其の九十六 擦れ違う思い?片思い?女の命
「カタリナ!」
声を上げてキャロルティナが駆け寄るのを見て、ミコットは魔導符を取り出すと叫んだ。
「伏せて! そのままで!」
キャロルティナがカタリナの上に覆いかぶさると、ミコットの放った電撃が蟷螂型のスティマータに襲い掛かる。スティマータの身体から黒い煙が上がると完全に停止した。
カタリナはキャロルティナの下で小さな呻き声を上げると、頭を振ってゆっくり立ち上がった。
「すみませんキャロルティナ様、油断しました」
「だ、大丈夫なのかカタリナ?」
「ええ、浅く斬りつけられただけなので掠り傷程度です」
「後ろを向いて、ちゃんと見てみないと……あっ」
後ろに回り込んだキャロルティナが小さな声を上げる。
カタリナは背中まで伸びたブロンドの髪を普段は下しているのだが、戦場に出る時にはそれを二つ編みにして下している。サラサラとした綺麗な長髪を、キャロルティナはいつも羨ましいと思っていた。
それが先程のスティマータの攻撃でバッサリと切り落とされてしまっていた。
「気にしないでください。戦場では邪魔なだけですから、むしろこれでサッパリしました」
「そんな、カタリナ」
「それよりも、ありがとうございましたミコットさん。本来であなたをお守りしなくてはならない私が、守ってもらうなんてお恥ずかしい話です」
申し訳なさそうに言うカタリナに、ミコットは赤面しながら応える。
「い、いえ、戦う術を持っている私が、自分の成すことをしたまでです」
ミコットは帽子のつばを両手で掴むと少し下げて恥ずかしそうに顔を隠した。
助けてくれたことにお礼を言おうと、キャロルティナもミコットに駆け寄ってきて右手を差し出す。
「ありがとうミコットさん。さっきのは魔法? 私、初めて見ました。あんなにすごい術が使えるだなんて、さすが大魔法使い様の一番弟子ですね」
笑顔で握手を求めるキャロルティナのことを、ミコットはちらりと見上げるがなにも答えない。キャロルティナが少し困惑した笑顔を見せているのだが、ミコットは黙って握手に応えて、やはりと思った。
柔らかく華奢な手。まるで剣を握るには相応しくない、世間知らずのお嬢様然とした手だった。
この人は違う。そう思うと言わずにいられなかった。
「ずいぶんと華奢な腕をしているのですね……」
「え? なに?」
ボソリと呟いたミコットの言葉を聞き取れずキャロルティナが聞き返す。
ミコットは見上げると、今度は毅然とした態度でハッキリと答えた。
「あなたは、ここに何をしに来たのですか?」
「え、何って? あなた達を救出に……どうしたの急に?」
一度口にしてしまったらもう止まらなかった。
ミコットはモヤモヤとしたこの感情を抑えることができなかった。
「救出……ですか……。ですが、戦っているのは先程の男性と女性の騎士様だけで、あなたは陰に隠れているばかりじゃないですか」
「そ、それは……」
「聖剣を手にしているのに怯えて引き抜くことさえできなかった。あなたは本当に聖騎士なのですか!?」
言い終わってからミコットはハッとする。
自らの危険を顧みず、誰だかもわからない者の言葉を信じ、駆け付けてくれた人に対する言葉でないことはわかっていた。
しかし、期待と現実のギャップがあまりにも大きすぎた。
師匠であるリーンクラフトから聖機兵のことは学んでいた。しかし、彼女は聖騎士のことを多く語ろうとはしなかった。だから、ミコットは沢山の書物を読んだ。それは専門的な歴史書だけではなく、子供に読み聞かせる物語のような物から大衆向けの文学までさまざま。そうして、ミコットは聖騎士達の英雄譚に酔いしれ、憧れを膨らませていたのだ。
俯いたままそれ以上はなにも言わないミコットのことを、キャロルティナは困惑した表情で見つめている。
その場に重い空気が流れ始めるのだが、カタリナが声を上げた。
「まずいですキャロルティナ様。出口に続く道を塞がれました」
皆が出口に続く廊下の先に目をやる。そこには無数の蟲達がひしめいていた。これではそこを抜けることは不可能であった。
すると、逃げて来た方向から走ってくる十郎太の姿が見えた。
蟲の返り血を全身に浴びてはいるが、特に負傷している様子もないのでキャロルティナは安堵する。
三人に追いついた十郎太は、妙な空気になっていることに眉を顰めるが、それよりもこんな所で立ち往生していることに苛立った。
「なんだ? なにをしているんだ?」
「すみませんジューロータ様、私がモタモタしていた所為で出口を塞がれてしまいました」
自分の不手際だと申し訳なさそうにするカタリナであったが、その姿に何の反応も示さない十郎太にキャロルティナが詰め寄った。
「なにも気が付かないのか?」
「何がだ?」
本当にわけがわからないといったそぶりを見せる十郎太に、キャロルティナは大きな溜息を吐き、呆れ顔をしたかと思うともの凄い剣幕で十郎太に詰め寄った。
「何がだ? じゃないっ! カタリナの髪が短くなっていることに気が付かないのかっ!」
「か、髪ぃ!?」
「おまえのそういう所だっ! そういうデリカシーのないところだっ! 髪は女の命なんだぞ、それをバッサリと切られてしまったのだぞ! なにか慰めの言葉をかけてやろうって優しさがないのかあっ!」
「し、知るかそんなことおっ!」
十郎太の放った一言に、暗い顔をして落ち込むカタリナ。
更に激怒するキャロルティナ。
そしてこの状況に、わけがわからずうんざりしている十郎太。
緊張感のない三人の姿を見てミコットは、助けを求めた相手を間違えのではないかと思うのであった。
続く
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