3.暴走
好きだと自覚してからもずっと、その感情は見て見ぬふりをしてきた。
たかが写真の中なのに、矢野の姿を見つけては頬がゆるみ、カメラ目線の写真を見ては直視できずに目をそらす。
けれど、口に出してしまったからには、見て見ぬふりをしても、なかったことにはできないし、なかったことにできない以上、見て見ぬふりは無駄なこと。
ちあは、良くも悪くもお馬鹿で単純だった。
口にしてしまった言葉は暗示となり、その感情をさらに激化させた。
矢野にもっと触れたい。矢野ともっと話したい。ずっと一緒にいたい。
適当な理由を見つけては手を伸ばす。
いたずらと称して髪を触る。
本来なら、ここまでひどくはならなかった。
けれど、中途半端な期待が暴走を招いた。
嫌いだとは言われていない。今はできないというだけで、返事をするつもりでいるというような発言。なかったことにはしないという言葉。拒絶をされていないという事実。
それだけで、ちあにとっては暴走するに値するものだった。
けれど、それも長くは続かない。
次第に恐怖の枷が行動を制限していく。
嫌われたくない。拒絶されるのが怖い。
触って拒絶されたらどうしよう。
話すことを面倒だと感じていないだろうか。うざいと思われていないだろうか。しつこいと思われていないだろうか。邪魔になっていないだろうか。
徐々に不安と恐怖は増していき、自分の行動を制限する。何もできなくなる。
そして、多岐にわたる暴走的な行動と恐怖心によって縛られた行動がごちゃまぜになり、自分でも制御できなくなっていた。
恐怖の象徴は涙。
一人になると、涙を流すことが次第に増えていった。
恐怖の枷が、自由を縛る。
「学校、やめようかな」
矢野のそんな発言に、ちあは内心では「そんなこと言わないで。私の前からいなくならないで」とそう叫んでいた。けれど、決まって、こういうのだ。
「すきにしたらいいんじゃない?」
そう言ったことは、周りには秘密だと。
矢野はちあに言っていた。
けれど、その約束をちあは守れなかった。
「この時期ってやめる人多いよね」
「3月は頭悪くて進級できなかった奴らが辞めるけど、この時期は頭いいけど学校に来る理由がわからなくなったからってやめていくやつがいるんだよな」
そんな話をするクラスメイトの言葉に「いなくならないでほしい。いなくなりそうで怖い」という想いが「約束を守らないと嫌われるかもしれない」という不安を勝ったのだ。
「矢野くんがやめるみたいな話をしてたんだけど、彼はやめないよね」
『あいつならやめないだろう』と。そういう言葉が聞きたかった。
その言葉が欲しいばっかりに、約束を破った。
ちあは罪悪感にさいなまれながらも、その問いをつづけた。
そして、それが矢野の耳に入った。
「矢野、お前、学校やめんの?」
偶然そこに来た本人に、直接聞いてしまったのだ。
そのとたん、矢野はじっとちあを見た。
ちあは、その目に非難の色を読み取り、『嫌われてしまう』という恐怖心から、意味のない言い訳のようなフォローをした。
そして、ちあの心はどうしようもないほどに恐怖で真っ黒に染まった。
そうして、とうとうその日が来た。
嫌われているんじゃないだろうか。
傷つけないために嘘を言っているだけで、本当は最初から嫌いだったんじゃないだろうか。
触るのが怖い。話すのが怖い。会うのが怖い。
すべてが、怖い。
恐怖で真っ黒に染まった心。
すべてが怖い。
もう、涙を流すだけ。
うれしいだとか楽しいだとか、そんな感情を感じる余裕はなくなってしまった。
すべてが嘘に見えてしまう。
優しいウソなのではないだろうかと思ってしまう。
止まることのなかった暴走は封じ込められることで内部で恐怖や不安を増強させるという悪い方向へと暴発し始めた。
そして、恐怖の枷はちあを完全にとらえた。
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