其の九十五 反撃と追撃、その狭間にある困惑と
それは、あまりにも残酷で恐ろしく血生臭い光景だった。
そう思いながらも目を背けることはできなかった。目の前で振るわれている圧倒的な暴力による殺戮にミコットは目を奪われてしまっていた。
命を奪うと言う行為は、それ程まで鮮烈で強烈で心に突き刺さったのだ。先程まで自分の命を脅かそうとしていたスティマータが切り刻まれていく姿に、ある種の興奮さえ覚えてしまう。この感情が、決して良い物ではないということはわかっていたが、内から溢れだす快感に身を委ねかけてしまっている自分にミコットは嫌悪した。
謎の剣士が残りのスティマータを蹴散らした所でミコットは我に返った。
声も出せずに呆然と男を見上げていると背後から声が響く。
「ジューロータ! なにがあった?」
女性の声だった。ジューロータと呼ばれた男は振り返り、やれやれっといった表情でその声に応える。
「蟲だ。ここは蟲の巣だぞ」
パタパタと駆け寄ってくる足音に振り返るとミコットは気が付いた。
黄金色の髪を揺らし駆けてくる碧い瞳の少女。白銀の胸当を付け白い装束を身に付けたその姿は高貴な身分であることを容易に想像させる。そして、その少女が腰に帯びている物が聖剣であることに。
少女はミコットに近づくと片膝をつき肩に手を掛けてきた。柔らかく暖かい人の温もりに触れて安堵したのか、ぽろぽろと涙が零れた。
「だ、大丈夫ですか? どこか怪我をしているのですか?」
「す、すみません。わたし……わたし」
「ミコットさんですよね? 霊体で現れた時と同じ姿をしているからわかります。私は七の剣エッケザックスを受け継ぐキャロルティナ・ロゼ・グリフォンです」
エッケザックス。聖剣の名だ。聖剣を持った聖騎士がこの場に駆け付けてくれた。現世乖離の術が成功していたことにミコットはホッと胸を撫で下ろした。
「よかった。本当によかった。成功していたんだ。よかった」
「ミコットさん。私達はまだここに着いたばかりでよく状況が飲み込めていません。説明をしていただけませんか」
「は……はい、そうですよね。ごめんなさいわたし、もうダメかと思っていたから」
術が成功したことを喜んでいる場合ではないことにミコットは気が付き、今の状況を説明しようとするのだが、それを十郎太の声が遮った。
「キャロルティナ、説明は後だ。蟲どもがウヨウヨいるぞ」
キャロルティナ達の方には振り返らずに言う十郎太の視線の先、そこに蠢く異形の群れ。そして十郎太の傍らには別にもう一人、鎧甲冑を身に纏った騎士が居ることにも気が付いた。
「カタリナ、おまえは二人を守れ。あいつらは俺が相手をする」
「わかりましたジューロータ様。お気をつけて」
いくら十郎太であってもこの狭い空間で無数のスティマータを相手にするには多勢に無勢である。囲まれたらひとたまりもないことは明白であった。
それを理解したカタリナは、すぐにここから撤退することをキャロルティナとミコットに促した。
そして廊下を引き返そうとした瞬間、一斉に前方の蟲達が襲い掛かってくるのと同時に駆け出す。
「ま、待ってください! あの男性の方は大丈夫なんですか?」
「ジューロータのことなら心配しないでください。むしろ私達が近くでウロチョロしている方が邪魔だと言う奴なので」
心配するミコットを他所に呆れ顔で応えるキャロルティナ。
余程、腕に自信のある剣士なのだろうことは、先程の戦い振りを見てミコットも理解していた。しかし相手はスティマータである。人間がスティマータの群れを相手に一人で戦うなど無茶であると思った。
その時、後方からカタリナの声が響く。
「伏せてくださいっ!」
カタリナの声に反応したキャロルティナにミコットは頭を抑え込まれ、二人はその場に倒れ込むように伏せるのと同時、なにか鋭い、風を切るような音が頭上を横切るのを感じた。
顔を上げると目の前には、身の丈2メートルはあろうかという大きな蟷螂の様なスティマータ姿があった。
「そのままでっ!」
カタリナが叫びながら剣を抜きスティマータに斬りかかる。
スティマータはカタリナの剣を右の鎌で受け止めると、すかさず左の鎌で切り返した。間一髪カタリナは後方に飛び回避する。蟷螂型のスティマータは大きな鎌の付いた両腕を振り上げると、カタリナを威嚇するように羽を広げている。
「舐めるなよ。ジューロータ様程とはいかないまでも、私とてカミラ様の元で騎士団長を務めた身! 蟲ごときに遅れを取れるものかっ!」
カタリナが再び斬りかかり、スティマータと戦いを繰り広げている間に、キャロルティナとミコットは距離を取った。
「わ、私も」
「いけません! キャロルティナ様はその場で!」
「で、でも」
エッケザックスの柄に手を掛けて引き抜こうとするのだが、手が震えて上手く引き抜けないでいるキャロルティナの姿にミコットは唖然とした。
この人は本当に聖騎士なのだろうか? 他の人が戦っているのにこの人はなぜ剣を抜いて戦おうとしないのだろうか? と疑問に思う。
そうこうしている内に、なんとかカタリナがスティマータの首を刎ねた。
「はあっ、はあっ、お怪我はありませんか二人とも?」
息を切らしながら振り返るカタリナであったが、ミコットは嫌な気配を感じて声を上げた。
「ダメです! その程度ではスティマータの機能は停止しませんっ!」
叫んだ瞬間。首のない蟷螂の鎌がカタリナの背中を斬り付けるのであった。
続く
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