《静寂》のニナ


(ニナ・ヒールドのパフォーマンス直後の様子です)


 ヒゲと、上唇の裏あたり。黒猫ヨゾラはここで魔力を感じ取る。

 いま感じた事をアルルに伝えたくて見上げたら、見たことのない顏で固まっていた。


「……どうしたの?」

 聞けば

「いや……これは……ええと……」

 とアルルが手元の冊子をめくりだす。

 それぞれのページにアイドル候補の人たちの顏が上手な絵で描かれていて、産まれた所や、好きなものや、本人の一言が書き添えられていた。

 上手な絵は、写真と言うらしい。不思議な瞳の女の人が教えてくれた。


「この子だ」

 アルルの、ページをめくる手が止まる。

 いま歌ってた子だ、とヨゾラは思う。


「ニナ……ニナ・ヒールド。ニナちゃんだね」

「うん。この歳で学院の二年目か、すっごいな……歌は、まぁ、あんまり得意じゃないみたいだけど」

「えー、すごかったよ?」

「すごかったと言えば、すごかった……か?」

 ヨゾラに言わせれば、このヒトは魔法使いのくせに魔力に鈍感だ。

「ヒトは歌っても魔力が出るよね?」

 これにはアルルも驚きはしない。

「そうだよ。だからお祭りには音楽が欠かせない」

「それでさ」


 ヨゾラは伝えたい。ニナという女の子から出た魔力の匂いだ。舞台から遠い観客席でもはっきり感じた、魔力の匂い。


「あの子から出る魔力の匂いはね、ゆうきがでる」

 アルルは今度は驚いた。「へぇ!」と書いてある顔に向けて、ヨゾラが続けた。


「誰かに勝つとか、倒すとか、そういうのとはちょっと違うんだ。でも、負けないんだ。負けずにいられる気持ちになる。そんな匂いがするよ。あの子、きっと、負けないと思う」




 言われたアルルは、そうなのか、と呟いて舞台上で真っ赤になっている女の子を見た。

 学院。

 エルダーシングスがどんな学院なのかは知らないけれど、卒業まで通えて欲しいと思う。

「それからアルル」

 物思いにふけるのを、黒猫に邪魔された。

「お腹すいた」

 まぁ、塩こんぶじゃもたないよな。


 ヨゾラからの要望は、「写真」を教えてくれた人が持ってたやつ、だった。

 たしか、何か丸くて柔らかそうで、変わった器に入ってた。

「探してくるから待ってろ。勝手にどっか行くなよ」

 そう言ってアルルは立ち上がる。後ろから、

「だいじょうぶ、ちゃんと戻ってくるって」

 と聞こえた。


 どっか行く気まんまんじゃないか。



 目当てのものはすぐ見つかった。

 屋台には大きく「たこやき」とあった。


 さて、うちの黒猫はどこに遊びに行ったのやら。


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出典: クリスティナ・ダレットと竜殺し

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885582819/episodes/1177354054885769738


逢坂 新さん作品「ニナ・ヒールドと空飛ぶ箒」から参加の《文具屋》のニナさんのPR文へ投稿したものです。上記リンク先の内容を受けての投稿です。


作品はこちら

ニナ・ヒールドと空飛ぶ箒

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886197423


なお、寄稿した一連の作品群で、これが一番最初に書いたものです。


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