第11回目【試し読み】暗黒ハローワーク!
日が暮れた頃、ファミレスでマリア&ひより組と合流した。
奥の四人席に案内され、俺の右側にマリア、向かいにひより、斜め前が鶯という配置で座る。
そして晩飯を食べながら、一日のストレスを発散した。
「あーっもう、ムカつくわねっ! このあたしが売ってあげてるんだから、ありがたく買えっていうのよ!」
オムライスを食べる代わりに、鶯は口から不満を吐き出した。
「でもお前はまだ話を聞いてくれる奴がいただけマシだ。俺なんか、顔を拝めたのは二軒だけだぞ」
「売れなきゃ意味がないじゃない! むしろ、説明しただけ損した気分になるわ! あたしドリンクバー行ってくる!」
鶯はグラスを掴むと、足早にドリンクバーへ向かった。
「……そもそも、訪問販売でペン字の通信教育を売れってのが無理なんだよな……マリア、そっちはどうだった?」
マリアたちが売っていたのはペン字の通信教育ではなく、水だ。契約すると、毎月配達されてくるタイプの。
くるくるとトマトクリームのパスタをフォークで巻きながら、マリアが答えた。
「三件、契約が取れたわ」
「マジか!? すげえな」
ひよりがフォークを持った手をぴしっと上げた。
「すごいのです。ひよりの魔法のおかげなのです」
「ひよりちゃん、お行儀が悪いわよ。ほら、ハンバーグが冷める前に食べましょうね」
「おお! 温かいうちが美味しいのです! すぐに対処するのです」
再び、ひよりはデラックスハンバーグステーキの退治に取りかかる。
俺はスタミナ肉セットの最後の肉を口に入れると、白米をかき込んだ。ふう、ごちそうさま。
「やっぱ、まだ水の方が売れるよな……ペン字の通信教育より」
「そうね、それと『若いのに大変ね』って、みんな優しくしてくれたわ」
「ひよりもお菓子もらったのです!」
……なるほど。子供を連れた、若いお母さんと勘違いされたのか。いかにも訳ありで、苦労してるんだろうなあ……と、同情をして財布の紐が緩んだに違いない。
「ひよりちゃん、よかったわね。あ、にんじんも残さず食べましょう?」
「もちろんなのです。にんじんは甘くておいしいのです」
横を通り過ぎるおばさんが、マリアとひよりのやり取りを見て微笑んでいる。しかも俺と目が合うと、軽く会釈をして店を出て行く。
……どういう関係と思われたのだろうか?
ひよりは、ハンバーグステーキを平らげ、満足そうにお腹をぽんぽん叩いている。
「そういえばひより。レプリカントって人間と同じメシで大丈夫なのか?」
「もちろんなのです」
「そうか。まあ、無理して食ってるわけじゃないならいいんだけど」
「でもたくさん働いたり、たくさん魔法を使ったりすると、お腹が空くのです」
俺はひよりの魔法(物理)の破壊力を思い出した。
「確かに人間の運動エネルギーに換算すると、消費カロリーとか凄そうだもんな。まあ、さすがは戦闘用レプリカントといったところか」
「えいたん、それは違うのです」
ひよりは俺を見上げた。
「違う?」
「ひよりは戦闘用ではないのです」
え……?
「あんなすげえスピードとパワーなのに? 戦闘用じゃないの?」
ひよりは、自分の二の腕を俺に見せるように体をよじった。
「これがひよりの型式番号なのです」
それは一見日焼け後のように刻まれた文字だった。
――『N―07』
「それが型式番号?」
レプリカントといえば、やっぱりブレードランナー。それでNといえば劇中に出てくるネクサス社のことだろう。
「ネクサス7型……?」
確か、子供を作れるタイプって設定だったような……?
「え!? ってことはひよりって妊娠出来るの!?」
ちょっと待って、これ超重要な問題。つか、この外見で子作り可能とかヤバくない?
「違うのです」
「がっかりだ!」
俺の興奮は一瞬燃え上がって、すぐに燃え尽きた。
まあ、ひよりが子作り可能だから何だというわけでもないが、なんか少しほっとしたような、ちょっと複雑な気持ちだった。
「確かにひよりは子作り可能ですが、ねくさすとやらではないのです」
「うそ!? マジで!? 子作りできんの!? ホントに孕めるの!?」
「ひよりは高性能なのです」
何だよそれ!? テクノロジー万歳!! マジでアガるわ! 生身の女がいらない未来が、いつの間にかやって来ていたよ!
「あれ? じゃあ、ひよりって一体何用なんだ?」
「ひよりは愛玩用なのです」
「……あい、がん……よう?」
「分かりやすく言うなら、ダッチワイフなのです」
「……」
全俺が停止した。
えっと。
ダッチ、ワイフって……あれだよな?
大人のオモチャ的な。
いやいや、そんなバカな。何か、別の意味があるんだろう。
たとえば、ほら、ダッチってオランダという意味だから、オランダの奥さんとか。
全然、意味が通じないけど。
「ねえ、エーちゃん。ダッチワイフって何のこと?」
きょとんとした顔でマリアが訊いてきた。
お母さんぶってくるくせに、この世間知らずめ! お前は箱入りのお嬢様か!
とりあえずマリアは無視し、俺はひよりの肩に刻まれた型式番号を見つめた。
「いいや、ひより! それは嘘だ! なぜならダッチワイフの頭文字はD! イニシャルD! ならばその型番はDから始まるはずだ! はい論破!!」
「これは、南極七号という意味なのです」
「……っ!?」
南極っ!? 宇宙より遠い場所だと!?
――南極一号。
それは、第一次南極観測隊が持っていったという伝説のダッチワイフ。
「ひよりっ! お前は、あの伝説の……後継者だというのかっ!?」
「そうなのです! ひよりこそ伝説の勇者なのです!」
ダッチワイフ……伝説の勇者がダッチワイフ……こんな勇者は嫌だ、の上位にランキングされそうな気がする。
「ですがひよりはまだ未使用なのです。えいたん、使ってみるですか?」
「へっ!?」
汚れのないまなざしで、ひよりはそんな悪魔的な誘惑を囁いた。
「お、おまっ! さりげなく俺を犯罪者にしようとしてないか!?」
「大丈夫なのです。レプリカントなので」
「い、いいの……か?」
俺はごくりと喉を鳴らした。
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