其の九十八 裏切りのゲルト・シュナイダー

 裏切りのゲルト・シュナイダー。

 それは、傭兵達の間では有名な通り名であった。

 200年以上前に機兵大戦が終結すると、大陸では大国同士による大きな軍事衝突はなくなったものの、帝国の目が届かない場所では小国同士の小競り合いが続いていた。

 皇帝の命により表立った軍隊の所有は禁じられていた為に、各所領の領主たちは治安維持の名目に私兵を組織しているが、軍隊と呼ぶには程遠いものであった。

 そんな中、小さな紛争の折にはフリーランスの傭兵達が重宝されているのがこの時代の現状であった。

 では、なぜゲルトに『裏切りの』などという不名誉な二つ名が付いたのか。

 それは、不利な戦況になるとゲルトはすぐに見切りをつけて、戦場から姿を眩ましてしまうことを繰り返していたからである。

 傭兵なのだから、敗けてしまっては金も支払われないので当然だと思われるかもしれないが、皆がゲルトを裏切り者と呼ぶにはそれなりの理由があった。

 今の時代の傭兵達は、騎士の様に名誉を重んじたからである。

 というのも、傭兵達の多くは元騎士の出身の者がほとんどであったからだ。

 誰もが戦場で武勲を上げて再び返り咲こうとしている所に、忠義や名誉など知ったことかと謂わんばかりに、ただ金の為だけに戦場に現れるゲルトはそれだけでも嫌われ者であった。

 それが、少しでも自分の付いた側が不利になれば逃げてしまうのだ。


「どんな手を使うのか……それでも奴は誰かに雇われては必ず戦場に姿を現します。それが、ゲルト・シュナイダーと言う男です」


 忌々しげに説明をするカタリナの横顔を見つめながら十郎太が聞いた。


「唐突になんだ?」

「いえ、本当はもっと早くにお伝えしようと思っていたのですが……なんだか急に嫌な予感がして」


 神妙な面持ちで言うカタリナを十郎太は鼻で笑った。


「金を得て生きる為に傭兵をやっているんだ。死んだら意味がないだろう」

「それはそうなのですが……」


 そんな二人の会話に割って入って来たのはキャロルティナであった。

 なんだかいい感じに話している、十郎太とカタリナのことをニヤニヤと見ながら楽しそうにしている。


「無駄よカタリナ。大体ジューロータは、主君に反旗を翻した側の人間なんだから、忠義であるとか名誉であるとかそういう話は通じないのよ」

「そ、そうなのですか? ジューロータ様?」


 少し寂しげな表情で自分のことを見上げるカタリナと、いやらしい笑みを浮かべているキャロルティナを見返しながら十郎太は呆れ気味に大きな溜息を吐いた。


「確かに、俺は殿様に楯突こうって側に付いたけどな。俺にだって忠義を尽くす相手くらい居た」

「へぇー、其処許にもそんな相手が居るのだな」

「当然だ。大義もなしに主君を裏切る馬鹿なんざ居るもんかよ。俺の居た国では皆そうだった。全ては日の本の為に……」


 言いかけてやめる。それが十郎太にとってはなにも意味を成さない言葉であったからだ。

 十郎太の言葉にカタリナは少し不満げに答えた。


「では、ゲルト・シュナイダーにも大儀があったと?」

「それは本人にしかわからねえことだ。そもそも、大義なんてもんは手前勝手な理屈だ。それをぶつけ合って戦争まで始めちまったんじゃあ、巻き込まれる市民はたまったもんじゃねえだろうよ」


 十郎太が苛立ち始めたので、キャロルティナもカタリナも二人目を見合わせると、これ以上深堀するのは止めようと示し合わせるのであった。


 そうこうしていると、部屋の隅で一人何かをしていたミコットが三人に声を掛けてきた。


「皆さん、準備ができました」


 蟲の群れに阻まれて外への出口を塞がれてしまった一行は、策を思いついたと言うミコットに従い、入口の方向ではない別の廊下を進み、その一角にある部屋へと逃げ込んでいた。

 館の中心部では粗方の蟲が十郎太に蹴散らされてしまったので、蟲達もすぐには追っては来なかったが、すぐに態勢を立て直して再び襲い掛かってくることは予想できた。

 こんな所にいつまでも籠城できるわけがないと言ったが、ミコットはある方法で蟲達を一掃できるかもしれないと言うのである。


「いいですか皆さん。まず、今私達が居る場所が魔女の館であるということは理解できますよね?」


 説明を始めるミコットの言葉に、キャロルティナとカタリナは頷き、十郎太は腕組みをしながら聞いている。


「この館は、我が師である大魔法使いリーンクフラフト様が、長い年月を掛けて少しずつ少しずつ増改築を繰り返しながら作り上げた物なんです」

「そ、それが、なにかこの窮地を脱するのに有効な手立てになるのですか?」


 カタリナの質問に、ミコットはニヤリと口元に笑みを浮かべた。


「魔女と言うものは、決して無意味に物事を成し得たりはしません。必ずやそこに、魔法的意味を持たせるのです。つまり、この館も例外ではないと言うこと。一見、無造作に作られているように見える、廊下や階段、部屋の配置等も、全てに論理ロジックがあるのです」


 自慢げに話すミコットに皆が首を傾げる。十郎太に至っては、もう理解する気もないのか、鼻を穿り始める始末であった。


「そ、それで、ミコットさんは何をしようと言うのですか?」


 キャロルティナが恐る恐る尋ねると、ミコットは少し表情を曇らせながらもキッと表情を引き締めて答えた。


「この館自体を大きな術式を編む為の媒介とすることができれば、館全体に私の電撃魔法を発動させて蟲を無力化できるかもしれません」



 続く

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サムライソード 〜異世界剣客浪漫譚〜 あぼのん @abonon

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