第9回目【試し読み】暗黒ハローワーク!
第三章「実践的な授業こそ、勇者職への近道! 気が付けば実力アップ!!」
バカバカしい課題だと思っても、やらざるを得ない。
俺たちは学校を出ると、最寄りのJRの駅へ行き、電車に乗った。
言うまでもないが、勇者装備のままである。
ただ、マリアの剣『ミレニアムマリアージュ』だけは学校のロッカーに置いてきた。銃刀法違反で捕まりたくないからな。
それでも俺たちの格好は目立つ。異常に目立つ。
現在、車両内の視線を俺たちが独り占め。そして、ひそひそと囁く声が聞こえてんだよ、こんちくしょう。
「ねえ……あれ何? コスプレ?」
「あれじゃない? ほら、勇者とかいう職業って」
「えっ!? 専門学校に入学させられて、そこで洗脳された挙げ句、紛争地帯に傭兵として送られるっていう、あの?」
どういう解釈してやがんだ。
だが、あながち間違っていないような気もしてくるのが……ちょっと微妙。
俺はあまり気にしないようにして、みんなに話題を振った。
「ミレイ先生だけど、やっぱレジェンドって言っても……時代を感じるな」
すると、鶯がすぐに同意した。
「ホントよ。今どき村人に話しかけて、『ここは何々の村です』とかないわよね」
ミレイ先生は、本当に別の世界へ行っていたのか、単に当時のRPG(ロール・プレイング・ゲーム)とエロゲーをやり込んでいた人なのか、少々疑わしい。
「で、でも、簡単そうな実習で良かったじゃない」
マリアが何とかフォローしようと、微妙な微笑みを浮かべていた。
「そうね。でもこんな簡単な課題じゃ、他のパーティと差なんて付かないじゃないかしら?」
「確かになあ……」
窓の外をぼんやり眺めていると、秋葉原の駅が近付いて来た。
「あ、アキバ。ねえ、ここで実習しない?」
わくわくした声で鶯が提案した。
「うぐぅは秋葉原が好きなのです。やはりオタクの血が騒ぐのですか?」
「オ、オタクじゃないわよ! 普段見ないような物がいっぱいあって、何だか面白そうなだけよ。それと、変な呼び方やめて! ウグイスって、ちゃんと最後まで言い切ってよ!」
「それで、えいたん。どこまで行くのです?」
「無視しないで! 無視しないでよ! 無視されるのが一番つらいの!」
つり革に届かないひよりは、俺の服の裾を掴んでいる。
「やっぱ人の多そうなところで、冒険の始まりにふさわしい、いかにもスタート地点っぽいところだな……とすると」
俺たちは東京駅で電車を降りた。
全ての鉄道の起点。地方からやって来る人のスタート地点……みたいなイメージで。
しかし、普段は使わない駅なので勝手が分からない。人波に流されるように歩いていると、地下の改札口から地下街へ出た。
「やたら広い地下街だな……」
どこまで行っても、両側に店が続いている。当てもなくさ迷っていると、また元の場所に戻ってきてしまった。
少し圧倒されたように、鶯がつぶやく。
「何だかダンジョン感があるわね……ちょっと人が多いけど」
しかしマリアだけは、さっきから目を輝かせてテンションMAX。
「お店がいっぱいね! あ、食料品売り場を見ていってもいいかしら!?」
「あ、ああ。別にいいんじゃないか?」
そう答えると、マリアは一人で食品売り場へ走って行った。
とはいえ、いま夕飯のおかずとか買われても、そんなもんぶら下げて実習じゃ締まらない。一応、マリアに釘を刺しておかないとな。
俺たちはマリアの後を追って、食品売り場へ向かった。
――が、すぐにマリアが険しい顔で戻って来た。冷や汗を流し、顔色も蒼い。
ぞくっと、俺の中で緊張感が一気に高まる。
「どうかしたのか!?」
まさかと思うが、こんなところでモンスターか何かが――、
「高いわ!!」
緊張感が音を立てて崩れた。
「近所のスーパーと比べて、全然高いの! 何でこんなに値段が違うのかしら!?」
「……落ち着け、マリア。ここは一等地だ。ある意味観光地のようなものだし、高級志向な店が多い。近所のスーパーと値段が違っていて当然だ。それとお店の人に迷惑がかかるから、『高い』を連呼するな」
「そ、そうなの? ごめんなさい、私取り乱しちゃって……」
マリアは乱れた髪を整えるように、手ぐしで梳いた。
「マルエツやイトーヨーカドーと随分と違うのね……でも、お願いしたら、安くなったりしないかしら?」
「頼むからやめてくれ。恥ずかしい」
「ていうか、マリアってスーパーで買い物とかするのね」
意外そうな鶯に、マリアは楽しそうな笑顔で応えた。
「ええ。特売チラシのチェックは欠かせないわ」
何なんだ、この主婦力。
いつも思うが、マリアの私生活ってどんななんだ。
「ここは危険だから近付かないようにしましょ。それじゃエーちゃん、いよいよ実習ね」
「ああ……人に話しかけて、話を聞けばいいだけだからな。さっさと済ますか」
俺たちは通路の真ん中へ立ち、こちらへ向かって歩いてくる男の人に話しかけた。
「あの、すみませ――」
――ん?
ささっと避けられた。
俺は女の人に向かって話しかける。
「あのー、ちょっといいですか?」
今度も俺たちを避けて、足早に横を通り過ぎてゆく。
そこで、はたと気が付いた。
人の流れが、俺たちを避けて流れている。
こっちから近付いてゆくと、目を合わせないように顔を背け、大きく進路を変えて離れてゆく。
「なあ、これって……避けられてる、よな?」
鶯がジト目で俺を睨んだ。
「エイジ、あんたが飢えた犬みたいに目をギラギラさせてるせいじゃないの?」
「そんな目、してねえだろ」
「してるわよ。たまにあたしの胸とかスカートの裾とかチラチラ見てるときとか」
「なっ……ば、バカ言ってんじゃねーよ! 見てねーし。そんなん見てねーし!!」
だが鶯はさらに眉間にしわを寄せ、疑わしい視線を強めた。
「それと、マリアの体を舐めますように見てるときとか。あれは完全に性犯罪者の目ね」
「だっ、だから、ちげーって! おい、マリア! 信用するなよ。信用すんなよ」
マリアは頬を赤らめ、恥ずかしそうに身をよじっていた。
「もう、エーちゃんったら。お母さん恥ずかしいわ」
周囲の通行人が、一瞬足を止めた。
「余計なことを言うな! ややこしくなるだろうが!」
「でも、一緒におフロに入るくらいならいいわよ?」
通行人の好奇の視線が俺とマリアに向けられた。
「いいから黙っててくれ! 色々誤解されるから! 危険だから!」
とにかく誰でもいいから通行人を捕まえないと話にならない。
RPGなら簡単なことが、何で現実ではこんなに難しいんだ。
いや、RPGでも、話しかけようとしたタイミングで村人が動いて、空振りすることはあるが……あれって地味にムカつくんだよな、って話はどうでいい。
「よし、この際誰でもいい。とっ捕まえて、無理矢理聞き出すぞ」
俺の言葉に、周囲の通行人に戦慄が走った――ような気がした。
その感覚を裏付けるように、次の瞬間蜘蛛の子を散らすように、俺たちの回りから人がいなくなった。
「追うぞ!」
そう叫ぶと、俺は走り出した。
「ちょ、待ってよ!」
鶯とマリアが追いかけてくる。ひよりがあっという間に俺に並んだ。さすが。
「よし! 獲物を捕らえるぞ、ひより!」
「かしこま!」
そのやりとりが聞こえたのか、逃げ惑う人たちから悲鳴が上がる。
「勇者よぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
「頭のおかしい奴が来るぞぉおおおおおおお!」
お前ら、ふざけんな! 本当にぶっ殺して経験値にしてやんぞ!?
OL風のお姉さんを捕まえようと手を伸ばしたとき――、
「ちょっと! 君たち、なにやってんだ!?」
野太い声に、俺は足を止めた。
振り向くと、警備員が二人立っていた。
「ここで何してるの? その変な格好は何?」
あーくそ、面倒だな。
警備員や警察に咎められる前に、さっさと済ませたかったのだが。
俺は懐から、光峰勇者学校の生徒手帳を取り出して見せた。
警備員は、何の学校か分からないらしかったが、もう一人が気付いたような声を上げた。
「あーこれあれですよ。前にちょっとニュースになった、勇者の養成学校とか」
「ああ、あの夢見がちな奴をだまくらかして、職業訓練と称してどっかの国へ送り込んで劣悪な条件で強制労働させるって詐欺まがいな、あれか……」
……どいつもこいつも、自分が理解しやすいように解釈を曲げすぎ。
だが、その解釈を信じ切っている警備員は、わざとらしく俺たちを頭の先から足の先まで、舐めるように見つめた。
「まあ、ちょっと一緒に来てもらおうか。騒ぎを起こした原因を詳しく聞かせてもらうから。場合によっては警察にも――」
「よし! 逃げろ!!」
俺たちは全力疾走でにげだした!
次回更新は6/16(土)10時です! おたのしみに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます