで呼んでいたよ。最初はちあさんだったんだが、雰囲気が合わないからと、敬称の消失も早かったのだよなぁ……。

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封じた想い 如月李緒 @empty_moon556

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