第19話 二段階なら万全でなくてもそれなり以上に安全になるわよ、あるいは、通常の3倍と思ったら1・5倍のレモンのお酒とあり合わせキムチ沢庵焼き飯

 ある休日のこと。


「ああ、そりゃ、ダメよね……」


 とある支払いシステムで大規模な問題が発生したことがニュースになっていた。オンラインでサービスを運用する身としては、気になるニュースだ。


「っていうか、よくそんなもの運用に乗せたわね」


 個人情報どころか金融情報を扱うにしては、余りにもザルだった。でも、トップが技術を理解していないと、こういうことはあるのよね。


 本当、日本の IT リテラシの低さはどうにかしないといけないわね。


 ま、この事件が反面教師として、世間のセキュリティ意識を高める方向に向かえばいいんだけど、多分無理ね。報道が技術を理解してないから。


 とか、ちょっと皮肉なことを、朝ご飯代わりの透明の液体を湯飲みで飲みながら考えていると、


「サバエちゃん、二段階認証について教えて」


 いくのんからお馴染みのヘルプのメッセージ。奇しくも、この事件で有名になった用語ね。もしかしたら、同じニュースでも見ていたのかしら? とか思いながら、適当に身支度を調えて家を出る。


「また、そんな格好で……」


 いくのんは、出迎えるなりげんなりした目であたしを見てくる。


 確かに、Tシャツにホットパンツとラフな格好だけど、


「別にいいじゃない。家からドアツードアで一分も掛からないんだし」


「……うん、いいけど」


 諦めたように言いつつ、挨拶代わりに琥珀色の液体を飲み交わす。


「ん? 結構、いいやつよね、これ?」


 そんなにお酒の善し悪しに詳しいわけじゃないけど、それでも別物と解るぐらいの香りと味だった。


「前の一件以来、定期的にパパが持ってきてくれるから」


 ああ、あれ、ね。


 正直、ちょっと思い出したくない事件だったけど、いくのんのパパの会社の重役にセクハラを受けそうになったってことがあったのよね。それで、お詫びにって結構な額の琥珀色の液体を頂いたのよね。


 どうも、あれで終わりじゃなくて、ずっと持ってきてくれてるみたい。


 ありがたいけど、


「あたしも、無防備だったって反省してるから、ちょっと申し訳ないかな」


 素直に想ったことを口にしたんだけど。


「その格好、全然、反省してるように見えないんだけど」


 いくのんは手厳しい。確かに今、少々ラフな格好なのは認めるわ。でも、


「すぐそこのいくのんの家に来るときぐらい、ラフでいいじゃない。いくのんにしか見られないし」


 TPOは弁えているつもりよ? 本当よ?


「……それなら、いっか」


 あたしの言い訳に、なぜかちょっと嬉しそうに、いくのん。


 ま、あのときのことを余り蒸し返すのも気分がよくないし、話を変えよう。


「で、二段階認証、だっけ」


「そう、クロスワードで出てきて、気になった」


 あ、そっちか。


 いくのんの趣味ね。ネット検索は解りすぎて面白くないから、無作為に色んな言葉に触れられるクロスワードを好むらしい。


 で、マスの埋まったクロスワードを見せられたんだけど。


「二段階認証の二つの『ん』と重なってるのが、『七つの大罪を題材にした猟奇殺人事件を描く映画』と、『赤き血の●●●●』の最後の文字って、なんだか悪意を感じるわね」


 これ以上は、言わないけどね。


「あ、今日の報酬は、これ」


 さっき呑んだ琥珀色の液体だったら貰いすぎなんでどうしようかしら? って思ってたら、彼女が出してきたのは強そうな缶ジュースの24缶入り。


「期間限定で、トリプルらしいよ?」


「え? トリプルってことは、アルコール27度! それはいいわね!」


 それぐらいの度数があれば、ジュース感覚から、お酒感覚になってお得な感じね。


「それを『いいわね』っていうのは、サバエちゃんぐらいと思うけど……3倍はレモンよ」


「なんだ、レモンか……」


 いくのんの呆れたような説明に少々拍子抜けするけど、レモンも嫌いじゃないからいいわ。


「でも、通常の3倍なのに黄色いのね」


「普段がダブルだから、1.5倍が正確よね」


「あ、そっか。なら、黄色でも別にいいわね」


 と、どうでもいい会話をしてしまったけど、妥当な報酬ね。なら、プロの知識をおすそ分けしましょうか。


「『二段階認証』っていうのは、文字通りの意味で、例えば、色んなサイトでユーザとパスワードの入力を求められるわよね?」


「うん。SNSとか、メールとか、銀行とか、どこもそうね」


「で、二段階認証っていうのは、そのあとに更に別の認証が加わることよ。ユーザとパスワードを入れた後に、スマホに認証番号が届いてそれを入力する、とかしたことないかしら?」


「ある。サバエちゃんと連絡取り合ってる無料通話できるツールとか、そうだった気がする」


 ああ、そうね。あれも、パソコンでログインすると、スマホにコードが届いてそれの入力を促されたりしたっけ。


「そうよ。それ。パスワードを入力した後に、もう一段階の認証プロセスがあるでしょ? だから『二段階認証』」


「でも、二段階にすることに何の意味があるの? その理屈だと、二回同じユーザとパスワードを入力しても、二段階になりそうだけど?」


 相変わらずさらっと鋭いとこついてくるわね。実は、いくのんが言ってるのも立派な二段階認証なのよね。


 でも、それじゃ意味がない。


「その通りだけど、『二段階であること』に意味があるんじゃなくて、無料通話ツールとかだと、ユーザとパスワード入力後に、有効期限の短いワンタイムパスワード、もう少し噛み砕いて言えば『使い捨てのパスワード』かしらね。それをスマホに届けて入力させることに意味があるのよ」

 

「スマホに届く……あ、そっか。スマホは個人情報の集積物。スマホ自体が本人特定の道具になる……そして、使い捨てのパスワード。短時間しか有効じゃないから、有効期限中にスマホを見ないといけない。本人を特定するデバイスで特定のタイミングで参照しないといけないということは……うん、『本人確認』という意味ではただパスワードを入力するよりはずっと確実」


 相変わらず、すぐに答えにたどり着いてくれるわね。


「そういうことよ。でもま、それでもスマホが盗まれたら突破されちゃうんだけどね」


 とはいえ、いくのんの指摘通り、単にユーザとパスワードを入力させるよりは、ずっとセキュアなのは間違いない。実装も、比較的手軽だしね。どちらかといえば、電話番号を取得する個人情報の取り扱いの方が気を遣う案件ね。


 世間に『二段階認証』を周知させるという効果はあったけど、あれで『二段階認証で万全』とかいうのも間違いなのよね。あのシステムの問題の本質は、二段階認証していないだけじゃなく、本人確認がザルでなりすましが簡単に出来てしまったことになる。その原因は、セキュリティに対する意識と理解の低さ、ね。


 言葉が一人歩きするんじゃなくて、大事なのは、顧客の安全を護るにはどうするべきか? っていうサービス提供側の意識、ってことよ。


 システム屋が幾らセキュリティを訴えても、担当者のキーマンの理解が低いと対策をするお金を出してくれなくて、問題が起こると解ってるシステムを納入せざるを得ない、ってことは、哀しいけどこの業界にいると結構聞く話なのよね。


 しかも、それで問題が起きたらシステム屋の責任にされて無茶苦茶な納期で改修させられて品質二の次になって二次災害三次災害に繋がっていって……っていいこともないわ。


 だからこそ、『二段階認証』って用語だけじゃなくて、ああいうことをしたら問題が起こるから、ちゃんとセキュリティに予算を取ろう、って各企業のシステム開発時に担当者が理解してくれると、とても助かるわ。


 とまぁ、そんな業界の愚痴っぽいものを交えつつ、説明を終える。


「ありがとう。サバエちゃんのお陰で、『二段階認証』の本質的な部分が解った気がする」


 いくのんも、満足してくれたようだ。


「どういたしまして」


 講義終了。最後に、琥珀色の液体を酌み交わして、あたしは24缶ケースを抱えて帰宅する。


「そろそろお昼時ね」


 いくのんのところから帰ってくると、もう正午を回っていた。お昼ごはんの準備をしないと。


「何があったかしら?」


 冷蔵庫を空けると、なんだかよくわからない状態だった。そういえば、ここのところ忙しくて外食が続いたもんね。


 目立った食材は……野菜と言えるのが、おつまみで買って残った沢庵と、キムチぐらいしかないわね。普段はあるのよ? ただ、仕事の状況を鑑みて生野菜は使い切れないから買って無かっただけよ?


 肉は……おつまみで買って残った個包装のウィンナーぐらいしかないわね。普段はあるのよ? ただ、現在の仕事量を考慮すると肉は腐らせるかもしれないから買って無かっただけよ? え、冷凍? うん、そこまで考えられないぐらい忙しかったってことで……


 あ、でも、ごはんだけは冷凍してあったわ! 日本人なら米だけは炊いておかないとね!


 そうね。少々古くなってるかもしれないから、沢庵やキムチに火を入れた方がよさそうだし、この食材で焼き飯でも作ろうかしらね。


 俎板にさっとアルコールを吹いて流してから、沢庵を細切れにする。あ、キムチも切っておいた方がいいわね。


 そうして、ウィンナーも1センチぐらいの幅で輪切りにする。


 そこで、冷凍したごはんをレンジに入れて解凍開始。


 合わせて、フライパンを火に掛けてゴマ油を引く。


「お腹が空いてくるわね、この匂い」


 その香の中に、下ごしらえした沢庵とキムチとウィンナーを放り込んで炒める。基本はキムチのタレで味は出るけど、


「ちょっと薄いかしら?」


 余り物でそこまで量もないので、ごはんを入れると味が足りないかもしれないわね。


 そんなことを考えつつ、解凍が終わったごはんを放り込んだら、案の上。


「うん、やっぱり足りないわね」


 ということで、塩胡椒で調えつつ、軽く醤油を回し入れる。いいのよ、こういうのは適当で。自分が食べるんだから、味見しながら自分が食べられる味になればいいの!


 そうして、赤黒いというか、余り見た目が宜しくないけれど、醤油の香りが加わって食欲をそそる匂いを発する焼き飯が完成した。


 お皿に盛りつけて、テーブルにつく。飲物は、せっかくなのでいくのんから貰った缶ジュースで。しっかり冷やしてくれていたみたいだから、すぐ呑めるのがありがたいわ。


「いただきます」


 まずは焼き飯を一口。


「熱!」


 できたてなのを失念していたわ。そこに、冷えた缶ジュースを流し込む。


「あ、サッパリしてていいわね」


 トリプルなレモンは伊達じゃない。居酒屋の生搾りっぽい酸っぱさが感じられるわ。


「今度は、ゆっくりと」


 気を取り直して焼き飯へ。


「うん、こういうのでいいのよね」


 キムチの旨味、足りない味は塩胡椒醤油で補って、正直、ちょっと塩辛いけど、いいのよ。


「期せずして、このジュースが合うしね」


 レモンの酸味との相性はいい。偶然の産物だけど、こういうところにちょっとした幸せを感じたりで切る方が、人生豊になるってものよね。


 あと、


「沢庵の食感、いいわね」


 実は焼き飯に入れたのは初めてだったけど、ちょっとコリッとした感じが残っていて面白い。噛めばほのかな甘み。キムチの辛味とも対照的で、楽しい味ね。


 一方で。


「そっか、これはこれで豚キムチよね」


 キムチの味が絡んだウィンナーを口にして想う。ウィンナーは豚肉だから、間違ってないわ。


 そうして、それらの味で進む、米。


 度が過ぎると大変だけど、醤油でちょっと焦げてたりするのも、いいわね。


 炒飯と呼ばず焼き飯と呼んでいるとおり、パラッとした感じではなく、文字通り焼いたまぜご飯って風情だけど、それがいいのよ。


 味の濃い焼き飯を食べつつ、酸味の立ったジュースを味わう。


 なんてことはない休日の昼だけど、こういうのもいいわね。


 自分のペースで食べ終わり。


 空いた缶の山を纏め。


 さて、午後は何しようかしら? と思いつつ。


「ごちそうさまでした」


 




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