其の九十七 届かぬ力

「強引に突破するしかねえな」


 視線の先に蠢く蟲の洞窟と化した廊下を見据えながら十郎太が言った。

 キャロルティナもカタリナも覚悟を決め同じように見据えているのだが、ミコットはふとあることに気が付いた。

 壁や天井はびっしりと小蟲に埋め尽くされている。当然、床も同様に蟲が這いずり回っているのだが、その中にひっくり返ってピクピクと痙攣しているものがあるのだが、思考を巡らせる間もなく十郎太が剣を抜いた。


「カタリナ、何があってもガキ共を守り抜け。俺の援護に回ろうなんてするなよ」

「心得ましたジューロータ様」

「キャロルティナ、てめえはそのガキと一緒に前だけを見て突っ切れ。決して止まるなよ」

「わ、わかった」


 十郎太の指示に神妙な面持ちで頷く二人、今にも駆け出しそうなのを見てミコットは慌ててそれを止めた。


「待ってください、そんなの無茶です。あっという間に蟲に囲まれてしまいますよ」

「それ以外に方法はない」

「今、考えてますから、考えますから待ってください! そんな無謀な、命を粗末に扱うような戦い方は無意味です!」


 ミコットの必死な表情に十郎太は少しだけ悩む素振りを見せると言った。


「時間はないぞ、どこにでけぇ蟲が潜んでいるのかわからねえ。小蟲達は単なる足止めだ」

「わかっています……わかっていますから……」


 ミコットは考える。この万事休すの状況を打開する策を、魔女リーンクラフトの一番弟子である自分は、ありとあらゆる知識を授かってきたのだ。必ず突破口はあるはずだ。魔女……魔女の館……。


「そうだ! 皆さん、ついてきてください!」


 何かを思いつきそう言うと、ミコットは来た道を戻り始めた。




 *****


 レオンハルトの駆る聖機兵グラムの剣が、皇機兵ガルディアスへと振り降ろされる。

 その剣をガルディアスは素手でいとも簡単に受け止めた。


『クズめっ! この皇機兵ガルディアス、既に聖機兵の力など及ばぬものだと言うことすら理解できんかっ!』


 圧倒的なパワーであった。受け止められた剣を振りほどくことさえできない。なぜガルディアスがこれほどのパワーを持っているのか、なによりこの機体から放出されてる異常な魔力放射量は、レオンハルトの理解を遥かに超えていた。

 だが、このままおめおめとやられるようなわけにはいかない。聖機兵もまた、並みの機兵ではないのだ。


『なるほど、確かに恐ろしいほどのパワーだ。しかし、聖機兵の戦いとは力だけに非ず!』

『負け惜しみかエルデナーク!』


 リガルドが叫んだその瞬間、ガクンとガルディアスの膝が落ちた。

 同時に、周囲の空気もビリビリと震え出し、ガルディアスの足元地面がクレーター状に陥没する。


『な、なんだ? ぐっ……身体が……重く』


 リガルドは自分の身体が凄まじく重くなっていることを感じた。

 まるで、大きな岩が伸し掛かっているかのような重圧と苦しさを覚える。


 重力操作//グラビティバインド。


 それが聖機兵グラムの持つ能力であった。

 グラムの持つ魔剣から発生される強力な魔力重力場がガルディアスの動きを封じ込める。

 並みの機体であれば、この重力場で押し潰すことすら可能であるが、膝を吐く程度で機体にはまるで損傷のないガルディアスの力にレオンハルトは、この悪魔の機体は今ここで破壊しなくてはならないと考えた。


『サーヴァインっ!』

『承知』


 レオンハルトの呼びかけに、既に準備は整っていると言わんばかりに、サーヴァインの駆る聖機兵ミストルティンが応える。


 剣と呼ぶより、長槍と呼んだ方がしっくりくる。そんな魔剣をやり投げの様にミストルティンは、グラムの遥か後方で構えて待機していた。

 レオンハルトがやれと言っている。サーヴァインは躊躇することなくガルディアスに向かって必殺の一撃を放った。


『ソウルブレイク・スティンガーーーーっ!!』


 光線の様に放たれた一撃は、斜め上へと放たれる。

 ミストルティンの攻撃は、あらぬ方向へ放たれたと思われたが、ガルディアスの頭上で突如軌道が変った。

 巨大な重力に引かれるように光の線が一気にガルディアスに降り注ぎ爆発。同時にグラムはその場を離脱。流れるような連携プレーであった。

 ミストルティンの能力は一撃必中の技である。どんなに装甲の厚い機体であったとしたも、弱点へと吸い込まれるように貫く。必ずダイダメージを負わせていると二人は確信していた。


 が、晴れて行く爆煙とその影に驚愕する。


『そんな馬鹿な……ミストルティンの一撃を喰らって、ありえん』


 冷静沈着なサーヴァインがそう漏らすと、レオンハルトも同時に奥歯を噛んだ。


『もう一度だサーヴァイン! ゲルト! 一撃で沈まぬのならば多重攻撃を仕掛ける』


 今の戦い方を見ていたゲルトの駆るリジルにもレオンハルトが呼びかける。

 ゲルト程の使い手であれば、一度見ればこの連携を取れる筈だ。

 聖機兵三体の連続攻撃で沈まなければ、最早この悪魔のような機体に勝てる術はない。いや、そんな馬鹿げたことなどあるはずはない。聖機兵はこの地上に存在するあらゆる兵器の中で最強の力を持つ機体なのだと。


 しかし、レオンハルトもサーヴァインも、想像しない事態が起こった。


『いや、私はここで辞退させて貰おう』


 そう言うとゲルトは、聖機兵リジルの顕現を解くのであった。




 続く

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