第17話 ある晩に自宅サーバが起動しなくなったこともあったわね(5)、あるいは、発酵したお米のジュース

「ふぅ、やっぱり日本人ならお米ね」


「小枝葉先輩は、液体での摂取の方が多そうですね」


「よく解ってるじゃない」


 がぶがぶと飲みながら、ウエノちゃんに応じる。


「こっちも、おいしい、です」


 実演もして、もう復旧作業の追体験もほぼほぼ終わりね。


「それで、そこからはどうしたんですか?」


「まずは、サーバの物理的な復旧ね」


 何せ、その時点では蓋も開けっぱなしの状態。


 そこに、ハードディスクを差して、元に戻したんだけど、今も絶賛稼働中だから、実演はできないわね。


「ええ。そこが見たいんです。どうか、お願いします」


 もしかして、ちょっと酔ってる?


 声に甘い物が混じって、すり寄りながら懇願してくる。


 まぁ、そうね。


 前のサーバの作業も楽しげに見てたし、サービスしますか。


「解ったわ。同じサーバじゃないけど、ディスクの交換を実演して見せてあげるわ」


 押し入れに、型落ちしたパソコンがあるから、あれでいいわね。


「ちょっと形は違うけど、中は似たようなものだからね」


 そうして、引っ張り出してきたパソコンを、ウエノちゃんの前で分解してみることになった。


 最近はドライバーがなくても開けられるように、グリップ付きのネジになってたりするんだけど、これは古いケースなんで、ドライバーでネジを外さないタイプ。ちょっと面倒だけど、から、手元が狂うこともないわ。


 サクッとネジを外して、蓋を開ける。


「これが、パソコンの中身……」


 あまり見る機会がないからか、興味津々ね。


「えっと、まず、一面にへばりつくように入ってる板状のものがマザーボードね。ここに CPU とかメモリとかが載っているわ」


 指を差していくと、その度に頷いて、ポニーテールが揺れる。やっぱり、犬みたいね。


「そして、本体から出てる先に黒いコネクタの付いた赤いケーブルが、 SATA ケーブルで、ハードディスクとか、光学ドライブに繋がってるわ」


 同じく、指差すのに合わせてポニーテールが揺れていた。


「それじゃ、ディスク交換ね。ディスクは、この光学ドライブの下にぶら下がるように入ってるやつよ。サイズとネジの位置が決まってるから、規格を守った製品同士なら、交換可能になってるわ」


 さて、抜き取りますか。


「このマザーボードから出てるのはさっき言った SATA ケーブルだけど、こっちの黒い平べったいのは電源よ。ほら、本体の上の方から触手みたいに一杯ケーブルが出てるの、あれが電源」


「なんだか、先が色々な種類ありますね?」


「まぁ、これも色んな規格があるから、それに合わせたものが何種類かずつって感じになってるのよ。その中で一番ややこしいのが、このマザーボード用の電源ね」


 カートリッジのようになった先が、基盤にささっているのを示す。せっかくだから、抜いて見ましょうか。


「ほら、複雑な形になってるでしょう? これは、向きを間違えたりしないためにこうなってるのよ。差し間違えると壊れるだけならまだしも、発火したりして危険だからね」


 電源周りは、本当に気を付けないといけないわ。埃が溜まって発火とかもあるしね。


 あたしは、電源の裏側、メッシュになった部分を示して、


「そうそう、昔電源のこの排熱用のファンのところに埃が溜まって、実際に発火しそうになったこともあるから、ここは小まめに掃除することをお勧めするわ」


 焦げ臭い匂いがしたら、要注意ね。


 と、話が逸れたわね。


「それで、ディスク交換だけど、ケーブルを抜いて」


 SATA ケーブルと、電源ケーブルを抜く。


「ネジを外して」


 ケースの両側から2本ずつ出ているネジを外し。


「引っこ抜いて」


「簡単に抜けるんですね」


 あっという間にディスクが取り出せたことに驚いているようだ。


「昨日のサーバのときは、手際が鮮やかなのかと思ったんですが、これなら、私にもできそうです」


 後輩からの評価が少し下がっちゃったけど、そのお陰で後輩がやる気になってるんだから安いものよ。


「それじゃぁ、やってみる?」


「いいんですか?」


「勿論」


 サクッと、ディスクを再接続し、ウエノちゃんにバトンタッチ。


「本当、簡単ですね」


 あっという間にディスクが抜けたものだから、拍子抜けしたようだ。


「これで、満足かしら?」


「はい。また一つ勉強になりました」


 さて、このパソコンは片付けてっと。


 まだ、時間があるわね。


「復旧作業で、他に何かトピックスはないんですか?」


「う~ん、そうねぇ」


 データのサルベージが終われば、順を追ってオペレーティングシステムのセットアップをしただけなのよね。


 それは、今現在、ウエノちゃんがメインで担当してることだもんね。


 あ、でも。


「そういえば、ブログのシステムは触ったことがないわよね? その辺りでいいかしら?」


「はい。お願いします」


 という訳で、ブログの復旧の顛末ね。


 実は、今はもう運用してないのよね。


「そういえば、ある日突然レイアウト変わりましたよね?」


「そこまで知ってるの!? レイアウト変えたの、ウエノちゃんの入社より前よ? もしかして、その前からの読者だったの?」


「乙女の秘密です!」


 それはあたしの台詞だ……って、まぁ、一般的な言葉か。


 衝撃の事実に動揺したけど、いいわ。


 今は、当時のブログの復旧ね。


 そういえば、あれは今日のサイバーセキュリティ対策にも通じるところがあるから、勉強になるかもね。


 ブログを動かしてた、いえ、今も動かしてるウェブサーバは、 apache よ。今は対抗馬も色々出てるけど、まぁ、無難にね。


 それで、設定を復旧すれば直るんだけど……ちょうどいいわ。


 当時の作業用の仮想環境は残してあるのよね。


 ちょうど、まっさらな CentOS 5 があるから、それを使ってみましょう。


「設定ファイルは、復旧したところに戻すけれど、 apache の設定ファイルは?」


「/etc/httpd ですね」


「そうよ。そこに上書きすれば、それで OK 。今は CentOS 7 だけど、当時はギリギリサポートも残ってたのもあってバージョンを上げずに作業したから、互換性も気にしなくてよかったしね」


 そうして、次は、ブログが使用するファイル一式。


 これも、無事に復旧できたから、所定の場所に置くだけね。


「後は、データベースの復旧もしないといけませんよね?」


 そうね。


 とりあえず、 /tmp にさっきダンプしたファイルをコピーしてっと、


mysql -u root -p </tmp/mysql_dump


 で作業完了ね。


「それで、もうこれで、復旧したんですか?」


「さて、どうかしらね?」


 ファイルは設置した。


 データベースも復旧した。


 一見すると、復旧したみたいね。


「触ってみていいわよ」


「はい。この仮想サーバのアドレスは……」


 そうして、仮想を動かしている方のサーバでブラウザを開いてアクセスするんだけど、


「エラーが出ますね」


「対処もしてみていいわよ」


「はい。まずは、ファイルのアクセス権ですね……確か、 /var/www/mt にブログのプログラムを設置していましたね。 ls -al っと……ビンゴ。 .pl ファイルにアクセス権がありません」


 鮮やかね。


 無駄なく問題を発見して、


chmod -R +x *.pl

chmod -R +x *.cgi


 と、関連しそうなファイルの実行権限を設定していく。


「これでいけますね」


 丁寧な物腰で、自慢げにいいながら、ブラウザを開く。


 けれども。


「あれ? エラー……そんなはずは……」


「思い込みはダメよ。目の前で起きた事実を受け止めないと」


 混乱するウエノちゃんに最低限のアドバイス。


「取り乱して失礼しました。えっと、ブラウザに apache のエラーが出たから、 /var/log/httpd/error_log に何か出ているはずですね」


 そうして、開いてみると、


「データベースのエラーが、出ていますね。でも、 MySQL は正しく入っていますよね?」


 そうか、こういうタイプのシステムって触ってなかったのかしらね。


「勿論よ。でも、データベースが入っていても、プログラムからつながるとは限らないわ」


「あ。ドライバですね。 Perl みたいですから…… DBD でしたっけ?」


「そうよ。仕組みとしては、インターフェイスとなる DBI と呼ばれる Database Interface と DBD と呼ばれる Database Driver の組み合わせる形ね」


「今回は、 MySQL 用の DBD が入っていないから…… yum install perl-DBD-MySQL で……ありましたね」


 CentOS にはなじんでいるから、当たりが付いたようね。


「でもこの手順は、 CentOS に限ったやり方よ。通常の Perl のパッケージインストールはどうするかは知ってるかしら?」


「え? 他のやり方となると、tar で圧縮されたソースを落としてきてコンパイル、とかですか?」


 どうやら、知らないようね。


「 Perl で使用するライブラリは、通常 cpan と呼ばれる Perl のパッケージ管理の仕組みを通してインストールするのよ。まぁ、 yum と同じような仕組みよ。中でやってるのは、今、ウエノちゃんが言った通り、指定されたパッケージと、その依存するパッケージのソースを落としてきて、自動的にビルドしてインストールするってだけだけどね」


「でも、CentOS の場合だと yum で入れられますから、使う必要はあるんですか?」


 まだまだ甘いわね。


「 yum でインストールできるのは、かなりの範囲をカバーしてるけど、全部じゃないのよ。パッケージが提供されていない場合は、 cpan install って感じでインストールが必要になる場面もあるわ。だから、この機会に覚えておくといいわね」


「はい。わかりました」


 素直な返事が、やっぱり気持ちいいわね。


 液体のお米を飲みながらだと、格別ね。


「あ、動くようになりましたね。懐かしい……」


 そんな感想が出てくるって、いつからの読者なのかしら?


 ちょっと、びっくりの事実を知ったのは今日の収穫でもあるわね。


 それはさておき。


「気が付けば、大分遅くなったわね」


 そろそろ、終電も危うい時間になっていた。


 でも、まぁ、明日休みだし、


「なんなら、実家だったと思うけど、大丈夫なら今日は泊っていく?」


「はい! 喜んで!」


 元気に返事をして、すぐに家に連絡を入れていた。


 そうして、


「じゃぁ、呑み明かそうか」


「え? ここは、一緒にお風呂に入ったりするところじゃないんですか?」


「あ、そうね、お風呂……着替えはスウェットとかならあるわよ。ただ、狭いから一緒には無理ね。先に入ってきていいわよ」


 露骨にがっかりするけど、仕方ないわよね。


「ふわぁ……」


 さて、呑み明かすとかノリで行ったけど、やっぱり疲れたわね。


 ウエノちゃんが出たら、お風呂入って寝ちゃいましょう。


 ベッドはウエノちゃんに使ってもらって、あたしはリビングで適当にタオルケットでも引いて寝ればいいわね。


 と思ったんだけど。


「いいえ。先輩にそんなことはさせられません! 私がこっちで寝ます!」


 生真面目さが発揮されてか、頑として受け入れない。


 まぁ、こんなことで言い合って寝不足になるのも面白くないしね。


「解ったわ」


 結局、寝室のベッドであたしが寝て、リビングに引いたタオルケットの上でねるウエノちゃん。


 ちょっと悪いことした気がするけど、すぐに寝ちゃったみたいね。


 それじゃ、あたしも寝ようかしら。


「おやすみなさい」


 そうして、あたしの意識はゆっくりと心地よく、闇へと落ちていった……。




「……サバエちゃん、これは、どういうこと?」


「え? いくのん」


 翌朝、目を覚ますといくのんが目の前にいた。


「どうして、ここに?」


「いくらメッセージしても返事がないから、心配してきた」


 スマホを見れば、大量のメッセージ。というか、すでに昼ね。


 休みだからって寝過ぎね。


 ただ、ちょっと体が重いのは疲れて……え?


 なんだか柔らかい感触が、胸の中にいる。


「う、ウエノちゃん?」


「あ、おはようございますぅ……」


 眠気でか間延びした声が可愛いけど。


「誰、これ?」


 いくのんがやたらと不機嫌だった。


「会社の後輩の蓮池はすいけ上乃うえのちゃんよ。昨日、家で仕事関係の勉強をしてて、遅くなったから泊めたのよ」


「だからって、同衾するのはよくない」


「いや、これは……」


 って、なんで言い訳してるんだろう、あたし、


「そういうこの人は誰なんですか、小枝葉先輩?」


 今度は、ウエノちゃんが剣呑な目をいくのんに向けている。


「学生時代からの友人の……」


「親友」


 被せてくるから、言い直せってことよね。


「学生時代からの親友の、田島たじま郁乃いくのちゃんよ」


 満足げないくのんを、ウエノちゃんはしばらく剣呑な目で見ていたけど。


「蓮池上乃です。宜しくお願いします」


 丁寧な物腰で、いくのんに手を差し出した。


 基本、礼儀正しい子だもんね。


「田島郁乃。とりあえず宜しく」


 そうして、ウエノちゃんの手を取った。


 そういえば、いくのんがあたし以外とこうして接するのって珍しいわね。


 なんだか、娘の成長を見守る気分になるわ。


 でも、握手しながらも、あまり和やかには見えないのが気になるけど。


 というか、二人とも、妙に痛そうだけど、力入れすぎかしら?


「せっかくだから、仲良くしてもらえると嬉しいわ」


 ちょっとフォローしておこうと声を掛ければ、


「小枝葉先輩がそういうなら、仲良くしてもいいですよ」


「サバエちゃんがいうなら、仲良くする」


 素直に応じてくれたから、もう安心ね。


「よし、なら呑みましょう!」


「おー!」


 いくのんは即座に乗ってくるけど、


「え? どうして、起き抜けに?」


 ウエノちゃんは困惑していた。


「大丈夫よ。今日は休みだから、いつでも呑んでいいのよ?」


「その理屈はおかしいです。明るい内から呑むのはどうかと……」


「ごちゃごちゃ言わない。あ、この日本酒もらうわね」


 ウエノちゃんのことは気にせず、勝手知ったる互いの家なので、キッチンからマイペースに湯飲みを取ってきて注いで呑み始める。


 ウエノちゃんは呆気にとらえていたけど、


「解りました。親睦を深めるため、私も呑みます」


 生真面目に、宣言して湯飲みに日本酒を注ぐ。


「それ、あたしが昨日使ってたやつよ! 新しいの出すから……」


「構いません。むしろ、その方が嬉しいです」


 意味の解らないことを言いながら、恐る恐る杯を傾けていた。


「美味しいんですけど、ちょっと強い、ですね」


 チビチビとでも、呑んでいた。


 まぁ、美味しいと思えているなら、何よりね。


 あたしも、自分用に新しく湯飲みを出して日本酒を飲み始める。


 休日の昼間。


 女三人で始める酒宴。


 まぁ、休日の過ごし方としては、これでもいいかしらね。


 そんなこんなで。


 初めて後輩を家に泊めた翌日は、割とカオスな感じで幕を開けたわ。


 ともあれ、朝ご飯(※液体の米)は済ませたから


「ごちそうさまでした」

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