夜空でもない、魔法でもない

(総選挙の結果発表の様子です)


 名前を呼ばれない事には二つの意味がある。

 そんな事、考えてもいなかった。


 舞台上に勢揃いした164人のアイドル候補たち。その中で、ピファも待っている。


 名前を呼ばれないと言うことは、その順位ではない、と言うこと。

 上位、もしくは、選外。

 ピファは、心臓ばかりが動いているように思った。呼吸をしている自覚が持てなかった。誰かの名前が呼ばれるたびに拍手が起こる。ピファもそうするのに、手を打っているのが本当に自分なのか自信が持てなかった。

 呼ばれたアイドルたちはそれぞれが、それぞれの形で一言延べている。

 本心からか、それとも内心は隠しているのか、どちらにしても晴れやかな言葉たち。

 前向きな意味でも、後ろ向きな意味でも、いいなぁ、と思った。

 もしこれが夢で、いま目覚める事ができるなら喜んでそうしたい。でも、目覚めたくない。

 早く名前を呼ばれたい、まだ、呼ばれたくない。

 二つの気持ちに引っ張られて、ちょっと触れられたら体が割れて飛んでいってしまいそうだった。


 発表はいよいよ選抜メンバーにさしかかっている。その事だけは辛うじて認識できた。もう、誰が呼ばれていて、誰がまだなのかも考えられない。

 ピファの名前は呼ばれていない。

 やっぱり、私じゃダメだったのかな。

 そんな不安におそわれる。山あいの町の、せいぜい太鼓が叩けるだけの、ただの女の子。特別見た目がいいわけでもない、ただの女の子が、あんなにキラキラした子たちに勝ってる?

 だから、まだ名前を呼ばれないのは、きっとそういう事なんだろう。

 でも、それでも、うつむかない。それこそ世界の壁を越えて、友だちが来てる。せめてそれぐらいは、と思った。ただ立っているためだけに、意志の力を総動員しているさなか、その瞬間が訪れた。


──11位、ピファ・カラタビカ!


 体を前から後ろへ、その声が打ち抜いて行った。心を引っ張り合っていた強い鎖の、そのどちらもがぱちんと切れて、自由になった心が体の隅々まで巡った。

 その巡りに乗って肌がさぁっと粟立ち、ついで視界がぼやけた。

 拍手が起こる。この少し後で起きた拍手に比べれば、ささやかなものだったけれど、ピファには文字通り、万雷の拍手に聞こえた。

 体全部が熱い。その熱さが束になって目から流れ落ちていく。促されて前にでて、不器用に拳と腕で涙を拭った。

「私は……」

 口を開いて、後が続かない。こんなに大勢の人前で何か一言なんて、そんなのやったことがない。


 ピファちゃーん!

 

 遠くから、ヨゾラの声が聞こえた。

 逆光の中に浮かんで見える、色とりどりの光。人の星。その中から聞こえた。

 星の中に、ヨゾラがいる。

 ヘンなの。逆だよね。

 ピファは鼻をすすって、息を吐いて、吸った。


 なんで、私は、ここに来たのか。


「私の生まれた町では、春分の日に花火を上げます。今年の春分の花火に、友だちの、魔法使いの男の子が魔法をかけました。

 いつもオドオドしてて、頼りない男の子なのに、本当に素敵な花火だったんです。すごいなぁって思ったんです。でも、ちょっと悔しかったんです。だって私は魔法を使えない。魔法が使えなきゃ素敵な事ができないなんて、そんなの嘘だって見せてやりたくて、ここに来ました。


 なのに、素敵なものを見せたかったのに、私は素敵なものを見せられてばかりです。

 私は、山に囲まれた町から来ました。河を渡って、東に行くと湖があって、小さい頃、お父さんに連れられて、その湖に映る星を見るのが好きでした。初めて夜の湖を見た日、星は夜空のものだけじゃない、湖にも星があるんだって、眠れませんでした。

 そして今日、私はもう一つの星空を見ています。みなさんが、私には星に見えます。夜空の星でも、湖の星でもない、もう一つの星空!

 こんな星空を、私はもっとたくさん見たいです。私は、みなさんに、そのための機会をもらったんだって、そう思います。

 だからもっともっと頑張って、今日よりずっと素敵なものを見せたいです。そうしたら、みなさんも、今日より素敵な星空を見せてくれますか?


 今日はほんとうに、たくさんの応援を、ありがとうございました!


 それから、ええと、最後に一つだけ。クチで言うの、ちょっと恥ずかしいんですけど、お願いします! 合い言葉はっ!」


『──てどんとどん!』

 


 良かった。誰も言ってくれなかったらどうしようかと思った。

 話し終わって、楽になって、やっと周りの状況がわかるようになった。一人挟んでとなりにルクがいた事さえ、わかってなかった。

 目があって、ルクが「にかっ」と笑ったので、そのまま笑い返した。親指だけを立てるあの仕草は、どういう意味なのだろう。

 真似してみて、二人して笑っていたところに聞こえてきた、

 

 ──10位、リンク・ルーシー!


 拍手が巻き起こる。リンクが、てててててっ、と舞台をすすみ、ぺこりとお辞儀をする。水舞と、もらったケーキの味を思い出して、また泣きそうになった。


 少し離れたところに、真っ白く輝く髪の神さまがふんぞり返っているのが見えた。たしか、出番の時には大騒ぎになっていたはずだ。

 ウーウィーが必死に彼女から角材をひったくったのを見た。

 そのあとで一度ウーウィーとすれ違った時に、

「き、今日はもう、アーファーヤ、叩いちゃ、だ、駄目、ぜったいだめ」

 と真っ青な顔で力強く言われたけれど。

 聴きたいって人がいるなら、いくらでも叩くよ。と言うのが今のピファの矜持だ。

 

 その神さまの隣で、風が吹いたら倒れそうな顔をしている三角帽子の子が見えた。控え室で、悩んでいたときに話しかけてくれた子、神さまの大騒ぎで騒然とする会場を、ピタリと鎮めた魔女の子だ。

 あの様子だと、先程までのピファと同じようにまだ呼ばれていないのかもしれない。


 ──8位、指宿瞳!

 わっ! と歓声があがった。これぞアイドル、という圧巻の演技をみせた母娘の、娘のほう。

 

 そしてそれを憧れの眼差しでみる、うさぎ衣装の女の子。

 誰の名前が呼ばれたときも、まるで自分の事のように喜んでいた、そうだ、たしかアイドルを愛するアイドルで生実紗弓と書いて、ええと


 ──それではいよいよ、栄えある神7の発表です!


 ピファの思考は、よく通る司会の声に遮られた。

 それまでざわめいていた会場から一切の音が引いていった。


 ──7位






 ──《文具屋の》


 爆発。


 春分祭の花火もかくや、というような声の炸裂。

 アルルも思わず立ち上がり、諸手を上げて叫んでいた。文字通りの頭上で、ヨゾラがきゃーきゃー言いながら頭を叩いているのがわかった。

 観客席、すこし離れた所から、女性の雄叫びが聞こえてくる。


「信じられない! 本当に喰い込んだ!」

 周りの声に負けないように、アルルが叫べば

「ほら! ほら! 負けなかっただろ!?」

 頭上のヨゾラが得意げに頭をひっぱたいた。

「痛い!」

「え、なにー?」

「なんでもない! すごいぞこれ!」

 周りをうろついていたプロデューサーたちから、既にいろいろ聞いていた。

 アイドル候補たちのなかにも、数々の実績と人気をもつ強豪がいること、その中で、新参の彼女が大健闘をしていたこと。

 終盤、猛烈な追い上げで8位に順位を落とし、一度盛り返すも再び8位に落ちて終盤の局面を迎えていたこと。

 つまり、二度目の逆転を果たしたのだ。


 ニナ・ヒールド。なんて女の子だ。


 その後、会場は6度の爆発を繰り返した。最後、頂点に輝いた女王の名は山本五十子。

 その名前が呼ばれた瞬間、巨大な会場を埋め尽くす人々は雄叫びを上げ、天を仰いで涙した。



 ──熱狂の時間が過ぎ、舞台上では選抜メンバーに選ばれたアイドルたちが並んで、大観衆に笑顔で手を振っている。

 上位7人は、その名前にたがわず神々しく輝いていた。

 その脇にピファの姿もあった。大きな目と口をいっぱいに開いて笑う姿を見て、アルルは言った。

「ヨゾラ」

「なにさ?」

「これは確かに良いものだ」

 ヨゾラはまたアルルの頭上からその顔を覗き込み

「なーにカッコつけてんだ?」

 と笑った。



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出典:参加キャラのお疲れ様会場

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885582819/episodes/1177354054886020185



クロスオーバー先作品が多数に渡るので、すでに紹介済みのものは割愛。


クロスオーバー先作品(登場順、敬称略)

IDOLIZE -アイドライズ-(板野かも)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884335211


結界舞闘列伝 アイドルが2羽っ!(壱原優一)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884695757


山本五十子の決断(如月真弘)

https://kakuyomu.jp/works/4852201425155000392

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