第10回目【試し読み】暗黒ハローワーク!
俺たちは何とか警備員を振り切り、地上に脱出した。
息を切らせててへたり込む。もーだめ。これ以上走れない。
鶯も四つん這いになって、ぜーぜーと荒い息を吐いていた。
「ま、まったく……たかが村の名前を訊くくらいで、な、何で……こんな苦労しなきゃならないのよ」
「そ、そうね……意外と難しかったのね。誤解してたわ」
「いや、そもそもがだな……この世界で、あんなRPGっぽいことをやらせようってのが無理なんだよ。どうせなら、他の世界へ転送でもしてくれってんだ」
「で、でもエーちゃん……このままじゃ課題がこなせないわ」
「ああ、確かに……どうするか――」
再び考え込んだとき、ひよりの姿が見えないことに気が付いた。
「あれ? ひよりは?」
辺りを見回してもどこにもいない。
「あ、あそこじゃない?」
鶯の指さした先に、大きな帽子と大きな杖を持った子供の姿があった。
駅前に交番があり、そこに立っている警官に向かって――、
「って!? なにやってんだ、あいつはぁあああああ!?」
俺はひよりに向かって、全速力でダッシュ。
「ひより!」
俺の声に、ひよりが振り向いた。
「おお、えいたん。こいつずっとここに立ってるのです。だから、きっとこの村に詳しいのです。こいつに訊くといいのです」
あからさまに不審そうな目をしている警官に、俺は愛想笑いを浮かべた。
「何でもないんです! 目を離した隙に、ちょっとこの子が……お騒がせしました!」
ひよりと手をつなぎ、立ち去ろうとした俺の肩を、警官が掴んだ。
「ちょっと待って。君たちここで何をしてるの? それにこの子の両親は? 君はどういう関係なの?」
一度に質問しすぎだこの野郎! こっちが質問するはずなのに、なんでお前に答えなきゃならねーんだよ! お前がNPC役なんだからさ! 身の程を知れよ警官!
――ってことを言いたいが、言えるはずもない。
どうやって国家権力に対抗したらいいんだ?
いや、よく考えろ日暮英治。他の世界へ行ったときでも、こういったケースはある。その国の衛兵に絡まれるなんて、よくある展開だ。
そう、俺なら打開策を思い付くはずだ。思考回路を全て開き、頭の回転数を上げて処理速度を上げるんだ。
――かつての俺なら、そのくらい。
「……」
「何で黙ってるの。聞こえてんの? 怪しいな、君たち」
顔をしかめて、警官が吐き捨てるように言った。
やべぇえええええええええええええええええ! 全然、何も思い付かねえ!
くそう! やっぱ、知力にも制限がかかってるせいか!? 頭の中がフリーズしたみたいだ!!
業を煮やした警官は、無線機で何事かを連絡し始めた。
もうダメだ!
こうなったら最後の手段だ!
「逃げるぞ! ひより!!」
俺は警官に背を向け走りだそうとした――が、腕を掴まれ捻り上げられる。
「うおっ!? って、痛てててててててっ!!」
「大人しくしろ! お前、この子を誘拐でもしたんじゃないだろうな!?」
だが、次の瞬間。
「アクセル・ウィザード!!」
ひよりの魔法(物理)が炸裂した。
「ぐおぅっ!?」
被害者と思った幼女にぶん殴られ、警官が空を飛んだ。
警官の体は大きく弧を描き、もんどり打って地面に落ちた。その警官を指さし、ひよりが叫ぶ。
「あいつ、えいたんを誘拐しようとしたのです! おまわりさん! おまわりさんを呼ぶのです!」
俺はひよりを小脇に抱えると、全力疾走で逃げ出した。
驚いた顔をしている鶯とマリアの横を素通りし、信号の変わりかけた横断歩道を渡る。
「ちょっと待ってよ!」
「な、何があったの? エーちゃん」
後ろから、鶯とマリアが追いかけてきた。
「いいから逃げろ! 捕まったらシャレになんねーぞ!」
俺はこの地を去るべく、ビルの谷間をダッシュした。通行人が俺たちを見て、何事かと目を丸くしているが気にしている余裕はない。
「誘拐なのです! 人さらいなのです! 警察を呼ぶのです!」
「黙ってろ! この状態だと、俺が誘拐犯にしか見えねえ!」
その後、さんざん道に迷ったあげく、やっとのことで他の駅に辿り着き、東京駅から離脱した。
× × ×
――翌日。
高評価を受けてインターンシップを獲得するどころか、しこたま怒られた。
どうやら地下街の警備会社と警察から苦情が来たらしい。やはり息の根を止めておくべきだったと後悔した。
そんなわけで今日は補習である。
人々と話し、交渉して、説得する――という追加課題をこなすため、俺と鶯は、初めて訪れた住宅街を一軒一軒回っていた。
実際に他の世界へ行ったとき、パーティメンバーを現地調達したり、必要のないアイテムを道具屋に売ったりするときに必須なスキルだからだ――と、説明された。
「鶯、次はこの家にするか」
「好きにすれば? 次はエイジの番なんだから」
不機嫌オーラ全開で鶯は答えた。
無理もない。俺だって、かなりフラストレーションが溜まっている。しかし、そんなことは顔には出さず、俺は呼び鈴を押した。
『はーい』
インターホンのスピーカーから、いかにも主婦っぽい声が返事をした。
「すみません。わたくし、光峰教育振興会から来ました。本日は特別に、訪問販売のみのでご提供の商品をご案内に参りました」
――そう。
補習の内容は、相手の家に押しかけ、話をして、交渉をし、説得をして、相手にアイテムを売りつけるというものである。
――早い話が訪問販売だった。
『結構です』
プツッと音がして、インターホンが切られた。
「畜生! このババア! 顔も出しやがらねえのかよ!? せめて話ぐらい聞きやがれ!」
怒りを吐き出すと、少し気が晴れた。
「今のは最速記録だったんじゃない?」
鶯がニヤニヤしながら煽ってくる。
「それを言うなら、二軒前の返事すらしてくれなかったお前のが最速じゃねえか」
「あれは留守だったのよ!」
カッとなって鶯が怒鳴った。
だが俺は、小馬鹿にしたような態度でさらに鶯を煽る。
「いいや、居たね。居留守だね。絶対」
「それならその前の家だって居留守だったわ!」
この野郎っ、生意気に反撃して来やがった!
「ち、ちげーよ! あれは本当に留守だったんだよ!」
しばらく不毛な言い合いをした後、お互い肩で息をすると、深い溜め息を吐いた。
そして無言のまま、鶯は次の家の呼び鈴を押した。
『はい?』
若い男の声だった。
「よく聞きなさい、もったいなくもこのあたし、初音鶯さまが来てやったわ。話があるから、さっさと扉を開けなさい」
『え? 女の子? ちょ、ちょっと待って』
家の中から、ドタドタという足音が聞こえてくる。
鶯の奴め、もしかして当たりを引いたか? 若い男なら、鶯の見た目で騙されるかも知れないしな……。
一つでも売れれば嬉しいが、鶯に負けるのは腹立たしい。
そんなことを悶々と考えていると、ドアが開き、見た感じ三十代の男が現れた。無精髭を生やし、染みの付いたスエット上下。くつろいでいたところに不意打ちを食らった感がハンパない。人を見かけで判断してはいけないが、実にニートが似合いそうな人だ。
そのニートは……って、勝手にニート認定して申し訳ないが、呼びづらいので許して欲しい。で、そのニートは鶯の顔に見惚れていたが、俺が連れだと分かってあからさまに渋い顔をした。
「なに? 今日は特にお願いしてないけど」
何を言っているのか分からず、鶯は顔をしかめた。
「は?」
「だから、デリヘル頼んでないけど」
鶯の顔が耳まで真っ赤になった。
「バッ、バッカじゃないの!? このあたしをふ、風俗……と間違えるだなんて! 最大級の雷を落として、家ごと燃やすわよ!?」
俺は拳を握りしめ、必死になって笑いを堪えた。それはもう、爪が手の平に食い込むんじゃないかと思うくらいにいてててて。
ニートは警戒心も露わに、鶯と俺をジロジロと見た。
「えっと……じゃあ、何の用? っていうか、君は誰?」
「光峰勇者学校の初音鶯よ。特別に魅力的な商品を持ってきてあげたわ。あんたなんかにはもったいないけど、特別なんだからね!」
「ツンデレ?」
「そういうんじゃないわよ!」
鶯は俺のことを、キッと睨んだ。
「ねえエイジ、何なのアイツ。何か、凄くやりづらいんだけど」
「顔を出して話を聞いてくれるだけマシだ。つか、今までで一番買ってくれる可能性が高いぞ? 頑張れ」
「う……わ、分かったわよ」
鶯は門を開け、ニートが顔を覗かせているドアまで近付いた。
「今回紹介する商品は、勉強、ビジネス、あらゆる面で役に立つ、素晴らしい教材よ。これがあればニートから脱出なんてカンタン。一流企業への就職も夢じゃないわ!」
一応客なんだから、ニート呼ばわりはやめろ。心の中で思うだけにしておけ。
「へ、へえ……君が先生なの? 君と話が出来るなら考えてもいいかな……」
「月々三千八百円のところ、今なら特別ご奉仕価格、三千円ぽっきり! しかも初月はなんと無料よ! 本当、今だけのチャンスなんだから」
「へえ……ところで、商品って何なの?」
「ペン字の通信教育よ! この道何十年というベテランが赤ペン指導をしてくれるわ!!」
音を立てて扉が閉じられた。
次回更新は6/19(日)10時です! おたのしみに!
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