安倍川もちと黒猫

凍った鍋敷き

安倍川もちと黒猫

山は良い。

 人気ひとけもなくって静かだし、空気も美味しいし、緑は目に優しいし。

 何よりも、五年も付き合って結婚まで考えてたのにあっさりと捨てられた三十路近くの女子が現実逃避するにはもってこいだ。

「二股かけてやがって、あっちが妊娠したから別れてくれって、ざっけんじゃねえェェェ!」

 秋も深まってきた、うらぶれたちょっと低めの山の、登山道から外れた茂みで叫んでも、苦情はこない。

 涙をぽろぽろ零したって、誰にも見られない。

 みっともなく泣き喚いても、誰にも迷惑かけない。

 腕でぐしっと涙をふく。

 ふんだ。いいんだ、いいんだ。あたしなんか。騙されてたあたしが悪いんだ。

 山の神様にだけは謝っておこう。お騒がせして申し訳ありません。もう少しだけお騒がせします。まだ叫び足りないんで。

「おまえに関わってる間に取っちゃった年齢を、返しやがれェェェ!」

 叫んだ。叫びきってやったぞコノヤロォォォ! バッカヤロォォォ!

「……うるさいのである」

 がさりがさりと右の葉が揺れた。脇の茂みがもそもそと動く。 あたしの肩と心臓はどっかんと跳ねた。

 く、苦情、きた? どこから? ここに来るまでに人は見なかったよ?

 まさかの熊?

 この山、熊注意なんて看板なかった! 見なかった!

 あたしが気が付いてなかっただけかもしれないけど、少なくともあたしは見てない!

 熊に食べられちゃうのはさすがに想定外!

 せめてきれいな死に方がいい!

 立つ鳥は後は綺麗にするっていうじゃない! せめて死ぬ時くらい女の子でいさせて!

「……熊ではない」

 そう言って葉っぱを鳴らしながら出てきたのは黒猫だった。

 首に赤いスカーフを巻いて、ぴんと立った耳の間に小さなテンガロンハットを載せた黒猫が、二足歩行で近寄ってくる。

 はくはくと口は動くけど声は出ない。喉から先に声が出ない。あたしの心臓もびっくりしすぎで鼓動を忘れてる。

「ほぅ。此方こなたが見えるか」

 目を、少なくとも五回はパチクリしたあたしに、琥珀色の瞳を細めたその黒猫は、二カッと笑ってみせた。


 まわりは藪。あたしの腰程の草が、もさもさっと生えたい放題に伸びてる、そんな獣道。青い二足歩行のロボット、じゃない、真っ黒で西部劇チックな猫があたしをちょいちょいと手招きしてる。

其許そこもと。何をしておる。さっさと来んと、本当に熊が来るぞ?」

 器用に右目だけ細めた黒猫は、そんなことを言ってあたしを脅してくる。

「……熊の方がありふれて感じられちゃうあなたは何よ?」

「立ち話ではなんじゃ。すぐそこに此方こなたの住処がある。そこで茶でも飲みながらゆるりと話でもしようではないか」

 テンガロンハットを額にずらしながら、黒猫がくるっと回れ右をした。どっかのダンサー見たいに華麗なターンだ。艶めかしい黒しっぽを揺らして、黒猫がひたひたと草に消えていく。

 あたりは急にしーんとなって、背筋がゾワゾワッと粟立った。気温がぐぐっと下がったような気がする。

 ここにいちゃいけない。

 あたしの本能がそう告げてきた。

「え、あ、ちょっと待ってよ」

 置いて行かれたら本当に熊のランチになっちゃう。あたしは黒猫が消えたあたりの草をかき分けて追いかけた。


 なんでちっさいのに足が速いのよ。

 草の上を泳いでいくテンガロンハットを目印に、生い茂る緑を踏みつけ歩く。坂を上ってるみたいでゼーハーゼーハーと酸素不足に悶えつつも、必死に足を動かす。

 たまに帽子がこっちを向くから気にはしてくれてんだろうけど、速度は一向に落ちない。むきー。

 一応、山だからと赤い長袖のトレーナーにグレーのチノパンで来たからよかったけどさ!

 こちとら山にかけては素人なんだ、ちょっとは気を使えっての! それじゃ女子にはモテないぞ!

 なんて黒猫に愚痴ったって聞く耳もちゃしないって。

 額に光る労働の対価を腕で拭きながら草をかき分けること半刻。すぐそこって、どこのことなのよ!

 すっとテンガロンハットが草に消えたところでジャングルを抜け切った。

「……なにこれ?」

 目の前が急に開けたと思ったら、絵本に出てきそうな原っぱの山のてっぺんに、どでーんと神社が鎮座してた。不思議な写真みたいに現実的じゃない映像が、抜けるような青空に広がってた。

 真っ青な空からふわりと耳をくすぐる風が汗を吹き飛ばしていく爽快感。お腹の底からドドドっとこみあげてくる感情。

「スゲェェ!」

 空という大海原にぽっかりと浮かぶ赤い屋根の神社。どでーんと見えたそれは、小さな祠だった。

 ちょっと反り返った赤い屋根の下には慎ましく佇む注連縄しめなわ。如何にも年季を感じさせてくれる色の格子がはめ込まれた木の扉。

 お地蔵様が収まっていても違和感がないその祠に向かって、テンガロンハットを載せた黒猫が歩いていく。ちょっと君が台無しにしてくれちゃてる感じが、ヒジョーにモッタイナイな。

其許そこもと

 祠につく手前で、その黒猫がこっちに振り返った。

「茶は何が良い?」

「……お茶?」

「うむ、茶である」

 黒猫がにこっと笑った気がする。

「午前ティーなんて」

「ハイカラな茶はないぞ」

 む、牽制された。

「ま、玉露で良いであろ」

 小さなテンガロンハットを小脇に抱えたまま、黒猫が祠に歩き出した。


 あたし、イン祠、アット山頂。

 お地蔵様が収まりそうな祠は意外に大きくって、あたしが立っても頭が屋根に当たらない。四方はふすまみたいな格子の扉。真ん中には気合の入った小さな朱色のちゃぶ台。どうみても漆塗りでテカテカだ。誰かと勝負でもするつもりなのか?

 そのオッスオッスなちゃぶ台の前に正座するあたし。

 格子には障子なんてなくて、秋の涼しげな香りを届けてくれてる。陽はまだ真上にあって、希望に満ちた光を降り注いでる。格子の向こうでは妖精さんがキャッキャウフフしてるかのような、麗らかな世界に満ちていた。

 すっごい場違い感で今すぐに下山したい気分に襲われてる。

 あたしはここにいちゃいけない気がする。

「アチッ」

 背後で声がした。その主はもちろんあの黒猫。なんでかガスレンジがあって、小さな鉄瓶でお湯を沸かしてる。あのガスはどこから来てるのか?

「ふむ、茶など久しくてなんだで、勝手を忘れたわ」

 振り向いたあたしの目の前で、右の肉球をぺろぺろしてる黒猫。あたしの視線に気がついたのか、ついっと顔をあげた。

「あぁ、其許そこもとはそこで待っておれ」

 どこに隠してあったのか、茶托と湯呑を取り出した黒猫がちゃぶ台にことりと置いた。ぐい飲みくらいの大きさの湯呑だ。猫用で間違いないけど……ってか、流されてここに座ってるけどさ、あたしはここに茶を飲みにきたわけじゃないんだ。

「いやあのね――」

「言わんでも良いである」

 しばしまたれい、と言わんばかりにピンクの肉球が目の前に差し出された。健康的なぷにぷにだ。

其許そこもと死場しにばを求めて彷徨っておるのは知っておる」

 見開くあたしの目には、黒い猫の細くなる琥珀の瞳しか映らなかった。


 ――悪いとは思ってるんだ、俺だって。

 相手は社会人になってから知り合った男。誠実そうに見えたから。

 ――生まれてくる子に罪はない。悪いのは俺だけだ。

 優しいあんたが言いそうなセリフだ。あたしが妊娠した側だったら、そう言ってもらえたのかな。

 ――俺のことは、すっぱり忘れてくれ。

 そんな都合の良い記憶装置なんて持ってないんだけどな。


 小さな湯呑には、あたしの顔が映ってた。頬もこけちゃって、すっかり枯れちゃった女子だ。焚火にくべたら大炎上間違いなし。

「その茶に映るのは其許そこもとの心。軋んで崩れそうだ」

 器用に左手に湯呑を乗せて右手を添え、ずずっと茶をすする黒猫があたしを刺してくる。

「声なき悲鳴が山に木霊しておった。此方こなたの耳にもはいりこんできたというわけである」

 また、ずずっと茶をすする黒猫。湯呑の横には安倍川もち。信玄餅のおじいさんにあたる、静岡県の銘菓だ。

「……猫舌じゃないんだ」

「湯冷ましを投入するくらいの嗜みはもっておる」

 黒猫はそう言って、牙をむき出しにしてかぷっと安倍川もちを齧った。黄な粉と白砂糖がほろほろと口から零れている。

 もっしゃもっしゃと頬を膨らませて安倍川もちを堪能する黒猫。その笑顔が眩しい。

其許そこもとも喰うがよい」

 黒猫があたしの安倍川もちを見て、言った。

 黄な粉と白砂糖に覆われてお餅は見えない。ふわふわの黄粉の香りがそよそよと漂ってくる。節分の時の匂いだ。大豆からできてるんだから、そりゃそうだよね。

「黄な粉と白砂糖のコンビネーションはファンタスティックでエキゾチックである。この安倍川もちは昔からの作り方である。美味ゆえに喰わぬのであれば此方こなたが喰うてしまうぞ」

 琥珀色の瞳がきゅっとすぼまる。

 正直食べたい気分じゃない。でも目の前の黒猫は、あたしが食べるのを、じっと待っているみたいだ。この猫、何者なんだろう。

「喰うたら其許そこもとの疑問に答えよう」

 黒猫にそこまで言われれば、まぁ、食べてやるさ。箸も楊枝もないから手掴みだ。

 ふわふわの黄な粉を手で崩しちゃうのは気が引けるけど。えい。

 人差し指と親指で掴んだ安倍川もちは、ふにゃりんと潰れて捕獲された。持ち上げれば名残惜しげに黄な粉がふるい落とされ、ふわっと甘い香りが広がっていく。

 ゆっくりと口もとまで持っていき、えいやとかぶりつく。黄な粉が勢いよく吹き上がって鼻の頭についた。

 もにゅっとした感触が歯に伝わる。歯は閉じたけど餅は切れない。むにーっと手を伸ばして餅を切ろうとしたけど、切れない。

「つきたてであるからの」

 黒猫の嬉しそうな声が聞こえた。あたしは餅を切ることに意地になる。

 歯をごりごり。舌でもじゃりじゃり。むむむと唸りながら餅を切った。もっちもっちと感触を楽しむ。黄な粉が口の水分を奪って、その代り、白砂糖の甘さと黄な粉独特の味をくれる。

 懐かしさと。美味しさと。素朴さと。

 黄な粉と白砂糖のワルツは色々な感情を思い出させてくれる。

 口内にはりつく餅を舌で削ぎ取ることに集中する。ぐぬぬと口をあられもない格好にしているであろうあたしは、はりついた餅に勝った。残った餅を口に放り込む。

 あたしは二口目で安倍川もちを食べきってしまった。口の周りについた黄な粉を、べろっと舌で舐めとった。はしたないとか、考える頭はどっかに家出してた。

 足りない。これじゃ足りない。

「もっと喰いたければ、まだある」

 食べて無くなったはずの茶請けには、安倍川もちが佇んでいた。あたしの手は、無意識にそれを掴んでた。気がついたのは齧った後だった。黄な粉の甘い香りに包まれて、なんだかぽやーんとしてきた、気がする。

「落ち着いたようだの」

 黒猫の声が、遠くから聞こえた。


「この山は、ずいぶんとおったろう」

 もくもくと安倍川もちを食べるあたしの頭に、黒猫の声が静かに続く。確かに、街のすぐ裏手にあるのに、人気もなくって、死ににいくには絶好だと思った。だからあたしはここに来た。

「こんなうらぶれた場所にはな、その言葉のとおり、心が砕けて魂が抜けてしまった人間が吸い寄せられるのだ」

 古めかしい黒猫の声は、耳に優しく、頭に染み入ってくる。

「うらぶれる、というのはな、ぶれる彷徨うことなのである。ここは昔から人捨て場であった。死を迎えるばかりの人間が置き去りにされておった」

 もぐもぐが止まらないあたしは、安倍川もちを食みながら、ぼやけていく視界の向こうの黒猫をみていた。多分、見ていた。

「そんなことがあってな、この山にはうらぶれた人間が迷い込むのだ」

 あたしの手は、また安倍川もちに伸びた。もっちりした甘味に、本能が逆らえないでいる。

其許そこもとも、なにかあったのであろう」

 その言葉に、あたしの手が止まる。

「あたしは……裏切られた」

「ふむ、信じていた者から裏切られるのは、心苦しいものであるな」

「好きだったのに」

 あたしの目が熱くなる。彼との思い出が浮かんでは破裂していく。風船みたいに、どんどん消えていく。どんどん、どんどん。

「そうかそうか。想いは強かったのかの」

 声は、あたしを包み込むみたいに、全部の方角から聞こえる。うわんうわん、耳鳴りみたいに、空間を満たしていく。

「悲しみは安倍川もちが呑みこんでくれよう。だがの、その思い出は、心にしまっておくのじゃ。記憶こそが生きている証であり宝である。辛いことも楽しいこも、全部覚えておくのじゃ。それが、其許そこもとが今ここにある証となろう」

「でも、忘れたい。嫌な思い出は、忘れたい」

 そんなトラックのタイヤみたいな重しを引きずって歩きたくない。天使みたいに背中の羽で、軽やかに生きていたい。

「嫌な思い出は、なかなか消えぬであろ。それは忘れてはならぬと、命が申しておるのである。記憶こそが生の証であるがゆえに、他者のとの関わりの記憶もまた、自らの証でもある」

「でも」

「悲しみを我慢することはない。感情の発露はすなわち生きている証でもある。あるがままでいいのである」

 あるがまま。この悲しみを抱いたまま、生きろってこと?

「そうである。悲しみも苦しみも、それ自体が生きている証である。喜びも悲しみも、それなくして、人は生きては行けぬ。何もない、凪いだ感情の水平線の彼方など、黄な粉のない安倍川もちである」


 望まなくとも太陽は昇る。

 どっかの偉い人が、そんなことを言っていた、ような気がする。

 明けぬ夜はないことの裏返しに昇らない太陽はないのだと。

 生きてゆかねばらなぬのだと。

 日はまた沈む。そして現る黄金の夜明け。

 人生バラ色というけど、バラには棘もあるのだ。

 一寸先の闇に金鉱があったりもするんだろう。

 泥縄を結ったらわらしべ長者になれるのかもしれない。


「疲れたら休めば良いのである。峠にも茶屋があろう。安倍川もちも売っておろう。寝たければふもとまで戻っても宿に泊まって安倍川もちを喰うのも良かろう。元気になって、安倍川もちを喰うてまた進めば良いのである」

 釜飯じゃないんだ。

「安倍川もちである」 

 頑強ね。

 ま、疲れたら寝たいわね。芝生でぐーすかも気持ちよさそう。

「それも良い。安倍川もちは逃げぬ」

 そこまで安倍川もちにこだわるのね。

「疲れた時にこそ、安倍川もちでも喰うて休むのである」

 襲いくる安倍川もちのゲシュタルト崩壊が、あたしの意識を巻き込んでいった。


 目を開けたあたしの先には、いつもの天井があった。すなわちあたしの部屋。ワンルームのベッドに寝っころがってた。

 山にいて、妙な黒猫と安倍川もちを食べていたあたしは、どーゆーわけだか部屋に戻ってた。もちろん服は赤い長袖のトレーナーにグレーのチノパンだ。

 変わったのは、あたしの心に、ぽっかりと穴が開いてるところ。振られた悲しみが丸ごとどっかに無くなっちゃったけど、そこの跡地にはなーんにもない。ただの空間があるだけ。

 このまま埋まることもないのかな?

 なんでか枕元にあった安倍川もちに手を伸ばした。


 それからあたしは日常に戻った。普通に会社に行って、普通に仕事をする。

 彼のメアドやらは消した。アドレスは思い出じゃないから、消しても問題ない。多分ね。

 旅行した思い出やらその時の写真は、消さないで外に保管した。小さなUSBメモリに閉じ込めて、糠漬けみたいに熟成中。

 新しく彼氏ができたら、それは、味わい深い思い出に変わっているのかも。


 最近、会社でのあたしは、安倍川もち女子として知られるようになった。ぽっかりと空きっぱなしの心を埋めるかのように、おやつに安倍川もちばっかり食べてたからなんだけどね。通販会社には感謝感謝。

 おかげで見た目もお餅っぽくなっちまったわ。ちょっぴりぽっちゃりぽよんぽよんで癒し系の女子に様変わりさ。枯れ枝のあの顔はどこに消えたやら。

 ブラのサイズもアップして、プチ巨乳を満喫してるあたしの今の敵は体重計。ウエストは死守してるけど、そんなものには怖くて乗れない。

「あー、安倍川ちゃん」

 今まさに安倍川もちを食わんとしているあたしに、係長が声をかけてきた。今のあたしのあだ名は安倍川ちゃん。苗字よりもしっくりくるんだとか。美味しそうな女子なんだと、理解しておこう。うん。

「はひ、なんれひょう」

 もごもごと安倍川もちを味わうあたし。今はおやつの時間。そこは譲れない。おやつの邪魔をする奴は社内引き回しである。この前社規に手書きで追記しておいた。

「また安倍川もち食べてるんだ」

「おひひひれふよ」

「そっか」

 そこですっと箱を出してくる係長。そこには〝元祖安倍川もち〟の文字が躍っていた。

 安倍川もちを使った調略に、簡単にへらっとだらしない顔のなるあたし。係長は呆れた顔だ。

 だって、あたし知ってる。そこの店のは美味しいの。まぶしてあるのは黄な粉と砂糖だけ。素朴でほっこりした味がたまらない。元祖。まさに元祖。

 黒蜜は邪道。あれはあれで美味しいけどね。ま、それは信玄餅に譲ればいいんだ。安倍川もちは我が道をゆく。王道はすたれないのだ!

「今度、静岡支店から我が部に配属されてくるんだが、彼のお土産だって」

 へぇー。やるねえ。さすが地元の人だ。

「彼も安倍川もちフリークスでね」

「わかってますね、その人。きっと仕事もできてイケメンなんでしょ、間違いない。安倍川もちは真理だもの」

「……その根拠が僕には到底理解不能なんだけど」

 あたしの決めつけに、係長は心底呆れてるようだ。失礼な。

 安倍川もちを馬鹿にするものは地獄行きだ。聖書にも書いてあるんだから。

「ん?」

 そこで初めて係長の足元に黒い何かがあることに気がついた。見てみれば、それはあの黒猫。赤いスカーフを首に巻いて、テンガロンハットに右手を添えて、ガンマン気取りだ。

「安倍川もち同士、仲良くするのであるぞ」

 係長の口から、黒猫の声がした。

 その声は、ぽっかりと空いたあたしの心の穴に、やけに響いた。

 彼も、安倍川もちに助けられた人なのかも、知れない。

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安倍川もちと黒猫 凍った鍋敷き @Dead_cat_bounce

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