第8回目【試し読み】暗黒ハローワーク!
インターンシップの説明会は、百人以上が入れる大教室で行われる。
開始十分前には席はあらかた埋まり、立ち見が出そうな勢いだった。結構早く来たにもかかわらず、俺たちは真ん中よりやや後ろ辺りの席だった。
周りを見回すと、俺たちみたいな高校生から定年を過ぎたサラリーマンまで、色々な世代の人間が集まっている。
「どんなお話しをするのかしら? ちょっとドキドキするわね」
俺の左側で呑気に微笑むマリアに、俺は釘を刺した。
「ちゃんと話を聞けよ? 一番肝心なのは、インターンシップの選考方法だ。どんな基準でインターンシップに参加するパーティを選ぶのか……それが勝利のカギだ」
右隣の鶯が、ふっと鼻で笑う。
「どんな選考方法が待ち受けていようと、このあたしが全てなぎ払ってやるわよ」
「お前は勝利のカギまでなぎ払いそうだけどな……」
ごすごすと肘打ちをしてくる鶯と小競り合いをしていると、マリアの向こうに座っているひよりが教室の扉を指さした。
「先生が来たのです」
扉を開けて、ビキニ・アーマーが入って来た。
いや、入って来たのは、アラフォーの女教師、勇者一般教養担当の草薙ミレイ先生だ。ビキニ・アーマーのインパクトが強くて、本人よりも装備が優先して認識された。ちなみにミレイは、漢字で美麗と書くらしい。
二十数年前に女剣士として活躍していたという、この業界における草分けの一人である。
当時はまだ、ごく一部の人が強引に他の世界へ召喚されていたらしい。そんな初期の時代を知る貴重な人材であり、ある意味レジェンドだ。
今でも美しく、体の線もそれほど崩れていない。あの歳でビキニ・アーマーとか、ババア無理すんな、と言いたいところだが、むしろ年期を重ねて熟成された色っぽさが匂い立つようだった。
ミレイ先生は教室を見渡すと、満足そうに微笑んだ。
「かなり多くの生徒が集まっていますね。皆さん意欲的で、先生も嬉しく思います」
声は少し気だるげで、そこがまた色っぽい。
「皆さんには一人でも多く、優良世界の勇者になって欲しい――それが学校の希望でもあります。皆さんの就職率が我が校の評価となりますので、ぜひ頑張って頂きたいのです。このインターンシップも有効に活用して下さい」
ストレートな本音だった。ま、建前でお茶を濁されるよりは、ずっといい。
「それでは、インターンシップの説明ですが――その前に、世界とは何かについて、改めて確認しておきましょう」
部屋の照明が暗くなり、正面のスクリーンに画像が映し出された。それは神様と世界、そしてそこに住む人々と勇者の関係を図解したものだ。
世界という大きな枠の中に、神様を頂点とした図が描かれている。
「神様はそれぞれの世界を運営しています。その目的は、その世界に暮らす人々の満足度を上げること。人々の世界への愛情が神様への信仰心となり、それは神様自身の力となります」
それは神様同士のパワーゲーム。他の神様よりも強大で、地位の高い神になろうと躍起になっているのだ。
それはある意味、企業がお互いにより多くの利益を上げようと躍起になっているのに似ている。
「世界とは大企業に喩えることが出来ます。神様は株主であり、社長。世界に住む人々はお客様。そして勇者は――社員!」
正式採用される勇者は、いわば正社員。
他にも、業務委託という形で仕事を受けるフリーの勇者もいる。
だが、最初からフリーで仕事をする勇者はまずいない。大抵は、いずれかの世界で勇者としての名声を得てから独立。そして過去の実績を看板にして、他の世界からの依頼を受託するのだ。
「君たちが目指す勇者とは、神様の指示に従い、人々の幸せのために働く神の僕。しかしそれを妨害し、神様が運営する世界を乗っ取ろうとする者たちがいます。すなわち――悪魔」
スクリーンに映し出される図に、悪魔の勢力が割り込んできた。
「悪魔は魔物やモンスターといった手下を使い、神が運営する世界に乗っ取りを仕掛けます。世界が荒廃し、人々がその世界に絶望すると、負の感情が生まれます。その負の感情は悪魔たちの力となるのです」
そうなると同時に信仰心も失われ、神は自らの世界の所有権を失ってしまう。
人々というシェアをどれだけ獲得出来るか、という企業間の競争のようなものだ。
「あなたたちの仕事は、神の命に従い、人々の幸せと満足のために尽くすこと。そして世界の乗っ取りを企む悪魔の手先を退けることです。その現場を肌で感じて欲しい。それこそが、インターンシップの目的です」
集まっている生徒たちは、みな神妙な顔でミレイ先生の話に耳を傾けていた。ミレイ先生は満足そうにうなずくと、話題を変えた。
「皆さんの中には、アルバイトなどで他の世界へ行ったことがある人もいるでしょう。ですが、アルバイトや旅行で訪れるのと、勇者として働くのでは、話が大きく違います。良いですか? ファンタジー世界は甘くありません」
ミレイ先生の声のトーンが低くなり、その凄味に俺たちの背中に冷たいものが走る。
「我々がいる世界とは、習慣も常識も価値観も違います。そして常に危険と隣り合わせの生活が待っています。私も若い頃は……」
遠い目をするミレイ先生を、俺たちは息を詰めて見守った。
「それはもう、ひどい目に遭いました」
俺たちはごくりと喉を鳴らした。
「女騎士と聞いて、みなさんが想像するようなことは全てされました。それはもう、思い付く限りの、凄いことを……」
再びごくりと喉が鳴る音が響いた。主に男子生徒の。
「触手、オーク、その他あらゆるモンスターによる、とても口に出して言えないような責め苦……そして、監禁、拷問、調教……ありとあらゆる辱め……」
教室内の温度が上がった気がした。恐怖のためか、もぞもぞと身をよじる者が多い。主に男子生徒に。
「特に当時は今のように制度が整っていない、まさに無法地帯。あぁん……今思い出しても、体が熱くなります♥」
……このレジェンドは、本当に大丈夫なレジェンドなのか?
出来ることなら、夜中に一人っきりで聞きたい感じの話だ。
こんな時、女子と一緒というのは実に気まずい。俺はちらりとマリアの方を見た。
「先生……お気の毒に」
かすかに涙ぐんでいた。素直に不幸な身の上に同情しているようだ。その向こうにいるひよりは、何のことか分かっていないのか、無表情。
そして反対側を向くと、鶯が耳まで真っ赤にして、涙目で震えていた。頭の周りに、微かに青白い放電現象が起きている。
「な、なんて……いやらしい、不潔……ち、調教? 辱め? なんて、淫らな!」
こいつはエロい話が苦手だからなあ……。
とはいえ、あのレジェンドは確かにエロい。
かすかに上気し、汗ばんだ色っぽい顔で、ミレイ先生は話を続けていた。
「――そのような困難が訪れたとき、何があなたの身を救ってくれるのでしょう? それは対話する力、コミュニケーション能力です」
成る程……囚われの身になっても、交渉力で切り抜けることが出来るということか。
さすが、ただエロいだけのレジェンドじゃないらしいな。
「それではインターンシップの選抜方法について、具体的に説明します」
やっときたな! 一番重要な点だ! エロトークが始まったときは、どうなるかとヒヤヒヤしたぜ!
ミレイ先生は鋭いまなざしで、俺たち学生を見渡した。
「いいですか? これは基本かつ不可欠なものです。これなくして、どんな冒険もクエストも成し得ません」
ミレイ先生はチョークを持つと、黒板に大きく文字を書いた。
「な!?」
その文字を見たとき、俺は息をのんだ。
『村人に話を聞こう』
「街を歩いている人に話しかけ、そこが何という街か聞き出して下さい。そして、街の噂話を集めてみましょう。インターンシップ行きは、その成果を見て判定します」
教室の空気が死んだ。
だがミレイ先生は、呆然とする学生たちなど気にも留めない。
「どんな冒険でもまずここから始めます。これが出来なければ、話が進みませんので、しっかり実習してきて下さい」
舐めてんのか、このレジェンド。
次回更新は6/15(金)18時です! お楽しみに!
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