魔法じゃなくても

 ピピピピ。


 家でこっそり練習してみた事がある。

 ピピピピ。


 どう頑張っても、ピピプピとか、ピピフフィとか、そんな風になってしまって、ちゃんと言えた試しがなかった。何度かやるうちにだんだんムキになってきたけれど、

「クチお化けうるさい」

 と弟から文句が出てやめた。

 喋るのが苦手で、いつもつっかえつっかえ話すクセになんで

「ピピピピピファ!」

 これだけは上手に言えるのか。

 舞台袖に通じる廊下を、ウーウィーが走ってくる。


 背がやたらと高いから、そのぶん脚も長く、歩幅も広く、つまり足がとても速かった。その猛烈な勢いを、ピファの直前で、一気に殺して止まる。

 もう慣れたけれど、そんな事よくできるね、とピファは思う。

「速い。近い。急で怖い」

 ウーウィーの、おへそのあたりに視線を落としてそう言う。

「それに、恥ずかしい」

 舞台袖の手前には大きく重い扉がある。もうすぐ出番を迎える人たちがここで待っているのだ。

 案の定、場が少しざわついた。

「ご、ごめん……」

 頭の上から声が降ってくる。

「もう……ウー、何しに来たの?」

 顔を見上げてそう言ってから、意地悪な事を言ったなと思った。

 こんな時にウーウィーがやろうとする事なんて、わかってるはずなのに。

「お、おお、おう、応援、しに……来たんだ」

「うん……ありがと」

 ウーウィーが嬉しそうに笑った。

 ピファはまた、おへそのあたりに視線を落とす。

「いいの? 仕事中でしょ?」



 舞台の入れ替えやら、控え室への差し入れやら片付けやら、そんな細々としたことを手伝っていると聞いた。

「い、いま僕、きゅっ、休憩中だから」

 なんとなく沈黙が落ちて、扉の向こうから歓声が聞こえる。

 とても可愛い男のだったから、それにみんな驚いているのかも知れない。

 男の娘という概念を理解するのに、ピファは苦労した。

 そもそも、控え室に揃ったアイドル候補の人たちには、驚くような人しかいなかった。



 魔法使いなら、ピファもまだ驚かない。

 「いちど死んでいます」という人がいた。何人かいた。

 死ぬって何だろう、としばらく控え室で悩んだ。


 三角帽子の子が話しかけてくれなければ、ずっと悩んでいたと思う。

 年が近くて、ピファの髪の色が友だちに似ていたから、と言っていた。大人しそうな子なのに、話していたら「決闘」という言葉が出てきてびっくりしてしまった。魔術学院の二年生というので、魔法か何かを披露するのかなと訊いてみたら、歌なのだそうだ。

 五十七番で、十五番とはだいぶ離れているから、聞きに行けるかもしれないなと思った。


 ちょっと離れた所には、ドキドキするほどふしだらな人がいるのが見えた。

 肌を出しているわけではないし、そもそも座っているだけなのに、ふしだらで、ドキドキした。

 あまり見ていると自分がここにいられなくなる気がして、ピファは目をそらした。それでもドキドキした。


 それから、エーアイと言う子がいた。

 エーアイと言うのは名前ではなくて、名前はまた別なのだけれど、彼女は好きな物と楽しい事の話をずっとしていて。

 レグナムとか、ザクなんとか、とか、それが何か少しも理解できないのに、好きで、楽しいという事はピファにもよく伝わっきて、すごく気持ちが軽くなった。


 水を飲みに行ったら、推敲か断筆かを議論する二人の話が耳に入ってきた。しばらく見ていたけれど、明らかにもう一人の「見えない人」に話しかけてる節があった。もう開き直って、そういう事にいちいち悩まない事にした。


 あと、神さまがいた。

 なにせ神さまなので、話しかけてもいいのかどうかさんざん迷った末に声をかけようとしたら「ふふん」と機先を制されて、話しそびれてしまった。

 神さまと話した、なんて言ったらみんなどんな顔するだろう。終わったら、もう一度話しかけてみようか。

 ところで神さまとファヤ様はどちらが偉いのだろう。



 全員と話す余裕はとてもなかったけれど、ここにいる人たちはみんな、何か一つ、鋭くて、強くて、壊れない何かを持っているのだ。

 そんなところに──


 私が来ても、良かったのかな。




「ピ、ファ」

 頭上からの声に、ピファは我に返った。

「アル、アルルさんたちから──」

 しかし、ウーウィーが何かを言う前に扉が開いて、係の人がピファを呼んだ。

 あっ、と思う。

 まだ心の準備ができてない。

 呼ばれるままに舞台袖へ入る。

 ウーウィーがついて来るのを止められて、「ざっ、雑務要員のウーウィーです! ピピっ、ピファさんの、じっ、準備を手伝うように、言われて来てます!」

 と押し切った。


 大歓声で、十四番の人が向こう側へ退場していく。もうあんまり時間もない。


 太鼓を肩に掛け、皮の張りをみる。

 大丈夫。ゆるんでない。ゆるんでないよね。

 ウーウィーが二本のバチを渡してくれた。それぞれ、順手と、逆手にもって……逆手バチを落とした。

 カラン、という音に、ギュッと心臓が縮まる思いがした。ウーウィーが素早くバチを拾って、また渡してくれる。

 いつも、どれぐらいの力で握っていたっけ。今日は鉦がないから、どうやって始めるんだったっけ。

 どうしよう、足が、動いてくれない。

「ピファ」

「待って! ウー、待って!」

 ウーウィーは待たなかった。

「伝言! 春分祭すごかったから大丈夫ってアルルさんから! ピファの太鼓は元気が出るってヨゾラさんから!」

「うん……」

「あと、し、知らない人も何人か、太鼓、楽しみだって。お、応援するって」

「うん」

「ぼぼっ、僕も、僕、がっ、僕がここで、見て、見てる、から」

 顔を真っ赤にして、必死に喋るウーウィーを見ていたら、ピファはなんだか可笑しくなって、吹き出してしまった。

「ピ、ピファ?」

 楽隊の選抜の時も、春分祭の練習の時も、この背の高くて気の小さい男の子は、墨で黒くなった顔で見に来ていた。

 今日だって雑務要員でついてきて、休憩時間に客席に走って、伝言を聞いてきて、また走って。しまいには勢いで嘘までついた。

「ウー」

「な、なに?」

「そんなに私が心配? そんなにダメそうに見える?」

 ウーウィーが口をパクパクとさせる。だって、だって、と繰り返すのを見て思う。意地悪だな、私も。

 太鼓の釣り紐を直す。木の胴がギッと鳴る。二本のバチを握りの中で遊ばせる。

 だいじょうぶ。

「見ててね」

 任せといて。

 大きな口を左右に引っ張り、ビファは「にっ」と笑って見せた。


──エントリーナンバー十五番、ピファ・カラタビカ!


 呼ばれた。舞台へ出る。

 眩しい、広い、遠い。

 でも、春分の太陽の方が眩しい。南の麦畑のほうが広い。エレスクの山並みの方が遠い。


 様々な人の色が、その手にもつ様々な色の光が、客席を埋めて取り囲んでいるのがわかった。

 人が、星のようだ。


 星なら、いつもたくさん見てる。


 スカートを摘まんでお辞儀をし、胸を三度たたく。

 祭司さんなら、こうするかな。

 バチを持った両腕を開き、胸を張って人の星へ、精一杯げんきな声で

「はじめまして! ピファ・カラタビカです!」

 ぱらぱらぱら、と拍手が起きる。

 アーファーヤなんて、みんな初めてでしょ? 見せてあげるよ。魔法じゃなくても、素敵な事はできるって。


 ──右の順手バチを緩くもって、打面に遊ばせる


 ばららん、どん!


 ──もう一度。


 ばららん、どん!


 ──左の逆手バチの抑えで、音に高低をつける。


 どん! てんててどん!


 ──さぁ、始まりだ。


 てんてて てんてて

 どんとと とととと

 とんとと ととんと んとんと ととてん

 ばららん、てどんと、てどんとどん!


 

 アーファーヤが、突風のように立ち上がった。


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出典:独占インタビュー〜倉永詩織編〜

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885582819/episodes/1177354054885744498

上記のコメント欄に投稿したもの。

ピファ、出番前の一コマです。



クロスオーバー作品(登場順、敬称略)


ニナ・ヒールドと空飛ぶ箒(逢坂 新)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884942256


生活能力ゼロ‼︎⁉︎⁇ 甘えん坊のショタ吸血鬼は今日もワガママし放題!(志々見 九愛(ここあ))

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885370984


俺がAIと共に高校生活を以下略(やえく)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885038027


駄作バスター ユカリ(板野かも)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883691227



もこ神さまのいるところ(和田島 イサキ)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885370623

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