第18話 嵐の備えは大丈夫? あるいは、焼き鳥缶詰めと泡盛水割り

「伊勢湾台風並? それが解ってなんで休みにならないのよ!」


 明日の日中に台風が来ると言われているにも関わらず、「個人の安全が第一」で出社して早退した場合は定時勤務扱いになるものの、出社できないと欠勤扱いで有休取得しないと減給という半端な対応だったりしたのよね。


 まぁ、有休取得を推奨して無理していかなくてもいいようにしてくれてるのは、昔に比べれば大分、ワーカホリックを美徳として過労死なんて残酷な言葉を国際語にしてしまった社会も、少しはマシになってると信じたいわ。


 そんな訳で、


「今日は休む」


 朝の時点では電車は動いていたモノの、台風の進路は確実に直撃コース。


 こんなの、出社してもすぐ帰らないといけなくなるのは目に見えてる。


 出社して有休節約するなんて無駄はしない。


 便利に使おう。


「これは、出社しない意思表示よ」


 朝食と共に、最近発売されて安かったチューハイを呑んでみる。


「って、これで9度? 全然物足りないわね」


 ともあれ、飲酒をしたら、出勤しちゃ駄目よね?


 え? 普段、そういうことはしないのかって?


 それは乙女の秘密。答えられないわ。


 ともあれ、会社に休む旨の連絡を入れて、休日に。


 せっかくなので、近々半休とってしようと思ってた役所手続きとか済ませましょうか、って感じで開庁時間ちょうどに付くぐらいに外出したんだけど、


「これ、ダメね」


 既に風が強い。明らかに、来てる。


 帰り道の商店街も、臨時休業がほとんど。なのに、なんで現在放映中の細胞擬人化アニメのオープニングが流れているのか?


 働いちゃだめよ、今日は。


 そんなBGMをバックに、商店街の個人商店が店を開けたはいいが周りが閉まってるんで「やっぱり閉めるわ」って顔見知りと話しながら閉店作業してる微笑ましい光景を見ながら、帰宅。


 さぁ、今日は引き籠もるわよ。


 幸い、水分は沢山あるし、保存食(缶詰)は大量にあるわ。


 酒とつまみ? そうとも言うわね。


 休みにしたからには、仕事はしない。これが、あたしのポリシーよ。オンオフの切り替え、大事。


 平日朝から、趣味に浸るわ。


 昔からある焼き鳥の缶詰を開けて、一口。


「定番だけど、外さないのよね、これ」


 甘辛いタレに塗れた鶏肉。見た目には「どこが焼き鳥なのよ?」って感じなんだけど、食べると微かに香ばしさも感じられて、焼き鳥なのよね。


 ま、実際の焼き鳥はこだわるところだと串に刺した状態で美味しく食べられるようになってるとかもいうんで、そういう意味では焼き鳥じゃないってツッコミはできそうだけど、無粋よね。


 ご飯のおかずに一品としても使えるし、アレンジも色々できる優秀な缶詰よね、これ。


 そして、飲物はロンググラスに入った透明の液体。


 最近唐辛子入りばっかり呑んでた泡盛を1:1の水割りにしたモノ。


 え? そこはストレートだろって?


 勿論、それはそれでいいけど、すぐなくなっちゃうからね。


 長く呑むための人類の知恵よね、水割りって。


 ま、泡盛にしろウィスキーにしろ、強めのお酒は1:1の水割りにした方がアルコール臭が和らいで本来の風味が楽しめるともいうしね。


 これも、いい感じ。泡盛って、お米が原料だからか、ポン菓子っぽいほのかな甘みがいいわよね。


 ストレートはストレートでいいけど、水割りだと、くどくなくていいわ。


 そうして、水分を食料を摂取しつつ趣味の時間を過ごしていたんだけど。


「来たわね……」


 俄に外が賑やかになってきた。


 叩きつけるような雨音に、吹き抜ける風の轟音。


 それが、どんどん強まっている。


 やっぱり休んで正解、というか、こんな日に出社するという選択肢が存在すること自体がセキュリティリスクよね。


 サイバーセキュリティ対策としては、拠点が壊れてもサービスが継続できるように遠隔地にシステムのバックアップを用意してディザスタリカバリとか心掛けている会社でも、自然の驚異を前に社員の出勤を停止させないのは片手落ちよね。


 運用する人材がなければ、システムは復旧しないもの。


 ディザスタリカバリは担当者の安全も込みで考えるべきよね。


 そんなことを考えていると、突然、電気が消えた。


「停電ね」


 でも、大丈夫。


「こういうときのための UPS よね」



 自然の驚異の嵐の音が響く暗い室内に、自宅サーバを接続している UPS が、電源断でバッテリー駆動を開始したことを示す電子的な警告音が場違いになり始めた。


「さて、電源を落としますかね」


 寝室からノートパソコンを持ってきて、無線接続する。ルータやらのネットワーク機器も UPS に繋がってるから接続完了。



 そうして、 putty を起動してサーバに ssh アクセス。


$su-


Password:


#shutodown -h now


 って感じで電源を落としていく。


 うん、これで、 UPS はしっかり活用出来たわね。



 そういえば、無停電電源装置という名前からときどき勘違いされてるけど、これは『停電時に運用を継続させるための予備バッテリー』じゃないのよね。


 用途としては、『停電時に安全に電源を切る時間稼ぎを行うため機器』なのよね。そもそも、 UPS のバッテリーは持って数分なんでそれで運用なんてできないのよ。


 だから、サーバと UPS を接続して専用のソフトウェアで停電を検知したら自動的にシャットダウンさせる運用が一般的だわ。あたしも、仕事で何台も設定したものよ。


 ただまぁ、自宅サーバだからそこまではせずに、手動でシャットダウンしたってわけ。

「一時的な停電であることを祈りましょう」



 電気がなくてパソコンが使えないと、できることが大幅に減っちゃうわね。ま、ITが正確に密接に関係した昨今、電気は本当に大切よ。


 たまに「電気がなくても大丈夫! 昔はなくても大丈夫だった!」みたいなことを言う人いるけど、それってIT系もだけど『電気がないとできない仕事してる人は全員失業して路頭に迷え!』っていってるようなもんなんだけど、自覚あるのかしらね?


 それはさておき、あたしは他にも趣味があるからいいわ。


 こんなこともあろうかと、電池式のライトがある。電池も勿論買い置きがある。


 電気の無い部屋で、平日に仕事もせず。

 ライトの灯りを頼りに泡盛をきっちり1:1で注いで新しい缶詰めを開けて。

 呑み食いしながらお気に入りのマンガを読んで過ごす。


 あたしも、好物を聞かれたミルクセーキとマカロンって答えようかしら? ルービー、もとい、ルビはご想像におまかせするわ。


「あ、復旧したわね」


 しばらくすると、唐突に部屋が明るくなった。どうやら、一時的な停電だったみたいね。


 正直、冷蔵庫の中身が心配になりだしてたんでありがたい。


「でも、また停電した時に備えて、嵐が去るまでサーバは落としておいたほうがよさそうね」


 ほっとして、部屋の静けさに気付く。


 そっか、サーバのファンの音がないと、この部屋はこんなに静かだったのね。


 でも、あの音とも長い付き合いだし、意識すると寂しくも感じちゃうのは困ったものよ。



 明るくなった部屋で、残った缶詰と泡盛を飲み干して一息吐く。


 まだまだ油断はできないけど、ピークは過ぎたみたい。ここまで凌げたならなんとかなりそうね。


 まずは、食べ終わった缶を片付けようかしらね。


 というわけで。


「ごちそうさまでした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る