P!!
総選挙会場の客席で、アルルがぱらぱらと冊子のページをめくっている。
たぶん紙で出来ているんだと思うけれど、ヨゾラが知っている紙よりずっと丈夫で、何よりつやつやとしていた。
「ヨゾラみてみろ。ちょっとだけ顔が映って見えるぞ」
冊子の中身よりも、素材がよっぽど気になるのか、アルルは閉じた冊子を顔に近づけたり傾けたり、匂いを嗅いでみたりと余念がない。
その隣、黒猫ヨゾラはつるつるの長椅子に置かれた塩こんぶの袋から、新しい一枚を引っ張りだしてもぐもぐする。
「ほら」
目の前に冊子の表紙が突きつけられた。これでもかと躍動する女の子が沢山描かれていて、その色彩にヨゾラは目が回りそうになった。
「おえあ、ようおおあんああいお?」
それさ、読むものなんじゃないの?
ごくん。
「開いて見せてよ」
そういうと、アルルはちょっとつまらなそうな顔をする。
「書物に愛着のないやつだな」
「爪とぎだと思ってた」
「とぐなよ?」
アルルが膝の上で冊子を開く。
本物かと思うぐらいに上手な女の子の絵と、その子の名前だとか、産まれた所だとかが一人一人書いてあった。
つやつやの紙がスタジアムの照明を照り返して、瞳孔が細く締まるのを感じた。
一人目を見てヨゾラが言う。
「この子、最初の子だね。出てくる順番で書いてあるのかな。この、プロデューサーって何のこと?」
アイドル候補本人の名前とは別に、もう一人名前が入っているのだ。
アルルは首を振った。
「さっぱりわからん。産み出す人、なんだろうけど、親の名前か? でも名前は一人だけか」
二人目を見る。そこにも、やはりプロデューサーの文字。一人目と同じ名前だった。
「親じゃなさそうだな。姉妹にしちゃ全然似てない」
一人目は金髪に赤い瞳。二人目は栗色の髪に黒い瞳。確かにあんまり似ていない気がした。
「似るものなの?」
「普通はな」
アルルがそう言いながら、また数ページめくって手を止める。
「あれ?」
ヨゾラが気付く。
「なんか、聞き覚えある……」
アルルも気が付いた。
二人してしばらく考えたあと、同時に声を上げた。
「あーーーっ!!」
ヒトと猫が顔を見合わせた。
ヤマモトマサズミP
「インタビューの人だ!!」
ヨゾラが言う。
「楽しかった事とか聞いてきた人!」
アルルが言う。
「犬派か猫派かって!」
ヨゾラが目を細めてアルルを睨んだ。
「キミは犬派なんだろ? 忘れないからな!」
アルルは肩をすくめた。
「いいだろ? 相棒っぽくて」
「前に遠慮なく魔法でやっつけたくせに」
「それとこれとは話が別。お前気にしてるのか?」
「ぜ、ん、ぜ、ん」
わざとらしい笑顔を作って、ヨゾラはアルルの腿を前足ではたいた。
開かれたページには、薄紅に白をあしらった衣装の女の子が描かれている。
「ハル色した子だね。かわいい」
紹介を読むと、いろいろと苦労を重ねて抜擢されたらしい。
「俺は、こういう頑張り屋さんは好きだぞ。応援したくなる」
冊子から舞台へと目を移し、アルルはそう言った。
ちょうど、順番としてもマサズミPの五人目の娘が──プロデューサーは親ではないらしいから娘と言うのが正しいかどうかはわからないけれど──とにかく五人目の娘が出てくる頃だった。
「もっと早く気づけば良かったよ、マサズミP」
アルルの頭の上に腹ばいになり、ヨゾラが言う。
「どうでもいいけどお前、頭の上好きだな?」
アルルが、頭を動かさないように注意深くボヤく。こういうところが「いいやつ」なのだ。
舞台の準備が終わり、会場の照明が落ちる。
倉永詩織の名前が呼ばれた。
ガッチガチだった。
ヨゾラにもわかるぐらいにガチガチになっていた。確か、キンチョーカンとか言ったっけ、とヨゾラは思う。
「大丈夫かな、あの子?」
頭の上から問いかける。
「大丈夫だ、と、いうか……」
不意にアルルの手が伸びてきて、ヨゾラの身体を掴んだ。掴んで立ち上がった。
「負けんなよ! あんたにだって見ててくれる人がいるんだろうが!」
突然そんな事を叫ぶので、ヨゾラはびっくりしてしまった。
いっぽう、そのころ。
控え室では、せっかく整えた金髪をくしゃりとつかんで、ピファが頭を抱えていた。
アイドル候補たちとの一通りの顔合わせが終わって、椅子の一つに腰掛けるなりこうなった。
ぐるぐると回る思考。今までの常識を覆す出会い。思わず言葉が一つ漏れた。
「死ぬって……なんだろう……」
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出典:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885582819/episodes/1177354054885744498
山本正純さんの作品「シニガミヒロイン」より参加の倉永詩織さんPRコメントへ寄せたものです。
シニガミヒロインはこちら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880673550
あと、山本さんのインタビュー企画とも絡んでおります。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885454169
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