第12回目【試し読み】暗黒ハローワーク!
これって据え膳ってやつ? 小学生とエロいことをして、何の罪にも問われず、責任も取らなくていいとか……これは夢か!?
マリアが俺の肩をがしっと掴んだ。
「ねえ、エーちゃん……何か、凄く良くない気配を感じるのだけど……」
まずい! 言葉の意味は分からなくても、俺のよからぬ気配を感じ取ったか……この場は何とかしてごまかさねば!
「え? い、いや、何でもない。いいか、ひより。ダッチワイフのことは軽々しく口にするな。お前の正体を知られたら……この世界を裏から支配する人類評議会が動き出す」
「人類評議会!」
ひよりが目を見開いた。
「そうだ。そして密命執行部隊であるロイヤル・オーダーを派遣するに違いない」
「密命! ロイヤル・オーダー! かっこいいのです!!」
ひよりは目をキラキラさせて大興奮だ。
「そうなれば、この街はただでは済まん。恐らくは汚れた土地となり、向こう百年は人が立ち入れない場所となるだろう。そして俺たちも無事では済むまい。恐らく何人かは……死ぬ」
ひよりはごくりと喉を鳴らした。
「そ、それほどの相手なのですか! ロイヤル・オーダーとは!!」
「ああ。だからお前の正体は秘密にしておくんだ。時が来る、その日まで」
低い声で渋くキメると、ひよりも眉を寄せてうなずいた。
「わかったのです。その日がくるまでは、普通の勇者のふりをするのです」
――ふう。これで一件落着。
マリアを見ると、目を細め、聖母の笑顔を浮かべている。
そして俺の耳に唇を近付けた。
「うふふ、ご苦労様。エーちゃん」
「え?」
マリアは百パーセント全力全開の笑顔で、俺を称えているようだった。
「何だかんだ言って、ひよりちゃんと遊んでくれてるのね」
「あ、ああ……まあな」
「それで、さっきのダッチワイフってなあに?」
「……マリア。もうそのことは忘れろ。そして家に帰ったら、一人でグーグルで調べるんだ」
そして一人で、おろおろするがいい。
「何の話してるの?」
ちょうど鶯が戻って来て、オレンジジュースの入ったグラスをテーブルに置いた。
こいつにダッチワイフの話をすると、余計に面倒だ。この店を破壊でもされたら、さすがに弁償は出来ない。
「……いや。何にせよ、マリアの方だけでも売れて良かった、って話だよ。こっちはゼロだからな」
そう言うと、鶯はまた不機嫌な顔になった。
「まったく……最強の魔法使いであるこのあたしが、自ら売ってあげているというのに……どいつもこいつもケチ臭いったらないわ」
「しかし教材売るのに電撃魔法は関係ないからなあ」
しかし鶯はばんとテーブルを叩き、不満を爆発させた。
「そんなことないわ! だって有名人が広告に写っているだけで売れる商品だってあるじゃない! あの住宅街はおかしいのよ! 本当ならもっと売れてるはずだわ!」
「……それって、お前に商品価値がないって事にならないか?」
「ばっ、バカ言わないで! あたしは最強の破壊力を誇る電撃の魔法使いよ? 何なら、エレクトロマスターと呼んでくれても構わないわ」
「マジで!? じゃあ、あれやって! レールガン! レールガンやって! あのコイン飛ばすやつ!!」
「出来るわけないでしょっ!」
だよな。
出来ると言われても俺が困る。電撃文庫から苦情が来そうだし。
「そう言うあんたはどうなのよ? 商品価値なんか限りなくゼロどころか、マイナスじゃない」
む、ナマイキに反撃だと!? 鶯のくせに!
「俺はまだ本気を出せていないから、仕方がねーんだよ。なにせ、まだ封印が解けていないんだからな」
「は? 何よ、封印って」
鶯は訝しそうに顔をしかめた。
「あのな、この前説明したろ? 俺は能力にリミッターがかけられてるって」
鶯はバカにするようなジト目で俺を見つめた。
「あー、最年少の大賢者とかのアレね……そのネタまだ引っ張るの?」
「ネ、ネタじゃねえって! ホントだって!」
しかし鶯は気の毒な人を見るような目で俺を見つめ、当てつけのように深い溜め息を吐きやがった。
「く、くそ……なあ、マリア! お前なら信じてくれるよな!」
俺は隣のマリアに顔を近付けた。マリアは体を引いて、困った笑顔を浮かべている。
「え、えっと……そうね。それはエーちゃんにとっては事実なのよね? エーちゃんの中では」
「気を遣ったつもりかも知れないが、煽ってるようにしか聞こえないから! 傷付いた!俺、すげー傷付いた!」
駄々っ子のように暴れてみたが、俺を見つめる鶯の目が、クズを見るようなものに変わっただけだった。
「あのねぇ、エイジ。その見苦しい姿を見て、どうして信じられるっていうのよ」
「いつものえいたんで安心するのです」
くそう! ひよりまで俺をディスり始めた!
「でも、えいたんの気持ちも分かるのです」
……ひより?
「誰だって努力せずに結果が欲しいのです。苦労はしたくないし、頑張りたくないのです。だからまとも努力ではなく、コネ作りに精を出して試練を免除しようとしているのです」
「え? いや、別に苦労をしたくないわけじゃなくて……封印のせいで、俺はいくら練習しても、スキルが上がらないから……」
マリアは悲しそうに、鶯は蔑むように、俺を見つめた。
「エーちゃん……」
「あんたって、本当にクズね……」
「違う! 言い訳をしてるんじゃないんだ! おい、ひより。お前、勝手に俺の気持ちを代弁するフリをして、悪評を広めるのをやめろ!」
「いえ、同じ趣味と世界を共有する者として、えいたんの人としての尊厳を守ってみせるのです」
「守ってない! 守ってないよ! さっきから俺を貶めてるよ!!」
マリアはひよりを見つめ、感心したような声を出した。
「ひよりちゃん、エーちゃんのことをよく分かっているのね……それにエーちゃんを弁護しようとしてくれるなんて、とっても優しいのね。お母さん、嬉しいわ」
そんな世迷い言を吐いて、涙ぐんでいやがる十七歳美少女をどうしてくれよう。
「でも、大賢者がどうのって話になると……さすがにお母さんも、エーちゃんとどう接したらいいか、悩んでしまうわ。ひよりちゃんは同じ趣味だから、気持ちとか分かるのかしら?」
おいおい、完全に俺が中二病設定になってますよ、お母さん。それは、母親的には否定したい案件じゃないのかとお前お母さんじゃねえ。
あまりにカオスな会話に、俺も何が何だか分からなくなってきた。
「えいたんは負けるのが嫌なのです。負けると他人にバカにされたような気持ちになるのです。自分を否定された気分になるのです。だから、自分の努力ではどうにもならない理由があると思い込んで、心に傷を負わないようにしているのです。いわば自己防衛なのです」
マリアの可哀想な動物を見るような、悲しみと慈愛に満ちたまなざしがつらい。
「そう……エーちゃん、ずっと心が弱いことを悩んでいたのね……」
「え……いや、別にそういうわけじゃ……」
鶯まで目に涙を浮かべ、優しく微笑んだ。
「いいのよ。クズで、人間性が矮小で、無能なのは、エイジのせいじゃないわ。無理しなくて……辛いときは泣いたって、弱音を吐いたっていいんだから」
「う、鶯……おまえ」
畜生、何だか良く分からないが、話の勢いと雰囲気だけで涙が込み上げてきた。
俺の頬を涙が伝わり落ちる。
ひよりが身を乗り出して、俺の頭をぽんぽんと叩く。
「えいたんがどんなに役立たずで、とことん自分に甘いダメ人間でも、ひよりたちはえいたんを見捨てないのです」
マリアはハンカチを取り出すと、目尻に当てて涙を拭いた。
「そうよ、お母さんは絶対にエーちゃんを見捨てたりしないわ。バカな子ほど可愛いっていうじゃない」
鶯の頬に一筋の涙が流れた。
「絶対強者は、弱者を守る義務があるのよ。このあたしがエイジの面倒くらいみてあげるわ!」
「お、おまえら……ぐっ、ぐすっ」
畜生、俺も涙と鼻水が勝手にあふれて止まらない。
「ほらほら、エーちゃん」
マリアがティッシュを手渡してくれる。みんなの優しさが、温かさが、余計に俺の涙腺を緩めた。これ以上みっともないところを晒したくなくて、俺はグラスを持って立ち上がった。
「あ、ドリンクバーなら、あたしが行ってきてあげるわよ」
鶯、これ以上優しくしないでくれ。涙が涸れ果ててしまうじゃないか。
俺は首を振って答えると、ドリンクバーへ向かった。
そこで鼻をかんでから、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
ああ、俺は何て幸せ者なんだ。あんないい仲間に恵まれて。
そして何を飲もうか考え始める。
喉が渇いたので、甘い物じゃなくて、ウーロン茶にでもしよう。
氷を入れ、ドリンクバーの機械からグラスを置いて、スイッチを押す。グラスに注がれてゆくウーロン茶を見ている内に、徐々に冷静になってきた。
――ん?
「……」
――あれ? 何で俺、泣いてんだ?
「……!?!!!!」
あの役立たずどもがぁああああああああっ!!
急に我に返ると、俺はひったくるようにグラスを掴み、自分の席に駆け戻った。
「ふざけんなよてめえら!! 感動的な雰囲気でごまかして、人をとことんバカにしやがって! 少しは俺の話を信用しやがれ!!」
危うく、強引すぎる話の流れと、雰囲気に流されるところだった!
というか、流された。
鶯はうんざりしたような顔で俺を見上げた。
「あんな話のどこに信用出来る要素があるのよ。世迷い言はいい加減にして」
くそう、鶯のくせに なまいきだ!
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