第13回目【試し読み】暗黒ハローワーク!
俺は席に座ると、勢いよくグラスをテーブルに置いた。
「今に見てろよ! 俺が本来の力を取り戻したら、お前らなんか、ボコボコにして俺の奴隷にしてやるからな!!」
マリアは眉を寄せた顔を俺に向けた。
「エーちゃん、そんなことを言ってはいけません。それに、そんなことを言う子には、私たちは協力出来ませんよ」
「ごめんなさい。言い過ぎました」
一瞬の早業で態度をひるがえす。
この身の軽さが、処世術には大事なのだ。
だが、そんな俺の華麗なテクニックに、鶯はさらに呆れたようだった。
「まったく……あんたって意地もプライドもないのね」
「何とでも言え。俺は俺の力を取り戻すためなら、手段は選ばん」
こいつらはポンコツ三銃士だが、俺みたいな遊び人とパーティを組んでくれるのは、こいつらしかいないのだ。
「だったら、もう少し真面目にというか、地道な努力があってもいいんじゃないの? そもそも職業が遊び人って時点で、やる気を感じないんだけど」
俺はウーロン茶をストローですすった。
「仕方ないだろ。戦闘能力や魔法能力とは関係なくレベルを上げられるのは、遊び人だけなんだから」
俺だって不本意なのだ。だが、それしか方法がない。
有力者とのコネを作りたいのも、まともな方法では採用してくれないからだ。
「あ、でもインターンシップで実績を残すってのは、前向きだろ?」
鶯は眉を寄せると、腕を組んだ。
「……そうだけど、昨日、今日の調子じゃ……とてもインターンシップに参加させてくれるとは思えないわね」
俺も腕を組んで考え込む。
「確かに。その辺で村人に話を聞くとか……適当な住宅地で訪問販売をするとか……やってみると、意外と難しいんだよな……」
俺たちはしばらくの間、黙り込んだ。
これからも同じような課題を出されるとして、何か対策を講じないと同じ事になる。一体どうしたら……?
全員が活路を見いだそうと、あれこれと考えを巡らせる。しかし思考の迷路にはまり、まったく出口が見つからない。
そんな雰囲気の中、マリアがぽつりと漏らした。
「……でもこの課題って、本当に別の世界へ行った時に役に立つのかしら?」
――ん?
「さあなぁ……取引はあると言えばある……よな。装備や道具の売り買いとか」
マリアはほっと安堵の溜め息を吐いた。
「よかったわ。私ったら、もしかしたら騙されてるのかな? なんて考えちゃった」
鶯も少し安心したように、はにかんだ。
「実はあたしも! もしかしたら騙されてるかも、って疑っちゃったわ」
「はははは、まさか」
俺が笑うと、マリアも微笑んだ。
「そうよね。人を疑うのは良くないわね」
ひよりも何度もうなずいた。
「そうなのです。ペン字の教材や水を売ることなど、別の世界ではよくあることなのです」
四人で、あははははは、と笑い合った。
「「「「俺(私、あたし、ひより)たち騙されてる!!」」」」
全速力で学校に戻ると、職員室に駆け込んだ。
「ミレイ先生! この課題はおかしくないですか!?」
相変わらず熟れた肉体をビキニ・アーマーに包み、自分の席で事務仕事をしていたミレイ先生は、険しい顔を上げた。
「何ですか、あなたたちは?」
「遊び人コースの日暮英治とその他大勢です!」
「ちょっとエイジ! 何なのよ、その適当な説明は!? ちゃんと『最高のあたしを褒めて、大きく伸ばしてチヤホヤするための、素晴らしい団』通称SOS団って説明しなさいよ!」
「口が裂けても言えるか! そんなん別のレジェンドが黙っちゃいねえだろうが!」
ミレイ先生は露骨に嫌そうな顔で俺たちを睨んだ。
「――ああ、あの最下位四天王。我が光峰勇者学校で新たなレジェンドを築きつつありますね。もちろん悪い意味で」
うおっ、いきなり風当たりが強いな。だが負けぬ!
「ミレイ先生! 今日の課題ですが、どう考えても単に訪問販売の仕事をさせられてるだけですよね!?」
「あれは別世界へ行ったときのための実習です。たまたま訪問販売の仕事に似ていることは否定しませんが」
「いやいや! おかしいでしょ!?」
「それよりも、ちゃんと課題は終えたのでしょうね?」
「売れるわけねえって! 今どき訪問販売でペン字の教材なんて!」
「あ、でも水は三件契約が取れました」
マリアがこそっと口を挟む。
しかしミレイ先生は頭痛でもあるように眉間を押さえると、頭を振った。
「たったそれだけなの? それじゃノルマも達成出来てないじゃない」
「いまノルマって言いました!? ノルマって言いましたよね!!」
俺たちの騒ぎを聞きつけて、ソードマスター武蔵がやって来た。
「お前ら、何を騒いでいるんだ」
一方、ウィザード宮本は自分の席から、じっとこちらを覗っている。君子危うきに近寄らず、といったところだろうか。或いは、自分の席にディスプレイした美少女フィギュアを愛でる仕事に忙しいのかも知れない。
「どこを見ているんだ日暮!」
筋肉の壁が威圧するように俺の前に立ちふさがった。
「ミレイ先生、大丈夫ですか? 何なら、あたしがこいつらを指導して――」
「いえ、それには及びません。ありがとうございます、武蔵先生」
微かに照れたような顔を見せるソードマスター武蔵。筋肉隆々でガッツな女も、レジェンドの前ではちょっと少女っぽい。
ミレイ先生は立ち上がると、職員室から出ようとした。
「付いて来なさい。生徒指導室で話を聞きましょう」
生徒指導室は職員室の隣にある。
わざわざ移動する必要があるのか? とも思ったが、他の教師に加勢されることがないので、俺たちとしても助かる。
そして戦闘再開。
「――ですから、実習の課題がおかしいんです!」
「そうよ! この鶯様の実力がまったく発揮出来ないなんて、出題がおかしいとしか思えないわ!」
「訪問販売が勇者に役立つとか、普通に考えてないですよ! 昨日の課題だって、村人に話しかけようとか、こっちの世界じゃ無理あり過ぎです!」
「そうよ! あたしが悪いんじゃないの! 世界が悪いの! 別の世界に行けば、問題なく出来るんだから!」
「バトル要素が足りないのです! 陰謀とか謀略が不足しているのです!」
「てめぇら! カウンターでツッコまれそうな文句を言うんじゃねえ!!」
それはともかく、俺たちはまるでバケツの水を次々とぶっかけるように、ミレイ先生に文句を言い続けた。
「み、みんな……あの、あまり一斉に話をすると、先生も困るから……」
俺たちのあまりの勢いに、マリアが冷や汗をかきながらミレイ先生の防御に回った。
当のミレイ先生はこめかみに血管を浮かび上がらせ、怒りを内に溜めている様子が窺える。そろそろ爆発するかも知れない。逃げた方がいいかな?
――と、思った時。
「……そうね。では、あなたたちに相応しい研修を用意しようかしら」
――え?
「どういうことですか? それは」
ミレイ先生は腕を組むと、にやりと笑った。
「あなたたち、インターンシップに参加したいのよね?」
「そ……そりゃあ……」
当たり前だ。
「だったら、行かせてあげる。インターンシップに」
理解が追いつかなかった。イカせるとかエロいことを言われたような……?
数秒後、耳から入った音が、やっと意味を成す言葉として認識される。
「あ、あの……ミレイ先生? それって、別の世界へ行って勇者の仕事を体験するって意味でのインターンシップですか?」
「他にどんな意味があるのよ」
俺たちはお互いに顔を見合わせた!
そして――、
「いやったぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
拳を天に向かって突き上げた。
目に涙を浮かべたマリアが俺に抱きついた。。
「よかったわね、エーちゃんっ」
鶯も興奮したように、何度もガッツポーズを取っていた。
「やったぁああ! やっと来るのね! あたしの時代が! 始まるのね! あたしのレジェンドが!」
「ひよりが覚醒するときが来たのです! 左腕の封印を解くときがきたのです!」
俺たちのあまりのテンションの高さに、ミレイ先生の頬が引きつった。
「あ、あなたたち……もう少し静かに」
その声で、俺は正気に戻った。そして気になる点を思い付く。
「待って下さい、ミレイ先生! 問題はどこの世界でインターンシップを行うかなんですが!?」
そうだ。一口にインターンシップと言っても、どこの世界で行うかで天と地ほども価値が違う。もしも不人気で地位の低い世界へ送られるのなら――」
「それなら心配いらないわ。優良世界で有名なプレシャス界に送ってあげるから」
――!!!!!!
「「「「プレシャス界!?」」」」
『採用して欲しい世界ランキング』で、常にベストフォーに入る超優良世界。合同勇者説明会で講演していた十条先輩が所属する世界だ。
「よっしゃぁああああああああ! 勝った! もう人生勝った! 俺たちは勝ち組だぁあああああああ!!」
「あはははは褒めなさい! 崇めなさい! 称えなさい! みんなこのあたしのおかげなんだから!」
「うぐぅは何をほざいているのですか。どう考えても、ひよりのおかげなのです」
「変な呼び方しないでよ!」
「わはははは、ケンカなんかすんなよ! こんなめでたい日に! いええええええい!」
「ごきげんね! エーちゃん! 私もすっごく嬉しいわ!」
「ほめて! だれかあたしをもっとほめて!」
「凡庸なる者どもよ畏れるがいい! 我ら悪夢の世代、ナイトメア・エイジこそ、全ての世界を駆逐する――」
「いよっしゃぁああああああ!! ったぁああああああああああああああああ!!」
「お前ら、静かにしろぉおおおおおおおおっ!!」
ミレイ先生に怒られた。
試し読みをご覧いただきまして、ありがとうございました!!!
暗黒ハローワーク! 俺と聖母とバカとロリは勇者の職にありつきたい 久慈マサムネ/角川スニーカー文庫 @sneaker
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