第7回目【試し読み】暗黒ハローワーク!
この光峰勇者学校で、遊び人コースを取っているのは俺一人である。
よってこの遊び人コースの教室にいるのは俺一人――のはずなのだが。
「マリア、鶯、お前ら自分の教室に行かなくていいの?」
俺は隣の席に座っているマリア、そしてその前の席にいる鶯に向かって訊いた。
マリアは『いそがしい朝のおべんとう』という本から顔を上げると、にっこり微笑んだ。
「うん、この時間は受けたい授業がないの」
鶯も俺を振り返った。
「あたしも。丁度空いちゃってるのよね、この時間」
この学校のシステムは予備校のようなもので、授業スケジュールを確認し、自分の希望する授業を行っている教室に出向き、その授業を受けることになっている。
各科の教室はあるが、それは単なる集合場所であったり、自習や希望する授業がないときの時間つぶしの場所だったりする。
なので、こいつらがここにいても誰も困らないし、文句を言う奴もいない。なのでこの遊び人の教室は、事実上俺たちパーティの専用教室になっている。
「それで、エーちゃん。遊び人のレベルの上げ方は分かったの?」
マリアが心配そうな顔で俺を見つめた。
「いや……色々やってみてるが、いまいち分からん。遊び人だけに、バクチやゲーム、酒と女、あとは人を楽しませる芸や特技といったところだろう、とは思うんだが」
「本当にその解釈であってるのかな……」
マリアは眉をひそめ、鶯もゴミでも見るような視線を俺に向けた。
「そうね。遊び人と言うよりは、ただの人間のクズじゃない」
「だったら、遊び人のレベルを上げる方法を教えてくれよ……」
何年も遊び人コースを選択する生徒が皆無だったので、学校側も教師を雇っていないし、教材すらない。
なので、やれることと言えば、自分なりに遊び人としてのスキルを推測して、自習するしかないのが現状だ。
……改めて考えて見ると、この学校に通う意味がないような気がしてきた。
「ネットや本で知識を増やして、一人で練習してるだけだからな……確かに自分で言うのも何だか、最近自分がただのニートに思えて来た」
実際に他の世界へ行って魔物と戦えば、勇者としての経験が積まれるので、遊び人のレベルも自動的に上がるんだが。
マリアが難しい顔で考え込んむ。
「早くいい方法が見つかるといいんだけど……このままじゃ、言い訳をして遊んでいるだけのダメな人だものね」
意外とキツいことを言われた!
――と思ったとき、教室の扉が勢いよく開いた。
「我が名はナイトメア・ロンギヌス! 悪夢の闇を貫き、真実の目を開かせる者! この暁に、今こそ目覚めの呪文を捧げる!!」
生徒指導室へドナドナされたはずのひよりが、元気よく飛び込んで来た。
逆に俺は元気を吸い取られたように、脱力した。
しかしマリアはひよりの異常行動を気にする様子もなく、母性あふれる微笑みで迎えた。
「ひよりちゃんは今日も元気ね」
鶯も慣れたもので、ひよりの口上はスルー。だが、ふと気付いたような顔をする。
「あれ? でもひより、エイジと一緒にウィザード宮本の授業に出てたんでしょ? ずいぶん遅かったわね」
ひよりはご機嫌な笑顔を俺に向け、しゅたっと手を上げた。
「えいたん、ひよりは無事釈放されたのです。祝福するといいのです」
絶対、脱走してきただろ……こいつ。
まあ、それはそれとして、
「何度も言うけどさ、その『えいたん』って呼び方は、何とかならないのか?」
「ならないのです」
即答しやがった。
「あのな、『たん』ってのは、普通可愛い女の子キャラに付けるもんだ。俺みたいな男に付けるもんじゃない。それに俺の場合、英単語集にしか聞こえない」
ひよりは席に着くと、帽子と杖を隣の机の上に置いた。
「この時間、ひよりは自習なのです。えいたんは静かにするのです」
「スルーされた! 幼女にスルーされた上に、注意された!!」
泣きそうになってる俺の頭を、マリアは優しく撫でた。
「よしよし。エーちゃんはお兄ちゃんなんだから、ガマンしようね」
くそう。
……。
思わず、ママーと叫んでマリアに泣き付きたくなった。
……俺も自習するか。
と言っても、俺の場合は遊び人の勉強だ。
――となると、まずはやはり『女』からだな。
俺は口元に欲望の笑みを浮かべると、どの女と遊んでやろうかと思案した。
今日の俺は、何系の女だろうか?
女に苦労しないのが、俺の悩みだ。選択した多すぎて、どうにも困る。
だが今日は――、
ククク、やはり生意気でお堅いが、中身は乙女なツンデレ女を口説くか。そして場合によっては、快楽堕ちさせる……それも悪くないな。フフフ……。
というわけで、俺はカバンからノートパソコンを取り出すと、ゲームを始めた。
とにかく積みゲーが多すぎて、全然消化出来ないのが悩みのタネだ。よし! 今日も一日、ゲームの消化にがんばるぞい。
タイトル画面が表示され、美しく心地良いBGMが流れる。
セーブデータをロードし、黒髪のツンデレキャラの攻略に取りかかることにした。
うむ、この選択肢から何を選ぶべきかという考察。そして主人公の口説き文句とヒロインの反応。実に参考になる。遊び人の自習をしてるって感じがするよな。
ゲーム内では夏休み。ヒロインとの距離がグッと近付く、甘く切ないイベントがまさに最高潮。ああ、俺は今、海辺の街で愛する少女と――、
「えいたん。教室でエロゲーをするのはやめて欲しいのです」
「バ、バッカ! ここは普通のシーンだろ!? それに、エロゲーって言うなよ! これは年齢制限があるアドベンチャーゲームってだけだ! それに全年齢版だって出てるから、別にエロだけじゃねーし!」
ひよりは、じっとりした目で俺を見ている。
「……言い訳が見苦しいのです」
こっ! このガキャァア!
「いいか、ひより! お前にはこの名作の価値が分かってない! これはな、ゲームと言うよりは『文学』!!」
ひよりは驚きの表情で、俺の言葉を復唱した。
「文学!」
「ここで語られているのは、ただのシナリオではない。いわば『人生』!!」
「人生!」
「このゲームの真の価値を理解出来もせず、お前の偏狭な思い込みを、あたかも真実のように語るのはやめてもらおう!」
「えいたんの人生が八千八百円ということは分かったのです」
「違うよ! そんなに安くないよ、俺の人生! っていうか、なんでエロゲのフルプライス価格を知ってんだ、てめえ!!」
「他の教室にも迷惑なので、静かにするのです」
「スルーされた! 幼女にスルーされた上に、注意された!!」
傷付いた心を抱えながら、セーブをしてノートパソコンを閉じる。そんな俺に、マリアは思い出したように訊いてきた。
「ねえ、エーちゃん。午後のインターンシップ説明会は出るの?」
「もちろんだ」
――インターンシップ。
それは他の世界へ実際に行き、現地の勇者に混じって、勇者の仕事を体験するというものだ。その世界への就職には有利に働くし、良い成績を残して認められれば、そのまま正式採用ということも有り得る。
仮に正式採用されなかったとしても、経験値を積むのでレベルを上げることが出来る。
どう転んでも美味しい制度なのだ。逃すわけにはいかない。
「分かったわ! みんなで頑張りましょ、エーちゃん」
神々しい微笑みを浮かべ、マリアは言った。
「言い合ったりすることはあるけれど、みんな勇者になりたい思いは一つだもの。一緒に頑張れば、きっとうまく行くわ」
「マリア……」
その姿が光り輝いて見えた。
マリアの言葉は清く正しく、俺の不安を消し、勇気づける。
本当に全てうまく行くような気分になりそうだった。
俺はマリアの肩に、ぽんと手を乗せた。
「いやいや、それはいくら何でも楽観的過ぎるだろ」
「えっ!? そ、そう、かな? あ、あれ? 今ので、よしやるぞーってなる雰囲気じゃなかった?」
俺はマリアを睨むと、肩を掴む指先に力を加えた。
「甘いぞマリア。俺は何としても勇者になりたいんだ。その為なら、あらゆる手段も正当化される。単に頑張るだけじゃダメだ。どんな手を使ってでも、インターン行きの切符を手に入れるぞ」
多少汚い手を使っても、勝てば官軍。
正義イコール勝者だ!
ふふふと含み笑いをする俺を、マリアが怪訝そうに見つめていた。
「ねえ、エーちゃん。気のせいか、悪い顔になってない?」
「気のせいだ。いいかマリア。俺は、どうしても勇者になりたい理由があるんだ」
少し怯えたような声で、マリアは訊いた。
「な、なに?」
「俺は、本当の自分を取り戻したい」
「本当の……自分?」
今まで無視を決め込んでいた鶯が顔を向けた。
「なによそれ。どういう意味?」
――パーティ仲間であるこいつらにも打ち明けていない、俺の秘密。
だが、こいつらは命がけの戦いの中で背中を預ける相手。そんな相手に、俺の正体を隠し続けることに罪悪感を感じ始めていた。
もう打ち明けてしまおう。
……何より、ただの役立たずで努力をしない怠惰な人間と思われるのが癪だ。
「実は俺はな……四大賢者と呼ばれる大賢者の一人だったんだ」
鶯は顔を思いっきり歪めた。
「四大賢者って……なに?」
「数多ある世界で最高の知を有する四人だ。俺は史上最年少でその一人になった。だが、ある事件をきっかけに、俺には封印がかけられた。その封印は、俺の力を凡人以下に抑えるリミッターだ」
「……」
全員言葉を失ったように黙り込んだ。
無理もない。あまりにも衝撃的な秘密を告白したんだからな。
マリアと鶯は、困ったような顔でお互いにチラチラと視線を交わした。
ん? 何だ、この反応は?
こほんと鶯は咳払いをした。
「えー……えっと、だからエイジは、剣も魔法もダメダメだ……ってこと?」
「そうハッキリ言われるとアレだが、まあそうだ。技や魔法だけじゃない。体力も、知力も、心の広さもな。だから、本当の俺の実力はこんなものじゃないんだ! 勇者として経験を積み、再び賢者となる資格を得たとき、俺の封印は解除されるんだ!」
強く握った俺の拳を、ひよりが小さな手でがしっと握りしめた。
「ひより?」
目をキラキラ輝かせ、ひよりが仲間を見るような目で俺を見ている。
「えいたんは、やはりこちら側の人間だったのです。ひよりもかつて世界を破滅させた五大魔法使いの一人で――」
俺はひよりの手を振り払った。
「ちっ、違う! 俺は中二病じゃない! 事実なんだ、本当なんだよ!」
気の毒そうな瞳でマリアは俺を見つめた。
「エーちゃん……」
「なっ、何でそんな目で見る!? お、俺は勇者として経験値を積み、賢者になる資格を得られたとき、俺にかかっているリミッターが解除されるんだ!」
マリアは微妙な微笑みを浮かべると、困ったように言った。
「あのね、趣味に口出しするのは良くないかな、とは思うんだけど……エーちゃんはもう十六歳だし、その……そういった中二病みたいな遊びは、そろそろ卒業してもいいかな?って思うの」
「……」
「い、いや本当なんだ。な? 鶯、お前なら分かってくれるよな」
こいつはチョロイからな。多分、簡単に信じるはずだ。
しかし鶯は白けたまなざしで、俺を見つめた。
「だったら、もう少し信憑性のある話にしなさいよ。最年少で大賢者って……賢者になったとき、あんた幾つよ? 何座の黄金聖闘士なの?」
くっそぉおお、バカにしやがって鶯め! 頭から信用していやがらねえ!
「信じられないのは分かる! でもな、時には現実ってのは、小説やマンガよりも奇なるものなんだよ!」
俺の熱弁も空しく、教室には微妙な空気が漂った。
その雰囲気は喩えるなら、冴えないけど普通の人間だと思っていた仲間が、突然電波な発言をし始めて大いに戸惑っている――とでも言おうか。
喩えというか、そのまんまだけど。
マリアはその空気をフォローするように、明るい声を出した。
「ちょ、ちょっと早いけど、インターンシップの説明会をする教室へ行きましょ?」
「そうね……」
三人はがたがたと椅子を鳴らして立ち上がった。
「えいたんも行くのです! 同士として!」
「……はい」
一大決心をして打ち明けた秘密は、まったく信用されなかった。
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